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1. 出会い
練習試合
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じいさん以外の相手との試合なんて随分と久しぶりだ。俺はわくわくしながら、魔法の中心部でシイキと向かい合った。試合の前の作法があるらしい。
「随分と嬉しそうだね」
「ああ。対人戦は久方ぶりだからな」
日課だったじいさんとの組手も、山を降りてからできなくなったし。そう言えばもう山にもいないんだよな。再戦できるのはいつになるだろう。
「ふうん。ところでさ、折角だから、何か賭けない?」
互いに礼をしているときに、シイキは声を潜めてそう提案してきた。
「賭け? どんな?」
「大したことじゃないよ。……もし僕が勝ったら、僕とチームを組んで欲しい」
「チーム?」
頭を上げて目を合わせる。そう言えばさっき、シルファともチームがどうこう言い合ってたな。
「チームになると、どうなるんだ?」
「チームメイトと一緒に行動できる。逆にチームに所属してないと大変なんだ。他の生徒が複数人でやることを、全部一人でしなきゃならなくなる。例えば、チーム対抗戦で、一対四で戦わなくちゃいけなくなるとかね」
「そ、そんなものがあるのか……!?」
団体戦みたいなものだろうか。けれど確かに、一人じゃどうしようもないことってのはある。先日猪魔物と戦った時だって、一人だけだったら倒せはしなかっただろう。そういった状況にならないためにも、複数人で行動することは求められそうだ。
「ということで、どう? もし僕が負けたら、二度と君を誘ったりしないからさ」
「え、いやそれは」
「ちょっと、いつまでそこにいる気?」
離れたところからシルファの声が届く。
「おっと、怒られちゃった。で、どうかな?」
「……分かった」
「ありがとう! これで賭け成立だね」
シイキは嬉しそうに、試合の開始位置へと向かった。俺もまた、どこか引っ掛かりを覚えつつも所定の位置へと向かう。
負けたら誘わないって、どういうことだろう? いや、とりあえず今は試合のことを考えよう。
思考を切り替えて、改めてシイキと対峙する。シイキまでの距離はおよそ二十歩。障壁魔法の直径は大体その倍くらいだ。遮蔽物はないから動きやすい反面、身を隠すことはできない。こういう開けた場所での戦法をいくつか思い浮かべる。
「両者、薄膜の発現を」
シルファの言葉に従って、首から提げた、生徒一人一人に支給されている薄膜魔法石に魔力を込める。シイキに少し遅れるかたちで、俺の体を淡い光が包んだ。
「それでは練習試合、開始!」
パアン!
シルファが手を上げるのと同時に、俺は強く両手を打った。意識が戦いのものへと変わる。
直後、俺は軽く体を沈めると、シイキに向かって駆け出した。
「な、なに!?」
両手で魔術式を形成しているシイキが驚きの声を上げた。動揺が伝わったのか、形成途中の魔術式が小さく揺れる。それでも魔術式を完成させたシイキは、俺に対して光弾を放つ。
けれど焦りが出たのか、狙いが粗い。俺は小さく動くだけでやり過ごした。
「嘘でしょ!?」
シイキに肉薄する直前、シイキは防御魔法を発現させた。薄膜の外側にもう一層、淡い光の壁が生まれる。このまま攻撃すれば、先に薄膜が消えるのは俺の方だ。思い出すのは、いつかの旅行で針鼠みたいな魔物に囲まれた時だった。
「ふっ」
俺は掌打を放つ要領で、自分の薄膜が防御魔法に触れる直前まで手を近づけた。
「えっ?」
その手の先に、楕円形魔術式を形成する。そこから発現させたのは光弾だ。
速度は人の歩行並、残っていられるのも一秒程度、けれどその分を威力に還元させた、触れられない相手への攻撃手段だった。
パアン
光弾は薄い防御魔法もろとも、シイキの薄膜を剥がした。
「そこまで、勝者ユート!」
◇ ◇ ◇
「うーん」
「どうしたの?」
練習試合の後、シイキは一言謝ってから帰っていった。なんのことかと思ったけれど、ユートから聞いた話では私に内緒で賭けなんてしていたというのだから呆れた。いくら近々『遠足』があるとは言え、そんな強引にチームを組もうとするなんて。お互いに納得しないでチームを組んでも長続きするわけないのに。
