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1. 出会い
面接試験
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「君の魔法の使い方は、グリマール魔法学院の生徒として相応しくないと言わざるを得んな」
実技試験からしばらくして、面接試験をすると聞いて訪れた小さな部屋にて、面接官の前に座ってから投げかけられた第一声だった。面接官の背後の窓からは西日が差している。
「ふ、相応しくない、ですか……」
俺は面接官の言葉を繰り返すことしかできない。いきなりそんな結論を出されちゃ、面接する意味がなくなっちゃうんじゃないか?
面接官は二人だった。一人は実技試験の試験官も務めていた細目の男性で、もう一人は竜人族の男性だ。深い緑色の髪をした面接官の首筋から頬にかけて、髪と同じ色の鱗が覗く。キース先生と同じ黒い服を着ていたけれど、前が開いていないだけで受ける印象が大分変わった。
「それは、俺の攻撃が自分の、えっと、薄膜にも及んでしまうからですか?」
俺に対する評価はかなり低いと突き付けられたものの、相応しくないと言われてはいそうですかと済ますわけにもいかないので、もう少し深く聞こうと探りを入れる。
「それもあるが、もう少し広い。近接戦闘、楕円形魔術式、これらを実践して見せた君の技量はとても高いものだと評価できる。しかしそのどちらも、この学院には向いていない」
俺の全てが否定された気分だった。魔術式が小さいなりに努力してきたつもりなのに、その戦い方自体を否定されたんじゃどうしようもない。
「この学院の生徒に相応しい魔法の使い方っていうのは、遠くから大きな魔術式を使うことですか? 生徒の安全のために」
少し不満げにそう返すと、竜人族の面接官は首を振る。
「少し違うな。味方と連携できる魔法の使い方だ」
「味方と、連携……」
俺はその言葉を反芻するように呟く。
「そう。確かに君の言う通り、学院では生徒の安全を重要視している。ただいくら手を尽くしたとしても、絶対の安全などはありえない。魔物と対峙することもあるし、魔法が暴発するだけでも危険なんだ。それに安全の名の元に生徒の成長を妨げては本末転倒だからな。危機に対応する術も生徒には身に着けてもらわねばならない」
そこで一旦、竜人族の面接官は息をついた。続きを細目の面接官が引き継ぐ。
「しかし一人でできることには限界があります。危険な局面を迎えた際、うまく対応できなかったら命を落とすかもしれません。なのでこの学院では団体行動が推奨されています。対応力が向上するのはもちろん、お互いの動きや魔法を見ることで良い影響を与え合い、切磋琢磨できるという利点があります」
「それは、分かります」
俺は素直に頷く。この学院に来る途中での魔物との戦闘も、俺一人じゃ逃げることしかできなかっただろう。
竜人族の面接官が口を開く。
「君の戦い方はかなり特殊なものだ。およそ、魔法使いと聞いて思い浮かぶようなものじゃない。その自覚はあるか?」
「はい」
「ならば分かるだろう。君と他の生徒が組んだチームの連携が成り立つかどうかが」
そう言われて、俺は想像する。俺が知っているここの生徒ってシルファくらいだしな。もし俺がシルファとチームを組んだら、か……。
なんだ、考えるまでもないじゃないか。
「成り立ちます」
「……本気か?」
竜人族の面接官がわずかに目を大きくする。そんな意外なことを言ったつもりはなかったんだけどな。
「例えばユート君が魔物と戦うとしましょう。その場合、他の生徒は自分の魔法が君に当たってしまうことを恐れて、攻撃ができなくなってしまうと思いますが」
「別に問題ないでしょう? 俺は味方の妨害をするために戦うわけじゃない。自分一人で倒したり、味方が魔術式を形成するまでの時間を稼いだり、そういう役割をこなせると判断するから戦うんです。他の生徒が攻撃するのであれば、その時に退きます」
