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1. 出会い
現実
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「論外」
「こんな奴に時間とられる先生方も大変だよな」
ユートが魔術式を形成し終えると、観客席にいた生徒のほぼ全員が立ち去った。これ以上は見る価値もないという判断からだろう。当然の反応だった。ユートのことを知らなければ、私だって立ち去っていたはずだ。
あんなに魔術式が小さいんじゃ、チームメンバーに誘うどころか、編入試験に受かることさえ不可能だ。ユートの魔術式の大きさは、そう結論付けるには十分な材料だった。
それでも、私以外にも僅かに生徒が残っているのが見える。
「おいおい、まだ見ようっていう奴がいるのか?」
「よっぽど暇なんだな」
そんな声が耳に届く。暇。そう判断されてもおかしくない。今ここに残っている生徒もほぼ間違いなく、ユートが編入試験に受かるとは思っていないだろう。井の中の蛙が跳ねるのを見ていたいだけだ。
まあ、珍しいものは見れるでしょうね。
ユートに注意を戻すと、魔力の供給なしにどれだけの間、魔法の維持と魔術式の保持ができるか、という試験を受けていた。
魔法の発現の仕組みは様々なものに例えられるけれど、私は氷でできたジョウロの例えが気に入っている。その例えでは、魔力は水滴で、魔術式はジョウロ、そして魔法は、ジョウロから出てくる水となる。
まずは水滴を生み出す。これは体外への魔力の放出だ。
次にジョウロを作る。水滴を凍らせて、慎重にジョウロの形を作り上げていく。これが魔術式の形成に対応しており、魔法を発現させるうえで根幹となる過程だ。細かな水滴が空気に溶けるように、放出した魔力も一部は大気に還ってしまうし、少しでも気を抜けば魔術式の形が崩れ霧散してしまう。
最後に、ジョウロに水を入れて注ぐ。つまりは完成した魔術式へ魔力を送り、魔法が発現する。注ぎ口の形を変えれば水の出方も変わるように、魔術式によって魔力は様々な形に変わる。
この例えで今の試験内容を説明すると、分厚い氷でできた、容量の大きい、注ぎ口の小さなジョウロを作れというものだ。
氷はやがて溶けてしまうように、魔術式もそのままではいずれ消えてしまう。保持するためには、魔術式自体にも魔力を注ぎ込む必要がある。しかし試験では魔力供給をしてはいけないので、あらかじめ魔術式を保持する分の魔力を形成時に組み込んでおかねばならない。つまりは、多少溶けても構わないよう分厚い氷で作れと言うことだ。
容量についても同様で、最初に貯め込んだ分の魔力しか使えない以上、魔法を長く発現させておくためには魔術式に魔法用の魔力を多く入れられるものでなくてはならない。加えて、そこに入れる分の魔力も必要となる。
注ぎ口の大きさに関しては、魔力の操作技術を試す側面が大きい。いくら容量が大きかろうが、私の『アイス・ピラー』のように、大規模な魔法を使ってしまえば貯め込んだ魔力はすぐに尽きてしまうだろう。そうならないような、可能な限り魔力を使わずに済む魔法を発現させるよう調整しろということだ。
魔力放出量と魔力操作技術、魔法を使う上で欠かせない二つの要素を測るための試験なのだが、果たして――
「……そうなるわよね」
ユートが円形の魔術式で発現させた基本的な魔法、俗に光弾と呼ばれる小さな光の球は、一分もしないうちに掻き消えた。ほぼ同時に魔術式も霧散する。
ユートの使う楕円形魔術式は、魔術式の一つの性能を向上させるのと引き換えに、他全ての性能を著しく低下させるものだ。魔術式を保持させようと思えば容量が少なくなり魔法を維持できず、容量を大きくしようと思えば魔術式が保持できなくなる。結局片方が消えてしまうなら楕円形にする必要はない。そもそもユートは魔法の効果に特化させた楕円形魔術式しか作れないかもしれないけれど。