結局二人になった私たちは、改めて障壁魔法を発現させ、魔法の練習を始めた。ユートが唸ったのは、私との練習試合で五連敗を喫した時だった。
「いや、やっぱり俺はまだまだだなって思ってさ」
「それはそうよ。その魔術式の大きさで一人前を気取られても困るわ」
「はは、そうだな」
容赦ない私の言葉にもユートは笑う。どういう環境で育てばこうも明るい性格になれるんだろう。私は少し羨ましく思った。
「確かにあなたの技術はすごいわ。けれど魔術式が小さい以上、できることは少なくなる。近づかないと攻撃できないと分かってしまえば、いくらでも対策はとれるわ」
「そうだよな……」
私のとった対策は、ユートが近づく前に強固な防御魔法を築くことだった。背後に障壁魔法がある分、前方だけを防げばよいため、ユートが脚力を強化しても、辿り着く前にはそれなりの魔法を発現できる。あとはユートが防御の突破に手間取っている間に、ユートがよけきれず、防御もしきれない大規模魔法の魔術式を形成するだけだ。
言うなれば、ユートは超短期決戦タイプだ。その発現の早さを武器に、相手が大きな魔法を出す前に勝負を決める。しかし膠着状態になってしまえば、地力の差で負けてしまう。
攻撃手段は確立できたようだけど、力不足なことに変わりはないというのが、ユートに対する私の評価だった。とは言えその魔術式の大きさで、さらには肉弾戦というユートが慣れている戦い方を禁じられてまで勝ち筋を持てるのはすごいと思うけど。
「ところで、魔法の練習ってここでしかできないのか?」
「え? そうね……。成績優秀者にはその生徒専用の障壁魔法石が配布されるわ。それを使えば、学院の敷地内でなら自由に練習ができるけど、どうして? 魔法競技場じゃ練習できない?」
「できるけど、脱げないからさ」
危うく吹き出しそうになった。
「ご、ごめんなさい、よく聞き取れなかったわ。もう一度言ってくれる?」
「できるけど、脱げないからさ」
聞き間違いじゃなかった。間違いであってほしかった。
「ぬ、ぬぬ、脱げないって、どうして脱ぐ必要があるのよ!?」
「そりゃ、脱いだ方が動きやすいし……」
「そのくらい我慢しなさい!」
なんてことだ。ちょっとずれてるけど最低限の常識は身に付けていると思っていたのに、彼の常識にそんな致命的な欠陥があったなんて……!
「うーん、それが学院の決まりだってのは分かってるんだけどさ。どうしても本気を出せないっていうか」
「学院の外でも脱いじゃ駄目よ! 脱がなくても実力を発揮できるようにしなさい!」
「……まあ、仕方ないよな。靴履いてないと戦えないんだし」
「えっ」
靴?
「ん? 靴を履いてないと薄膜を発現できないんだろ?」
「そ、そうよ! 学院の外でも、街中で裸足で歩いていたら不自然なんだからね!」
「分かってるよ」
口を尖らせながら足下を見るユートに、心の中で大きく息を吐いた。
よかったぁ。我ながら恥ずかしい勘違いをしてしまったけれど、どうにか誤魔化せたみたいだ。顔が熱い……。
言われてみれば、ビャクヤさんとの組み手のときも裸足だったわね。私と会う前から服は着てたし、気づくべきだったわ。
「その、靴を履いているとそんなにやりづらい?」
いかにも最初から靴のことを言っていた風を装いつつそんな質問をする。
「ああ。いつもより遅くなるし」
「遅く、ね……」
キース先生を出し抜いて見せたあの時もその靴を履いていたというのに、もっと速くなるというのか。私は末恐ろしさを感じた。
けれど確かに、この靴は結構な重さがあるし、近づかなきゃ攻撃できないユートにとってはまさしく重荷なのかもしれない。つくづく、ユートは学院との相性が悪いみたいだ。
「ここじゃなくても、魔法の練習中は安全のために薄膜は発現させないといけないんだけどね」
「そうなのか!?」
「それはそうよ。いくらあなたの技術がすごいからって、絶対に失敗しないなんてことはないでしょ?」
「そうか、困ったな……」
ううむ、と唸るユート。
「あとは、先生から許可を貰うしかないわね。まずしてもらえないけれど、個別授業を頼むとか」
