転生して一歳児の俺が未来の大魔王として担ぎ上げられたんだけどこれなんて無理ゲー?

東赤月

文字の大きさ
上 下
37 / 72
二歳児編

取り引き

しおりを挟む
 アリーさんは最後まで、俺の代わりに自分が山の中を案内すると言っていた。しかし、集会場で下した決定を覆すつもりですか、とへツェトさんに言われ、アリーさんはとうとう折れた。
「すまないね、リンド……」
「あたまをあげてください。だいじょうぶです」
 へツェトさんと会った日の翌日、何度も頭を下げるアリーさんに見送られながら、俺はへツェトさんと一緒に山へと向かった。
「すまないね、少年。いや、リンド君か。魔物が居るところに案内させるのは、子供の方が何かと都合が良いんだ。子供は下手に魔物退治に協力しようとして怪我することもないし、恐怖で足が竦んでくれれば守りやすいからね。いざというときは、アリーさんがやったというように、担いで逃げることもできる。勿論、案内の正確さも信頼しているよ。あまりに怖い体験をしたせいで記憶が飛んだとかでもない限り、場所とか魔物の特徴を、子供はかなり鮮明に覚えているからね」
 道中、必要だからとアリーさんから借りた大きな籠を背負ったへツェトさんは、四歳児の俺に対してぺらぺらと言葉を重ねる。それに対して俺は、はあ、とか、ええ、とか、曖昧な返事をするに留めた。
「ふむ、やはり会ったばかりの大人には警戒してしまうものかな? うーん、こんなことになるなら初めて会ったときに驚かせようだなんて思わなければ……いや、思うことは止められないから、行動に移さなければよかったのか。とにもかくにも、悪いことをしてしまったね、リンド君」
「いえ……」
(……この軽口も、俺たちの反応を窺うためにしているのかな?)
(恐らくはな。相手がどの程度我々の境遇を察しているかは分からぬが、わざわざ反応してやる義理もない。奴の素性も気にはなるが、今は道案内を終わらせることに集中しよう)
(分かった)
 しかしそれにしてもよく回る口だ。よくもまあそれだけ次から次へと言葉が出てくるものだな。
「ただ、折角こうして一緒に行動しているんだし、少しくらいは信頼してほしいかな。アリーさんや村の人だって、僕を信頼しているからこそ君を預けてくれたんだから。身分だってほら、この通り」
「……!」
 そう言ってヘツェトさんはコートの内側に手を入れると、中から身分証のようなカードを取り出した。『第二級指定魔法免許証』と書かれているそこには、ヘツェトさんの顔写真と、ヘツェトさんの個人情報と思われる情報が列記されていた。
 驚いたのは写真の存在だった。今までは図鑑でも何でも、絵などは全て白黒の印刷物みたいなものだったのに、まさか写真があるなんて。
 精巧な絵なんじゃないかと目を凝らしてみるも、やはりそれは写真のようだった。
「おや、僕の写真が気になるかい? ふふ、これは写真といってね、特殊な魔法石を使って作り出す珍しいものなんだ。僕にそっくりだろう?」
 ヘツェトさんは得意げになって説明する。成程、何やら特別な道具を使わないと写真を撮ることはできないのか。魔法の力で技術を補ってるって感じなのかな。
(その程度のものに惹かれるでない。少なくとも我の時代には、その場にある物、その動き、音声に至るまで再現できる魔法が生み出されておったぞ)
(そんな昔に動画撮影技術が確立されていたのか!?)
 衝撃の事実に驚愕が連鎖する。えええ!? そんな前から動画まで撮れるんだったら、写真くらい一般に広まっててもいいのに! もしや、既得権益の維持のために技術情報を世の中に還元していないとかだろうか。まさか異世界でも経済が幅を利かせているとは。きんはペンより強しだなんて前世の親友がふざけて言った言葉を思い出す。
 ……いや、違うか。少し冷静になって、考えを改める。写真が特別な道具を使わないと撮れないように、多分その動画撮影技術も魔法の力で再現したものなのだろう。とてつもない才能の持ち主にしか扱えないとか、大掛かりな準備や一定の条件が必要だとか、きっとそういった類のものなんだ。
 誰もが使える科学技術とは違って、魔法は魔族の人でも使えない人には使えないみたいだからな。
「ほらほら、写真ってすごいだろ? よかったら貸してあげようか?」
「いえ、いいです」
 これ見よがしに写真をひらひらとさせるヘツェトさんから距離を取り、道案内を再開する。久しぶりに見た写真には興味を惹かれたけど、前世ではありふれていたものだし、その存在を知れただけで満足だ。
 さて、次はこっちだったっけかな。落ち葉を踏みしめながら、木々の間から伸びる細道に向かおうとした時、背後から盛大なため息が聞こえた。
「本当にさばさばしているね、君。もう十年以上生きていたりするんじゃないのかい?」
 まあ精神年齢は十八歳になりましたけどね。心の中で答えながら、黙々と歩を進める。
「ああ、今尋ねたのはリンド君に対してじゃないよ。リンド君と契約している君に対してだ」
「っ!」
 足が止まった。全身から冷や汗が吹き出る。
 バレた!? いや、そうとは限らない。けれど止まってしまった。まずい。何か心当たりがあると思われる。迷っているフリで誤魔化すか? けれどそれもあからさますぎたら益々疑いを強めてしまう。どうすれば――
(落ち着け。ゆっくりと振り返るのだ)
(……! あ、ああ)
 レイズの言う通り、ゆっくりと振り返る。ヘツェトさんはしてやったりと言わんばかりにニマニマとした笑みを浮かべていた。
「ふふ、気付いていないとでも思っていたかい? 昨日初めて会ったあの時から、君の存在は察していたよ」
「……どういう、いみですか?」
