物理重視の魔法使い

東赤月

文字の大きさ
上 下
41 / 139
2. 依頼

帰り道でお話しです

しおりを挟む
「何だか、随分とあっさり終わったね」
「元々、こんなに多くの魔導士が必要になる依頼じゃなかったのよ。最初は少しイレギュラーがあったけど、なんとなくこうなるんじゃないかとは予想していたわ」
「まあ何にしろ、何事もなく終わって何よりだ」
「そうですね。皆さんが無事なのが一番です」
「にゃはは、その通りだにゃ。あっさり終わるくらいが丁度いいんだにゃ」

 荷物を背負いながら林の中を歩く私たちに、ヌヌさんが声をかけてくれました。出発した時は前の方にいたはずでしたが、わざわざ最後尾にまで来てくれたみたいです。

「ヌヌさん、探知魔法は使わないのですか?」
「今は別の魔導士が使っているにゃ。ただ昨日倒した分と今日倒した分で全部だと思うのにゃ。念のため行きとは違う道で帰っているけどにゃ」
「ど、どうして全部だって分かるんですか? もしかしたら他にもいるかもしれないじゃないですか」
「一匹のジョオウアリグモから産まれるオオアリグモの数には限りがあるにゃ。私が見てきた数と、他の魔導士に聞いた、村の近くに現れた数も合わせれば、ほぼほぼ限度一杯にゃ。これ以上のオオアリグモはいにゃいにゃ」

 珍しいことだけどにゃ、とヌヌさんは続けました。

「そういうことでしたか。だからキャンプに戻ってくるのも早かったんですね」
「そういうことにゃ。オオアリグモはもうそれ以上いにゃいと分かったから戻ってきたのにゃ。住処すみかを変えようとしてたのか、予想よりも早くジョオウアリグモを見つけられたという理由もあったけどにゃ」
「オオアリグモ以外の魔物がいるという可能性は?」
「にゃいとは言い切れにゃいけど、かにゃり低い確率だろうにゃ。他の魔物が奴らの縄張にゃわばりに入ったら、集団で襲われることににゃるにゃ。それをものともしにゃい魔物がやってきたのにゃら、あの山までの道中で、逃げてきたジョオウアリグモに会ってたはずにゃ」

 ヌヌさんの言葉に、ユートさんも納得したようでした。ヌヌさんがそこまで言うのなら、本当にもう魔物はいないのでしょう。私はほっと息をつきます。

「ところで、竜神様にはお会いしましたか?」

 シルファさんの質問に、ヌヌさんは首を横に振ります。

「会ってにゃいにゃ。個人的には気ににゃるところだったけど、今回の依頼はあくまで魔物退治だったしにゃあ」
「え? じゃ、じゃあ村の人たちは、竜神様が無事なのかどうか、分からないままってことですか?」
「ま、そうにゃるにゃ。ただ元々、竜神様は滅多に人前に姿を現さにゃいそうにゃ。最後に姿を見せたのは、三十年も前だというはにゃしだしにゃあ」
「……確かに竜は長命だけど、そんなに前から……」

 シイキさんが何かを考えるように呟きます。シルファさんも、僅かに表情を曇らせました。きっと私と同じ考えを持っているのだと思います。
 その竜神様は、もう……。

「ならこの後、竜神様に会ってみないか?」

 ユートさんが、いつもと変わらない声でそう言いました。

「この後って、依頼が終わった後ってこと?」
「ああ。滞在予定期間はもう一日あるんだし、魔物もいないなら、行って戻ってくることくらいならできるだろ」

 シルファさんの問いに、ユートさんは笑って頷きました。けれど――

「ダメよ」
「どうしてだ?」
「私たちは荷物運びの依頼を受けるという名目で、学外での行動を許されているの。そしてその目的が果たされた以上、一刻も早く学院に戻らなければならないわ。それが学院の規定よ」
「少しくらい融通利かないのか? 会えばどうして魔物が現れたのかについて何か分かるかもしれないし、今回の依頼が発生した原因を探ることにも繋がる。言わばこの依頼の延長みたいなもんだろ?」
「たとえそうであったとしても、私たちが受けたのは荷物運びの依頼よ。その役目が終わった私たちに、これ以上できることはない、いいえ、これ以上のことはしてはいけないのよ」
「それは、学院の決まりだから?」
「そうよ」
「ふーん」

 ユートさんはつまらなそうに頭の後ろで手を組みました。

「僕もユート君の気持ちは分かるけど、こればっかりはね……。それに竜神様があの山のどこに棲んでいるかも分からないし、一日で村と往復するのは難しいよ」
「……それもそうだな」