「個別授業か……。どうにかしてもらえないかな?」
「先生方もお忙しいから、あまり期待はしないほうがいいけど、一度頼んでみたらいいと思う」
「そうだな。ありがとう、シルファ!」
ユートは満面の笑みを浮かべて礼を言う。私にはそれが少し眩しくて、小さく目を背けた。
「っと、話し込んじゃったな。もう一回試合してもらってもいいか?」
「いいえ、試合はここまでよ。課題ははっきりしているんだし、魔術式を大きくする練習をしなさい」
「ん、それもそうか。分かった」
ユートは素直に頷くと、私から離れて魔法の練習を始める。私は早足でその距離を詰めた。
「ちょっと、どうして離れるのよ?」
「え? 離れないとシルファの練習の邪魔になるだろ?」
「いいのよ、私は練習しないんだから。それよりもあなたの魔術式を見せて頂戴。何かアドバイスできるかもしれないし」
「いやいや、それは悪いよ。俺の問題にシルファを付き合わせるなんて」
大げさに両手を振るユート。今日は学院の案内で散々付き合ったんだから、今更気にしなくてもいいのに。
「いいって言ってるでしょ。それとももしかして、余計なお世話だって思ってる?」
「違うよ。シルファだって練習したいだろ? こっちから言い出してなんだけど、何度も練習試合をしてもらったし」
「そうね。だから私の練習はそれで終わりってことよ。実戦形式で大きな魔法も使えたし、最低限の練習にはなったから。それにもう一度、あなたの魔術式の形成を間近で見てみたいと思っていたし」
「……そうか。ありがとう」
ユートはぺこりと頭を下げる。その行動一つ一つが、私の下心を責めてくるようだった。
……いや、このくらい普通のことだ。右も左も分からない彼に、唯一の知り合いである私が色々と教えることは、正しいことだろう。
私はそう自分を納得させて、寮の門限近くまでユートの練習に付き合ったのだった。
「随分と嬉しそうだね」
「ああ。対人戦は久方ぶりだからな」
日課だったじいさんとの組手も、山を降りてからできなくなったし。そう言えばもう山にもいないんだよな。再戦できるのはいつになるだろう。
「ふうん。ところでさ、折角だから、何か賭けない?」
互いに礼をしているときに、シイキは声を潜めてそう提案してきた。
「賭け? どんな?」
「大したことじゃないよ。……もし僕が勝ったら、僕とチームを組んで欲しい」
「チーム?」
頭を上げて目を合わせる。そう言えばさっき、シルファともチームがどうこう言い合ってたな。
「チームになると、どうなるんだ?」
「チームメイトと一緒に行動できる。逆にチームに所属してないと大変なんだ。他の生徒が複数人でやることを、全部一人でしなきゃならなくなる。例えば、チーム対抗戦で、一対四で戦わなくちゃいけなくなるとかね」
「そ、そんなものがあるのか……!?」
団体戦みたいなものだろうか。けれど確かに、一人じゃどうしようもないことってのはある。先日猪魔物と戦った時だって、一人だけだったら倒せはしなかっただろう。そういった状況にならないためにも、複数人で行動することは求められそうだ。
「ということで、どう? もし僕が負けたら、二度と君を誘ったりしないからさ」
「え、いやそれは」
「ちょっと、いつまでそこにいる気?」
離れたところからシルファの声が届く。
「おっと、怒られちゃった。で、どうかな?」
「……分かった」
「ありがとう! これで賭け成立だね」
シイキは嬉しそうに、試合の開始位置へと向かった。俺もまた、どこか引っ掛かりを覚えつつも所定の位置へと向かう。
負けたら誘わないって、どういうことだろう? いや、とりあえず今は試合のことを考えよう。
思考を切り替えて、改めてシイキと対峙する。シイキまでの距離はおよそ二十歩。障壁魔法の直径は大体その倍くらいだ。遮蔽物はないから動きやすい反面、身を隠すことはできない。こういう開けた場所での戦法をいくつか思い浮かべる。
「両者、薄膜の発現を」
シルファの言葉に従って、首から提げた、生徒一人一人に支給されている薄膜魔法石に魔力を込める。シイキに少し遅れるかたちで、俺の体を淡い光が包んだ。
「それでは練習試合、開始!」
パアン!