「誤魔化したって無駄さ。背後から話しかけた時、ほんの少しだけど、右腕から魔力を放出していただろう。あの反応は日常的に魔力を使っている者じゃなければありえない。四歳の子供ができるようなものじゃないんだ」
「………………」
 気付かなかった。抵抗するためだろう、あの時レイズは振り返ると同時に魔法の準備をしていたのか。戦闘慣れしているであろうレイズの行動が裏目に出るなんて……。
「右腕の痣、契約の証の存在もアリーさんから聞いている。言い逃れはできないよ?」
「そうと分かっていたから、わざわざ村の者を説得してまで、リンドを危険な場所へと連れてきたのか」
 俺の声でレイズが喋る。ヘツェトさんの笑みが深くなった。
(レイズ、いいのか?)
(静かにしていろ。我に考えがある)
 考えって、もう誤魔化しきれないんじゃ。そう思いつつも、レイズに言われた通りに静観することにする。
「その子供には魔物が取り憑いていますと公言してはパニックになるからね。そちらの方がよほど危険だ」
「取り憑いているとは人聞きが悪いな。我としては対等な契約をしているつもりだが」
「契約にも種類があるのさ。魔力を与える側が優位な契約は使役、逆に従う側が有利な契約は憑依と分類する。厳密に契約と呼べるのは、ほぼ対等な場合のみだ」
「ふん。対等か否かなど、見る者によって判断が変わるものではないか。そのような曖昧な分類に意味などあるものか」
「その意見に関しては僕も君と同じ立場だよ。ただこちら側の規則としてそう定められているからね。付け加えるなら、危険な憑依者に対しては討伐も認められている。君たちの契約が憑依であることは明らかだから、後は魔法免許を持つ僕が危険だと判断すればすぐにでも討伐できるわけだ」
 そう言うヘツェトさんの目は笑っていない。本気なのか……? かつての大魔王を討伐だなんて。
 いや、そうか。ヘツェトさんは俺が契約していることは看破していても、その相手がレイズだとは気付いていないんだ。レイズもそうと分かっているから、あえて契約していることを白状して、正体への追及を躱そうとしたのか。
 しかしそのせいで雲行きが怪しくなってきている。大丈夫なんだろうか。不安を感じながらも、今の自分じゃどうすることもできないのが歯痒い。
「何を根拠に、我らの契約は憑依であると?」
「アリーさんからはリンド君の日頃の様子についても訊いていてね。山で拾ってから今日までずっと、子供離れした言動をしているというじゃないか。本当のリンド君を表に出さないで、どれだけ経つんだい?」
「我が体を借りているのは、アリーと一緒に仕事をしている時だけだ。身寄りのない我々がこの村に留まるためには労働を対価にせねばならぬ。しかし四歳児のリンドに任せるのは酷であるからな。こうして我が担っているというわけだ。リンド本人の意識は、毎晩呼び起こしては世界のことを教えておるぞ」
 嘘つけ! 逆に俺にばかり働かせているじゃないか! というツッコミが自然と湧き上がってくるも、状況が状況なだけにレイズに伝える心の声にはならないよう必死に気持ちを押しとどめる。
「辛い仕事を引き受けることを理由に体を借りる。憑依の常套手段だね。あとは色々理由をつけて、徐々に体の支配権を譲渡してもらう、と。契約に詳しい大人が周囲にいない中、精神的にも未成熟な幼児相手にはさぞやりやすかっただろうね」
「やれやれ、我としては純粋な好意のつもりであったのだがな。どうしても我を悪者扱いしたいらしい」
 はあ、と大げさにため息をつくレイズ。
「まあ、どう思うも好きにするが良い。どの道我らの処遇は貴様の一存で決まるのだからな」
「へえ、意外と潔いんだね。憑依だと認めるんだ?」
「御託はもう良い。何が望みだ?」
 俺の眉が寄る。ヘツェトさんが歯を見せた。
「もう少し僕の優位性を説明しても良かったけれど、尋ねてもらったからには答えよう」
 そう言ってヘツェトさんは、大きく手を広げた。
「簡単なことさ。君には僕の、養子になってもらう」
「…………は?」
 俺の心境とレイズの言葉が一致した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

異世界に転生したので幸せに暮らします、多分

かのこkanoko
ファンタジー
物心ついたら、異世界に転生していた事を思い出した。 前世の分も幸せに暮らします! 平成30年3月26日完結しました。 番外編、書くかもです。 5月9日、番外編追加しました。 小説家になろう様でも公開してます。 エブリスタ様でも公開してます。

お願いだから俺に構わないで下さい

大味貞世氏
ファンタジー
高校2年の9月。 17歳の誕生日に甲殻類アレルギーショックで死去してしまった燻木智哉。 高校1年から始まったハブりイジメが原因で自室に引き籠もるようになっていた彼は。 本来の明るい楽観的な性格を失い、自棄から自滅願望が芽生え。 折角貰った転生のチャンスを不意に捨て去り、転生ではなく自滅を望んだ。 それは出来ないと天使は言い、人間以外の道を示した。 これは転生後の彼の魂が辿る再生の物語。 有り触れた異世界で迎えた新たな第一歩。その姿は一匹の…

美少女に転生して料理して生きてくことになりました。

ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。 飲めないお酒を飲んでぶったおれた。 気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。 その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

処理中です...