転生して一歳児の俺が未来の大魔王として担ぎ上げられたんだけどこれなんて無理ゲー?

東赤月

文字の大きさ
上 下
68 / 72
三歳児編

ママを助けなきゃ

しおりを挟む
「ゼラ……」
 いたそうなはへんをにぎらされているママが、そしてにぎらせている悪ま族の男の人が、わたしを見る。
 ……やっぱり、こわい。でも、ママ、泣いてる。わたしが、わたしが助けなきゃ!
「ま、ママにひどいこと、しないで……!」
「えぇ? でも先にひどいことをしたのは君のママなんだよ?」
 男の人の声は、重くて、冷たくて、おなかのところにズシンってする。わたしは泣きそうになるけど、どうにか声を出す。
「そ、それでも、しちゃダメ!」
「どうして?」
「それ、は……」
 どうしよう、うまく話せない。もっと上手に話さないといけないのに……。
「そもそもさぁ、君だって息子に、リンドにひどいことしてたんだよね?」
「え?」
 リンドが、むすこ、ってことは、リンドのお父さん?
「リンドから聞いたよ? ことあるごとにつっかかってきて、陰湿な嫌がらせをしてきて、昨日にいたっては盗みの犯人に仕立てあげようとしていたそうじゃないか」
「あ、う……」
 リンドのお父さんははへんをすてると、ひざに手をついて顔を近付けてくる。口は笑っているのに、目がとてもこわい。とっても、おこってるんだ。
「む、娘には手を出さないで!」
「ああ、あなたの思う悪魔族は、こういうときに家族を手にかけるのですね。参考になります」
「ち、ちがっ!」
「大丈夫ですよ」
 大きな手が、わたしの首にふれる。いきの音が速くなる。大きくなる。
「あなたへの復讐に娘さんは使いません。これからすることは、ゼラちゃんがリンドにしたことに対する仕返しです」
「ひっ!」
 首をにぎられた。ドクドクって、血のながれが頭にひびく。なみだがあふれた。
「やめなさいっ!」
 ママがとびだして手を伸ばす。だけどリンドのお父さんがもう片方のうでをふると、後ろにたおれてしまった。
「今から君の顔を殴るね。大丈夫、一回だけだから。それでリンドのことは許してあげる」
「あ、ああ……」
「お願い! お願いです! 娘は私の言うことを聞いただけで!」
「それが正しいと信じて行動したのはこのガキです」
「まだ子供なのよ!?」
「子供だからこそ、罪を犯したら罰が下ることを教育する必要があります。それとあなたが子供を語らないでください。非常に不愉快です」
 大きな手がにぎられる。こわい、こわい、こわい……!
「いや、ダメ、お願いします、どうか、どうか私にだけ……!」
「三秒数えたら殴るよ」
「やめてぇえええ!」
「ママ!」
 こわい、けど、
「だいじょうぶ、だから……」
 むりやり、わらった。いつもみたいに、ママを安心させるために。
「ゼラ……」
「リンドの、お父さん」
 それから、リンドのお父さんと目をあわせる。
「なんだい?」
「リンドをいじめて、ごめんなさい。わたしのこと、なぐっていいです」
「ゼラ!」
「それ以上騒いだら、殴る回数を増やします」
「っ……うう……!」
 ママがくちびるをかむ。それを見てわたしは、やっぱり助けなきゃって思った。
「それと、ママへのおしおきも、わたしにしてください」
「ゼ……くぅ、うう……!」
「……はあ」
 リンドのお父さんが、笑うのを止めた。そしてママの方を向く。とってもこわいかおになってた。
「ここまでクズだといっそ清々しいですねぇ。娘が自分から母親の身代わりになるよう洗脳するだなんて、見下げ果てましたよ」
「……ちが、ちがいます……!」
「ま、ママは悪くありません! わたしがママを助けたいって思ったから、だから……!」
 むずかしい言葉は分からなかったけど、ママが悪いことをしたって思われたみたいだった。わたしが必死に声を上げると、リンドのお父さんは、なんだかかなしそうな目をしてわたしを見た。
「ゼラちゃん、君がママからどんな教育を受けたのかは知らないけど、こんな奴は庇う価値なんてないよ。リンドをいじめたのも、こいつに言われたからなんだろう? 子供に悪いことをさせる親なんて最低だ」
「………………」
 たしかに、あんまりいいママじゃなかったかもしれない。あんまりほめてくれないし、こわいかおをするし……。
「ゼラ、もういいわ私は」
「でも、わたしのママだから。だから、助けたい!」
 わたしはリンドのお父さんの目を真っすぐ見て、はっきりと言った。
 リンドのお父さんは、何かを考えてるみたいにして、
「そっか、うん、よぉく分かったよ」
 ぱっと笑って、明るく言った。
「君の熱意には敗けたよ、ゼラちゃん。その勇気を称えて、望み通り、君のママにする仕打ちを、代わりに君に与えることにしよう」
「そん……!」
 ママが何かを言いかけたけど、リンドのお父さんが顔を向けたら口をとじた。
「ほ、本当ですか?」
「うん、勿論だよ」
「あ、ありがとうございます!」
 よかった! これでママを助けられる!
「お礼を言われるようなことじゃないさ」
 笑いながら、さっきすてたはへんをひろうリンドのお父さん。
「それじゃ、左手を床につけて」
「え? は、はい……」
 言われたとおりに手をゆかにつける。そしたらきゅうに手首をつかまれた。
「いたっ!」
「あはは、この程度で痛がってちゃダメだよ。これからもっと痛いことするんだから」
 そう言ってリンドのお父さんは、手に持ったはへんをわたしの目の前に、持って、きて……。
「な、何をするんですか?」
「ん? 左手に穴を開けるの」
「…………え?」
 ひだり、手に、あな。穴? あけるって、……え?
「ママのせいでリンドも左手に穴が開いちゃったんだ。だから同じ目に遭わせるね。何度か刺さないといけないかもしれないけど、我慢してね?」
 あれ? どうしたんだい?
 なぁんだかぐあぃがわるそぅだけどぉ?
「は、はっ、ほ、本当に、あな、あけ……!」
「うん。ほら暴れないで。失敗しちゃったら余計に多く刺さなきゃいけなくなるんだから」
「ゼラ、あ、ぁぁあああ……!」
「いやぁ素晴らしい娘さんをお持ちですねシヅレアさん。これも日頃の教えの賜物なんでしょうね。あなたが育てた立派な娘さんの覚悟、どうか見届けてくださいね」
 そ、そうだ、これはママのため、わたしががまんすれば、ママは助かるんだ。
 でも、あなって、どのくらいの? なんどもさされるの? あのいたそうなもので?
 …………いやだ。
 いやだいやだいやだ!
「ママ……!」
「あーあー泣かないで。君が言ったことなんだから。言葉には責任を持ちましょうねぇ」
「……お願い、誰か、助けて、娘を、誰か……」
 ママがなにかいってる。はへんがゆっくりもちあがった。ぜんしんがふるえる。
 いたい、あな、あいて、なんども、さされ――!
 あ、いたいのが、おちて、
「やめろ!」
 ……とまった。とまった? ……止まってる。
 ゆっくりと目を上げると、リンドのお父さんはどこかを見ていた。
「なんで止めるの? ベルク君」
 ベルク? そっちを見ると、本当にいた。そう言えば、いっしょに来てたっけ。どうして気付かなかったんだろう。
 ううん、それより、ベルクが止めてくれたの?どうして……?
「……もういいだろ。そんなことして、なんになんだよ」
「何になるって? そんなの決まってる。悪い奴らを懲らしめて、二度と悪さをできなくさせるのさ」
「だ、だからって、そ、そこまでするひつようないだろ」
「いいや。このくらいしないと、こういう奴らは反省しないからね。こっちがやられたのと同じかそれ以上の痛みを与えてやらないと」
 パチパチとまばたきをするリンドのお父さん。その手にあるいたそうなはへんがうごいた。今度こそ、さされ――
「そんなことしても! おやじはかえってこない!」
 ピタッと、上げた手が止まった。
「り、リンドだって、きずがなおったりしない。それに、えっと、あ、あんたがつかまったら、リンドは、おれとおなじだ。ひ、ひとりになっちまう」
「………………」
 リンドのお父さんは、ゆっくり手を下ろすと、はへんを落とした。カラン、と音が鳴る。
「はぁあ……。子供に諭されるなんてね」
 そう言って、立ち上がった。ようやくはなされた左手がピリピリする。
「ゼラ!」
 リンドのお父さんがはなれると、ママがわたしをだきしめた。
 うれしいはずなのに、なんでか、なみだが出てきた。
「ママ、ママ……!」
「ごめんなさい、ゼラ、ごめんなさい……!」
 ママも泣いてた。二人で泣いた。多分、はじめてのことだった。
 泣きおわって、気がついたら、リンドのお父さんもベルクもいなくなっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

