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2. 依頼
集合場所に到着です
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「フルル、昨日は良く眠れた?」
馬車の中で、シルファさんが私に声をかけてくれます。今日が依頼当日ということもあってか、制服を着こなしたシルファさんはいつにも増して頼りがいがありそうでした。その首から提げた薄膜の魔法石が、馬車の窓から入る朝日に照らされて輝きます。
「は、はい。大丈夫です」
「そう、良かったわ。あなたがあんな風にならなくて」
「シイキ、大丈夫か?」
「…………ふぁ! だ、大丈夫さ、勿論!」
「にゃはは、全然大丈夫には見えにゃいにゃ」
同じ馬車に乗ったヌヌさんが、眠そうなシイキさんを見て笑いました。どうやらシイキさんは、昨夜長い間お風呂に入っていたようで、寝るのが遅くなってしまったようです。シルファさんは今日何度目かになるため息をつきました。けれどあまり怒っているという風ではなく、足取りがふらふらしていたシイキさんをこの馬車まで連れてきたのもシルファさんでした。
今日はいよいよ、依頼されたお仕事をする日です。私たちは女将のノウマさんに挨拶をして、また馬車に乗りました。ここから少し離れたところに、今回の依頼を出した村があるみたいです。そこに依頼を受けた方が集まって、午後から行動を始める予定だとヌヌさんに聞きました。
「今回の依頼は、何人くらいの魔法使いが集まっているんですか?」
「シルファちゃんたちを入れて、五十人くらいかにゃ?」
「そんなにですか?」
シルファさんは驚いたように聞き返します。ヌヌさんも頭を傾けました。
「そこは私もよく分からにゃいのにゃ。依頼の内容は大したことにゃさそうにゃのに、かにゃりの数の、それもそこそこ有名にゃ魔導士が集まっているみたいにゃ」
まあシルファちゃんたちみたいに荷物運びをする人もいるけどにゃあ、とヌヌさんは補足します。
「その村には何か特産品でもあるのでしょうか?」
「そんにゃ話もにゃいみたいにゃ。ただその村の住人は、近くの山に棲むと言われる竜を奉っているようで、魔物から村を守ってくれる竜神様として厚く信仰しているそうにゃ」
それを聞いて、今度はユートさんが尋ねました。
「魔物から村を守る竜神様、ですか。けれど魔物の討伐依頼が来たんですよね?」
「そうにゃ。腕利きの魔導士を何十人も集めるほどの大金を用意できたことといい、今回の依頼はにゃんだか変だにゃ。ユートちゃんたちも気を付けたほうがいいにゃ」
ヌヌさんの言葉に、私たちは頷きました。シイキさんだけ、眠気に耐え切れず頭が落ちたみたいでしたけど。
「……あれ? 何だか外が騒がしくなってきましたね?」
「そう? 私は何も……」
「いや、確かに人の話し声が聞こえるな」
「村についたのかにゃ?」
話しているうちに馬車が止まりました。御者の人にお礼を言って外に出ると、何人かの人が集まっている中、薄手の白いシャツを着たおじいさんが、陶器のコップを持った二人の男の人に頭を下げていました。
「この水を用意したのはあなたですか? 随分と土臭い水ですね」
「わざわざ依頼を受けに来た魔導士に、泥水を飲ませるのか? ここは」
「めめ、滅相もございません。ここの村の井戸水にそんなものは――」
「……井戸水、ですか。まさか浄化魔法をかけるどころか、蒸留もせずに出したとは」
「魔導士に依頼を出すんだったら、最低限の常識くらい持っていて欲しいなぁ? この水のせいで体を壊したら、どうしてくれるんだ?」
「す、すみません……!」
「………………」
どうやら、依頼を受けた若い魔導士さんが、ここの村の人が出した水に文句を言っているみたいです。私は反射的に下を向いて、そっちを見ないようにしました。
「ああいう奴らってどこにでもいるのね」
「んー、寝覚めが悪くなる……」
「水の味に文句を言うにゃんて、随分と恵まれた環境で育ってきたんだろうにゃあ」
シルファさんたちも、あまりいい思いはしていないみたいです。私は少しでも安心するために、シルファさんたちの足元に視線を向けます。
「あれ?」
ユートさんの足が見当たりません。反対側でしょうか?