シルファが手を上げるのと同時に、俺は強く両手を打った。意識が戦いのものへと変わる。
直後、俺は軽く体を沈めると、シイキに向かって駆け出した。
「な、なに!?」
両手で魔術式を形成しているシイキが驚きの声を上げた。動揺が伝わったのか、形成途中の魔術式が小さく揺れる。それでも魔術式を完成させたシイキは、俺に対して光弾を放つ。
けれど焦りが出たのか、狙いが粗い。俺は小さく動くだけでやり過ごした。
「嘘でしょ!?」
シイキに肉薄する直前、シイキは防御魔法を発現させた。薄膜の外側にもう一層、淡い光の壁が生まれる。このまま攻撃すれば、先に薄膜が消えるのは俺の方だ。思い出すのは、いつかの旅行で針鼠みたいな魔物に囲まれた時だった。
「ふっ」
俺は掌打を放つ要領で、自分の薄膜が防御魔法に触れる直前まで手を近づけた。
「えっ?」
その手の先に、楕円形魔術式を形成する。そこから発現させたのは光弾だ。
速度は人の歩行並、残っていられるのも一秒程度、けれどその分を威力に還元させた、触れられない相手への攻撃手段だった。
パアン
光弾は薄い防御魔法もろとも、シイキの薄膜を剥がした。
「そこまで、勝者ユート!」
◇ ◇ ◇
「うーん」
「どうしたの?」
練習試合の後、シイキは一言謝ってから帰っていった。なんのことかと思ったけれど、ユートから聞いた話では私に内緒で賭けなんてしていたというのだから呆れた。いくら近々『遠足』があるとは言え、そんな強引にチームを組もうとするなんて。お互いに納得しないでチームを組んでも長続きするわけないのに。
結局二人になった私たちは、改めて障壁魔法を発現させ、魔法の練習を始めた。ユートが唸ったのは、私との練習試合で五連敗を喫した時だった。
「いや、やっぱり俺はまだまだだなって思ってさ」
「それはそうよ。その魔術式の大きさで一人前を気取られても困るわ」
「はは、そうだな」
容赦ない私の言葉にもユートは笑う。どういう環境で育てばこうも明るい性格になれるんだろう。私は少し羨ましく思った。
「確かにあなたの技術はすごいわ。けれど魔術式が小さい以上、できることは少なくなる。近づかないと攻撃できないと分かってしまえば、いくらでも対策はとれるわ」
「そうだよな……」
私のとった対策は、ユートが近づく前に強固な防御魔法を築くことだった。背後に障壁魔法がある分、前方だけを防げばよいため、ユートが脚力を強化しても、辿り着く前にはそれなりの魔法を発現できる。あとはユートが防御の突破に手間取っている間に、ユートがよけきれず、防御もしきれない大規模魔法の魔術式を形成するだけだ。
言うなれば、ユートは超短期決戦タイプだ。その発現の早さを武器に、相手が大きな魔法を出す前に勝負を決める。しかし膠着状態になってしまえば、地力の差で負けてしまう。
攻撃手段は確立できたようだけど、力不足なことに変わりはないというのが、ユートに対する私の評価だった。とは言えその魔術式の大きさで、さらには肉弾戦というユートが慣れている戦い方を禁じられてまで勝ち筋を持てるのはすごいと思うけど。
「ところで、魔法の練習ってここでしかできないのか?」
「え? そうね……。成績優秀者にはその生徒専用の障壁魔法石が配布されるわ。それを使えば、学院の敷地内でなら自由に練習ができるけど、どうして? 魔法競技場じゃ練習できない?」
「できるけど、脱げないからさ」
危うく吹き出しそうになった。
「ご、ごめんなさい、よく聞き取れなかったわ。もう一度言ってくれる?」
「できるけど、脱げないからさ」
聞き間違いじゃなかった。間違いであってほしかった。
「ぬ、ぬぬ、脱げないって、どうして脱ぐ必要があるのよ!?」
「そりゃ、脱いだ方が動きやすいし……」
「そのくらい我慢しなさい!」
なんてことだ。ちょっとずれてるけど最低限の常識は身に付けていると思っていたのに、彼の常識にそんな致命的な欠陥があったなんて……!
