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2. 依頼
チーム戦
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「食らえ、『ファイア・ボール』!」
フレイの魔法が放たれる。発現の早さを優先したのか、魔術式は小さく、魔法も大きくはない。けれど当たったら戦闘不能になることは間違いなかった。それの対処に時間をかけさせ、その間にアランやシイキの魔術式を完成させるのが目的だろう。
後ろにいるシルファはまだ魔術式を形成できていない。距離を詰めようと前に出た俺はその場で立ち止まると、防御魔法を発現させるための、楕円形魔術式を形成する。
「え? 嘘でしょ?」
「早ぇ……ていうか楕円形!?」
周りの生徒から驚きの声が洩れた。そう言えば三日前の授業じゃ見せてなかったな。驚かれたことを少し嬉しく思いつつ、楕円形魔術式から防御魔法を発現させ、飛来する火球を防ぎきる。
俺の魔術式の大きさはフレイのものより小さい。それでも火球を正面から受けきれるのは、動かす必要のない防御魔法であることと、楕円形にすることで強度を増したためだ。その分発現できるのは短い間になってしまうし、大きさも小さくなってしまうが、相手の魔法が当たる時、当たる場所にさえあれば防御はできる。
「ユート、離れて!」
背後からシルファの声が響く。魔術式が完成したようだ。俺は大きく横に跳び退いた。
「凍てつけ、『フリーズ・ロック』!」
三つのシルファの魔法が、それぞれ相手チームの三人へと向かう。その大きさはフレイの火球の二倍はあり、速さもかなりのものだった。
「そびえ立て、『ストーン・ウォール』!」
しかしその攻撃が届く前に、アランが大きな壁を発現させた。岩の壁を想起させるその魔法は防御魔法を派生させたものだろうが、それとは違い半透明ではなく、三人の姿が完全に見えなくなる。
回り込もうにも、周りには魔法が外に飛んでいかないよう球状の障壁魔法が張り巡らされている。それを背にされて前にも壁を作られたんじゃ、手の出しようがなかった。
けれどそれも想定内だ。俺は作戦通りに、壁の近くで待機する。
「切り刻め、『ブレイド・ルーツ』!」
先に仕掛けてきたのは向こうだった。壁が霧散すると同時に、黒い大蛇を思わせる刃が無数に飛び出した。しかし魔術式の形成にあまり時間をかけられなかったからなのか、一昨日の遠足で見たものよりも規模は小さい。逃がさない分には十分かもしれないけれど、一つ一つの威力が大したことなければ、避けられずとも防ぐことはできる。
俺は迫る黒刃に対し後退しながら、形成しておいた楕円形魔術式から防御魔法を発現させる。正面から受け止める形ではなく、刃の進行方向に対して斜めに構えての発現だ。
ガッ!
防御魔法に当たった刃は軌道を逸らし、他の刃に当たりながらあらぬ方向へと向かった。ただでさえ制御が苦手だというシイキの魔法、それも数ある刃のうちの一つの動きだ。少しでも動かせれば、シルファに届くまでにはまるで見当違いなところに当たるだろう。
俺は尚も後ろに下がり、正面からくる刃を逸らし続ける。
「っ! シルファ!」
丁度中心付近まで下がったところで、左右の外側を進む刃が、障壁魔法の壁を伝うようにして徐々に曲がり、奥のシルファに向かっていくのに気がつく。この二つの動きには明らかにシイキの意思を感じた。俺に魔法を防がれるのは織り込み済みで、本命はこれということか。魔法の規模を小さくしたのも、シルファの追撃を警戒して時間をかけられなかったというわけではなく、あるいはその二つの刃を制御しやすくするためだったのかもしれない。
試合用の障壁魔法は大きく、広い。いくら俺でも両方を防ぐことはできないだろう。片方を対処している間にもう片方がシルファに迫ってしまう。
「平気よ。それより道を空けなさい」
しかし振り返ると、長い銀髪をなびかせたシルファは既に自分の背よりも大きな魔術式を完成させていた。魔力を込められた魔術式が光り輝く。
「道を空けろって、え、話が違――」
「突き破れ――」
本気かよ! 俺は足に強化魔法を付与すると高く跳んだ。
「『アイス・ピラー』!」
その直後、シルファの魔術式から発現した円柱状の氷塊が、迫る黒刃を弾き返しながら俺の下を通過する。
「うおおっ!」
弾かれた刃が俺に向かってきた。何とか一つを弾くけれど、もう一つが靴に当たった。これで俺は失格だ。俺は両手を上げて、障壁魔法の中にいるキース先生に自らの敗北を告げる。
「そびえ立て、『ストーン・ウォール』!」
不意に刃の動きが止まり、アランの魔法が再び発現する。シイキが魔法の発現を止め、アランの防御の後ろに隠れたのだろう。そこに氷塊が伸びていき――
ドゴォン!