猪魔物を倒した時だってそうしたし、それができないとも思えなかった。
「では、もしその見積もりが甘く、自分が窮地に立たされた場合はどうする? 相手に近づいて戦う君の場合、一般生徒に比べ遥かにそういった機会が多くなると思うが」
「一般生徒は魔物に詰め寄られることが絶対にないんですか?」
「頻度の問題だ。絶対に無いわけじゃないが、自ら近づく君は常に危険な場所に身を置くことになる。何度も危機に陥れば、チームメイトに迷惑がかかると思うが」
「何度も危機に、ですか……」
その状況を考える俺に、竜人族の面接官は続ける。
「そうだ。単身で前に出れば囲まれることだって多々あるだろう。そうなればチームの足を引っ張ることに――」
「えっと、すみません。質問いいですか?」
「なんだ?」
許可を得られたようなので、俺は思い切って訊いてみる。
「グリマール魔法学院の生徒って、そんなに弱いんですか?」
「なっ!?」
「………………!」
細目の面接官が驚きの声を上げた。竜人族の面接官も声こそ出さなかったものの、目を大きく見開いている。俺は誤解を与えたかと不安になりつつも、質問の意図を続けた。
「えっと、状況的には魔物の群れに対して、俺が前衛にいるわけですよね? その場合、俺が前に出た時点で後衛の生徒は魔術式の形成を始めていると思うんです。なのに前衛の俺が囲まれるまで何もしないって、それまで魔術式が完成してないってことじゃないですか。そんなの、俺がいなかったら魔法を発現する前に攻撃されていると思うんですけど」
「……ふむ」
「……囲まれなかったにしても、魔物との距離が近いユート君が危ない状況になることは多いのでは?」
「これでも防御魔法にはかなり自信があったんですが、先ほど実技試験で見せた実力では不安ですか?」
「それは……」
言い淀む面接官に内心ほっとする。あれで普通だと言われたら、ただでさえ厳しかった実技試験の結果は絶望的だっただろう。
「それにたとえ囲まれても、ある程度なら自分でどうにかできる実力はあると自負しています。俺は魔術式が小さい分、こういった戦いばかりをしてきました。近接戦闘においてどういった状況が危ないのかについても、経験的に分かっています。心配されるような事態はそこまで起こりはしないかと」
「魔物相手もそうだが、ここでは生徒同士で戦うことも多い。その時、良くて相打ちにしか持っていけないことについてはどう思う?」
「それなら、解決の方法がなくはないので」
素手で触れられないような魔物と戦うこともあったから、直接攻撃以外の手段は確立していた。とはいえ、攻撃は一手遅れるし、自分の体を使うより格段に弱くはなるけど。
「しかし楕円形魔術式、か。それに関しても懸念があるな。実際の戦闘で使い物になるのか?」
その物言いに、少しムッとする。
「それは実技試験の結果から判断してください。ああ、そう言えばあなたは俺の実技試験を見てませんでしたね」
「……どうしてそう思った?」
「試験中、あの会場のどこにもあなたらしき人物がいませんでしたから」
「ほう……?」
「魔法競技場の席全てを見渡したんですか?」
そう答える俺に、細目の面接官が戸惑ったように尋ねた。
「ええ、まあ。もう一人の試験官、ジェンヌ先生は全体的に茶色い印象でしたし、その近くに他の教師の方らしき姿はありませんでした。他の場所から見ているかとも思ったんですが、あとの人影は全員制服みたいでしたからね」
これで生徒に扮していたとか、魔法で身を隠していたとかだったら何も返せないけど、どうだ……?
「……随分と、視力がいいみたいですね」
そうなんだろうか? このくらいないと山の中で獲物を見つけられないと思うのに。
「確かに、俺は君の試験は見ていない」
よし、半分賭けのようなものだったけど勝った!
