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三歳児編
シミュレーションゲーム
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恋愛シミュレーション、いや、政治シミュレーションゲームってところかな。
巨悪を滅ぼすだの世界を救うだの、そんな規格外のスケールを持っているわけでもなく、だというのに高度な読み合いや駆け引きが必要になる、現実世界における困難やそれを乗り切った際の感動を教えてくれるゲーム。小学校に転入して一ヶ月を過ごした俺は、現状をそういったゲームの舞台として捉えるようになっていた。
それはつまり現実じゃないか、と指摘されそうなものだが、俺の知る学校生活はここまで真剣に人間関係を考えたりしない。少なくとも俺はしたことがない。そもそも転生している時点で現実感も何もないわけだが、とにかく普通悩まなくて済むようなことで悩んでいるこの状況はゲームのように思えるということだ。
「おはよう、リンドくん」
そしてこのゲームの一日はこの言葉から始まる。微かに甘い香りが漂い始めたのを感じ取った俺は、己との長い戦いの幕開けを意識し、覚悟を決めた。
「おはよう、オードくん」
しかし表向きはあくまで自然に、香りの中心にいる友達に挨拶を返す。俺と違って裏表のないオードくんの笑みが深くなった。
「きょうもきてくれてありがとう! じゃあいこっか」
「うん。いってきます」
「行ってらっしゃいませ」
「いってきまーす!」
リューリさんに見送られ、俺とオードくんは並んで学校までの道を行く。
「……ねえ」
「もう」
リューリさんから見えなくなったところで、オードくんがはにかみながら右手を伸ばしてきた。俺は苦笑いしてその手を握る。
「えへへ、ありがとね」
「あまりあまえちゃだめだよ」
「わかってるよ。がっこうのなかじゃつながない」
少しむくれるけど、オードくんはすぐ嬉しそうな顔に戻って、繋いだ手を大きく振る。幸せそうで何よりだ。あとは俺に対する無意識精神攻撃を止めてくれると言うことなしなんだが。
(いい加減、手を繋いで歩くのは止めたらどうだ?)
(断る)
(意地を張りおって。好意が弱まれば香りの効果も弱まるのだぞ?)
(あまり嫌われても駄目だろ。最悪二度と信じてもらえなくなるかもしれないんだから)
相手は小学一年生だ。俺からしてみたら些細なことでも、大きく感情を揺さぶられてしまうだろう。突き放すのは良くない。
しかしレイズの言にも一理ある。どうもオードくんが俺の精神に与える影響というのは、俺に向けられる好意の強さに比例しているようなのだ。そして通学中あるいは帰宅中、こうして手を繋いで歩いている時に受ける最も強い干渉は、俺の心の最終防壁を打ち砕かんばかりなのだ。
感情に裏表のない小学生から今以上の好意が向けられるなんてことは考えにくいが、あり得ない話ではない。なので少しくらいは嫌われることをするのも大事なわけだ。オードくんを他人に依存するような子にさせないためにも。
そんなわけでここ暫く、俺はオードくんからの好感度の調整に頭を悩ませているのだった。全く、好感度を上げ過ぎても駄目なんてゲーム、前世でもほとんどなかったぞ。
「あー、またおとこどうしでてぇつないでるぞ!」
「おててつないでないとこわいんでちゅか~?」
そんな時、背後から人を馬鹿にするような声が聞こえた。振り返ると、アドラとネブトが品の無い笑い声を上げている。普段であれば到底好意的には受け取れない野次なのだが、気を悪くしたオードくんは精神攻撃の手を緩めるのでとても複雑な気分になる。これが必要悪というものなのか。
「おい、そんなままごとしてるようなやつらはほっとけ」
「へへ、そうだな」
「なかよくするんでちゅよ~」
そして不機嫌そうに吐き捨て俺たちを追い抜くベルクに、二人がついていく。うん、あいつらは今日も変わらないな。いっそ感心するわ。
(だから手を繋ぐなと言ったのだ。また奴らに舐められたぞ)
(別にいいだろ。あれから暴力を振るってきたりはしてないんだし)
(そういう問題ではない! まったく、独りで歩けぬ幼子でもあるまいに、手を繋ぐなど……)
レイズと会話していると、不意にオードくんと繋いでいた手が離される。
「もういいの?」
「うん……」
力なく笑うオードくんは、見るからに重くなった足を進める。俺は一瞬慰めようかと考えて、思い留まる。
魔法を暴走させるなんてこと起こさないためにも、このくらいは一人で乗り越えてもらわないとな。……こんなこと、同級生が考えるようなことじゃないけど。
ふう、と複雑な心境を吐き出すようにため息をつく。ともあれ、これで第一ステージクリアだ。