 ふうと息をつくユートさんの肩を、ヌヌさんが軽く叩きます。

「その気持ちだけでも立派だにゃ。ユートちゃんたちはもう十分頑張ってくれたんだし、後のことは他の魔導士に任せるのにゃ」
「……はい」
「で、でもこれで、あの村の人たちも喜んでくれますよね。魔物はもういなくなったんですし」
「そうね。きっと喜んでくれるわ」
「アイさんも安心してくれるだろうね」
「アイさんって、あのおにぎりを差し入れてくれた子かにゃ?」
「はい。僕とフルルとユート君は、その前にも会って話をしてたんです。ね、フルル」
「は、はい! 実はこの依頼を出したのもアイさんだそうで」
「にゃんと! この人数を集めるほどのお金を、一人で出したのかにゃ? 随分とお金持ちにゃんだにゃあ」
「あ、それは、その……」

 私はアイさんが貴族であることと、どうしてこの村に滞在しているのかを説明しました。

「にゃるほどにゃあ。いい子だとは思ってたけど、 そこまで見上げた子だったかにゃ。ユートちゃんじゃにゃいけど、私ももっとあの村のために頑張りたくにゃってきたにゃ」
「ですよね。俺も同じ気持ちです」
「ユート」
「分かってるよ。行動には移さないさ」
「よろしい。……確かにアイさんは立派だけど、だからといって私たちがそれに張り合わないといけないわけじゃないわ。私たちは私たちができることをしたのだから、胸を張って帰りましょう」

 シルファさんの言葉に、シイキさんが腕を組んで頷きます。

「そうだね。まあ僕にしてみれば、ちょっと物足りなかったけど」
「行きも帰りも、運んでいる荷物は私たちの中じゃ一番少ないのに、よくそんなことが言えたわね。フルルはどう思う?」
「わ、私ですか? えっと、その……」

 急に話を振られた私は、なんて答えればいいのか分からず、言いあぐねてしまいます。

「何も迷うことはないわ、フルル。感じたままを答えればいいのよ」
「そ、そうだよ。僕なら何を言われても平気だから」
「そ、そうですか? なら……」

 私はどこかひきつった笑みを浮かべているシイキさんと顔を合わせると、正直な感想を言いました。

「シイキさんって、その、あまり力持ちじゃないんですね」
「うぐっ!」

 シイキさんが胸を押さえて呻きました。私は慌てて言葉を続けます。

「で、でも、シイキさんは魔物を倒していましたし、その分疲れていましたから、仕方ないというか、あ、でもそれだと、シルファさんたちもそうですし……」
「……うん、ありがとう……。もう大丈夫だから……」

 シイキさんは弱々しく手の平を向けました。シルファさんがくすくすと笑います。

「それを言うと、フルルはかなり力持ちだよな」
「そ、そうなんですか? 自分では普通だと思っていたんですけど」
「ぐふっ!」
「フルル、それ以上はやめてあげて。……ふふっ」
「あ、す、すみません! そんなつもりじゃ」
「き、気にしてないよ……」

 なんとかフォローする言葉を探していると、ヌヌさんも口元に手を当てて笑います。

みんにゃ本当ににゃかがいいにゃあ。やっぱりチームはこうあるべきにゃ」
「あ……」

 私はそれを聞いて、この依頼を受けた理由を思い出しました。

「………………」
「んにゃ? みんにゃどうかしたのかにゃ?」

 急に静かになった私たちに、ヌヌさんは首を傾げます。

「えっと、その……」
「ヌヌさん、私たちは四人のチームじゃありません。私とユートが二人のチームで、シイキとフルルはチームに所属してないんです」

 口ごもるシイキさんに代わって、シルファさんが言いました。

「にゃにゃ、そうにゃのかにゃ!? てっきり全員同じチームだと思っていたにゃ。丁度四人だしにゃ。どうしてチームを組まにゃいのにゃ?」

 ヌヌさんはチームのことについても知っているようでした。私はヌヌさんの質問に答えられず、下を向きます。

「……率直に言えば実力の問題です。今回の依頼も、フルルが私たちのチームに入れるかどうか、確かめるために受けたという側面があります」
「その結果はどうだったのにゃ?」
「…………受け入れられません」
「そんなっ!」
「シルファ!」
「いいんです! ……私の、ことですから」

 私はユートさんを止めます。前を歩く人の何人かがこちらを振り返りました。それを見てユートさんも口を閉じます。

「ふむ、どうしてにゃ?」
「元々、フルルと私たちの実力に差があることは分かっていたんです。そして今回、改めてそのことを確信しました。それが理由です」
「確かに私も、シイキちゃんはともかく、今のフルルちゃんとは実力に差があると思うにゃ」
「……っ」