とにかくこの試験では楕円形魔術式を使えなかったユートは、魔術式の大きさ相応の結果しか残せなかった。
おそらく、ユートは魔力放出量がかなり少ないのだろう。特に、手の先から放出する量が。
体外に放出した魔力は、魔術式にするなどして安定させなければ、すぐに大気に還ってしまう。その前に魔術式の形成をして魔法の発現を行わねばならないわけだが、放出した魔力を操作するにも魔力を使わなければならない。そしてその操作を行うのが、器用に魔力を扱える手の先から放出される魔力なのだ。
そこで放出できる魔力量が少なければ、水滴を集める、形を整える、凍らせる、水を注ぐといった作業をする『手』が足りず、小さな魔術式しか形成できない。そこがユートの最大の弱みだ。
ただ、
「魔力操作技術は、さすがね」
ユートの魔法と魔術式は、ほぼ同時に消えた。魔法と魔術式、どちらか一方でも消えた段階で終了する試験であったことを考えれば、これ以上ないタイミングだ。
発現させる予定の魔法の規模から、その魔法を維持するために必要な魔力を計算し、それを基に自分の魔力放出量から、魔術式の容量と魔術式自体の保持に必要な魔力を調整する。そして魔術式を形成しながら、容量ギリギリまで魔力を注ぐ。
その過程で、どれか一つでも失敗すれば終わりだ。計算ももちろん大変だが、完璧に実行するには恐ろしいほど緻密な操作を魔力が大気に還る前に行わなければならない。事実、今までに魔法と魔術式がここまで同時に消えることなんて見たことがなかった。
ユートは魔術式の大きさ相応の結果しか残せなかった。しかし、その大きさで最大の効果を出して見せたのだ。
わずかに残った生徒からも、魔法と魔術式がほぼ同時に消えたことに対し、感心するような声が上がっている。
「………………」
改めて、自分のことでもないのにやるせない気持ちになる。ここまでの魔力操作技術を持っていても、それを活かした戦いの術を持っていても、ユートが試験に受かることがないことに。
その理由をよく知っている私は、それでも、最後まで見届けたいと思った。
短いながらも、この学院に来るまでの時間を共にした間柄として。
そして、絶対に合格しないと確信しているにもかかわらず、もしかしたら、と消え入りそうなほどに淡く、けれど確かに期待している自分を納得させるために。
◇ ◇ ◇
「次は実技試験に移ります。この魔法石を首から提げて下さい」
細い目をした男性の試験官はそう言って、紐が通された宝石のような丸い石を俺に渡した。空に透かして見ると、中に細かな模様のようなものが見える。
「えっと、魔法石ってなんですか?」
「魔法石を知らないのですか?」
そう質問すると、試験官は驚いたように返した。俺は軽く頷く。
「魔法石というのは、いわば固形の魔術式です。魔力さえ込めれば、魔法石に応じた魔法が誰にでも使えます」
「へえ、すごい便利ですね」
素直に驚いた。それを使えば自分じゃ使えない魔法も使えるようになるってことか。
早速魔法石を首から提げると、試験官がそこに魔力を注ぐ。すると、魔法石から淡く白い光が漏れ出し、俺の全身を包んだ。ただし借りた靴には光が及んでいない。
「これは?」
「一般には薄膜と呼ばれている魔法ですね。内部からの魔力は通し、外部からの攻撃などから発現者を守ります。ただ、今君が私を見ている通り、外からやってくるもの全てを防ぐというわけではありません。光や音、風、空気中の魔力、さらに微弱なものであれば魔法も通します」
つまり人を傷つけるような威力を持つものだけを防いでくれるというわけか。体をすっぽりと覆う透明な服みたいなものだろうか。
「これからの試験では、その魔法が消えてしまった段階で試験終了となります。魔法石には既に十分な魔力を注いでありますので、魔力切れは心配しなくて構わないです」