「見ていないものに口出しするんですか?」
ここぞとばかりに、少し強気に出た。多分だけど、これがこの面接試験での正解なんだ。俺がこの学院でもやっていけるってことを、この人を説得して納得させられれば、きっと合格に近づくはずだ。
「君がキースの攻撃を楕円形魔術式を使って防いだことは聞いている。確かに技量はあるようだが、真に命の危機が迫った時に実力を発揮できるか、というのは疑問だ。薄膜が破られ、傷つき、苦痛と焦燥が生まれる中で、楕円形魔術式などという不安定なものを、果たして形成できるのか」
成程。確かにそれはあの試験からじゃ判断できない。
「なら今から改めて実技試験をしましょう。薄膜はなしで、俺はどこかに傷でもつければいいですか?」
「いや、さすがにそれは――」
「心配事があるんですよね? 懸念材料があるんですよね? いいですよ、どんどん言ってください。俺はできる限りそれに答えを出して見せます。なのでその答えを受け取ってから結論を出してください。まさか自分から疑念を投げかけておいて、その答えを受け取らないなんてことはないですよね?」
軽く手を差し出し、相手を上目で見ながら不敵に笑う。じいさんを真似た精一杯の挑発だった。
「ユート君、少し落ち着いて――」
「はっはっはっは!」
竜人族の面接官が哄笑する。
「いいだろう。そこまで言うなら試させてもらおう」
「リュード先生、それは」
「なに、時間はとらせない。今ここで少し、推し量るだけだ。君もそれで構わないな?」
「ええ、もちろん」
内心冷や汗をかきつつ、鷹揚に頷く。
「よし、それでは始めようか」
竜人族の面接官、リュード先生が口だけで笑みを浮かべる。纏う雰囲気が変わった。
「安全が保障された生ぬるい試験じゃない、互いの命を懸けた死闘を……!」
「っ!」
ガタン!
椅子が倒れ音を立てる。その頃にはもう、俺は入り口の扉を背に臨戦態勢をとっていた。
後ろに跳んだのは、直感からだった。このまま座っていたら八つ裂きにされる。そんな気がした。
頬を汗が伝う。リュード先生は一体どんな魔法を使ったんだ? 次はどんな攻撃が……?
「終わりだ」
「え?」
「席に戻れ」
リュード先生は自然体に戻っているようだった。それでも俺は警戒を解かないまま椅子を立てると、慎重に腰を下ろす。
「リュード先生、今のはやりすぎでは?」
「かもしれないが、おかげで見たいものは見れた」
「えっと、俺まだ楕円形魔術式を形成してすらいないんですけど」
「ああ、その件ももういい。虚勢でもなんでもあそこまで言えたのだしな。その言葉を信じよう」
「はあ……」
俺としてはもやもやしたままなんだが、もういいというなら仕方ない。俺は肩から力を抜いた。
細目の面接官が一つ咳ばらいをする。
「さてユート君、最後の質問です。どうしてグリマール魔法学院に入学しようと思ったんですか?」
「どうして、ですか」
俺は言葉に詰まる。困ったな。まさかここで、じいさんに無理矢理勧められたから、なんて答えられるわけもないし……。
「そう難しく考えることはない。君がここでどうなりたいか、何を目指すかを教えてくれ」
「は、はい」
リュード先生の言葉に頷く。
俺がどうなりたいか、か。それなら、正直に話しても構わないか。
俺は一つ深呼吸して、口を開いた。
「俺は、詳しくはよく覚えていないんですが、四年前に魔法使いの人に助けられたんです。それからずっとその人に憧れていて、俺もその人みたいに、他人を助けることができる魔法使いになりたいと思っています。だから――」
一旦言葉を止めた。二人の面接官が小さく頷く。俺はそれに促されるように、言葉を紡いだ。
「俺は、どんな敵からでも困っている人を守れるような、最強の魔法使いを目指します」
「抽象的だな」
うぐ。リュード先生の言葉に何も言い返せない。
「それでは、これにて面接試験は終了です。お疲れさまでした。結果は明日には出ますので、改めて学院を訪ねてください」
「は、はい」
細目の男性に出口まで案内されながら、俺は深く息をついた。
