物理重視の魔法使い

東赤月

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2. 依頼

ヌヌさんとお話しです

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「いやあ、悪いにゃあ。招いてもらった上におさかにゃまでご馳走ににゃるにゃんてにゃあ」

 あの後、温泉から上がった私たちは、ヌヌさんをお部屋に招待しました。シルファさんが、壁を壊さずに済んだのはヌヌさんのお陰だから、是非お礼が言いたいと頼んだのです。
 お魚を前に目を輝かせるヌヌさんはまるで子供のようでした。他種族の方は見た目から年齢を推測するのが難しいと言いますが、ヌヌさんは何歳くらいなんでしょう? 見た目は二十代くらいですが、十代と言われても納得してしまいそうです。

「いえ、危うく多くの方に迷惑をかけるところでしたから。この程度のことは当然です」
「けれどその魚は俺のじゃ……、いえなんでもありません」

 お魚がない夕ご飯を乗せたお盆を持ったユートさんは、シルファさんの顔を見て俯くと、入り口近くの隅っこにそそくさと歩いていきました。シルファさんの前に座るシイキさんも目を伏せます。シルファさんの隣に座る私にはどんな顔をしているのかは見えませんでしたが、想像して少し怖くなりました。

「覗き魔のことは放っておきましょう。ところでヌヌさん、どうして私たちに声をかけたんですか?」
「にゃはは、それが本題かにゃ。抜け目にゃいにゃあ」

 私の正面に座るヌヌさんが目を細めます。

「にゃあに、少し興味が湧いただけにゃ。脱衣所にあった制服から、グリマール魔法学院の生徒だということは分かったからにゃ。もしかして明日の依頼に関係があるのかもしれにゃいと思ったのにゃ」
「ということは、ヌヌさんも?」
「そうにゃ。私も、ということは、やっぱりそうだったのかにゃ」

 ヌヌさんが嬉しそうに笑います。

「しかしまだ若いのに、今回の討伐遠征に参加するにゃんてすごいにゃあ。シルファちゃんはいい魔法を使っていたし、学院の生徒のにゃかでも、かにゃりの精鋭にゃんじゃにゃいかにゃ?」
「さすが現役の魔導士さんですね。ほんの少し一緒にいただけで僕たちの実力に気づくなんて」
「ヌヌさん、そいつの言うことは無視してください。私たちはヌヌさんが思うほど優秀というわけではありませんし、今回は運搬役として依頼に参加する身ですので、大したものはお見せできません」
「にゃんと、そっちだったかにゃ。少し意外だにゃ」

 ヌヌさんは小骨を噛みながら目を丸くします。表情がころころと変わるヌヌさんは見ていて飽きませんでした。

「ふむ、ということはもしかして、依頼の内容にゃいようについても詳しくは知らにゃいんじゃにゃいかにゃ?」
「そうですね。ここから少し離れた場所に出没した魔物を討伐する、という程度しか聞かされていません」

 シルファさんの言葉に、私も頷きます。
 馬車の中でシルファさんから聞いた話によると、私たちのお仕事は、魔導士さんたちの拠点となるキャンプを設営する予定の場所まで荷物を運んで、キャンプができてからはそこに残って、もし魔物がやってきたら追い返すというものだそうです。けれどキャンプを設営する場所には、基本的に魔物を遠ざけるための魔法がかけられますから、どんな魔物がどれだけ出現するかなどの情報はあまり聞かされないのが普通だといいます。代わりに、どんな荷物をどれだけの距離運ぶのか、といった内容が詳しく説明されました。今回私たちが運ぶのは、テント用の柱などだそうです。

「そうにゃのかにゃ。まあ余計にゃ情報を知らされて不安ににゃられても困るもんにゃあ」
「そ、そんなに強い魔物が出るんですか?」
「にゃはは、不安にさせちゃったかにゃ? 安心するにゃ。私が聞いた限りじゃ、大した魔物はいにゃいそうにゃ。ちょっと数が多いだけみたいにゃ」
「そ、そうですか……」

 私はほっと胸を撫でおろします。

「ただフルルちゃんは、もう少し自分の身を守れるようににゃったほうがいいかもにゃあ」
「え……?」
「私が声をかけた時、シルファちゃんはいつでも魔法を使えるよう構えていたにゃ。けれどフルルちゃんはシルファちゃんの後ろに隠れるだけで、私が後ろに行った時も、魔術式を形成できにゃかったにゃ。それじゃ少し不安だにゃ」
「…………」