説明を聞きながら、俺は手を閉じたり、両手を合わせたりしてみる。どうやらこの薄膜同士は互いに干渉したりはせず、まるで水のように触れ合ったところから繋がって、体の外周を覆うみたいだ。
手を開いているときは指一本一本を光が包んでいるが、人差し指と中指を合わせたりすると、その間の光は押し出されるように指先に向かい、二本の指をまとめて包むようになる。握り拳を作ると、拳全体を覆うような形になった。両手を合わせると、腕と体で光の輪ができる。
「どうしたら魔法が消えるんですか?」
「一定量以上の魔法や衝撃を受けた場合に薄膜は消えます。それらは全て薄膜が防ぐため、君自身が怪我をすることはないので、そこは安心して下さい」
おお、なんて親切な試験なんだ。平気で命の危機に晒してくるじいさんの修行とは大違いじゃないか。俺は今までの旅行の数々を思い出し、思わず目元が熱くなるのを感じた。
「さて、実技試験は審査員も務める教師の方と行ってもらいます」
「ここの教師、ですか」
観客席に目を向けると、丁度一人の男性がそこから飛び降りてきたところだった。
頭から生やした立派な二本の角。尖った耳。まずはそこに目が向いた。それは紛れもない、鬼人族である証だった。
黒い高級そうな服に身を包んでいるが、その前は開いており浅黒い肌が覗いていた。首から提げられた魔法石は俺のものと同じ物のようだけど、心なしか小さく見えた。
「キース先生、お早く」
「ああ、悪いな」
試験官の言葉に、キース先生と呼ばれた鬼人族の教師は赤色の髪を掻いていた手をひらひらとさせて答えた。その腕はかなり太く、手のひらも大きい。背も俺より頭一つ以上は高かった。
「待たせて悪かったな。早速始めようぜ」
そう言って、十歩ほど手前でキース先生は立ち止まった。先生は薄膜を発現させると袖を捲る。肘の近くまで腕が露出した。
「とりあえずほら、最初は俺に対して好きなように攻撃してきてくれ。俺は防御に専念して、お前の攻撃を評価する」
「キース先生、その距離でよろしいのですか? 近すぎでは」
「問題ねえよ。そいつの魔術式の大きさなら、このくらいでも遠すぎるくらいだ」
表情を変えずに淡々と話すキース先生。余裕の表れというより、事実を確認しているみたいな言い方だった。まあ妥当な判断だろうな。
「……分かりました。それでは、始めてください」
「えっと、もう攻撃をしていいってことですか」
「そういうこった。早く来い」
「はい」
俺は両手を軽く広げると、じいさんが手合わせ前にするのと同じように強く打つ。
パアン!
音が鳴り響くと同時に、キース先生に向かって駆け出した。
「えっ?」
試験官が驚いたような声を上げる。キース先生は眉を顰めつつも、右手の魔術式から前方へと光の壁、防御魔法を発現させた。基本的な魔法とは言え、かなり早い発現だ。魔術式も当然俺のものより大きく、このまま体当たりしたくらいじゃびくともしないくらいの強度はあるだろう。
けれどこれなら、いけるかもしれない。いや、仕留める!
防御魔法まであと一歩の距離に踏み込む左足、そこに左手で形成した強化魔法を付与する。薄膜の内側で、新たな光が左足に宿った。キース先生の目が大きくなる。
だけど、もう遅い。加速した俺は既にキース先生の左側へと回り込んでいた。
不意を衝くような高速移動。それでもキース先生は、既に左手で魔術式を形成し終えていた。あとはそこに魔力を注ぎ込めば、魔法が発現する。
俺の攻撃が届くのが先か、キース先生の魔法が発現するのが先か。
「なんて」
回り込む間に魔法を付与しておいた右足で再びの高速移動。キース先生の背後をとる。先生の前方にはまだ、最初の防御魔法が残っていた。つまり、逃げ場はない。
左足での着地とほぼ同時に、キース先生に向かって、右足を強く踏み込む。
「はっ!」
そして、強化魔法を付与した左腕からの正拳を突き込んだ。
拳がキース先生の薄膜に触れる。
パン!
