転生して一歳児の俺が未来の大魔王として担ぎ上げられたんだけどこれなんて無理ゲー?

東赤月

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三歳児編

いいえ転入です

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 ヘツェトさんの話によると、この辺りの学校は前世の日本同様、四月に入学式があるらしい。それを聞いたのが三月、あおいの月の終わり辺りだったので、俺も他の一年生と一緒に入学式に出るんだろうなとなんとなく思っていた。先生方にも話は通してあるとか言ってたし、前とは立場が違うけど、実の母親であるウィンさんと離れた時だってそれが決まった次の日には実行に移されたくらいだ。まだまだ幼い(ように思わせている)俺の意思に関係なく、そうなることを前提に準備されているんだろうと、その時もそう考えていたわけだ。
 しかしそうはならなかった。
「いやぁ、交渉に手間取っちゃってね。リンド君の入学はの月の初めになったんだ。ごめんね」
 とはヘツェトさんの言葉だ。ちなみにの月とは前世で言うところの五月である。つまりは周りと比べて一ヶ月遅い入学、いや転入という形での学生生活の幕開けを迎えることになったのだった。
 するとどうなるか? その答えがこちらだ。
「おまえどっからきたんだ?」
「チビだなー。ほんとにしょーがくせーか?」
「おれのほうがおっきいから、おまえもおれのいうこときけよな」
 お分かりいただけただろうか? 入学から一月経ち、早くも生まれた友達グループという名の勢力の一つに、休み時間になってから早速絡まれているのだ。この子たち以外のクラスメイトからも興味の視線を向けられ、思い込みが激しいのかあらぬ噂を立てる子もいる。要するにめちゃくちゃ浮いてしまった。
 教室という狭い社会では一ヶ月もあれば集団が生まれる。それはこちらの世界でも共通しているらしい。そうしてある程度まとまりつつあった小さな社会に新たな来訪者、即ち俺が入ってきたとなれば、そこに所属する彼らは当然反応する。コイツは敵か味方か、社会に与する者か敵対する者かを幼心に判断しようとするわけだ。
 この時点で俺は彼らとは別の立場に立たされる。一ヶ月の違いが、社会を形成した側と外から来た側という大きな隔たりを生んでしまったのだ。その立場の差は例え俺が社会の一員として認められても完全に埋まったりはしない。寧ろ時間が経つほどに、安定と寛容さを兼ね備えた社会の持つ意味は大きくなり、開拓者が移民に向ける意識もまた大きく変わる、なんてこともありうる。
 絶対に覆せない階級差、これこそが転入生に突きつけられる残酷な現実であり、今まさに俺の前に立ちはだかっているのだ!
「おい、むしすんなよ!」
「なんとかいえよ!」
「ぶんなぐるぞ!」
 などと思考の翼を広げていると、空気が穏やかでなくなっていく。少し様子を見てみたけど誰も助けに入ろうとしないし、これ以上沈黙を続けるのは無理そうだな。
 自然と視線が下がり、右手の甲に落ちる。本来そこにあるはずの紋章、レイズとの契約の証は今、俺の肌と同じ色の薄いテープのようなもので隠されている。個人的にはこういう秘密は先に明かしておいた方が良いと思うけれど、かつての大魔王の紋章だと気付かれる可能性も皆無じゃないし、ヘツェトさんの勧めに応じて貼り付けているものだ。これが剥がされるようなことにはならないよう、注意しないと。
 気を引き締めた俺は改めて、教室の最後列にある俺の席を囲む三人を見る。三人は悪魔族の子供のようで、頭から二本の短い角が生えていた。右側の子は左の角の方が長くて、左側の子は右の角の方が長い。そして正面に立つ子は二本とも同じくらいの長さだった。俺を含めて二十人いる教室の中で彼らの他に悪魔族の子供はいなさそうだから、同じ種族の子供同士でまとまったといったところだろう。名前が分からないから一先ず彼ら個人個人は顔ではなく角の長さで判別するとしよう。
 そんな三人は、悪魔族の特徴なのか、他の生徒よりも体が大きかった。それは幼い彼らにとって、威張るのには十分な理由だろう。従わなければ暴力に訴えようとするのも、いかにも子供らしいと言えた。
 ゴチン!
「った!」
「なんだ、こえでるじゃん」
「ほら、もっとしゃべれよ」
「またてつだってやろうか?」
 今まさに声を上げようとした矢先に拳が頭に落ちてきた。初めに話しかけられてから二十秒も経ってないのに、手が早いな。そんなことを思いながら叩かれた場所を手で押さえる。じんじんとした痛みが遅れてやってくる。
 アリーさんと過ごしていた頃の労働の辛さに比べたらよっぽどマシだけど、痛いものは痛い。何より相手が幼いとは言え、他人から害意を向けられているということは精神的にくるものがあった。潤みだした目で殴ってきた真ん中の子供を見上げる。両方の角の長さが同じの子、命名両角くんは勝ち誇ったような顔で俺を見下ろしていた。これでおれのほうがうえだってわかっただろ? とでも言いたげな顔だ。正直ムカつく。
(代わるぞ?)
(いや、いい)
 心の中でレイズと短いやり取りをしてから、ふう、と息を吐く。相手は子供だ。熱くなるな。そう自分を落ち着かせてから、口を開く。
「いけないんだ」
「は?」
 そして目を細めて、あくまで冷静に、軽蔑の視線を向けた。
「ひとをたたいちゃいけないのに、たたいた。いけないんだ」
「おまえがしゃべんないからだろ!」
 左角くんがバカにしたように言う。俺は静かに言葉を返す。