 私は何も答えられず、視線を下げます。
 言われてみればその通りでした。私も魔法使いとして、自分の身は自分で守らないといけないのに、あの時は無意識的にシルファさんに守られようとしてしまいました。
 こんなんじゃ、シルファさんと同じチームになる資格なんてありません……。

「……そう言えばあの時、ヌヌさんはどうやって後ろに回ったんですか? 目を離したつもりはなかったのですが」
「にゃはは、それは勿論、魔法を使ったのにゃ。こんにゃ風ににゃ」

 ヌヌさんが手招きするように持ち上げた手の先に、小さな魔術式が形成されました。その魔術式が光ります。

「わっ!」
「ええっ!?」

 ヌヌさんの顔が、湯気のようなぼんやりとした白いもので隠れました。こんなに近くにいるのに、顔がはっきり見えません。

「隠密魔法ですか。緊急時でもないのに魔法を使うというのは、いかがなものかと思いますが」
「まぁまぁ、ここには魔法使いしかいにゃいんだし、堅苦しいこと言いっこにゃしにゃ。ちにゃみに念のため、あの時二人にもかけておいたにゃ。だからユートちゃんには、二人の艶姿を見られずに済んだはずにゃ」
「そうだったんですか? なら……」
「お気遣いありがとうございます。ですが問題は彼の行動自体にありますので、処遇は変えません」

 シルファさんは厳しい人でした。黙々とご飯を食べるユートさんの姿が少し寂しそうに見えます。

「……えっと、シルファさんがヌヌさんの姿を見失った理由は分かりましたけれど、それだけで突然後ろに現れることはできないんじゃないですか?」

 姿が見えなくなっても、波を立てずに水の中を動くことはできないはずです。

「それはこの魔法だにゃ」

 ヌヌさんは手で払うようにして顔にかけた魔法を消すと、今度は綺麗に骨だけになった魚に、少し大きめの魔術式を向けました。

「わわっ!」
「動いた!」

 すると突然、魚の骨が浮かび上がり、まるで空中を泳ぐように私たちの周りを一周すると、元の場所に戻りました。ヌヌさんは楽しそうに笑います。

「色々と言い方はあるけれど、私は操作魔法と呼んでいるにゃ。魔法を動かすのとおにゃじように、その場にある物体を操作するんだにゃ。今のは最初に決めた動きをさせるだけだったから大したことにゃいけれど、もっと大きにゃ魔術式にすれば、はにゃれた場所から自由に操作することもできるにゃ」
「そ、それでもすごいです!」
「本当に泳いでいるかと思いましたよ」
「にゃはは、そんにゃに褒められると照れるにゃあ。本当はもっとしっぽを振り振りさせたかったけど、力の調整を間違えるとバラバラににゃるからにゃあ」

 ヌヌさんが照れたように笑います。するとなぜか隣で、シルファさんが小さく震えたような気がしました。

「……その魔法で、自分の体を動かしたんですね」
「そういうことにゃ。そこそこ体に負担はかかるけど、自分の想定した動きにゃら心構えもできるにゃ」

 ちにゃみにさっきは上から近づいたにゃ、と言いながら、ヌヌさんは手を動かしてその動きを真似て見せました。

「操作魔法でしたか。私はてっきり強化魔法かと」
「強化魔法? にゃはははは! それこそ実際に体を動かす分、体への負担が半端じゃにゃいにゃ。魔法の発現だけでいい操作魔法と違って、魔法がかかったにゃれにゃい体も動かさにゃいといけにゃいから、加減も難しいしにゃあ。その分使う魔力は少にゃくて済むけど、そんにゃ魔法を使う魔導士は皆無だろうにゃ」
「………………」
「………………」

 私とシイキさんはユートさんへと顔を向けました。ユートさんは手を合わせてお茶碗に頭を下げています。

「ん、どうかしたかにゃ?」
「いえ、その、改めてユートさんはすごいなぁと」
「ユートちゃんにゃ? そう言えばあの高さの壁を上ってたにゃあ。ユートちゃんも操作魔法を使うのかにゃ?」
「まさにその強化魔法を使うんです、彼は」
「にゃにゃっ!? それは本当かにゃ!?」

 ヌヌさんはとても驚いたようで、ずいっと身を乗り出します。私はそれに気圧されながらも、こくこくと頷きました。

「ほ、本当です。私も驚きましたけど……」
「ユートちゃん、ちょっと来てほしいにゃ!」

 ヌヌさんが立ち上がって手招きしました。ユートさんは笑顔を浮かべて立とうとして――

「ユート、まだ明日になってないわよ」
「……………………」

 一瞥もなく放たれたシルファさんの言葉に、元の姿勢に戻りました。シイキさんは、見ていられないとばかりに顔を背けます。

「どうして止めるんだにゃ?」
「彼には明日まであそこで反省してもらうと決めましたから。外に連れ出すのも遠慮してください」
「にゃら私がユートちゃんのところに行くにゃ。それにゃら問題にゃいにゃ?」
「あの場から動かさないのであればご自由に」
「分かったにゃ」