動きの止まった氷塊の上に着地すると、無数の刃の根元に氷塊が突っ込んでいるのが見えた。その奥にある岩壁は見事に崩れている。黒刃や岩壁はやがて空気に溶けていき、俺が乗っている氷塊も、シルファが魔力の供給をやめたのか、徐々に霧散していった。
「……えっと、死んでないよな?」
「当然よ。薄膜の性能はすごいんだから。それでも危ないって時にはキース先生が止めるしね」
そう言うシルファの体は、まだ薄膜の淡い光に包まれていた。俺は地面に降りると、自分の体を包む淡い光をちらと見る。薄膜は靴には及ばないため、俺のもまだ残っていた。
「それより、まだ戦いは終わってないのよ。邪魔だから早くどいて」
「『ファイア・ボールズ』!」
その時、予想外の方向から無数の火球が飛んできた。シルファがそれに気づいたときには、もう目前にまで迫ってきている。
「くうっ!?」
シルファは慌ててそちらに魔術式を向けるも、シルファの魔法が発現する前に、火球の一つがシルファに当たった。パアン、と薄膜が強い光を発して消える。
「そこまで!」
審判のキース先生が俺たちの敗北を告げた。
◇ ◇ ◇
「まさかシイキの魔法に隠れて、フレイが近づいてたなんてな。全然気づけなかった」
授業が終わり、魔法競技場から教室に戻るまでの間に、俺とシルファは試合で対戦したアラン達と結果を振り返っていた。首に薄緑色の布を巻いているシイキは、頭の後ろと髪の先で留めた長い黒髪を揺らしながら振り返った。
「僕としては、『ブレイド・ルーツ』だけで勝つつもりだったんだけどなぁ」
「ま、そんなに甘くないっていうのは分かってたからな。シルファを狙うと見せかけて、その陰でフレイを近づかせたわけだ」
「私も結構ドキドキしたよ。自分から相手に近づくことなんて、ほとんどないからさ」
そう。だからシルファも虚を突かれたのだろう。俺みたいに特殊な奴でもないかぎり、魔法使いなら離れた場所から攻撃するのが定石だ。わざわざ相手に近づく危険を冒さなくても攻撃できるというのが魔法の強みなのだから。
「………………」
「シルファ、さっきからずっと黙ってるけど、調子でも悪いのか?」
「違うわ。今日の試合について考えていただけよ」
「ならシルファも一緒に話さないか? その方がお互いに気づくこともあるだろうし」
「遠慮するわ。私は一人で考える方が性に合ってるから」
「……そうか。残念だな」
それがシルファの考え方なら、邪魔をするのも悪い。そう思い改めてアラン達の方を向くと、なぜかシイキがにまにまとしていた。
「ユート君、シルファのことなら気にしなくていいと思うよ。今までいつも一人で考えてたから、こういうときどう話していいか分からないだけだろうし」
「ちょっとシイキ、適当なこと言わないで! そんなわけないでしょ!」
そんなわけないと言うわりには、シルファの声は明らかに変わっていた。振り向いて見ると、さっきよりも少し顔が赤くなっているみたいだった。
「えー、ほんとかなぁ? そんなに慌てるなんて、図星なんじゃない?」
尚も追及するシイキに対し、シルファは顔を赤らめたまま指をさす。
「……いいわ、話してあげる。はっきり言ってあなたの魔法はこけおどしよ、シイキ。規模はそこそこだけど、攻撃の一つ一つはユートの防御魔法で逸らされる程度の威力しかない。制御ができてないから魔力を無駄に使っているのよ。そんな魔法で試合を決めるつもりだったなんて、本当におめでたいわね」
「なあっ!?」
指摘されたシイキも、悔しさからか頬を紅潮させた。
「いや、あれはユートだからこそできる芸当だと思うけどな」
「うんうん」
「はは、ありがとう」
少し照れくさいけど、俺は素直にアランとフレイの賞賛を受け取った。けれどあとの二人には聞こえてないようで、激しい口論が勃発する。
「なら自分はどうなのさ! ユート君に守られておきながら、自分の魔法の余波で味方まで失格にするなんて、考えが足りなかったんじゃないの? ユート君も自分ごと攻撃されるとは思わなかったみたいだし」
まったくもってその通りだ。
「思ったより早く魔術式ができたのよ。なら即座に魔法を発現させた方が良いに決まってるでしょ。ユートなら絶対に避けてくれるって信頼してたし、その件についてはもう謝ったわ。あなたの魔法が当たったことは、不運としか言いようがないもの。考えてどうにかなるものじゃないわ」