「いまからしゃべろうとしてたのに」
「あーウソついたー。ウソつきだウソつき!」
 右角くんが責めるように言う。俺は淡々と言葉を返す。
「そもそも、しゃべらなかったらたたいていいなんてことない。いけないんだ」
「うるさい!」
 両角くんが拳を振り上げる。また暴力に訴えるのか。対する俺は痛みに対する心構えをしつつ、冷めた目をその顔に向ける。身を守ろうともしない俺に両角くんは少し驚いたようだけど、すぐにまた俺を睨んで暴力を振ろうとする。
「や」
 その動きが、左隣の席から小さく聞こえた声に止まった。
「やめ、てよ」
「はあ? きこえねーよ!」
 右角くんに睨まれたその子、ヴァネッサの赤色とは違う、黒に近い紅の長い髪を持つクラスメイトは、首を縮ませながらも、震える声で繰り返した。
「……もうやめてよ、そういうの」
「なんだよオード、おれさまにくちごたえするのか?」
「いつもみたくだまってろよ!」
 両角くんと左角くんもオードと呼んだ子の方を向く。女の子っぽく見えるけど、机の上に置かれた名札にオードくんと書かれているので男の子みたいだ。オードくんは一度目を逸らすも、意を決したように両角くんの方を見た。
「リンドくんのいうとおりだよ。ぶつのはいけないんだ。だから」
「うるさいうるさい! おまえらよわいんだからいうこときけよ!」
 両角くんが叫ぶ。自分を否定されてますます不機嫌になったみたいだ。このままだと今度はオードくんが殴られそうだな。
「じゃあせんせいのいうことをききなよ。せんせいのほうがつよいんだから」
「なんだと!」
 挑発すると、オードくんに向いていた怒りは完全にこちらを向いた。両角くんは俺のすぐ横にまで近づくと、凄い形相で俺を睨みつける。見上げる俺は、内心冷や汗をかいていた。
(流石に迫力あるな)
(お主、どういうつもりだ?)
 そんな俺の心境を知っているレイズが、責めるように言う。
(どういうつもりもなにも、絡まれたのは俺なんだから、最後まで付き合わないと)
(具体的にどうするというのだ? 魔法は使わないのだろう?)
(非暴力不服従ってところかな。力じゃ勝てないから、それ以外で立ち向かうさ)
(馬鹿な。口先で勝って何になるというのだ)
(ここは戦場じゃないからな。口喧嘩もそれなりに意味はあるだろ)
(相手は子供だ。言い負かしたところで意味など無い。それどころか、火に油を注ぎかねんぞ)
(そこはまあ、やってみなきゃ分からないさ)
 ドン!
「っあ」
 黙っていると、いきなり肩を押された。椅子がゆっくりと傾き、後ろに倒れる。俺は咄嗟に後頭部を守るも背中を強く打ち、一瞬呼吸ができなくなる。大きな音が教室に響き渡り、どこからか悲鳴が上がった。
(カーネル!)
(大丈夫)
 珍しく慌てているレイズに、落ち着いて返す。突然のことで驚いたけど、思ったほど痛くなかったし、これはこれでラッキーだ。今の音や声を聞いて、近いうちに先生来てくれるに違いない。あとはそれまで我慢するだけでいい。
「ま、また」
「は? ぶってねーし。ちょっとおしただけだし」
「こんなんでたおれるとか、よわすぎ」
「ようちえんにかえれよ」
 オードくんの指摘に三人は笑う。今ので溜飲が下がったのなら安いものだ。体の動きに問題ないことを軽く確認した俺は内心浮かべた笑みを隠して、しばらく倒れたままでいる。外履きのまま入ってこれる教室の床に頭をつけているのは、なんとなく嫌だったけど。
「何があったんですか!?」
 すると目論見通り、担任である若い女性の先生、ジュディ先生が慌てた様子でやってきた。そして倒れた俺と、それを見下ろす三人を見て、状況を把握したようだった。
「リンドくん、大丈夫!?」
「……はい」
 ジュディ先生に手伝ってもらいながら、俺はゆっくりと上半身を起こす。
「どこか痛いところはある? 保健室に行く?」
「……だいじょうぶです」
 あー、ちょっと心配させすぎちゃったかな。大して痛くはないのに。などと申し訳なさを感じていると、ジュディ先生は目を鋭くさせて、元凶である三人の方を向いた。
「ベルクくん、ネブトくん、アドラくん、何をしたの?」
「ちょっとおしただけだよ」
「そいつおれたちをむししたんだ。な?」
「なー。せっかくはなしかけたのに」
 ふむふむ、両角くんがベルクくん、左角くんがネブトくん、右角くんがアドラくんというのか。覚えておこう。
「ち、ちが――」
「ちがいます、せんせい」
 その時、思いも寄らない方から声が上がった。顔を向けると、一番前の席の近くで、栗色の髪の女の子が高々と手を挙げている。
「わたしみました。ベルクくんがいきなりリンドくんをたたいて、ぶつのはわるいことだっていわれたらおして、そのあとさんにんでわるぐちいってました」
「はあ!? いきなりじゃねーし!」
「さきにむししたのはこいつじゃん」
「またウソついた! ウソつきウソつき!」
「ウソじゃないもん。リンドくんはむししてたんじゃなくて、いやがってたんだもん」
「うるさい! このウソつきおんな!」
「もう、静かにしなさい!」
 などとやりとりしている内に、休み時間の終わりを告げる鐘が鳴る。俺は学校の屋上につけられた鐘を思い出しつつ、ジュディ先生に同情した。
(……カーネルよ、これが貴様が望んでいた青春とやらか?)
(まさか)
 こんな青春願い下げだった。だけど青春ではなくても現実である以上、この環境にも馴染んでいくしかない。
 俺は先のことを想像しながら、小さくため息をつくのだった。
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