転生して一歳児の俺が未来の大魔王として担ぎ上げられたんだけどこれなんて無理ゲー?

東赤月

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二歳児編

反省

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 魔物が山に現れた。その報せは、その日のうちに周囲へと伝えられていった。アリーさんから報せを聞いた人たちは、皆一様に驚愕と恐怖が入り混じった表情を浮かべ、それを見るたびに俺の不安も大きくなっていった。
「……こういうとき、まものをたいじしてくれるひとはいないんですか?」
 遅くなった晩御飯を食べ終えた後、俺はようやく、気になっていたことを尋ねることができた。
「そもそもこの辺りに魔物が出るだなんてこと、今までなかったからね。そりゃ昔はあったんだろうけど、魔物の危険がなくなってから人が住み着いたっていうし。とにかくそんなもんだから、魔物を相手どれるほどの実力者なんかいないのさ」
「そう、ですか……」
「……リンド」
 俯く俺の頭に、アリーさんの手のひらが乗った。
「心配しなくても平気さ。あんたは絶対、あたしが守るから」
「アリーさん……」
「ほら、もう休みな。今日は色々あって疲れてるだろ。さっさと寝て、明日に備えるんだよ」
「……はい」
 俺なんかよりよっぽど疲れているはずのアリーさんからの気遣いに、嬉しいやら悔しいやら申し訳ないやら、もやもやとした気持ちが湧き上がる。そのせいか横になってもあまり寝ようという気にはならなかった。
(何を考えておるのだ、カーネルよ)
(いや……もう少し何かできなかったのかと思ってさ)
 真っ暗な闇を見つめながら、空っぽの手のひらの上で、存在しない泥団子を弄ぶ。
(何かとは何だ?)
(例えば、もっと真剣に、あそこから離れようってアリーさんに訴えかけられなかったのかとか、あの泥団子を、ただ落とすだけじゃなくて、何回かに分けておけばよかったとか……)
(単なる後悔ならするだけ無駄だ。それにあの時も答えたが、あの場で我らができることは多くなかった。寧ろ我としては、少しの間とは言え奴らの意識を引き付けることができたお主の機転は評価に値するものと思っておる。結果として我らもアリーも無事に戻れたし、魔物の存在も報せることができた。お主はこれ以上、何を望むというのだ?)
(それは……確かに、レイズの言う通りだな)
 MPも回復アイテムも使い切ったけど、誰もやられずに拠点に戻ることができたんだ。ああしたら良かっただのこうしたらこうならなかっただのは置いておいて、一先ずは最悪の事態にならなかったことを喜ぶべきだろう。
(納得してくれたようで何よりだ。さて、次は我の番だな)
(レイズの番?)
(カーネル、貴様、破滅願望でもあるのか?)
 レイズの声に怒気が含まれているようだった。体に緊張が走る。
(は、破滅願望?)
(自分を置いていけとアリーに勧めただろう)
(あ、あれは、共倒れになるよりかはその方が良さそうだって)
(愚か者!)
 レイズの一喝に、体が竦み上がった。
(確かにお主の言う通り、生存戦略という意味では、二人揃って死ぬよりも一人が生き残るほうが正しいのだろう)
(う、うん。俺もそう思って……)
(しかしあの時、カーネルを見捨てるという選択をとった瞬間、アリーは外道に成り下がるのだぞ)
(は?)
 一瞬、その言葉の意味が理解できなかった。
(考えてもみるがいい。こちらから言い出したこととは言え、アリーは今日まで我らを働かせてきた。そして今回の一件でも、労働の一環としてアリーが我らをあの山へと入らせたのだ。そこで鉢合わせた魔物から逃げるために、身体的に幼い我らを見捨てたとあれば、拾った子供を使い捨ての道具としてしか見ない外道と断じられても反論できまい)
(そんな! アリーさんはそんな人じゃ!)
(その通りだ。我らはアリーがそのような人物でないことを知っている。実際、アリーは我らを見捨てはしなかったのだからな。しかし第三者はそれを知らない)
(あ……)
 レイズが他人事のように言った理由が分かった。
(例え生き残ったとしても、生き地獄とまではいかぬだろうが、間違いなく元の生活には戻れぬだろう。周囲は勿論、我らを犠牲にしたという自覚があるアリー自身も大きく変わる。下手をすれば、廃人になるかもしれぬな)
 廃人。普段のアリーさんからは想像もできない単語に、背筋が震えた。
(カーネルよ、それが、お主がアリーに勧めたことだ。昨年の事件についてもそうだが、安易に自分を犠牲にしようとするでない。残されたものがどう感じるか、想像を働かせろ)
(……レイズの言いたいことは分かったよ。考えが足りなかったのも認める)
 確かに俺は、アリーさんが助かった後のことについては、全く考えていなかった。
(だけど死んだらおしまいじゃないか。後先なんて関係なく、近くに居る人にどうにか助かってほしくて、そのために何かしようって思うことは、そんなに悪いことか?)
(思うことが悪いのではない。問題は形振り構わず行動に移すことだ。死んだらおしまい、という言葉を自分自身にも当て嵌めてみるが良い。すぐに矛盾が見つかるぞ)
(そ、それは、でも、俺たちならどうにかなるかもしれないじゃないか。去年だって――)
(自惚れるな!)
(っ!)
 その言葉は、今まで聞いてきた中で一番強いものだった。驚愕と恐怖に息が詰まる。
(良いかカーネル! 確かにお主は転生者であるし、我とも契約を果たした。非凡な存在であることは言うまでもないだろう。しかし所詮、身体は二歳児のものだ! 本来なら両親の庇護の下、成長を待つ身に過ぎないのだ! できることは高が知れている。自分の身を守ることさえ覚束ない。そのような状態で誰かを助けようなどと考えるな! 余計な手助けは場を混乱させるだけだ!)
(………………)
 強い口調だったけれど、内容は至極真っ当で、その言葉は自然と俺の胸の中に落ちていった。
(……お主に子供らしからぬ振る舞いを強要している我から言えたことではないが、お主は弱くて良いのだ。無能でも構わないのだ。今のお主が何より優先すべきは、生きて、成長することなのだからな)
(……そう、か。そうだよな……)
 そうだ。魔法の習得で成長した気になっていたせいかいつの間にか忘れていたけど、今はレベルアップの時期なんだ。勇者が死んだらおしまいなのに、無理して敗北必至の相手に挑もうとするのは間違っている。それじゃあ勇者じゃなくて命知らずだ。
 本当の勇者は、生まれ故郷が焼き払われようと、親友が殺されようと、成長するまで我慢しなくちゃならないんだ。自分の命を、そして、まだ無事でいる仲間の命を守るためにも。
(……ごめんな、レイズ。俺の自己満足に付き合わせちゃって)
(分かってくれたのなら良い。誰かを助けたいと思うお主の気持ち自体は、我としても好ましいものだからな)
 俺のわがままで命の危険に晒されたというのに、レイズはそれ以上追及してこなかった。魔王の名に恥じない器の大きさだ。
(我からの話は以上だ。明日のためにも、今日はもう休むが良い)
(ああ)
 小さく頷いて、目を閉じる。魔物がどうして現れたのかとか、明日から生活がどう変わるのかとか、今日の反省以外にも色々と考えられることはあったけれど、思いの外早く眠気が訪れた。
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