「っ!」
その瞬間、キース先生の体を包んでいた淡い光が一瞬強く光ったかと思うと、攻撃が何かに防がれるようにして弾かれた。俺は一旦後ろに下がり距離をとる。
「そこまで!」
試験官の言葉が聞こえ、俺は臨戦態勢を解く。すると、キース先生が振り向き、俺に近づいてきた。
「えっと……?」
どう対応すべきか困惑する俺の肩を、キース先生がガシッと掴む。
「お前、すげぇじゃねえか!」
そして俺を覗くその顔には、満面の笑みが浮かんでいた。さっきまでの、どことなくやる気のなさそうな表情とは大違いだ。
「は、はあ……」
「いやあ参ったぜ! 大した魔法も使えない奴だと思ってたら、俺に攻撃を当てるなんてよ。それもあんな方法で!」
ばんばんと肩を叩くキース先生。どうやら随分と気に入られたみたいだ。
「キース先生、あまり彼を困らせないでください。試験の途中です」
「堅苦しいこと言うなよ。俺に攻撃できたんだぜ? もう合格でもいいだろ」
合格? キース先生の言葉に驚く。こんなにあっさり決まるものなのか?
しかし当然、そんなに甘くはなかった。試験官がため息をつく。
「それはあなたが本気で相手をしてなかったからです。それに、残念ながら彼の攻撃手段は、この学院の生徒として不適です」
「え、どうしてですか?」
予想外の厳しい言葉にうろたえる。一体何がいけなかったんだろう? 攻撃は確かに当たったし、キース先生の薄膜も消えたのに。
「ユート君、自分の体をよく見て下さい」
俺は改めて自分の体を見た。特に異変はない。そう思ったところで気づく。
いつの間にか、俺の体を包んでいた光も無くなっていた。
「こんな奴に時間とられる先生方も大変だよな」
ユートが魔術式を形成し終えると、観客席にいた生徒のほぼ全員が立ち去った。これ以上は見る価値もないという判断からだろう。当然の反応だった。ユートのことを知らなければ、私だって立ち去っていたはずだ。
あんなに魔術式が小さいんじゃ、チームメンバーに誘うどころか、編入試験に受かることさえ不可能だ。ユートの魔術式の大きさは、そう結論付けるには十分な材料だった。
それでも、私以外にも僅かに生徒が残っているのが見える。
「おいおい、まだ見ようっていう奴がいるのか?」
「よっぽど暇なんだな」
そんな声が耳に届く。暇。そう判断されてもおかしくない。今ここに残っている生徒もほぼ間違いなく、ユートが編入試験に受かるとは思っていないだろう。井の中の蛙が跳ねるのを見ていたいだけだ。
まあ、珍しいものは見れるでしょうね。
ユートに注意を戻すと、魔力の供給なしにどれだけの間、魔法の維持と魔術式の保持ができるか、という試験を受けていた。
魔法の発現の仕組みは様々なものに例えられるけれど、私は氷でできたジョウロの例えが気に入っている。その例えでは、魔力は水滴で、魔術式はジョウロ、そして魔法は、ジョウロから出てくる水となる。
まずは水滴を生み出す。これは体外への魔力の放出だ。
次にジョウロを作る。水滴を凍らせて、慎重にジョウロの形を作り上げていく。これが魔術式の形成に対応しており、魔法を発現させるうえで根幹となる過程だ。細かな水滴が空気に溶けるように、放出した魔力も一部は大気に還ってしまうし、少しでも気を抜けば魔術式の形が崩れ霧散してしまう。
最後に、ジョウロに水を入れて注ぐ。つまりは完成した魔術式へ魔力を送り、魔法が発現する。注ぎ口の形を変えれば水の出方も変わるように、魔術式によって魔力は様々な形に変わる。
この例えで今の試験内容を説明すると、分厚い氷でできた、容量の大きい、注ぎ口の小さなジョウロを作れというものだ。
氷はやがて溶けてしまうように、魔術式もそのままではいずれ消えてしまう。保持するためには、魔術式自体にも魔力を注ぎ込む必要がある。しかし試験では魔力供給をしてはいけないので、あらかじめ魔術式を保持する分の魔力を形成時に組み込んでおかねばならない。つまりは、多少溶けても構わないよう分厚い氷で作れと言うことだ。
