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1. 出会い
どうしてこんなことに
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どうしてこんなことになっているんだろう?
魔法競技場の観客席に腰掛けながら、私は現状を再確認する。
私は昨日、ユートを連れて無事に学院に帰還した。それでユートとの縁は切れ、二度と会うこともないと思っていたのに。
「どうしてユートが、編入試験なんか受けているのかしら?」
大きな楕円形の形をしている魔法競技場、その中心にいるのは、間違いなくユートだ。私が高等部に上がってから一か月、こんな時期に編入試験をするなんてどういうことかと思ってきてみたら、まさかの再会を果たしてしまった。向こうはこちらに気づいてはいないだろうが。
時期外れの編入希望者には、他の生徒も注目を集めているようだった。今日の授業は全て終わっており、生徒たちは寮に帰って自由に過ごしても構わない。にも関わらず、かなりの数の生徒が観客席に座っていた。中には上級生の姿もある。
編入試験ではよくある光景だ。生徒同士で競い合ったり、チームを組んで行動することの多いこの学院では、生徒になる可能性のある編入生の実力をあらかじめ知っておくことはかなり重要になる。
特に、この時期になってもチームメンバーが揃っていない生徒にとっては、今回の編入試験は渡りに船だろう。実力のある生徒はほとんどチームを組んでしまっている中、グリマール魔法学院に編入しようとする程度には実力に自信がある者がやってきたのだから。
……まあ、そんな生徒はほとんどいないでしょうけれど。
本来なら放課後に魔法の練習用に開放されている魔法競技場が使えなくなっているのだから、時間が空いてしまったという生徒が大半だろう。実力を見に来たにしても、警戒する気持ちは薄いはずだ。
何しろほとんどの生徒は、中等部からグリマール魔法学院に在学している実力者なのだ。そんな彼らが警戒に値するほどの人材がそう易々と見つかることなんてない。だから時期外れの編入試験を見るのも、少し興味が湧いた、程度の理由のはずだ。そしてそんな興味も、すぐに薄れるのは目に見えていた。
思考が逸れた。私は改めてユートを見る。
多分、学院長先生は最初からユートを編入させるつもりだったのだろう。あの手紙の内容は知らないけれど、その手紙を受けたビャクヤさんがユートをここに送って、そしてこの状況だ。多かれ少なかれ何かしら関係しているに違いない。
けれどまさか、ユートに編入試験を受けさせるだなんて、一体どんな思惑があるんだろう?
「ユートが試験に受かるはずないのに」
◇ ◇ ◇
どうしてこんなことになっているんだろう?
だだっ広い空間、その真ん中に試験官と二人でいる現状を再考察する。
昨日、シルファに連れられて学院に辿り着いた俺は、ここの学院長先生に、確かに手紙を届けることができた。『旅行』がそれで終わりだなんて甘いことをあのじいさんがするはずもないので、手紙を渡し終えた俺は早々に帰路についての心配をしていた。
他人を巻き込むことを嫌うじいさんの性格からして、あの猪魔物は明らかにじいさんの仕業じゃなかったしな。となるとやっぱり、帰りに何かを仕掛けてくるはずだ。
そんなことを考えていた俺に、学院長先生はじいさんからの手紙を俺に読むよう勧めてきた。どうやら何枚かに分けて書かれたじいさんの手紙には、俺に読ませるためのものもあったらしい。
俺は心構えをしつつ、その手紙に目を通した。
『ユートよ、グリマール魔法学院に入学するのじゃ。ちなみにお主がこれを読んでいる頃には、わしはもうあの山を下りておるのでな。帰ってきても誰もおらぬからそのつもりで』
「…………え?」
最初はそこに書かれた内容が分からなかった。二度三度と読み直し、補足や隠された暗号がないことまで確認して、ようやくじいさんからの指示を理解した。
「いや無理だろ!」
そしてそこが学院長室であり目の前に学院長先生がいるにも関わらず、思わず叫んでしまった。
今の俺の実力で、シルファ曰く国内最高峰の魔法学院の一つに入学できるわけがない。そして帰っても稽古をつけてくれるじいさんはいないという。完全に厄介払い、もしくは夜逃げだ。ちなみに、の先の内容の方がよっぽど本題じゃないか。
じいさんは何を考えてるんだ? いつまで経っても成長しない俺に、ついに見切りをつけたのか?