いやまあ、悪かったわね、とは言われたけどな。その後に、でも敵を騙すにはまず味方からって言うでしょ、とも続いたけどな。
「あなたこそ、二人に守られてばかりだったじゃない」
「そういう役割だったからね。だから君たちにも勝って見せたじゃないか」
「あなたが一対一で戦える相手がどれだけいるかって話よ。誰かに守られてないとまともに魔法を使えないなんて、笑い話にもならないでしょ」
「な、今日のことと関係ないじゃないか!」
「否定はしないのね」
「二人ともー! そろそろやめなさい!」
話が逸れそうになったところで、フレイが仲裁に入った。
「むう……」
「……そうね。少し言い過ぎたわ。ごめんなさい」
不満そうなシイキに、シルファが頭を下げた。シイキが驚愕の表情を浮かべる。
「うそ……。シルファが、謝った……?」
「私を何だと思っているのよ」
今度はシルファが不満そうな顔を浮かべる。そのやり取りを見て、俺は頬を緩めた。
「二人とも、仲良しだな」
「お、ユートもそう思うか? なんだかんだ仲いいよな」
アランと頷きあっていると、シルファが困ったような表情をして近づいてきた。
「勘違いしないで、ユート。私とあいつは一人でいることが多かったから、たまたま一緒になるのも多かっただけよ。仲がいいわけじゃないわ」
「そうか? お互い本音で話し合えてるように見えたし、悪くはなさそうだけど」
「とにかく! これ以上あいつとの間柄を詮索するのは禁止! 分かった!?」
「う、うん」
あまりの迫力にこくこくと頷く。
「いやあ、まさかシルファがこんなに照れ屋さんだったなんてね」
「……あの秘密を明かされたいの?」
「…………ごめん」
軽口を言うシイキも、シルファの一睨みで大人しくなった。
しかし秘密だって? そんなの持ってるなんて、やっぱり仲がいいんじゃないか? そう言おうとしたけれど、本気で怒られそうなのでやめておく。
「……そういやユート、あれは何だったんだ?」
アランがふと思い出したように俺を見る。
「あれって?」
「ああ、試合に負けた後、突然仰向けに倒れて踏んでくれとか言ってたあれのことだね。私も気になった」
ああ、あれか……。俺は思い出して顔から火が出そうになる。
「……山の中にいた頃、俺を育ててくれたじいさんとよく試合をしてたんだけどさ、負けたらああするのが決まりだったんだ。試合だから負けてもいいなんて気を起こさないようにって」
「へえぇ、面白いおじいさんだね」
「ユートを育てたって、そのじいさん何者だよ……」
じいさんが何者か、か。俺は、少年のような見た目にも関わらずこちらの攻撃をことごとく無効化してから嬉々としてぼこぼこにしてくるじいさんの姿を思い返す。
「化け物だな。俺は一度も勝てたことがない」
「……本当に?」
「まじかよ……」
フレイとアランは本気で驚いているようだった。俺は軽く頬を掻く。
「まあ、俺もまだまだ実力が足りないってことさ。だからここで力をつけて、いつかじいさんにも勝てるくらいになるんだ」
「はは、末恐ろしいな」
「最強の魔法使いになるのが夢なんだもんね。私たちも負けてられないね」
「そうだな」
二人が頷き合った。その姿は、お互いに影響しあって一緒に強くなっていく、まさに仲間という感じだ。山の中じゃ見られなかった光景に、感動を覚える俺だった。
「ユート」
「ん、なんだ? シルファ」
その仲間の中でも、今日の試合などで行動を共にするチームを組んでいるシルファが話しかけてくる。ちなみにアランとフレイも俺たちとは別のチームで一緒のメンバーだ。シイキはまだ誰ともチームを組んでいないが、一人じゃチーム戦に参加できないため、授業の間一時的にアラン達のチームに参加していた。
いつもの表情に戻ったシルファは、俺のことを正面から見据え、言葉を続けた。
「放課後、チームの件で話があるわ。魔法競技場に集合よ」
フレイの魔法が放たれる。発現の早さを優先したのか、魔術式は小さく、魔法も大きくはない。けれど当たったら戦闘不能になることは間違いなかった。それの対処に時間をかけさせ、その間にアランやシイキの魔術式を完成させるのが目的だろう。