続くは第二ステージ。戦略が鍵となる難関ステージを前に、俺は再度気を引き締めるのだった。
巨悪を滅ぼすだの世界を救うだの、そんな規格外のスケールを持っているわけでもなく、だというのに高度な読み合いや駆け引きが必要になる、現実世界における困難やそれを乗り切った際の感動を教えてくれるゲーム。小学校に転入して一ヶ月を過ごした俺は、現状をそういったゲームの舞台として捉えるようになっていた。
それはつまり現実じゃないか、と指摘されそうなものだが、俺の知る学校生活はここまで真剣に人間関係を考えたりしない。少なくとも俺はしたことがない。そもそも転生している時点で現実感も何もないわけだが、とにかく普通悩まなくて済むようなことで悩んでいるこの状況はゲームのように思えるということだ。
「おはよう、リンドくん」
そしてこのゲームの一日はこの言葉から始まる。微かに甘い香りが漂い始めたのを感じ取った俺は、己との長い戦いの幕開けを意識し、覚悟を決めた。
「おはよう、オードくん」
しかし表向きはあくまで自然に、香りの中心にいる友達に挨拶を返す。俺と違って裏表のないオードくんの笑みが深くなった。
「きょうもきてくれてありがとう! じゃあいこっか」
「うん。いってきます」
「行ってらっしゃいませ」
「いってきまーす!」
リューリさんに見送られ、俺とオードくんは並んで学校までの道を行く。
「……ねえ」
「もう」
リューリさんから見えなくなったところで、オードくんがはにかみながら右手を伸ばしてきた。俺は苦笑いしてその手を握る。
「えへへ、ありがとね」
「あまりあまえちゃだめだよ」
「わかってるよ。がっこうのなかじゃつながない」
少しむくれるけど、オードくんはすぐ嬉しそうな顔に戻って、繋いだ手を大きく振る。幸せそうで何よりだ。あとは俺に対する無意識精神攻撃を止めてくれると言うことなしなんだが。
(いい加減、手を繋いで歩くのは止めたらどうだ?)
(断る)
(意地を張りおって。好意が弱まれば香りの効果も弱まるのだぞ?)
(あまり嫌われても駄目だろ。最悪二度と信じてもらえなくなるかもしれないんだから)
相手は小学一年生だ。俺からしてみたら些細なことでも、大きく感情を揺さぶられてしまうだろう。突き放すのは良くない。
しかしレイズの言にも一理ある。どうもオードくんが俺の精神に与える影響というのは、俺に向けられる好意の強さに比例しているようなのだ。そして通学中あるいは帰宅中、こうして手を繋いで歩いている時に受ける最も強い干渉は、俺の心の最終防壁を打ち砕かんばかりなのだ。
感情に裏表のない小学生から今以上の好意が向けられるなんてことは考えにくいが、あり得ない話ではない。なので少しくらいは嫌われることをするのも大事なわけだ。オードくんを他人に依存するような子にさせないためにも。
そんなわけでここ暫く、俺はオードくんからの好感度の調整に頭を悩ませているのだった。全く、好感度を上げ過ぎても駄目なんてゲーム、前世でもほとんどなかったぞ。
「あー、またおとこどうしでてぇつないでるぞ!」
「おててつないでないとこわいんでちゅか~?」
そんな時、背後から人を馬鹿にするような声が聞こえた。振り返ると、アドラとネブトが品の無い笑い声を上げている。普段であれば到底好意的には受け取れない野次なのだが、気を悪くしたオードくんは精神攻撃の手を緩めるのでとても複雑な気分になる。これが必要悪というものなのか。
「おい、そんなままごとしてるようなやつらはほっとけ」
「へへ、そうだな」
「なかよくするんでちゅよ~」
そして不機嫌そうに吐き捨て俺たちを追い抜くベルクに、二人がついていく。うん、あいつらは今日も変わらないな。いっそ感心するわ。
(だから手を繋ぐなと言ったのだ。また奴らに舐められたぞ)
(別にいいだろ。あれから暴力を振るってきたりはしてないんだし)
(そういう問題ではない! まったく、独りで歩けぬ幼子でもあるまいに、手を繋ぐなど……)
レイズと会話していると、不意にオードくんと繋いでいた手が離される。
「もういいの?」
「うん……」
力なく笑うオードくんは、見るからに重くなった足を進める。俺は一瞬慰めようかと考えて、思い留まる。
魔法を暴走させるなんてこと起こさないためにも、このくらいは一人で乗り越えてもらわないとな。……こんなこと、同級生が考えるようなことじゃないけど。
ふう、と複雑な心境を吐き出すようにため息をつく。ともあれ、これで第一ステージクリアだ。
続くは第二ステージ。戦略が鍵となる難関ステージを前に、俺は再度気を引き締めるのだった。
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