「ユートくん、落ち着いてください」
頭を抱える俺に柔和な笑みを向ける老年の女性は、ここの学院長先生だ。物腰の軟らかい穏やかそうな人だけど、ピンと伸びた背筋や全くブレない体幹はまるで年齢を感じさせない。大きくはなくともはっきりと耳に届くその言葉からもただものじゃない雰囲気が伝わってきて、ついこちらも身構えてしまう。
「す、すみません。その、あまりに荒唐無稽な内容だったので」
「ふふ、そんなことはありませんよ。あなたのことはこの手紙から伺っています。随分と個性的な魔法を使うようですね?」
「まあ、個性的と言えば、そうかもしれませんが」
実際は小さな魔術式でどうにかするための小細工だ。魔術式が大きくならない以上、楕円形にしたところでたかが知れている。発現までの早さには自信はあるけれど、できることは多くない。魔法だけでなく自分の体も併せて使うことで、どうにか魔物相手にも立ち回れるのが現状なんだ。
そんな状態で、あの巨大な猪魔物を倒して見せたシルファや、他のこの学院の生徒たちと肩を並べられるだなんて、到底思えなかった。
「謙遜する必要はありませんよ。荷物の中に、魔物の体の一部が結晶化したものがあったでしょう? 随分と大きいようだけど」
「ああ、これは……」
慌てて背負った荷物から、猪魔物が残した牙を取り出す。あの後、シルファと話し合った結果、二本の牙を一本ずつ分けることとなった。魔物の落とす結晶は珍しく、高価な取引がされることもあるという。俺は二本ともシルファに譲る気でいたが、シルファは頑なにそれを拒んだのだった。
手紙を出す際にその一部を見られたのだろう。けれどそれだけで、どうして結晶だって分かったんだろう? 疑問を抱えながらも、この牙を手に入れるに至った経緯を説明する。
「あらあら、そんなことがあったのね」
「はい。この牙はシルファ、さんが倒した魔物が落としたものなので、俺の実力には関係ありません」
「けれど彼女が魔物を倒す前に、彼女を救ってくれたんでしょう? 大切な生徒を守ってくれて、本当にありがとうございます」
「いえ、そんな……」
深くお辞儀をされ、返答に困る。
「ユートくん、あなたは随分と自分を過小評価しているようだけど、ここの生徒の命を助けられるくらいの実力があるんです。もっと自信を持ってもいいと、私は思いますよ」
「そ、そうですかね?」
不思議なことに、この人にそう言われると、なんとなく自信を持ってもいい気がしてきた。じいさんからは今までに散々実力がないだの才能がないだのと言われ続けてきたけれど、もしかしたらそれはあの山の中でだけの話だったのかもしれない。思えばシルファだって、俺の魔法に驚いていた。
ここでなら、俺の実力もそこまで劣っているわけじゃないのか?
「私としては、是非ともユートくんに、グリマール魔法学院に入学して欲しいと思っているわ」
「入学、してもいいんですか?」
「勿論よ。ただその前に、改めてユートくんの実力を測るための試験をしなくちゃいけないけれどね。でもユートくんなら、きっといい成績を出せると思うわ」
「本当ですか?」
「ええ」
ゆっくりと、けれども力強く頷く学院長先生の姿に、俺は胸の内から沸々と自信が湧いてくるのを感じた。
「ユートくん、グリマール魔法学院の編入試験、受けてくれますか?」
「はい!」
学院長先生は俺の大きな返事に、嬉しそうに目を細めたのだった。
……あの時の俺は、少し冷静さを失っていたと思う。
「それではこれより、グリマール魔法学院、編入試験を始める」
試験官のそんな言葉で、俺は現実に引き戻された。
昨日胸に膨らんでいた希望も、今では随分としぼんでしまっている。学院長先生はああ言ってくれていたけれど、やっぱり今の俺は実力が足りないと思う。
おまけに試験用の装備だとかいう、脛まである金属製の履きなれない靴を履かされたんじゃ、ただでさえ足りない実力も十分には発揮できない。裸足が駄目なのはともかく、せめて俺が履いてきた靴で臨ませてほしかった。
とは言え、試験を受ける以外の選択肢がないのも事実だ。このまま帰ってもじいさんがいないというのなら、微かな希望に賭けるしかない。
そうとも、じいさんからは今までも無理難題を押し付けられてきたじゃないか。最初はいつも、そんなことできるわけないという気持ちが先行したけれど、やってみれば意外とどうにかなったものばかりだった。きっとこの試験も、じいさんなりに勝算があって俺を送り込んだに違いない。だったら俺は、俺にできることを精一杯するだけだ。
そう意気込むと、我ながら単純だと思うが、全身にやる気が漲ってくる気がした。よし、どんな試験でもかかってこい!
