転生して一歳児の俺が未来の大魔王として担ぎ上げられたんだけどこれなんて無理ゲー?

東赤月

文字の大きさ
上 下
35 / 72
二歳児編

反省

しおりを挟む
 魔物が山に現れた。その報せは、その日のうちに周囲へと伝えられていった。アリーさんから報せを聞いた人たちは、皆一様に驚愕と恐怖が入り混じった表情を浮かべ、それを見るたびに俺の不安も大きくなっていった。
「……こういうとき、まものをたいじしてくれるひとはいないんですか?」
 遅くなった晩御飯を食べ終えた後、俺はようやく、気になっていたことを尋ねることができた。
「そもそもこの辺りに魔物が出るだなんてこと、今までなかったからね。そりゃ昔はあったんだろうけど、魔物の危険がなくなってから人が住み着いたっていうし。とにかくそんなもんだから、魔物を相手どれるほどの実力者なんかいないのさ」
「そう、ですか……」
「……リンド」
 俯く俺の頭に、アリーさんの手のひらが乗った。
「心配しなくても平気さ。あんたは絶対、あたしが守るから」
「アリーさん……」
「ほら、もう休みな。今日は色々あって疲れてるだろ。さっさと寝て、明日に備えるんだよ」
「……はい」
 俺なんかよりよっぽど疲れているはずのアリーさんからの気遣いに、嬉しいやら悔しいやら申し訳ないやら、もやもやとした気持ちが湧き上がる。そのせいか横になってもあまり寝ようという気にはならなかった。
(何を考えておるのだ、カーネルよ)
(いや……もう少し何かできなかったのかと思ってさ)
 真っ暗な闇を見つめながら、空っぽの手のひらの上で、存在しない泥団子を弄ぶ。
(何かとは何だ?)
(例えば、もっと真剣に、あそこから離れようってアリーさんに訴えかけられなかったのかとか、あの泥団子を、ただ落とすだけじゃなくて、何回かに分けておけばよかったとか……)
(単なる後悔ならするだけ無駄だ。それにあの時も答えたが、あの場で我らができることは多くなかった。寧ろ我としては、少しの間とは言え奴らの意識を引き付けることができたお主の機転は評価に値するものと思っておる。結果として我らもアリーも無事に戻れたし、魔物の存在も報せることができた。お主はこれ以上、何を望むというのだ?)
(それは……確かに、レイズの言う通りだな)
 MPも回復アイテムも使い切ったけど、誰もやられずに拠点に戻ることができたんだ。ああしたら良かっただのこうしたらこうならなかっただのは置いておいて、一先ずは最悪の事態にならなかったことを喜ぶべきだろう。
(納得してくれたようで何よりだ。さて、次は我の番だな)
(レイズの番?)
(カーネル、貴様、破滅願望でもあるのか?)
 レイズの声に怒気が含まれているようだった。体に緊張が走る。
(は、破滅願望?)
(自分を置いていけとアリーに勧めただろう)
(あ、あれは、共倒れになるよりかはその方が良さそうだって)
(愚か者!)
 レイズの一喝に、体が竦み上がった。
(確かにお主の言う通り、生存戦略という意味では、二人揃って死ぬよりも一人が生き残るほうが正しいのだろう)
(う、うん。俺もそう思って……)
(しかしあの時、カーネルを見捨てるという選択をとった瞬間、アリーは外道に成り下がるのだぞ)
(は?)
 一瞬、その言葉の意味が理解できなかった。
(考えてもみるがいい。こちらから言い出したこととは言え、アリーは今日まで我らを働かせてきた。そして今回の一件でも、労働の一環としてアリーが我らをあの山へと入らせたのだ。そこで鉢合わせた魔物から逃げるために、身体的に幼い我らを見捨てたとあれば、拾った子供を使い捨ての道具としてしか見ない外道と断じられても反論できまい)
(そんな! アリーさんはそんな人じゃ!)
(その通りだ。我らはアリーがそのような人物でないことを知っている。実際、アリーは我らを見捨てはしなかったのだからな。しかし第三者はそれを知らない)
(あ……)
 レイズが他人事のように言った理由が分かった。