やるだけのことはしたし、あとは待つしかない、か。
学院の敷地を出ると、夕焼け空を仰いだ。
「ま、なるようになるさ」
俺は軽くなった足取りで、野宿に適した場所を探しに向かった。
◇ ◇ ◇
面接試験が終わった頃を見計らって、俺はその部屋に入った。
「キースか」
「ようリュード、面接試験はどうだった?」
竜人族の同僚は俺の顔を見て表情を緩める。
「貴様が面白いと言った理由、理解したよ」
「おん? 俺から話を聞いたときは、くだらんとか言ってなかったか?」
まあ俺も最初はほぼ無関心だったが、こいつに言う必要はないだろ。
「そうだな。話を聞く限り、小手先でどうにかなると考えている世間知らずかと思った。それなりの実力はあるのだろうが、ここで長く通用する器ではないだろうと」
辛辣な評価に肩をすくめる。
「相変わらず手厳しいな」
「現実を見ているだけだ」
「で、その現実は変わったのか?」
「……そうだな。ユート、だったか。彼からは強い覚悟を感じた。自分の技術に溺れているのではなく、強くありたいという彼が手段として選び取ったのがそれだったのだろう」
「その違いはよく分からねえな。どっちでもすごいことじゃねえか」
「大違いだ。自分が大雑把な魔法しか使えないからと言って、技術だけを評価するな」
「俺だって技術だけを評価したわけじゃねえよ」
「ほう? では聞かせてもらおう。技術以外で何を評価した?」
軽口を叩いただけのつもりが面倒なことになった。俺は髪を掻きながら答える。
「……なんつうか、あいつかなり修羅場をくぐってきてる気がしたんだ。俺に攻撃した時も、防御の時も、あまりにも当たり前のように魔法を発現させてきたしな。失敗を恐れてないっていうか、実戦慣れしてるっていうか、まあそんなところだ、評価したのは」
ああくそ、うまくまとめられねえや。そんでまたリュードに小馬鹿にされるんだよな。
と思っていたら、意外にもリュードは賛同するように頷いた。
「実戦慣れという点に関しては、俺も貴様と同じ意見だ。学院の生徒と比べても遜色ない。どころか同年代のどの生徒よりも実戦経験を積んでいるかもしれん」
「おいおい、そこまでかよ。一体何聞いたんだ?」
「体に聞いてみたのさ。少しばかり『魔界』を使ってな」
一瞬、反応できなかった。
「……ははは! 冗談じゃないみたいだな。まさかそこまでするとは、どんな風の吹き回しだ?」
「俺に対して大きな口をきいたのでな。興味が湧いたんだ」
「それでそれで? どうなったんだよ?」
「影響が及ぶ前に退いてみせたよ。楕円形魔術式に自信があったようだが、無理にそれに頼ろうとせず距離をとったんだ。ただの勘だったとしても、自身の危機に対応したわけだ」
「なるほどな。益々面白いやつだ」
うんうんと頷く俺に、リュードが咳払いする。
「話を戻すが、技術だけでどうにかしようとすれば、ここではすぐに行き詰まる。所詮小さな魔術式だ、限界はある。その壁にぶつかったとき、技術に頼りきりだった者は打ちのめされるだろう。しかし彼ならばそこで挫けず、様々な可能性に挑戦できると感じた」
「様々な可能性、ね。そこばっかりは憶測しかできないからな」
「ああ。だが腐りさえしなければ成長はできるはずだ。そして楕円形の魔術式を見世物としてではなく、実戦レベルにまで昇華させた彼ならば、そのために想像もできない鍛錬を積んだであろう彼ならば、きっとこの学院でもやっていけるだろう」
「……結論は決まったな」
「ああ」
俺たちは同時に頷いた。
「今回の試験、受験者一名」
「うち、合格者一名、だな」
ユートの存在が他の生徒にどんな影響を与えるのか、今から楽しみだ。俺は久しぶりの高揚感に笑みを浮かべた。
実技試験からしばらくして、面接試験をすると聞いて訪れた小さな部屋にて、面接官の前に座ってから投げかけられた第一声だった。面接官の背後の窓からは西日が差している。
「ふ、相応しくない、ですか……」
俺は面接官の言葉を繰り返すことしかできない。いきなりそんな結論を出されちゃ、面接する意味がなくなっちゃうんじゃないか?