「まずは魔術式の大きさを測定します」
……まあそうなるよな。俺は無情な現実をどうにか受け止める心構えをしてから、魔術式を形成した。
魔法競技場の観客席に腰掛けながら、私は現状を再確認する。
私は昨日、ユートを連れて無事に学院に帰還した。それでユートとの縁は切れ、二度と会うこともないと思っていたのに。
「どうしてユートが、編入試験なんか受けているのかしら?」
大きな楕円形の形をしている魔法競技場、その中心にいるのは、間違いなくユートだ。私が高等部に上がってから一か月、こんな時期に編入試験をするなんてどういうことかと思ってきてみたら、まさかの再会を果たしてしまった。向こうはこちらに気づいてはいないだろうが。
時期外れの編入希望者には、他の生徒も注目を集めているようだった。今日の授業は全て終わっており、生徒たちは寮に帰って自由に過ごしても構わない。にも関わらず、かなりの数の生徒が観客席に座っていた。中には上級生の姿もある。
編入試験ではよくある光景だ。生徒同士で競い合ったり、チームを組んで行動することの多いこの学院では、生徒になる可能性のある編入生の実力をあらかじめ知っておくことはかなり重要になる。
特に、この時期になってもチームメンバーが揃っていない生徒にとっては、今回の編入試験は渡りに船だろう。実力のある生徒はほとんどチームを組んでしまっている中、グリマール魔法学院に編入しようとする程度には実力に自信がある者がやってきたのだから。
……まあ、そんな生徒はほとんどいないでしょうけれど。
本来なら放課後に魔法の練習用に開放されている魔法競技場が使えなくなっているのだから、時間が空いてしまったという生徒が大半だろう。実力を見に来たにしても、警戒する気持ちは薄いはずだ。
何しろほとんどの生徒は、中等部からグリマール魔法学院に在学している実力者なのだ。そんな彼らが警戒に値するほどの人材がそう易々と見つかることなんてない。だから時期外れの編入試験を見るのも、少し興味が湧いた、程度の理由のはずだ。そしてそんな興味も、すぐに薄れるのは目に見えていた。
思考が逸れた。私は改めてユートを見る。
多分、学院長先生は最初からユートを編入させるつもりだったのだろう。あの手紙の内容は知らないけれど、その手紙を受けたビャクヤさんがユートをここに送って、そしてこの状況だ。多かれ少なかれ何かしら関係しているに違いない。
けれどまさか、ユートに編入試験を受けさせるだなんて、一体どんな思惑があるんだろう?
「ユートが試験に受かるはずないのに」
◇ ◇ ◇
どうしてこんなことになっているんだろう?
だだっ広い空間、その真ん中に試験官と二人でいる現状を再考察する。
昨日、シルファに連れられて学院に辿り着いた俺は、ここの学院長先生に、確かに手紙を届けることができた。『旅行』がそれで終わりだなんて甘いことをあのじいさんがするはずもないので、手紙を渡し終えた俺は早々に帰路についての心配をしていた。
他人を巻き込むことを嫌うじいさんの性格からして、あの猪魔物は明らかにじいさんの仕業じゃなかったしな。となるとやっぱり、帰りに何かを仕掛けてくるはずだ。
そんなことを考えていた俺に、学院長先生はじいさんからの手紙を俺に読むよう勧めてきた。どうやら何枚かに分けて書かれたじいさんの手紙には、俺に読ませるためのものもあったらしい。
俺は心構えをしつつ、その手紙に目を通した。
『ユートよ、グリマール魔法学院に入学するのじゃ。ちなみにお主がこれを読んでいる頃には、わしはもうあの山を下りておるのでな。帰ってきても誰もおらぬからそのつもりで』
「…………え?」
最初はそこに書かれた内容が分からなかった。二度三度と読み直し、補足や隠された暗号がないことまで確認して、ようやくじいさんからの指示を理解した。
「いや無理だろ!」
そしてそこが学院長室であり目の前に学院長先生がいるにも関わらず、思わず叫んでしまった。
今の俺の実力で、シルファ曰く国内最高峰の魔法学院の一つに入学できるわけがない。そして帰っても稽古をつけてくれるじいさんはいないという。完全に厄介払い、もしくは夜逃げだ。ちなみに、の先の内容の方がよっぽど本題じゃないか。
じいさんは何を考えてるんだ? いつまで経っても成長しない俺に、ついに見切りをつけたのか?