後ろにいるシルファはまだ魔術式を形成できていない。距離を詰めようと前に出た俺はその場で立ち止まると、防御魔法を発現させるための、楕円形魔術式を形成する。
「え? 嘘でしょ?」
「早ぇ……ていうか楕円形!?」
周りの生徒から驚きの声が洩れた。そう言えば三日前の授業じゃ見せてなかったな。驚かれたことを少し嬉しく思いつつ、楕円形魔術式から防御魔法を発現させ、飛来する火球を防ぎきる。
俺の魔術式の大きさはフレイのものより小さい。それでも火球を正面から受けきれるのは、動かす必要のない防御魔法であることと、楕円形にすることで強度を増したためだ。その分発現できるのは短い間になってしまうし、大きさも小さくなってしまうが、相手の魔法が当たる時、当たる場所にさえあれば防御はできる。
「ユート、離れて!」
背後からシルファの声が響く。魔術式が完成したようだ。俺は大きく横に跳び退いた。
「凍てつけ、『フリーズ・ロック』!」
三つのシルファの魔法が、それぞれ相手チームの三人へと向かう。その大きさはフレイの火球の二倍はあり、速さもかなりのものだった。
「そびえ立て、『ストーン・ウォール』!」
しかしその攻撃が届く前に、アランが大きな壁を発現させた。岩の壁を想起させるその魔法は防御魔法を派生させたものだろうが、それとは違い半透明ではなく、三人の姿が完全に見えなくなる。
回り込もうにも、周りには魔法が外に飛んでいかないよう球状の障壁魔法が張り巡らされている。それを背にされて前にも壁を作られたんじゃ、手の出しようがなかった。
けれどそれも想定内だ。俺は作戦通りに、壁の近くで待機する。
「切り刻め、『ブレイド・ルーツ』!」
先に仕掛けてきたのは向こうだった。壁が霧散すると同時に、黒い大蛇を思わせる刃が無数に飛び出した。しかし魔術式の形成にあまり時間をかけられなかったからなのか、一昨日の遠足で見たものよりも規模は小さい。逃がさない分には十分かもしれないけれど、一つ一つの威力が大したことなければ、避けられずとも防ぐことはできる。
俺は迫る黒刃に対し後退しながら、形成しておいた楕円形魔術式から防御魔法を発現させる。正面から受け止める形ではなく、刃の進行方向に対して斜めに構えての発現だ。
ガッ!
防御魔法に当たった刃は軌道を逸らし、他の刃に当たりながらあらぬ方向へと向かった。ただでさえ制御が苦手だというシイキの魔法、それも数ある刃のうちの一つの動きだ。少しでも動かせれば、シルファに届くまでにはまるで見当違いなところに当たるだろう。
俺は尚も後ろに下がり、正面からくる刃を逸らし続ける。
「っ! シルファ!」
丁度中心付近まで下がったところで、左右の外側を進む刃が、障壁魔法の壁を伝うようにして徐々に曲がり、奥のシルファに向かっていくのに気がつく。この二つの動きには明らかにシイキの意思を感じた。俺に魔法を防がれるのは織り込み済みで、本命はこれということか。魔法の規模を小さくしたのも、シルファの追撃を警戒して時間をかけられなかったというわけではなく、あるいはその二つの刃を制御しやすくするためだったのかもしれない。
試合用の障壁魔法は大きく、広い。いくら俺でも両方を防ぐことはできないだろう。片方を対処している間にもう片方がシルファに迫ってしまう。
「平気よ。それより道を空けなさい」
しかし振り返ると、長い銀髪をなびかせたシルファは既に自分の背よりも大きな魔術式を完成させていた。魔力を込められた魔術式が光り輝く。
「道を空けろって、え、話が違――」
「突き破れ――」
本気かよ! 俺は足に強化魔法を付与すると高く跳んだ。
「『アイス・ピラー』!」
その直後、シルファの魔術式から発現した円柱状の氷塊が、迫る黒刃を弾き返しながら俺の下を通過する。
「うおおっ!」
弾かれた刃が俺に向かってきた。何とか一つを弾くけれど、もう一つが靴に当たった。これで俺は失格だ。俺は両手を上げて、障壁魔法の中にいるキース先生に自らの敗北を告げる。
「そびえ立て、『ストーン・ウォール』!」
不意に刃の動きが止まり、アランの魔法が再び発現する。シイキが魔法の発現を止め、アランの防御の後ろに隠れたのだろう。そこに氷塊が伸びていき――
ドゴォン!