面接官は二人だった。一人は実技試験の試験官も務めていた細目の男性で、もう一人は竜人族の男性だ。深い緑色の髪をした面接官の首筋から頬にかけて、髪と同じ色の鱗が覗く。キース先生と同じ黒い服を着ていたけれど、前が開いていないだけで受ける印象が大分変わった。
「それは、俺の攻撃が自分の、えっと、薄膜にも及んでしまうからですか?」
俺に対する評価はかなり低いと突き付けられたものの、相応しくないと言われてはいそうですかと済ますわけにもいかないので、もう少し深く聞こうと探りを入れる。
「それもあるが、もう少し広い。近接戦闘、楕円形魔術式、これらを実践して見せた君の技量はとても高いものだと評価できる。しかしそのどちらも、この学院には向いていない」
俺の全てが否定された気分だった。魔術式が小さいなりに努力してきたつもりなのに、その戦い方自体を否定されたんじゃどうしようもない。
「この学院の生徒に相応しい魔法の使い方っていうのは、遠くから大きな魔術式を使うことですか? 生徒の安全のために」
少し不満げにそう返すと、竜人族の面接官は首を振る。
「少し違うな。味方と連携できる魔法の使い方だ」
「味方と、連携……」
俺はその言葉を反芻するように呟く。
「そう。確かに君の言う通り、学院では生徒の安全を重要視している。ただいくら手を尽くしたとしても、絶対の安全などはありえない。魔物と対峙することもあるし、魔法が暴発するだけでも危険なんだ。それに安全の名の元に生徒の成長を妨げては本末転倒だからな。危機に対応する術も生徒には身に着けてもらわねばならない」
そこで一旦、竜人族の面接官は息をついた。続きを細目の面接官が引き継ぐ。
「しかし一人でできることには限界があります。危険な局面を迎えた際、うまく対応できなかったら命を落とすかもしれません。なのでこの学院では団体行動が推奨されています。対応力が向上するのはもちろん、お互いの動きや魔法を見ることで良い影響を与え合い、切磋琢磨できるという利点があります」
「それは、分かります」
俺は素直に頷く。この学院に来る途中での魔物との戦闘も、俺一人じゃ逃げることしかできなかっただろう。
竜人族の面接官が口を開く。
「君の戦い方はかなり特殊なものだ。およそ、魔法使いと聞いて思い浮かぶようなものじゃない。その自覚はあるか?」
「はい」
「ならば分かるだろう。君と他の生徒が組んだチームの連携が成り立つかどうかが」
そう言われて、俺は想像する。俺が知っているここの生徒ってシルファくらいだしな。もし俺がシルファとチームを組んだら、か……。
なんだ、考えるまでもないじゃないか。
「成り立ちます」
「……本気か?」
竜人族の面接官がわずかに目を大きくする。そんな意外なことを言ったつもりはなかったんだけどな。
「例えばユート君が魔物と戦うとしましょう。その場合、他の生徒は自分の魔法が君に当たってしまうことを恐れて、攻撃ができなくなってしまうと思いますが」
「別に問題ないでしょう? 俺は味方の妨害をするために戦うわけじゃない。自分一人で倒したり、味方が魔術式を形成するまでの時間を稼いだり、そういう役割をこなせると判断するから戦うんです。他の生徒が攻撃するのであれば、その時に退きます」
猪魔物を倒した時だってそうしたし、それができないとも思えなかった。
「では、もしその見積もりが甘く、自分が窮地に立たされた場合はどうする? 相手に近づいて戦う君の場合、一般生徒に比べ遥かにそういった機会が多くなると思うが」