容量についても同様で、最初に貯め込んだ分の魔力しか使えない以上、魔法を長く発現させておくためには魔術式に魔法用の魔力を多く入れられるものでなくてはならない。加えて、そこに入れる分の魔力も必要となる。
注ぎ口の大きさに関しては、魔力の操作技術を試す側面が大きい。いくら容量が大きかろうが、私の『アイス・ピラー』のように、大規模な魔法を使ってしまえば貯め込んだ魔力はすぐに尽きてしまうだろう。そうならないような、可能な限り魔力を使わずに済む魔法を発現させるよう調整しろということだ。
魔力放出量と魔力操作技術、魔法を使う上で欠かせない二つの要素を測るための試験なのだが、果たして――
「……そうなるわよね」
ユートが円形の魔術式で発現させた基本的な魔法、俗に光弾と呼ばれる小さな光の球は、一分もしないうちに掻き消えた。ほぼ同時に魔術式も霧散する。
ユートの使う楕円形魔術式は、魔術式の一つの性能を向上させるのと引き換えに、他全ての性能を著しく低下させるものだ。魔術式を保持させようと思えば容量が少なくなり魔法を維持できず、容量を大きくしようと思えば魔術式が保持できなくなる。結局片方が消えてしまうなら楕円形にする必要はない。そもそもユートは魔法の効果に特化させた楕円形魔術式しか作れないかもしれないけれど。
とにかくこの試験では楕円形魔術式を使えなかったユートは、魔術式の大きさ相応の結果しか残せなかった。
おそらく、ユートは魔力放出量がかなり少ないのだろう。特に、手の先から放出する量が。
体外に放出した魔力は、魔術式にするなどして安定させなければ、すぐに大気に還ってしまう。その前に魔術式の形成をして魔法の発現を行わねばならないわけだが、放出した魔力を操作するにも魔力を使わなければならない。そしてその操作を行うのが、器用に魔力を扱える手の先から放出される魔力なのだ。
そこで放出できる魔力量が少なければ、水滴を集める、形を整える、凍らせる、水を注ぐといった作業をする『手』が足りず、小さな魔術式しか形成できない。そこがユートの最大の弱みだ。
ただ、
「魔力操作技術は、さすがね」
ユートの魔法と魔術式は、ほぼ同時に消えた。魔法と魔術式、どちらか一方でも消えた段階で終了する試験であったことを考えれば、これ以上ないタイミングだ。
発現させる予定の魔法の規模から、その魔法を維持するために必要な魔力を計算し、それを基に自分の魔力放出量から、魔術式の容量と魔術式自体の保持に必要な魔力を調整する。そして魔術式を形成しながら、容量ギリギリまで魔力を注ぐ。
その過程で、どれか一つでも失敗すれば終わりだ。計算ももちろん大変だが、完璧に実行するには恐ろしいほど緻密な操作を魔力が大気に還る前に行わなければならない。事実、今までに魔法と魔術式がここまで同時に消えることなんて見たことがなかった。
ユートは魔術式の大きさ相応の結果しか残せなかった。しかし、その大きさで最大の効果を出して見せたのだ。
わずかに残った生徒からも、魔法と魔術式がほぼ同時に消えたことに対し、感心するような声が上がっている。
「………………」
改めて、自分のことでもないのにやるせない気持ちになる。ここまでの魔力操作技術を持っていても、それを活かした戦いの術を持っていても、ユートが試験に受かることがないことに。
その理由をよく知っている私は、それでも、最後まで見届けたいと思った。
短いながらも、この学院に来るまでの時間を共にした間柄として。
そして、絶対に合格しないと確信しているにもかかわらず、もしかしたら、と消え入りそうなほどに淡く、けれど確かに期待している自分を納得させるために。
◇ ◇ ◇
「次は実技試験に移ります。この魔法石を首から提げて下さい」
