転生して一歳児の俺が未来の大魔王として担ぎ上げられたんだけどこれなんて無理ゲー?

東赤月

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三歳児編

訪問

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「はい……」
 大きな扉を開けて出てきたのは、可愛らしい人魔族のお嬢さんだった。名前は、ゼラ、だったかな。僕の角を見て怖がっているね。常識的な反応、大変よろしい。
「こんにちは、お嬢さん。僕はヘツェト。冒険者なんだ。お母さんに用があるんだけど、今いるかな?」
 屈んで目の高さを相手より低くし、免許証を見せながら尋ねる。
「……ママ、今いそがしいんです。申しわけないですけど、お引き取り、ください」
「うーん、そっかぁ」
 僕は免許証をしまって立ち上がる。
「それじゃあ、今度は警察を連れてくるね」
「えっ!?」
「行こうか、ベルク君」
「お、おう」
 扉の陰に隠れていたベルク君がゼラちゃんに姿を見せる。警察という言葉、そして突然の同級生の登場に、ゼラちゃんは見て分かるくらい混乱する。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
 大きな音がして扉が閉まり、少しして鍵の閉まる音がした。しっかりしてるねぇ。
 そして暫くして、再び扉が開いた。そこにいたのは鋭い目をした人魔族の女性、シヅレアだ。帰宅したばかりなのか、服装は黒のズボンに白のシャツ、町議会御用達の袖の無いジャケットといったフォーマルなものだった。
「何の用でしょう?」
「こんにちは、シヅレアさん。夕刻にすみません。私の息子と、彼の父親の件で話がありまして」
「……それは私に何か関係があるのでしょうか?」
「勿論です。そうでなくてはわざわざ伺ったりしませんよ」
「心当たりがありませんね。お引き取りください」
「よろしいのですか?」
 言いながら、懐から三枚の写真を取り出す。
「こちらの写真を、警察に届けてしまいますよ?」
「っ!」
 シヅレアの目の色が変わった。伸ばされた手から写真を遠ざける。
「おや、心当たりはないのでは?」
「……警察の方に、いらぬ誤解を与えかねないですから。そのような悪質な写真、どこから用意してきたのですか?」
「さて、どこからでしょうね? それに誤解と言うのであれば、玄関先で悪魔族の男と話しているこの状況も、あらぬ噂が流れるには十分だと思いますが」
「……いいでしょう。立ち話もなんですし、中で詳しく事情をお聞かせ願えますか?」
「これはこれは。突然の訪問であるにも関わらずご自宅に上げていただけるなんて、シヅレアさんはお優しいのですね」
「っ……いいえぇ、来訪者をずっと立たせていくわけにもいきませんから。どうぞ」
 吐き捨てるように言って体を退くシヅレア。写真をしまった僕は顔に笑みを貼り付けたまま、閉まりかける扉を大きく開けて中に入る。
「さ、ベルク君も」
「……ああ」
 コートを脱ぎながらベルク君を呼ぶと、一瞬シヅレアの動きが止まった。しかし先に関係があると伝えていたからか、特に言及はない。
「それでは、例の写真をもう一度、見せていただけますか?」
 玄関から入ってすぐのところにある応接間にて、向かい合ったシヅレアは開口一番にそう言った。コートを畳んで膝の上に置いた僕は、半袖のインナーシャツに硬い生地の上着といった傭兵然とした格好のまま受け答える。
「こちらですね」
 テーブルの上に上着の内ポケットから取り出した写真を広げた僕は、シヅレアの注目が逸れている間に、魔力の流れから軽く家の中を探る。
 ゼラちゃんは二階かな。あとは、おっと、ベルク君がちょっと冷静さを失ってるみたいだな。
 軽く肩を叩いて、ベルク君を落ち着かせる。ここに来るまでの間に、できるだけ悪くない態度をしてもらうよう言い聞かせておいたベルク君は、むすっとしながらも大人しくなる。うん、良い子だ。
「やはり身に覚えのない写真ですね。いつ撮られたものでしょうか?」
 シヅレアは三枚の写真、彼女が人魔族の男と建物の陰で話し合う姿が収められたものを指して言う。
「さあ。それは撮影者に訊かなければ分かりかねます」
「そうですか。それではきっと、随分前に撮られたものなのでしょうね。そもそも、この写真とあなたたちに何の関係が?」
「話すと少し長くなるのですが、実は今日、私の可愛い息子が帰る途中、事件に巻き込まれましてね。そこにはベルク君の父親も居合わせたのですが」
「まあ、それは大変でしたわね。息子さんは無事だったのですか?」
 大袈裟に驚いて見せるシヅレアに、首を横に振って見せる。
「いえ、一生跡が残るような、大怪我を負ってしまいました。大の大人に襲われたのですから、無理もありません。あのような恐ろしいことを実行した犯人を思うと、腸が煮えくり返るような気持ちですよ」
「お悔やみ申し上げますわ。犯人は捕まったんですの?」
「ええ、実行犯は警察に引き渡されました」
「被害者が一人で済んだのは、不幸中の幸いでしたわね。ところで、それが何か?」
「まあまあ、そう急かさないでくださいよ。不思議に思いませんか? どうして息子が襲われたのか」
 結論を先伸ばしにされたシヅレアの顔に、険しさが増す。
「犯罪者の気持ちは想像しづらいですね。大方、誘拐してどこかに売り飛ばそうとでもしたのでは?」
「誘拐ですか。しかしそれなら、大怪我をさせる必要はないですよね? 売り物にならなくなります」