動きの止まった氷塊の上に着地すると、無数の刃の根元に氷塊が突っ込んでいるのが見えた。その奥にある岩壁は見事に崩れている。黒刃や岩壁はやがて空気に溶けていき、俺が乗っている氷塊も、シルファが魔力の供給をやめたのか、徐々に霧散していった。
「……えっと、死んでないよな?」
「当然よ。薄膜の性能はすごいんだから。それでも危ないって時にはキース先生が止めるしね」
そう言うシルファの体は、まだ薄膜の淡い光に包まれていた。俺は地面に降りると、自分の体を包む淡い光をちらと見る。薄膜は靴には及ばないため、俺のもまだ残っていた。
「それより、まだ戦いは終わってないのよ。邪魔だから早くどいて」
「『ファイア・ボールズ』!」
その時、予想外の方向から無数の火球が飛んできた。シルファがそれに気づいたときには、もう目前にまで迫ってきている。
「くうっ!?」
シルファは慌ててそちらに魔術式を向けるも、シルファの魔法が発現する前に、火球の一つがシルファに当たった。パアン、と薄膜が強い光を発して消える。
「そこまで!」
審判のキース先生が俺たちの敗北を告げた。
◇ ◇ ◇
「まさかシイキの魔法に隠れて、フレイが近づいてたなんてな。全然気づけなかった」
授業が終わり、魔法競技場から教室に戻るまでの間に、俺とシルファは試合で対戦したアラン達と結果を振り返っていた。首に薄緑色の布を巻いているシイキは、頭の後ろと髪の先で留めた長い黒髪を揺らしながら振り返った。
「僕としては、『ブレイド・ルーツ』だけで勝つつもりだったんだけどなぁ」
「ま、そんなに甘くないっていうのは分かってたからな。シルファを狙うと見せかけて、その陰でフレイを近づかせたわけだ」
「私も結構ドキドキしたよ。自分から相手に近づくことなんて、ほとんどないからさ」
そう。だからシルファも虚を突かれたのだろう。俺みたいに特殊な奴でもないかぎり、魔法使いなら離れた場所から攻撃するのが定石だ。わざわざ相手に近づく危険を冒さなくても攻撃できるというのが魔法の強みなのだから。
「………………」
「シルファ、さっきからずっと黙ってるけど、調子でも悪いのか?」
「違うわ。今日の試合について考えていただけよ」
「ならシルファも一緒に話さないか? その方がお互いに気づくこともあるだろうし」
「遠慮するわ。私は一人で考える方が性に合ってるから」
「……そうか。残念だな」
それがシルファの考え方なら、邪魔をするのも悪い。そう思い改めてアラン達の方を向くと、なぜかシイキがにまにまとしていた。
「ユート君、シルファのことなら気にしなくていいと思うよ。今までいつも一人で考えてたから、こういうときどう話していいか分からないだけだろうし」
「ちょっとシイキ、適当なこと言わないで! そんなわけないでしょ!」
そんなわけないと言うわりには、シルファの声は明らかに変わっていた。振り向いて見ると、さっきよりも少し顔が赤くなっているみたいだった。
「えー、ほんとかなぁ? そんなに慌てるなんて、図星なんじゃない?」
尚も追及するシイキに対し、シルファは顔を赤らめたまま指をさす。
「……いいわ、話してあげる。はっきり言ってあなたの魔法はこけおどしよ、シイキ。規模はそこそこだけど、攻撃の一つ一つはユートの防御魔法で逸らされる程度の威力しかない。制御ができてないから魔力を無駄に使っているのよ。そんな魔法で試合を決めるつもりだったなんて、本当におめでたいわね」
「なあっ!?」
指摘されたシイキも、悔しさからか頬を紅潮させた。
「いや、あれはユートだからこそできる芸当だと思うけどな」
「うんうん」
「はは、ありがとう」
少し照れくさいけど、俺は素直にアランとフレイの賞賛を受け取った。けれどあとの二人には聞こえてないようで、激しい口論が勃発する。
「なら自分はどうなのさ! ユート君に守られておきながら、自分の魔法の余波で味方まで失格にするなんて、考えが足りなかったんじゃないの? ユート君も自分ごと攻撃されるとは思わなかったみたいだし」
まったくもってその通りだ。