細い目をした男性の試験官はそう言って、紐が通された宝石のような丸い石を俺に渡した。空に透かして見ると、中に細かな模様のようなものが見える。
「えっと、魔法石ってなんですか?」
「魔法石を知らないのですか?」
そう質問すると、試験官は驚いたように返した。俺は軽く頷く。
「魔法石というのは、いわば固形の魔術式です。魔力さえ込めれば、魔法石に応じた魔法が誰にでも使えます」
「へえ、すごい便利ですね」
素直に驚いた。それを使えば自分じゃ使えない魔法も使えるようになるってことか。
早速魔法石を首から提げると、試験官がそこに魔力を注ぐ。すると、魔法石から淡く白い光が漏れ出し、俺の全身を包んだ。ただし借りた靴には光が及んでいない。
「これは?」
「一般には薄膜と呼ばれている魔法ですね。内部からの魔力は通し、外部からの攻撃などから発現者を守ります。ただ、今君が私を見ている通り、外からやってくるもの全てを防ぐというわけではありません。光や音、風、空気中の魔力、さらに微弱なものであれば魔法も通します」
つまり人を傷つけるような威力を持つものだけを防いでくれるというわけか。体をすっぽりと覆う透明な服みたいなものだろうか。
「これからの試験では、その魔法が消えてしまった段階で試験終了となります。魔法石には既に十分な魔力を注いでありますので、魔力切れは心配しなくて構わないです」
説明を聞きながら、俺は手を閉じたり、両手を合わせたりしてみる。どうやらこの薄膜同士は互いに干渉したりはせず、まるで水のように触れ合ったところから繋がって、体の外周を覆うみたいだ。
手を開いているときは指一本一本を光が包んでいるが、人差し指と中指を合わせたりすると、その間の光は押し出されるように指先に向かい、二本の指をまとめて包むようになる。握り拳を作ると、拳全体を覆うような形になった。両手を合わせると、腕と体で光の輪ができる。
「どうしたら魔法が消えるんですか?」
「一定量以上の魔法や衝撃を受けた場合に薄膜は消えます。それらは全て薄膜が防ぐため、君自身が怪我をすることはないので、そこは安心して下さい」
おお、なんて親切な試験なんだ。平気で命の危機に晒してくるじいさんの修行とは大違いじゃないか。俺は今までの旅行の数々を思い出し、思わず目元が熱くなるのを感じた。
「さて、実技試験は審査員も務める教師の方と行ってもらいます」
「ここの教師、ですか」
観客席に目を向けると、丁度一人の男性がそこから飛び降りてきたところだった。
頭から生やした立派な二本の角。尖った耳。まずはそこに目が向いた。それは紛れもない、鬼人族である証だった。
黒い高級そうな服に身を包んでいるが、その前は開いており浅黒い肌が覗いていた。首から提げられた魔法石は俺のものと同じ物のようだけど、心なしか小さく見えた。
「キース先生、お早く」
「ああ、悪いな」
試験官の言葉に、キース先生と呼ばれた鬼人族の教師は赤色の髪を掻いていた手をひらひらとさせて答えた。その腕はかなり太く、手のひらも大きい。背も俺より頭一つ以上は高かった。
「待たせて悪かったな。早速始めようぜ」
そう言って、十歩ほど手前でキース先生は立ち止まった。先生は薄膜を発現させると袖を捲る。肘の近くまで腕が露出した。
「とりあえずほら、最初は俺に対して好きなように攻撃してきてくれ。俺は防御に専念して、お前の攻撃を評価する」
「キース先生、その距離でよろしいのですか? 近すぎでは」
「問題ねえよ。そいつの魔術式の大きさなら、このくらいでも遠すぎるくらいだ」
表情を変えずに淡々と話すキース先生。余裕の表れというより、事実を確認しているみたいな言い方だった。まあ妥当な判断だろうな。
「……分かりました。それでは、始めてください」
「えっと、もう攻撃をしていいってことですか」
「そういうこった。早く来い」
「はい」
俺は両手を軽く広げると、じいさんが手合わせ前にするのと同じように強く打つ。
パアン!