「あ」
「んにゃ?」
シルファさんとヌヌさんの、少し驚いたような声が聞こえて顔を上げます。シルファさんは文句を言う男の人たちがいるほうを見て、小さく口を開けていました。私はその視線を追って――
「きゃっ!」
パシャッ
身を庇うようなおじいさんと男の人たちの間に割って入ったユートさんに、コップの水がかけられました。
「え……?」
「ふむ?」
「お前は?」
「この村の依頼を受けに来たユートと言います。問題事があったようなので、どうしたのかと思いまして」
「彼に不衛生な水を出されたんですよ。今後このようなことのないよう、注意していました」
「不衛生、ですか? 今少し口に含みましたが、別に問題ないと思いますよ?」
「ほぉ、ならこれを飲んでみろよ」
もう一人の男の人が、ユートさんにコップを放りました。その中にはまだ水が入っていて、空中に水が――
「っと、ありがとうございます」
「えっ……?」
一瞬、何が起きたのか分かりませんでした。しゃがんだユートさんの手には、投げられたコップが握られています。ユートさんは立ち上がると、そのコップの水を飲みました。
「うん、やっぱり普通の水ですよ。不衛生なんかじゃないです」
「……随分と安い舌ですね」
「どうせどっかの田舎者だろ。幸せでいいよな」
男の人たちはつまらなそうに言うと、コップを放り投げてどこかに行ってしまいました。それと入れ違いになる形で、私たちはコップを掴むユートさんの元に辿り着きます。
「……逃げられたわね」
「ユート君、大丈夫?」
「ああ。ちょっと濡れただけだ」
「ユートちゃん、かっこよかったにゃ」
「あ、あの、これ使ってください」
「ありがとう、フルル」
私はユートさんに白いタオルを渡します。ユートさんは軽く服を拭うと、自分のリュックに仕舞いました。そして代わりに別の、黒いタオルを取り出します。
「洗って返すな。代わりと言っては何だけど、それまではこれを使ってくれ」
「え、で、でも……」
「嫌か?」
「……いえ……」
私はためらいながらユートさんからタオルを受け取ると、丁寧にリュックに仕舞いました。
「あ、あの……」
そこで、男の人たちに詰め寄られていたおじいさんが話しかけてきます。シルファさんとヌヌさんが心配そうに声をかけました。
「おじいさん、大丈夫でしたか?」
「災難だったにゃあ」
「わ、儂は平気ですじゃ。それよりも、そちらのお若い方が……」
「あ、おいしいお水ありがとうございました。このコップ、どこで洗えばいいですか?」
「そ、そんな! こんな村まではるばるお越しくださった魔導士様に、そんなことをさせるわけには……!」
「僕たちはまだ魔導士じゃないですから、気にしなくていいですよ」
「その通りです。寧ろ依頼主である村の方々には、最大限の礼儀を尽くすのが当然ですから」
「……ありがとうのう。そのお気持ちだけで十分ですじゃ」
おじいさんは深く頭を下げました。
「にゃはは、皆優しいにゃあ。けど依頼を受けに来た私たちは、到着したことを報せる必要があるにゃ。もしかしたら他の魔導士を待たせているかもしれにゃいし、先ずはあっちに行くにゃ」
ヌヌさんが指をさしたのは、男の人たちが去っていった方向でした。見るとそちらは広場のようになっていて、沢山の人が集まっています。何人かの人がちらちらとこちらを見ているようでした。
「親切にしてくれたこと、まっこと嬉しかったですじゃ。儂のことは気にせず、行ってくだされ」
「……はい。行くわよ、皆」
広場へと向かうシルファさんの後をついていきます。ユートさんはおじいさんにコップを返してから、最後尾を歩いてきました。
「お、来たか?」
人垣の中心に、立派な兜を着けた赤いお髭の人がいました。その大きな体を守る薄手の鎧にはたくさんの傷がついていて、長く使ってきたんだなと分かります。シルファさんはその人に学生証を手渡すと、深く頭を下げました。