「思ったより早く魔術式ができたのよ。なら即座に魔法を発現させた方が良いに決まってるでしょ。ユートなら絶対に避けてくれるって信頼してたし、その件についてはもう謝ったわ。あなたの魔法が当たったことは、不運としか言いようがないもの。考えてどうにかなるものじゃないわ」
いやまあ、悪かったわね、とは言われたけどな。その後に、でも敵を騙すにはまず味方からって言うでしょ、とも続いたけどな。
「あなたこそ、二人に守られてばかりだったじゃない」
「そういう役割だったからね。だから君たちにも勝って見せたじゃないか」
「あなたが一対一で戦える相手がどれだけいるかって話よ。誰かに守られてないとまともに魔法を使えないなんて、笑い話にもならないでしょ」
「な、今日のことと関係ないじゃないか!」
「否定はしないのね」
「二人ともー! そろそろやめなさい!」
話が逸れそうになったところで、フレイが仲裁に入った。
「むう……」
「……そうね。少し言い過ぎたわ。ごめんなさい」
不満そうなシイキに、シルファが頭を下げた。シイキが驚愕の表情を浮かべる。
「うそ……。シルファが、謝った……?」
「私を何だと思っているのよ」
今度はシルファが不満そうな顔を浮かべる。そのやり取りを見て、俺は頬を緩めた。
「二人とも、仲良しだな」
「お、ユートもそう思うか? なんだかんだ仲いいよな」
アランと頷きあっていると、シルファが困ったような表情をして近づいてきた。
「勘違いしないで、ユート。私とあいつは一人でいることが多かったから、たまたま一緒になるのも多かっただけよ。仲がいいわけじゃないわ」
「そうか? お互い本音で話し合えてるように見えたし、悪くはなさそうだけど」
「とにかく! これ以上あいつとの間柄を詮索するのは禁止! 分かった!?」
「う、うん」
あまりの迫力にこくこくと頷く。
「いやあ、まさかシルファがこんなに照れ屋さんだったなんてね」
「……あの秘密を明かされたいの?」
「…………ごめん」
軽口を言うシイキも、シルファの一睨みで大人しくなった。
しかし秘密だって? そんなの持ってるなんて、やっぱり仲がいいんじゃないか? そう言おうとしたけれど、本気で怒られそうなのでやめておく。
「……そういやユート、あれは何だったんだ?」
アランがふと思い出したように俺を見る。
「あれって?」
「ああ、試合に負けた後、突然仰向けに倒れて踏んでくれとか言ってたあれのことだね。私も気になった」
ああ、あれか……。俺は思い出して顔から火が出そうになる。
「……山の中にいた頃、俺を育ててくれたじいさんとよく試合をしてたんだけどさ、負けたらああするのが決まりだったんだ。試合だから負けてもいいなんて気を起こさないようにって」
「へえぇ、面白いおじいさんだね」
「ユートを育てたって、そのじいさん何者だよ……」
じいさんが何者か、か。俺は、少年のような見た目にも関わらずこちらの攻撃をことごとく無効化してから嬉々としてぼこぼこにしてくるじいさんの姿を思い返す。
「化け物だな。俺は一度も勝てたことがない」
「……本当に?」
「まじかよ……」
フレイとアランは本気で驚いているようだった。俺は軽く頬を掻く。
「まあ、俺もまだまだ実力が足りないってことさ。だからここで力をつけて、いつかじいさんにも勝てるくらいになるんだ」
「はは、末恐ろしいな」
「最強の魔法使いになるのが夢なんだもんね。私たちも負けてられないね」
「そうだな」
二人が頷き合った。その姿は、お互いに影響しあって一緒に強くなっていく、まさに仲間という感じだ。山の中じゃ見られなかった光景に、感動を覚える俺だった。
「ユート」
「ん、なんだ? シルファ」
その仲間の中でも、今日の試合などで行動を共にするチームを組んでいるシルファが話しかけてくる。ちなみにアランとフレイも俺たちとは別のチームで一緒のメンバーだ。シイキはまだ誰ともチームを組んでいないが、一人じゃチーム戦に参加できないため、授業の間一時的にアラン達のチームに参加していた。
いつもの表情に戻ったシルファは、俺のことを正面から見据え、言葉を続けた。
「放課後、チームの件で話があるわ。魔法競技場に集合よ」
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