「ユートくん、落ち着いてください」
頭を抱える俺に柔和な笑みを向ける老年の女性は、ここの学院長先生だ。物腰の軟らかい穏やかそうな人だけど、ピンと伸びた背筋や全くブレない体幹はまるで年齢を感じさせない。大きくはなくともはっきりと耳に届くその言葉からもただものじゃない雰囲気が伝わってきて、ついこちらも身構えてしまう。
「す、すみません。その、あまりに荒唐無稽な内容だったので」
「ふふ、そんなことはありませんよ。あなたのことはこの手紙から伺っています。随分と個性的な魔法を使うようですね?」
「まあ、個性的と言えば、そうかもしれませんが」
実際は小さな魔術式でどうにかするための小細工だ。魔術式が大きくならない以上、楕円形にしたところでたかが知れている。発現までの早さには自信はあるけれど、できることは多くない。魔法だけでなく自分の体も併せて使うことで、どうにか魔物相手にも立ち回れるのが現状なんだ。
そんな状態で、あの巨大な猪魔物を倒して見せたシルファや、他のこの学院の生徒たちと肩を並べられるだなんて、到底思えなかった。
「謙遜する必要はありませんよ。荷物の中に、魔物の体の一部が結晶化したものがあったでしょう? 随分と大きいようだけど」
「ああ、これは……」
慌てて背負った荷物から、猪魔物が残した牙を取り出す。あの後、シルファと話し合った結果、二本の牙を一本ずつ分けることとなった。魔物の落とす結晶は珍しく、高価な取引がされることもあるという。俺は二本ともシルファに譲る気でいたが、シルファは頑なにそれを拒んだのだった。
手紙を出す際にその一部を見られたのだろう。けれどそれだけで、どうして結晶だって分かったんだろう? 疑問を抱えながらも、この牙を手に入れるに至った経緯を説明する。
「あらあら、そんなことがあったのね」
「はい。この牙はシルファ、さんが倒した魔物が落としたものなので、俺の実力には関係ありません」
「けれど彼女が魔物を倒す前に、彼女を救ってくれたんでしょう? 大切な生徒を守ってくれて、本当にありがとうございます」
「いえ、そんな……」
深くお辞儀をされ、返答に困る。
「ユートくん、あなたは随分と自分を過小評価しているようだけど、ここの生徒の命を助けられるくらいの実力があるんです。もっと自信を持ってもいいと、私は思いますよ」
「そ、そうですかね?」
不思議なことに、この人にそう言われると、なんとなく自信を持ってもいい気がしてきた。じいさんからは今までに散々実力がないだの才能がないだのと言われ続けてきたけれど、もしかしたらそれはあの山の中でだけの話だったのかもしれない。思えばシルファだって、俺の魔法に驚いていた。
ここでなら、俺の実力もそこまで劣っているわけじゃないのか?
「私としては、是非ともユートくんに、グリマール魔法学院に入学して欲しいと思っているわ」
「入学、してもいいんですか?」
「勿論よ。ただその前に、改めてユートくんの実力を測るための試験をしなくちゃいけないけれどね。でもユートくんなら、きっといい成績を出せると思うわ」
「本当ですか?」
「ええ」
ゆっくりと、けれども力強く頷く学院長先生の姿に、俺は胸の内から沸々と自信が湧いてくるのを感じた。
「ユートくん、グリマール魔法学院の編入試験、受けてくれますか?」
「はい!」
学院長先生は俺の大きな返事に、嬉しそうに目を細めたのだった。
……あの時の俺は、少し冷静さを失っていたと思う。
「それではこれより、グリマール魔法学院、編入試験を始める」
試験官のそんな言葉で、俺は現実に引き戻された。
昨日胸に膨らんでいた希望も、今では随分としぼんでしまっている。学院長先生はああ言ってくれていたけれど、やっぱり今の俺は実力が足りないと思う。
おまけに試験用の装備だとかいう、脛まである金属製の履きなれない靴を履かされたんじゃ、ただでさえ足りない実力も十分には発揮できない。裸足が駄目なのはともかく、せめて俺が履いてきた靴で臨ませてほしかった。
とは言え、試験を受ける以外の選択肢がないのも事実だ。このまま帰ってもじいさんがいないというのなら、微かな希望に賭けるしかない。
そうとも、じいさんからは今までも無理難題を押し付けられてきたじゃないか。最初はいつも、そんなことできるわけないという気持ちが先行したけれど、やってみれば意外とどうにかなったものばかりだった。きっとこの試験も、じいさんなりに勝算があって俺を送り込んだに違いない。だったら俺は、俺にできることを精一杯するだけだ。
そう意気込むと、我ながら単純だと思うが、全身にやる気が漲ってくる気がした。よし、どんな試験でもかかってこい!
「まずは魔術式の大きさを測定します」
……まあそうなるよな。俺は無情な現実をどうにか受け止める心構えをしてから、魔術式を形成した。
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