「遅くなってしまい申し訳ありません。今回の依頼で荷物の運搬役を務めさせて頂きます、シルファ・クレシェンです」
「同じく、シイキ・ブレイディアです」
「ユートです」
「え、えと、フルル・ヴァングリュー、です」
皆さんと同じように、私も学生証を渡して頭を下げます。
「おう、よろしくな。俺はこの依頼でリーダーを担うことになった、ボルド・ハワードだ」
男の人、ボルドさんは低い声でそう言うと、学生証を返してくれました。大きな手からゆっくりと自分の学生証を受けとります。
「ほほー、この道二十年のベテランかにゃ。気合いが入るにゃあ」
「お、獣人族の人にも知られているたぁ嬉しいね。するとあんたがヌヌか?」
「そうにゃ。短い間だけどよろしく頼むにゃ」
ヌヌさんもボルドさんに何かを手渡しました。恐らく、魔導士であることを証明する魔導証でしょう。ボルドさんはそれを見て頷くと、ヌヌさんに返します。
「おう。しかしこれで五、いや六種族か。こんなに集まるなんてな……」
「にゃにゃ? 他種族の人が他にもいるのかにゃ?」
「ああ。竜人族が三人、人魚族が二人、そして翼人族が二人なんだが……」
「にゃるほど、翼人族かにゃ」
それを聞いて、シルファさんとシイキさんも、複雑そうな表情をしました。私もきっと同じような表情をしていると思います。
「翼人族がどうかしたのか?」
ユートさんだけは分からないようで、不思議そうにしていました。
「他の種族もそうだけど、同じ翼人族という括りの中にも沢山の種類があるわ。その中でも特に強い力を持つ種族が二つあるの」
「白い翼を持つ輝翼族と、黒い翼を持つ剛翼族。昔はこの二種族間で何度も戦いがあったんだ。ここ何十年かはそんな衝突は起きてないけど、未だに溝は深いみたいで、お互いに忌み嫌っているんだって」
「まあそれを抜きにしても、どちらもプライドが高い種族でにゃあ。他の翼人族とも、同じ種族として見られたくにゃいってことで、一纏めに扱えにゃいのにゃ」
「そうだったのか。教えてくれてありがとう。ヌヌさんも、ありがとうございます」
ユートさんはまだ少し納得しきれていないようでしたけど、三人にお礼を言いました。
「あ、あの、それでそのどちらかが、輝翼族の方か剛翼族の方なんですか?」
「どっちもだ」
「え?」
私とシルファさんとシイキさんの声が重なりました。
「輝翼族の女が一人、剛翼族の男が一人だ」
「………………」
「……それは、少し心配ですね」
「あはは、何事もなければいいけど……」
「まさかその二種族が集まるにゃんてにゃあ」
ヌヌさんも驚いているようでしたが、その顔に浮かんでいたのは小さな笑みでした。苦笑いというわけでもないようで、この状況を楽しんでいるみたいです。
私は自分の中の不安がどんどん大きくなっていくのを感じました。まさかこんなことになるなんて……。
「けどその二人は魔導士として来てるんだろ? だったら種族がどうのっていうのは、あまり関係ないんじゃないか?」
「ユートちゃんの言う通りにゃ。魔導士としてこの依頼を受けたのにゃら、こうにゃるかもしれにゃいことくらい覚悟してたはずにゃ。案外、お互い特に気にしてにゃいかもしれにゃいしにゃあ」
「そう、ですね。魔導士たるもの、依頼に私情を持ち込んだりはしないでしょうし」
「僕たちもあまり気にしない方が、下手に刺激しないでいいかもね」
「そうしてくれると助かる。そういったところに気を遣うのはリーダーである俺の仕事だしな。一応可能な範囲で離させるし、お前さんたちは普通にしててくれ」
「………………」
ボルドさんの言葉に、私はうまく頷けませんでした。今はただ、この依頼が無事に終わってほしいと願っていました。