「一般生徒は魔物に詰め寄られることが絶対にないんですか?」
「頻度の問題だ。絶対に無いわけじゃないが、自ら近づく君は常に危険な場所に身を置くことになる。何度も危機に陥れば、チームメイトに迷惑がかかると思うが」
「何度も危機に、ですか……」
その状況を考える俺に、竜人族の面接官は続ける。
「そうだ。単身で前に出れば囲まれることだって多々あるだろう。そうなればチームの足を引っ張ることに――」
「えっと、すみません。質問いいですか?」
「なんだ?」
許可を得られたようなので、俺は思い切って訊いてみる。
「グリマール魔法学院の生徒って、そんなに弱いんですか?」
「なっ!?」
「………………!」
細目の面接官が驚きの声を上げた。竜人族の面接官も声こそ出さなかったものの、目を大きく見開いている。俺は誤解を与えたかと不安になりつつも、質問の意図を続けた。
「えっと、状況的には魔物の群れに対して、俺が前衛にいるわけですよね? その場合、俺が前に出た時点で後衛の生徒は魔術式の形成を始めていると思うんです。なのに前衛の俺が囲まれるまで何もしないって、それまで魔術式が完成してないってことじゃないですか。そんなの、俺がいなかったら魔法を発現する前に攻撃されていると思うんですけど」
「……ふむ」
「……囲まれなかったにしても、魔物との距離が近いユート君が危ない状況になることは多いのでは?」
「これでも防御魔法にはかなり自信があったんですが、先ほど実技試験で見せた実力では不安ですか?」
「それは……」
言い淀む面接官に内心ほっとする。あれで普通だと言われたら、ただでさえ厳しかった実技試験の結果は絶望的だっただろう。
「それにたとえ囲まれても、ある程度なら自分でどうにかできる実力はあると自負しています。俺は魔術式が小さい分、こういった戦いばかりをしてきました。近接戦闘においてどういった状況が危ないのかについても、経験的に分かっています。心配されるような事態はそこまで起こりはしないかと」
「魔物相手もそうだが、ここでは生徒同士で戦うことも多い。その時、良くて相打ちにしか持っていけないことについてはどう思う?」
「それなら、解決の方法がなくはないので」
素手で触れられないような魔物と戦うこともあったから、直接攻撃以外の手段は確立していた。とはいえ、攻撃は一手遅れるし、自分の体を使うより格段に弱くはなるけど。
「しかし楕円形魔術式、か。それに関しても懸念があるな。実際の戦闘で使い物になるのか?」
その物言いに、少しムッとする。
「それは実技試験の結果から判断してください。ああ、そう言えばあなたは俺の実技試験を見てませんでしたね」
「……どうしてそう思った?」
「試験中、あの会場のどこにもあなたらしき人物がいませんでしたから」
「ほう……?」
「魔法競技場の席全てを見渡したんですか?」
そう答える俺に、細目の面接官が戸惑ったように尋ねた。
「ええ、まあ。もう一人の試験官、ジェンヌ先生は全体的に茶色い印象でしたし、その近くに他の教師の方らしき姿はありませんでした。他の場所から見ているかとも思ったんですが、あとの人影は全員制服みたいでしたからね」
これで生徒に扮していたとか、魔法で身を隠していたとかだったら何も返せないけど、どうだ……?
「……随分と、視力がいいみたいですね」
そうなんだろうか? このくらいないと山の中で獲物を見つけられないと思うのに。
「確かに、俺は君の試験は見ていない」
よし、半分賭けのようなものだったけど勝った!