「うーん、それが学院の決まりだってのは分かってるんだけどさ。どうしても本気を出せないっていうか」
「学院の外でも脱いじゃ駄目よ! 脱がなくても実力を発揮できるようにしなさい!」
「……まあ、仕方ないよな。靴履いてないと戦えないんだし」
「えっ」
靴?
「ん? 靴を履いてないと薄膜を発現できないんだろ?」
「そ、そうよ! 学院の外でも、街中で裸足で歩いていたら不自然なんだからね!」
「分かってるよ」
口を尖らせながら足下を見るユートに、心の中で大きく息を吐いた。
よかったぁ。我ながら恥ずかしい勘違いをしてしまったけれど、どうにか誤魔化せたみたいだ。顔が熱い……。
言われてみれば、ビャクヤさんとの組み手のときも裸足だったわね。私と会う前から服は着てたし、気づくべきだったわ。
「その、靴を履いているとそんなにやりづらい?」
いかにも最初から靴のことを言っていた風を装いつつそんな質問をする。
「ああ。いつもより遅くなるし」
「遅く、ね……」
キース先生を出し抜いて見せたあの時もその靴を履いていたというのに、もっと速くなるというのか。私は末恐ろしさを感じた。
けれど確かに、この靴は結構な重さがあるし、近づかなきゃ攻撃できないユートにとってはまさしく重荷なのかもしれない。つくづく、ユートは学院との相性が悪いみたいだ。
「ここじゃなくても、魔法の練習中は安全のために薄膜は発現させないといけないんだけどね」
「そうなのか!?」
「それはそうよ。いくらあなたの技術がすごいからって、絶対に失敗しないなんてことはないでしょ?」
「そうか、困ったな……」
ううむ、と唸るユート。
「あとは、先生から許可を貰うしかないわね。まずしてもらえないけれど、個別授業を頼むとか」
「個別授業か……。どうにかしてもらえないかな?」
「先生方もお忙しいから、あまり期待はしないほうがいいけど、一度頼んでみたらいいと思う」
「そうだな。ありがとう、シルファ!」
ユートは満面の笑みを浮かべて礼を言う。私にはそれが少し眩しくて、小さく目を背けた。
「っと、話し込んじゃったな。もう一回試合してもらってもいいか?」
「いいえ、試合はここまでよ。課題ははっきりしているんだし、魔術式を大きくする練習をしなさい」
「ん、それもそうか。分かった」
ユートは素直に頷くと、私から離れて魔法の練習を始める。私は早足でその距離を詰めた。
「ちょっと、どうして離れるのよ?」
「え? 離れないとシルファの練習の邪魔になるだろ?」
「いいのよ、私は練習しないんだから。それよりもあなたの魔術式を見せて頂戴。何かアドバイスできるかもしれないし」
「いやいや、それは悪いよ。俺の問題にシルファを付き合わせるなんて」
大げさに両手を振るユート。今日は学院の案内で散々付き合ったんだから、今更気にしなくてもいいのに。
「いいって言ってるでしょ。それとももしかして、余計なお世話だって思ってる?」
「違うよ。シルファだって練習したいだろ? こっちから言い出してなんだけど、何度も練習試合をしてもらったし」
「そうね。だから私の練習はそれで終わりってことよ。実戦形式で大きな魔法も使えたし、最低限の練習にはなったから。それにもう一度、あなたの魔術式の形成を間近で見てみたいと思っていたし」
「……そうか。ありがとう」
ユートはぺこりと頭を下げる。その行動一つ一つが、私の下心を責めてくるようだった。
……いや、このくらい普通のことだ。右も左も分からない彼に、唯一の知り合いである私が色々と教えることは、正しいことだろう。
私はそう自分を納得させて、寮の門限近くまでユートの練習に付き合ったのだった。
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