馬車の中で、シルファさんが私に声をかけてくれます。今日が依頼当日ということもあってか、制服を着こなしたシルファさんはいつにも増して頼りがいがありそうでした。その首から提げた薄膜の魔法石が、馬車の窓から入る朝日に照らされて輝きます。
「は、はい。大丈夫です」
「そう、良かったわ。あなたがあんな風にならなくて」
「シイキ、大丈夫か?」
「…………ふぁ! だ、大丈夫さ、勿論!」
「にゃはは、全然大丈夫には見えにゃいにゃ」
同じ馬車に乗ったヌヌさんが、眠そうなシイキさんを見て笑いました。どうやらシイキさんは、昨夜長い間お風呂に入っていたようで、寝るのが遅くなってしまったようです。シルファさんは今日何度目かになるため息をつきました。けれどあまり怒っているという風ではなく、足取りがふらふらしていたシイキさんをこの馬車まで連れてきたのもシルファさんでした。
今日はいよいよ、依頼されたお仕事をする日です。私たちは女将のノウマさんに挨拶をして、また馬車に乗りました。ここから少し離れたところに、今回の依頼を出した村があるみたいです。そこに依頼を受けた方が集まって、午後から行動を始める予定だとヌヌさんに聞きました。
「今回の依頼は、何人くらいの魔法使いが集まっているんですか?」
「シルファちゃんたちを入れて、五十人くらいかにゃ?」
「そんなにですか?」
シルファさんは驚いたように聞き返します。ヌヌさんも頭を傾けました。
「そこは私もよく分からにゃいのにゃ。依頼の内容は大したことにゃさそうにゃのに、かにゃりの数の、それもそこそこ有名にゃ魔導士が集まっているみたいにゃ」
まあシルファちゃんたちみたいに荷物運びをする人もいるけどにゃあ、とヌヌさんは補足します。
「その村には何か特産品でもあるのでしょうか?」
「そんにゃ話もにゃいみたいにゃ。ただその村の住人は、近くの山に棲むと言われる竜を奉っているようで、魔物から村を守ってくれる竜神様として厚く信仰しているそうにゃ」
それを聞いて、今度はユートさんが尋ねました。
「魔物から村を守る竜神様、ですか。けれど魔物の討伐依頼が来たんですよね?」
「そうにゃ。腕利きの魔導士を何十人も集めるほどの大金を用意できたことといい、今回の依頼はにゃんだか変だにゃ。ユートちゃんたちも気を付けたほうがいいにゃ」
ヌヌさんの言葉に、私たちは頷きました。シイキさんだけ、眠気に耐え切れず頭が落ちたみたいでしたけど。
「……あれ? 何だか外が騒がしくなってきましたね?」
「そう? 私は何も……」
「いや、確かに人の話し声が聞こえるな」
「村についたのかにゃ?」
話しているうちに馬車が止まりました。御者の人にお礼を言って外に出ると、何人かの人が集まっている中、薄手の白いシャツを着たおじいさんが、陶器のコップを持った二人の男の人に頭を下げていました。
「この水を用意したのはあなたですか? 随分と土臭い水ですね」
「わざわざ依頼を受けに来た魔導士に、泥水を飲ませるのか? ここは」
「めめ、滅相もございません。ここの村の井戸水にそんなものは――」
「……井戸水、ですか。まさか浄化魔法をかけるどころか、蒸留もせずに出したとは」
「魔導士に依頼を出すんだったら、最低限の常識くらい持っていて欲しいなぁ? この水のせいで体を壊したら、どうしてくれるんだ?」
「す、すみません……!」
「………………」
どうやら、依頼を受けた若い魔導士さんが、ここの村の人が出した水に文句を言っているみたいです。私は反射的に下を向いて、そっちを見ないようにしました。
「ああいう奴らってどこにでもいるのね」
「んー、寝覚めが悪くなる……」
「水の味に文句を言うにゃんて、随分と恵まれた環境で育ってきたんだろうにゃあ」
シルファさんたちも、あまりいい思いはしていないみたいです。私は少しでも安心するために、シルファさんたちの足元に視線を向けます。
「あれ?」
ユートさんの足が見当たりません。反対側でしょうか?