「では、憂さ晴らしでもしようとしたのでしょう」
「憂さ晴らしときましたか。他人の目につくような場所でやるとは考えにくいですね」
 他人の目につく、と言ったところで、シヅレアの眉根が寄った。
「他人の目につく? その犯人とやらは、衆人環視の中犯行に及んだのですか?」
「さてどうでしょう。逆に訊きますが、シヅレアさんはそうではなかったとお考えに?」
「あ、当たり前でしょう! 普通犯罪者は他人の目を避けて行動するはずです。まさかそんな、……はあ、とんだ狂人がいたものですね」
「ええ。本人が心から望んで実行したのであれば、正に狂人の所業と言うに相応しいでしょうね」
「……いい加減にしてくれますか? 言いたいことがあるなら早く仰ってください。夕食が遅れてしまいます」
「やれやれ、せっかちですね。そんなに言わせたいのですか?」
 苛つきを隠さないシヅレアに、笑みの面を被った僕は挑発を続ける。シヅレアは益々冷静でいられなくなったようだ。
 潮時かな。ふう、と困惑気味に一息ついてから、写真を指差す。
「写真に写っているこの男、こいつが犯人だったんです」
「ええっ!?」
 シヅレアが面白いくらいに動揺した。
「おや、何をそんなに驚いているのです?」
「だ、だって、この男が? そんな、こと……」
「そんなこと、ありえないと? 話の流れからしたら、そういう結論になるのは自明ではありませんか?」
「……そ、そうですわね。失礼しました、少々混乱していたようです」
 シヅレアは軽く咳払いして、落ち着いている風を装う。
「それで、犯人と私に接触がある疑いからここを訪ねてきたと、そういうことでしょうか?」
「はい、仰る通りです。納得してもらえたようで何よりですよ」
「っ……しかしですね、先にも言いました通り、私にはこの、いつ撮られたともしれない写真に覚えはありません。こんな狂人と私に関わりがあるかのように思われるのは心外ですわ」
「狂人、ですか? この男が?」
「あ、あなたも仰ったではありませんか! 狂人の所業と言うに相応しいと! あなたは私が教唆したと考えているようですけど、そんな事実は一切ありません! その男が望んで実行したに決まっています!」
 バン! と机を叩いて立ち上がるシヅレア。僕は困ったように笑ってから、ポンと手を叩いた。
「……ああ、これは失礼しました。どうやら誤解を与えてしまったようで」
「誤解? ……何のことです?」
「まあまあ、とりあえず腰を落ち着けて、深呼吸してください。興奮してもいいことなんてありませんよ」
「………………」
 口元をわなわなと震わせながら、シヅレアが席につく。
「深呼吸は済みましたか?」
「いいから、早くその誤解とやらを言いなさい」
 感情の籠っていない声だった。そろそろ我慢の限界だろう。そう察しつつも、ぎりぎりまで間をとってから口を開く。
「この男は実行犯じゃありません。実行犯に息子を襲うよう命じた者です。言うなれば、計画犯ですね」
「……はあ、そうですか。それが何か?」
「それが何か、ですって? 今までの話、しっかりと聞いていましたか?」
「余計なことをペラペラと話されたせいで、忘れてしまいました。もう十分でしょう? これ以上居座るようなら、人を呼びますから」
「僕としては望むところですが、折角ここまで話したのです。シヅレアさんにも分かりやすいよう説明しましょう」
 僕は机の上で指を組み、体を前に傾ける。
「今回の事件は単独犯ではなかった。計画犯まで現れるような大きな事件です。そんなものの中心に、どうして僕の息子がいたのか。これは大きな疑問ですよね?」
「………………」
「大の大人が、わざわざ計画を立て、実行犯まで雇い、僕の息子を襲ったんですよ? そんな割に合わないことありませんよ。シヅレアさんのご令嬢ならともかく、僕の息子を拐ったところで莫大な身代金が入るわけでもないのに」
 裏を知っていたら、その限りではないけれどもね。本心を隠しつつ、一つひとつ不自然さを指摘する。
「かといって一方的な私怨という線も薄い。それだったら第三者になんか任せたりしないでしょう。相手は子供なんですから、自分の手で恨みを晴らせばいい。しかしそうはしなかった」
「……計画犯には立場があったから、直接手を出せなかったのでは?」
「立場ですか。それはあり得ますね。しかしその場合、息子がいかにしてそのような相手の不興を買ったのかが問題です。我が家は少々町から離れた場所にあり、自宅と学校を行き来する分には、まず立場のある方には会うことはないでしょうから」
「どうでしょうね? 偶然居合わせた方に失礼を働いたのではなくて?」
「仮にそうだったとしても、随分と狭量だと思いませんか? 子供のしたことに本気で怒って、金か何かを積んでまで復讐するだなんて、とても立場のある者の振る舞いとは思えません」
「そういう方もいたということですね。話は終わりです」
「いいえ、終わっていません」
 僕の言葉を無視して立ち上がったシヅレアは、顎で出口を示す。
「即刻立ち去ってください」
「それはできない相談です。あなた、まだ忘れているのですか?」
「何のことだかさっぱりです。さあ早く」
「客人はもう一人いるんですよ?」
 その言葉に、ようやく。
 怒りで曇っていた眼が彼の方を向いた。
 全身から怒りを漲らせた、ベルク君の方を。
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