(例え生き残ったとしても、生き地獄とまではいかぬだろうが、間違いなく元の生活には戻れぬだろう。周囲は勿論、我らを犠牲にしたという自覚があるアリー自身も大きく変わる。下手をすれば、廃人になるかもしれぬな)
 廃人。普段のアリーさんからは想像もできない単語に、背筋が震えた。
(カーネルよ、それが、お主がアリーに勧めたことだ。昨年の事件についてもそうだが、安易に自分を犠牲にしようとするでない。残されたものがどう感じるか、想像を働かせろ)
(……レイズの言いたいことは分かったよ。考えが足りなかったのも認める)
 確かに俺は、アリーさんが助かった後のことについては、全く考えていなかった。
(だけど死んだらおしまいじゃないか。後先なんて関係なく、近くに居る人にどうにか助かってほしくて、そのために何かしようって思うことは、そんなに悪いことか?)
(思うことが悪いのではない。問題は形振り構わず行動に移すことだ。死んだらおしまい、という言葉を自分自身にも当て嵌めてみるが良い。すぐに矛盾が見つかるぞ)
(そ、それは、でも、俺たちならどうにかなるかもしれないじゃないか。去年だって――)
(自惚れるな!)
(っ!)
 その言葉は、今まで聞いてきた中で一番強いものだった。驚愕と恐怖に息が詰まる。
(良いかカーネル! 確かにお主は転生者であるし、我とも契約を果たした。非凡な存在であることは言うまでもないだろう。しかし所詮、身体は二歳児のものだ! 本来なら両親の庇護の下、成長を待つ身に過ぎないのだ! できることは高が知れている。自分の身を守ることさえ覚束ない。そのような状態で誰かを助けようなどと考えるな! 余計な手助けは場を混乱させるだけだ!)
(………………)
 強い口調だったけれど、内容は至極真っ当で、その言葉は自然と俺の胸の中に落ちていった。
(……お主に子供らしからぬ振る舞いを強要している我から言えたことではないが、お主は弱くて良いのだ。無能でも構わないのだ。今のお主が何より優先すべきは、生きて、成長することなのだからな)
(……そう、か。そうだよな……)
 そうだ。魔法の習得で成長した気になっていたせいかいつの間にか忘れていたけど、今はレベルアップの時期なんだ。勇者が死んだらおしまいなのに、無理して敗北必至の相手に挑もうとするのは間違っている。それじゃあ勇者じゃなくて命知らずだ。
 本当の勇者は、生まれ故郷が焼き払われようと、親友が殺されようと、成長するまで我慢しなくちゃならないんだ。自分の命を、そして、まだ無事でいる仲間の命を守るためにも。
(……ごめんな、レイズ。俺の自己満足に付き合わせちゃって)
(分かってくれたのなら良い。誰かを助けたいと思うお主の気持ち自体は、我としても好ましいものだからな)
 俺のわがままで命の危険に晒されたというのに、レイズはそれ以上追及してこなかった。魔王の名に恥じない器の大きさだ。
(我からの話は以上だ。明日のためにも、今日はもう休むが良い)
(ああ)
 小さく頷いて、目を閉じる。魔物がどうして現れたのかとか、明日から生活がどう変わるのかとか、今日の反省以外にも色々と考えられることはあったけれど、思いの外早く眠気が訪れた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

7人のメイド物語

モモん
ファンタジー
理不尽な人生と不自由さ…… そんな物語を描いてみたいなと思います。 そこに、スーパーメイドが絡んで……ドタバタ喜劇になるかもしれません。

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

魅了だったら良かったのに

豆狸
ファンタジー
「だったらなにか変わるんですか?」

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

処理中です...