「あ」
「んにゃ?」
シルファさんとヌヌさんの、少し驚いたような声が聞こえて顔を上げます。シルファさんは文句を言う男の人たちがいるほうを見て、小さく口を開けていました。私はその視線を追って――
「きゃっ!」
パシャッ
身を庇うようなおじいさんと男の人たちの間に割って入ったユートさんに、コップの水がかけられました。
「え……?」
「ふむ?」
「お前は?」
「この村の依頼を受けに来たユートと言います。問題事があったようなので、どうしたのかと思いまして」
「彼に不衛生な水を出されたんですよ。今後このようなことのないよう、注意していました」
「不衛生、ですか? 今少し口に含みましたが、別に問題ないと思いますよ?」
「ほぉ、ならこれを飲んでみろよ」
もう一人の男の人が、ユートさんにコップを放りました。その中にはまだ水が入っていて、空中に水が――
「っと、ありがとうございます」
「えっ……?」
一瞬、何が起きたのか分かりませんでした。しゃがんだユートさんの手には、投げられたコップが握られています。ユートさんは立ち上がると、そのコップの水を飲みました。
「うん、やっぱり普通の水ですよ。不衛生なんかじゃないです」
「……随分と安い舌ですね」
「どうせどっかの田舎者だろ。幸せでいいよな」
男の人たちはつまらなそうに言うと、コップを放り投げてどこかに行ってしまいました。それと入れ違いになる形で、私たちはコップを掴むユートさんの元に辿り着きます。
「……逃げられたわね」
「ユート君、大丈夫?」
「ああ。ちょっと濡れただけだ」
「ユートちゃん、かっこよかったにゃ」
「あ、あの、これ使ってください」
「ありがとう、フルル」
私はユートさんに白いタオルを渡します。ユートさんは軽く服を拭うと、自分のリュックに仕舞いました。そして代わりに別の、黒いタオルを取り出します。
「洗って返すな。代わりと言っては何だけど、それまではこれを使ってくれ」
「え、で、でも……」
「嫌か?」
「……いえ……」
私はためらいながらユートさんからタオルを受け取ると、丁寧にリュックに仕舞いました。
「あ、あの……」
そこで、男の人たちに詰め寄られていたおじいさんが話しかけてきます。シルファさんとヌヌさんが心配そうに声をかけました。
「おじいさん、大丈夫でしたか?」
「災難だったにゃあ」
「わ、儂は平気ですじゃ。それよりも、そちらのお若い方が……」
「あ、おいしいお水ありがとうございました。このコップ、どこで洗えばいいですか?」
「そ、そんな! こんな村まではるばるお越しくださった魔導士様に、そんなことをさせるわけには……!」
「僕たちはまだ魔導士じゃないですから、気にしなくていいですよ」
「その通りです。寧ろ依頼主である村の方々には、最大限の礼儀を尽くすのが当然ですから」
「……ありがとうのう。そのお気持ちだけで十分ですじゃ」
おじいさんは深く頭を下げました。
「にゃはは、皆優しいにゃあ。けど依頼を受けに来た私たちは、到着したことを報せる必要があるにゃ。もしかしたら他の魔導士を待たせているかもしれにゃいし、先ずはあっちに行くにゃ」
ヌヌさんが指をさしたのは、男の人たちが去っていった方向でした。見るとそちらは広場のようになっていて、沢山の人が集まっています。何人かの人がちらちらとこちらを見ているようでした。
「親切にしてくれたこと、まっこと嬉しかったですじゃ。儂のことは気にせず、行ってくだされ」
「……はい。行くわよ、皆」
広場へと向かうシルファさんの後をついていきます。ユートさんはおじいさんにコップを返してから、最後尾を歩いてきました。
「お、来たか?」
人垣の中心に、立派な兜を着けた赤いお髭の人がいました。その大きな体を守る薄手の鎧にはたくさんの傷がついていて、長く使ってきたんだなと分かります。シルファさんはその人に学生証を手渡すと、深く頭を下げました。