「見ていないものに口出しするんですか?」
ここぞとばかりに、少し強気に出た。多分だけど、これがこの面接試験での正解なんだ。俺がこの学院でもやっていけるってことを、この人を説得して納得させられれば、きっと合格に近づくはずだ。
「君がキースの攻撃を楕円形魔術式を使って防いだことは聞いている。確かに技量はあるようだが、真に命の危機が迫った時に実力を発揮できるか、というのは疑問だ。薄膜が破られ、傷つき、苦痛と焦燥が生まれる中で、楕円形魔術式などという不安定なものを、果たして形成できるのか」
成程。確かにそれはあの試験からじゃ判断できない。
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「いや、さすがにそれは――」
「心配事があるんですよね? 懸念材料があるんですよね? いいですよ、どんどん言ってください。俺はできる限りそれに答えを出して見せます。なのでその答えを受け取ってから結論を出してください。まさか自分から疑念を投げかけておいて、その答えを受け取らないなんてことはないですよね?」
軽く手を差し出し、相手を上目で見ながら不敵に笑う。じいさんを真似た精一杯の挑発だった。
「ユート君、少し落ち着いて――」
「はっはっはっは!」
竜人族の面接官が哄笑する。
「いいだろう。そこまで言うなら試させてもらおう」
「リュード先生、それは」
「なに、時間はとらせない。今ここで少し、推し量るだけだ。君もそれで構わないな?」
「ええ、もちろん」
内心冷や汗をかきつつ、鷹揚に頷く。
「よし、それでは始めようか」
竜人族の面接官、リュード先生が口だけで笑みを浮かべる。纏う雰囲気が変わった。
「安全が保障された生ぬるい試験じゃない、互いの命を懸けた死闘を……!」
「っ!」
ガタン!
椅子が倒れ音を立てる。その頃にはもう、俺は入り口の扉を背に臨戦態勢をとっていた。
後ろに跳んだのは、直感からだった。このまま座っていたら八つ裂きにされる。そんな気がした。
頬を汗が伝う。リュード先生は一体どんな魔法を使ったんだ? 次はどんな攻撃が……?
「終わりだ」
「え?」
「席に戻れ」
リュード先生は自然体に戻っているようだった。それでも俺は警戒を解かないまま椅子を立てると、慎重に腰を下ろす。
「リュード先生、今のはやりすぎでは?」
「かもしれないが、おかげで見たいものは見れた」
「えっと、俺まだ楕円形魔術式を形成してすらいないんですけど」
「ああ、その件ももういい。虚勢でもなんでもあそこまで言えたのだしな。その言葉を信じよう」
「はあ……」
俺としてはもやもやしたままなんだが、もういいというなら仕方ない。俺は肩から力を抜いた。
細目の面接官が一つ咳ばらいをする。
「さてユート君、最後の質問です。どうしてグリマール魔法学院に入学しようと思ったんですか?」
「どうして、ですか」
俺は言葉に詰まる。困ったな。まさかここで、じいさんに無理矢理勧められたから、なんて答えられるわけもないし……。
「そう難しく考えることはない。君がここでどうなりたいか、何を目指すかを教えてくれ」
「は、はい」
リュード先生の言葉に頷く。
俺がどうなりたいか、か。それなら、正直に話しても構わないか。
俺は一つ深呼吸して、口を開いた。
「俺は、詳しくはよく覚えていないんですが、四年前に魔法使いの人に助けられたんです。それからずっとその人に憧れていて、俺もその人みたいに、他人を助けることができる魔法使いになりたいと思っています。だから――」
一旦言葉を止めた。二人の面接官が小さく頷く。俺はそれに促されるように、言葉を紡いだ。
「俺は、どんな敵からでも困っている人を守れるような、最強の魔法使いを目指します」
「抽象的だな」
うぐ。リュード先生の言葉に何も言い返せない。
「それでは、これにて面接試験は終了です。お疲れさまでした。結果は明日には出ますので、改めて学院を訪ねてください」