転生テイマー、異世界生活を楽しむ

さっちさん
ファンタジー
題名変更しました。 内容がどんどんかけ離れていくので… ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ ありきたりな転生ものの予定です。 主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。 一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。 まっ、なんとかなるっしょ。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

オタクおばさん転生する

ゆるりこ
ファンタジー
マンガとゲームと小説を、ゆるーく愛するおばさんがいぬの散歩中に異世界召喚に巻き込まれて転生した。 天使(見習い)さんにいろいろいただいて犬と共に森の中でのんびり暮そうと思っていたけど、いただいたものが思ったより強大な力だったためいろいろ予定が狂ってしまい、勇者さん達を回収しつつ奔走するお話になりそうです。 投稿ものんびりです。(なろうでも投稿しています)

お願いだから俺に構わないで下さい

大味貞世氏
ファンタジー
高校2年の9月。 17歳の誕生日に甲殻類アレルギーショックで死去してしまった燻木智哉。 高校1年から始まったハブりイジメが原因で自室に引き籠もるようになっていた彼は。 本来の明るい楽観的な性格を失い、自棄から自滅願望が芽生え。 折角貰った転生のチャンスを不意に捨て去り、転生ではなく自滅を望んだ。 それは出来ないと天使は言い、人間以外の道を示した。 これは転生後の彼の魂が辿る再生の物語。 有り触れた異世界で迎えた新たな第一歩。その姿は一匹の…

処理中です...