「遅くなってしまい申し訳ありません。今回の依頼で荷物の運搬役を務めさせて頂きます、シルファ・クレシェンです」
「同じく、シイキ・ブレイディアです」
「ユートです」
「え、えと、フルル・ヴァングリュー、です」
皆さんと同じように、私も学生証を渡して頭を下げます。
「おう、よろしくな。俺はこの依頼でリーダーを担うことになった、ボルド・ハワードだ」
男の人、ボルドさんは低い声でそう言うと、学生証を返してくれました。大きな手からゆっくりと自分の学生証を受けとります。
「ほほー、この道二十年のベテランかにゃ。気合いが入るにゃあ」
「お、獣人族の人にも知られているたぁ嬉しいね。するとあんたがヌヌか?」
「そうにゃ。短い間だけどよろしく頼むにゃ」
ヌヌさんもボルドさんに何かを手渡しました。恐らく、魔導士であることを証明する魔導証でしょう。ボルドさんはそれを見て頷くと、ヌヌさんに返します。
「おう。しかしこれで五、いや六種族か。こんなに集まるなんてな……」
「にゃにゃ? 他種族の人が他にもいるのかにゃ?」
「ああ。竜人族が三人、人魚族が二人、そして翼人族が二人なんだが……」
「にゃるほど、翼人族かにゃ」
それを聞いて、シルファさんとシイキさんも、複雑そうな表情をしました。私もきっと同じような表情をしていると思います。
「翼人族がどうかしたのか?」
ユートさんだけは分からないようで、不思議そうにしていました。
「他の種族もそうだけど、同じ翼人族という括りの中にも沢山の種類があるわ。その中でも特に強い力を持つ種族が二つあるの」
「白い翼を持つ輝翼族と、黒い翼を持つ剛翼族。昔はこの二種族間で何度も戦いがあったんだ。ここ何十年かはそんな衝突は起きてないけど、未だに溝は深いみたいで、お互いに忌み嫌っているんだって」
「まあそれを抜きにしても、どちらもプライドが高い種族でにゃあ。他の翼人族とも、同じ種族として見られたくにゃいってことで、一纏めに扱えにゃいのにゃ」
「そうだったのか。教えてくれてありがとう。ヌヌさんも、ありがとうございます」
ユートさんはまだ少し納得しきれていないようでしたけど、三人にお礼を言いました。
「あ、あの、それでそのどちらかが、輝翼族の方か剛翼族の方なんですか?」
「どっちもだ」
「え?」
私とシルファさんとシイキさんの声が重なりました。
「輝翼族の女が一人、剛翼族の男が一人だ」
「………………」
「……それは、少し心配ですね」
「あはは、何事もなければいいけど……」
「まさかその二種族が集まるにゃんてにゃあ」
ヌヌさんも驚いているようでしたが、その顔に浮かんでいたのは小さな笑みでした。苦笑いというわけでもないようで、この状況を楽しんでいるみたいです。
私は自分の中の不安がどんどん大きくなっていくのを感じました。まさかこんなことになるなんて……。
「けどその二人は魔導士として来てるんだろ? だったら種族がどうのっていうのは、あまり関係ないんじゃないか?」
「ユートちゃんの言う通りにゃ。魔導士としてこの依頼を受けたのにゃら、こうにゃるかもしれにゃいことくらい覚悟してたはずにゃ。案外、お互い特に気にしてにゃいかもしれにゃいしにゃあ」
「そう、ですね。魔導士たるもの、依頼に私情を持ち込んだりはしないでしょうし」
「僕たちもあまり気にしない方が、下手に刺激しないでいいかもね」
「そうしてくれると助かる。そういったところに気を遣うのはリーダーである俺の仕事だしな。一応可能な範囲で離させるし、お前さんたちは普通にしててくれ」
「………………」
ボルドさんの言葉に、私はうまく頷けませんでした。今はただ、この依頼が無事に終わってほしいと願っていました。
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