「は、はい」
細目の男性に出口まで案内されながら、俺は深く息をついた。
やるだけのことはしたし、あとは待つしかない、か。
学院の敷地を出ると、夕焼け空を仰いだ。
「ま、なるようになるさ」
俺は軽くなった足取りで、野宿に適した場所を探しに向かった。
◇ ◇ ◇
面接試験が終わった頃を見計らって、俺はその部屋に入った。
「キースか」
「ようリュード、面接試験はどうだった?」
竜人族の同僚は俺の顔を見て表情を緩める。
「貴様が面白いと言った理由、理解したよ」
「おん? 俺から話を聞いたときは、くだらんとか言ってなかったか?」
まあ俺も最初はほぼ無関心だったが、こいつに言う必要はないだろ。
「そうだな。話を聞く限り、小手先でどうにかなると考えている世間知らずかと思った。それなりの実力はあるのだろうが、ここで長く通用する器ではないだろうと」
辛辣な評価に肩をすくめる。
「相変わらず手厳しいな」
「現実を見ているだけだ」
「で、その現実は変わったのか?」
「……そうだな。ユート、だったか。彼からは強い覚悟を感じた。自分の技術に溺れているのではなく、強くありたいという彼が手段として選び取ったのがそれだったのだろう」
「その違いはよく分からねえな。どっちでもすごいことじゃねえか」
「大違いだ。自分が大雑把な魔法しか使えないからと言って、技術だけを評価するな」
「俺だって技術だけを評価したわけじゃねえよ」
「ほう? では聞かせてもらおう。技術以外で何を評価した?」
軽口を叩いただけのつもりが面倒なことになった。俺は髪を掻きながら答える。
「……なんつうか、あいつかなり修羅場をくぐってきてる気がしたんだ。俺に攻撃した時も、防御の時も、あまりにも当たり前のように魔法を発現させてきたしな。失敗を恐れてないっていうか、実戦慣れしてるっていうか、まあそんなところだ、評価したのは」
ああくそ、うまくまとめられねえや。そんでまたリュードに小馬鹿にされるんだよな。
と思っていたら、意外にもリュードは賛同するように頷いた。
「実戦慣れという点に関しては、俺も貴様と同じ意見だ。学院の生徒と比べても遜色ない。どころか同年代のどの生徒よりも実戦経験を積んでいるかもしれん」
「おいおい、そこまでかよ。一体何聞いたんだ?」
「体に聞いてみたのさ。少しばかり『魔界』を使ってな」
一瞬、反応できなかった。
「……ははは! 冗談じゃないみたいだな。まさかそこまでするとは、どんな風の吹き回しだ?」
「俺に対して大きな口をきいたのでな。興味が湧いたんだ」
「それでそれで? どうなったんだよ?」
「影響が及ぶ前に退いてみせたよ。楕円形魔術式に自信があったようだが、無理にそれに頼ろうとせず距離をとったんだ。ただの勘だったとしても、自身の危機に対応したわけだ」
「なるほどな。益々面白いやつだ」
うんうんと頷く俺に、リュードが咳払いする。
「話を戻すが、技術だけでどうにかしようとすれば、ここではすぐに行き詰まる。所詮小さな魔術式だ、限界はある。その壁にぶつかったとき、技術に頼りきりだった者は打ちのめされるだろう。しかし彼ならばそこで挫けず、様々な可能性に挑戦できると感じた」
「様々な可能性、ね。そこばっかりは憶測しかできないからな」
「ああ。だが腐りさえしなければ成長はできるはずだ。そして楕円形の魔術式を見世物としてではなく、実戦レベルにまで昇華させた彼ならば、そのために想像もできない鍛錬を積んだであろう彼ならば、きっとこの学院でもやっていけるだろう」
「……結論は決まったな」
「ああ」
俺たちは同時に頷いた。
「今回の試験、受験者一名」
「うち、合格者一名、だな」
ユートの存在が他の生徒にどんな影響を与えるのか、今から楽しみだ。俺は久しぶりの高揚感に笑みを浮かべた。
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