 そのことは、自分が一番よく分かっているつもりでした。けれど改めて言われると、心にくるものがありました。

「でもにゃあ、フルルは依頼をきちんとこにゃしたはずにゃ。どんにゃチームでも、全員の実力が全くおにゃじにゃんてことはにゃいんだし、多少の実力差には目を瞑ってもいいんじゃにゃいかにゃ?」
「……私には、目指す場所があります。チームメンバーの実力に関しては、妥協できません」
「……そうかにゃ。まあ私は部外者だし、これ以上は言わにゃいでおくにゃ」

 それっきり、話は途絶えました。私は足元を見たまま歩き続けます。
 ……そう、ですよね。今思い返してみても、この依頼中、私は何一ついいところを見せられませんでしたし、それどころか皆さんの足を引っ張るばかりで、そんなメンバーを欲しがるチームなんてあるわけありません。シルファさんの判断は、とても正しいことです。
 だから、これでいいんです。

「総員、警戒しろ!」
「っ!」

 ボルドさんの言葉に、弾かれたように顔を上げました。前を歩いていたヌヌさんが魔術式を形成するのを見て、私も急いで魔術式を作り出します。
 形成が終わってから、私は不思議なことに気が付きます。近くに魔物の姿はありませんし、魔物と戦う音も聞こえてきません。魔物が襲ってきたんじゃないのでしょうか?
 そんな疑問を抱いていると、前の人たちが魔術式を保ったまま歩き始めました。私たちもその後に続きます。
 いつの間にか、林の出口に辿り着いていたようでした。木の幹の間から、曇り空が見えます。

「え……?」

 その下にある光景を見て、私は一瞬、頭が真っ白になりました。
 村がボロボロになっていたのです。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

スナイパー令嬢戦記〜お母様からもらった"ボルトアクションライフル"が普通のマスケットの倍以上の射程があるんですけど〜

シャチ
ファンタジー
タリム復興期を読んでいただくと、なんでミリアのお母さんがぶっ飛んでいるのかがわかります。 アルミナ王国とディクトシス帝国の間では、たびたび戦争が起こる。 前回の戦争ではオリーブオイルの栽培地を欲した帝国がアルミナ王国へと戦争を仕掛けた。 一時はアルミナ王国の一部地域を掌握した帝国であったが、王国側のなりふり構わぬ反撃により戦線は膠着し、一部国境線未確定地域を残して停戦した。 そして20年あまりの時が過ぎた今、皇帝マーダ・マトモアの崩御による帝国の皇位継承権争いから、手柄を欲した時の第二皇子イビリ・ターオス・ディクトシスは軍勢を率いてアルミナ王国への宣戦布告を行った。 砂糖戦争と後に呼ばれるこの戦争において、両国に恐怖を植え付けた一人の令嬢がいる。 彼女の名はミリア・タリム 子爵令嬢である彼女に戦後ついた異名は「狙撃令嬢」 542人の帝国将兵を死傷させた狙撃の天才 そして戦中は、帝国からは死神と恐れられた存在。 このお話は、ミリア・タリムとそのお付きのメイド、ルーナの戦いの記録である。 他サイトに掲載したものと同じ内容となります。

お爺様の贈り物

豆狸
ファンタジー
お爺様、素晴らしい贈り物を本当にありがとうございました。

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

婚約破棄された令嬢の恋人

菜花
ファンタジー
裏切られても一途に王子を愛していたイリーナ。その気持ちに妖精達がこたえて奇跡を起こす。カクヨムでも投稿しています。

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

Red Assassin(完結)

まさきち
ファンタジー
自分の目的の為、アサシンとなった主人公。 活動を進めていく中で、少しずつ真実に近付いていく。 村に伝わる秘密の力を使い時を遡り、最後に辿り着く答えとは... ごく普通の剣と魔法の物語。 平日:毎日18:30公開。 日曜日:10:30、18:30の1日2話公開。 ※12/27の日曜日のみ18:30の1話だけ公開です。 年末年始 12/30~1/3:10:30、18:30の1日2話公開。 ※2/11 18:30完結しました。

もう、終わった話ですし

志位斗 茂家波
ファンタジー
一国が滅びた。 その知らせを聞いても、私には関係の無い事。 だってね、もう分っていたことなのよね‥‥‥ ‥‥‥たまにやりたくなる、ありきたりな婚約破棄ざまぁ(?)もの 少々物足りないような気がするので、気が向いたらオマケ書こうかな?

「おまえを愛することはない!」と言ってやったのに、なぜ無視するんだ!

七辻ゆゆ
ファンタジー
俺を見ない、俺の言葉を聞かない、そして触れられない。すり抜ける……なぜだ? 俺はいったい、どうなっているんだ。 真実の愛を取り戻したいだけなのに。

処理中です...