音が鳴り響くと同時に、キース先生に向かって駆け出した。
「えっ?」
試験官が驚いたような声を上げる。キース先生は眉を顰めつつも、右手の魔術式から前方へと光の壁、防御魔法を発現させた。基本的な魔法とは言え、かなり早い発現だ。魔術式も当然俺のものより大きく、このまま体当たりしたくらいじゃびくともしないくらいの強度はあるだろう。
けれどこれなら、いけるかもしれない。いや、仕留める!
防御魔法まであと一歩の距離に踏み込む左足、そこに左手で形成した強化魔法を付与する。薄膜の内側で、新たな光が左足に宿った。キース先生の目が大きくなる。
だけど、もう遅い。加速した俺は既にキース先生の左側へと回り込んでいた。
不意を衝くような高速移動。それでもキース先生は、既に左手で魔術式を形成し終えていた。あとはそこに魔力を注ぎ込めば、魔法が発現する。
俺の攻撃が届くのが先か、キース先生の魔法が発現するのが先か。
「なんて」
回り込む間に魔法を付与しておいた右足で再びの高速移動。キース先生の背後をとる。先生の前方にはまだ、最初の防御魔法が残っていた。つまり、逃げ場はない。
左足での着地とほぼ同時に、キース先生に向かって、右足を強く踏み込む。
「はっ!」
そして、強化魔法を付与した左腕からの正拳を突き込んだ。
拳がキース先生の薄膜に触れる。
パン!
「っ!」
その瞬間、キース先生の体を包んでいた淡い光が一瞬強く光ったかと思うと、攻撃が何かに防がれるようにして弾かれた。俺は一旦後ろに下がり距離をとる。
「そこまで!」
試験官の言葉が聞こえ、俺は臨戦態勢を解く。すると、キース先生が振り向き、俺に近づいてきた。
「えっと……?」
どう対応すべきか困惑する俺の肩を、キース先生がガシッと掴む。
「お前、すげぇじゃねえか!」
そして俺を覗くその顔には、満面の笑みが浮かんでいた。さっきまでの、どことなくやる気のなさそうな表情とは大違いだ。
「は、はあ……」
「いやあ参ったぜ! 大した魔法も使えない奴だと思ってたら、俺に攻撃を当てるなんてよ。それもあんな方法で!」
ばんばんと肩を叩くキース先生。どうやら随分と気に入られたみたいだ。
「キース先生、あまり彼を困らせないでください。試験の途中です」
「堅苦しいこと言うなよ。俺に攻撃できたんだぜ? もう合格でもいいだろ」
合格? キース先生の言葉に驚く。こんなにあっさり決まるものなのか?
しかし当然、そんなに甘くはなかった。試験官がため息をつく。
「それはあなたが本気で相手をしてなかったからです。それに、残念ながら彼の攻撃手段は、この学院の生徒として不適です」
「え、どうしてですか?」
予想外の厳しい言葉にうろたえる。一体何がいけなかったんだろう? 攻撃は確かに当たったし、キース先生の薄膜も消えたのに。
「ユート君、自分の体をよく見て下さい」
俺は改めて自分の体を見た。特に異変はない。そう思ったところで気づく。
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公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。
◇画像はGirly Drop様からお借りしました
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【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
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