 ヌヌさんはわくわくしたような顔でユートさんのいる方に向かいました。ヌヌさんが離れたことで比較的静かになります。

「……シルファ、ユート君のこと、少しやりすぎじゃないか?」
「憲兵に突き出すどころか、一晩の反省で許すと言っているのよ? 寧ろ寛大すぎるくらいだわ」
「で、でも、ユートさんは私たちを助けようとして……」

 恐る恐る横を窺うと、シルファさんと目が合いました。私は反射的に目を背けてしまいます。

「フルルの言う通りだよ。そりゃあ僕も、自分の裸を見られるのは嫌だけど、純粋な善意でとった行動なんだから、あそこまで厳しくしなくていいんじゃない?」

 シイキさんにつられて、私もユートさんの方を見ます。

「おお!? にゃんじゃこりゃ!?」
「驚くのはまだ早いですよ」
「にゃにゃ、にゃんてことにゃ!?」
「……今は楽しそうだけど」

 シイキさんは苦笑いして前に向き直りました。

「ともかく、鞭ばかりじゃリーダーは務まらない。それはシルファも良く知っているでしょ? 同じチームのメンバーなんだし、もう少し寛容になってもいいんじゃないかな?」
「………………」

 シルファさんは黙ってご飯を口に運ぶと、それを飲み込んでから手を合わせました。そして小さく息をついてから話し始めます。

「メンバーだからこそ、よ」
「どういう意味?」
「メンバーとして彼が心配だから、反省させているの。遠足のとき、彼がどんな行動をとったか、あなたも知っているでしょ?」
「………………」

 今度はシイキさんが黙ってしまいました。私は小さく口を挟みます。

「あ、あの、遠足でユートさん、どうかしたんですか?」
「それはね――」

 シルファさんの話を聞いて、私はユートさんの方に目を向けました。ユートさんはまだヌヌさんと楽しそうにお喋りしてます。
 遠足からまだ時間も経ってないのに、死ぬかもしれないような経験をしたのに、どうしてあんなに明るくいられるんでしょう? どうして、そんな行動が取れたんでしょう?

「ユートは眩しいくらいに真っ直ぐよ。自分の気持ちにとても正直だわ。けれどそれを優先して、規則を疎かにする傾向がある。遠足の時は勝手にチームを抜けて単独行動するし、今回だって一つ間違ってたら逮捕されてもおかしくなかったわ。山の中にいた頃はそれでも良かったのかもしれないけれど、こうして社会に関わっている以上、ユートは自分の気持ちと、社会を維持する上で不可欠な規則とを擦り合わせる必要がある。何よりユート自身のためにもね」
「………………」

 シルファさんの言うことは正論でした。沢山の人が集まっている社会の中で、ルールを守ることはとても大事です。ユートさんの行動は、正しいと思っての行動だったのでしょうけれど、だから規則を破っていいということにはならないと、そういうことなのでしょう。
 私はそれを否定する言葉が見つけられず、開きかけた口を閉じました。

「なるほどね。僕はてっきり、自分も壁を壊そうとした行動が間違ってたから、みたいな理由をつけて、ユート君とお近づきになろうとしたのかと」
「そ、そんなわけないでしょ! 確かに、私の行動も問題はあったけど……」
「あれぇ、何だか動揺してない? もしかして本当に――」
「それ以上言ったら今すぐ温泉に浸かりたくなるわよ」
「………………」

 視界の端でシイキさんが震えたのが見えました。なんだか部屋の温度が下がったように感じます。

「おっと、もうこんにゃ時間かにゃ。明日もあるし、私はそろそろ部屋に帰るにゃ。シルファちゃん、招いてくれてありがとにゃ」

 ヌヌさんに声をかけられたシルファさんは、立ち上がって頭を下げました。

「こちらこそ、色々とお話ししてくださりありがとうございました。明日は宜しくお願いします」
「にゃはは、シルファちゃんは真面目だにゃあ。もう少し肩の力を抜いてもいいと思うにゃ。それじゃばいにゃ~」

 ヌヌさんは手を振りながら帰っていきました。室温が元に戻ったような気がして、私は胸を撫で下ろしました。
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