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二歳児編
属性の検討
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肉体強化魔法を使えるようになってから、またまた一ヶ月が過ぎた。今月は灰の月だ。
時間の流れというのは早いもので、肉体強化魔法を使い始めた頃がつい昨日のように思える。毎日ほぼ似たようなことの繰り返しだからって理由もあるんだろうけど。もし日記をつけていたら、どの日にも『畑仕事をした。ついでに肉体強化魔法の練習をした』とだけ書かれていたんじゃなかろうか。
とにかくあっという間に過ぎた一ヶ月だったわけだけど、収穫がなかったわけじゃない。盛大に転び、雑草を稲もろとも引っこ抜き、体にいくつもの青あざを作り、失敗するたびにアリーさんに怒られ心配をかけ、申し訳なさと自分の不甲斐なさに歯噛みし、それでも絶えず努力をした結果、ついに肉体強化魔法を実用的な範囲で使えるようになったのだ!
まだ完全に使いこなせているわけではないけれど、単純作業をする分には問題なく、驚くほど作業が楽になった。これを活かさない手はないと、今まで迷惑をかけてきたアリーさんに報いるためにも、魔法を使っているとは悟られない範囲で、精力的に畑仕事に取り組んだ。
その甲斐あってか、アリーさんに注意されることも減り、逆に俺の働きぶりを褒めてくれることが多くなった。稲もまた順調に成長し実がつき始めてきていて、そのことも自分の努力が実っているという実感を与えてくれた。まあ俺の貢献度なんて高が知れているけれど、それでも自分が関わった物事で成果がでているという事実は嬉しいものがある。それに気を良くした俺は、さらに仕事に精を出した。
「そらリンド、昼飯前の最後の仕事だ」
「はい……」
そして仕事が増えた。今まで朝夕二回だった水運びが、お昼前にも追加されたのだ。元々俺には二回までしかやらせるつもりはなかったらしいが、最近の頑張りを見て方針を変えたらしい。俺はずれた帽子を被りなおすと、朝の水まきで空になった水瓶が乗った荷車を引いていく。
(今日も余力は残りそうにないな……)
(うむ、それで良いのだ。戦場でもないのに余力を残す必要はないのだからな)
(余裕を持つことだって大事なんだぞ……)
心の中で文句を言いつつ、肉体強化魔法を使って強化した右足を踏み込む。今ではこんな並列処理もできるようになったけど、いくら魔法を使えるようになったからと言って、水運びが重労働であることには変わりない。
それに加えて、昼前のこの時間帯は空高く上った太陽からは真夏の日差しが容赦なく降り注いでくる。帽子があるから多少はマシだけど、運動によって火照ったむき出しの腕や足はより熱を帯び、温められた血液は体中を駆け巡って、陰になっている頭にまで暑さが襲い掛かってくる。昼休憩前の最後の仕事ということもあって疲れも溜まっているし、これが終わっても午後の仕事が残っているという意識があるから精神的にも辛い。
そんなわけで昼の水運びが一日で最も辛い仕事だった。今日は太陽がたまに雲に隠れるからまだマシだと自分に言い聞かせるも、体が発する悲鳴の前ではほとんどかき消されてしまう。
「っと」
危ない、魔法のタイミングがずれるところだった。集中集中。
(くく、魔法の制御を思考の片手間で行える程度の余裕はあるようだが?)
(当たり前だ。今の段階でギリギリだったら午後を乗り越えられないだろ)
そりゃ初めのうちは魔法の制御に精一杯でこんなこと考える余地もなかったわけだけどな。そう考えると自分でも驚くほど進歩したよなぁ。もしかして俺、魔法の才能があったりして……?
(属性付与もできていない段階で調子に乗るでない。また痛い目を見ることになるぞ)
(思ってみただけだよ)
心の中の独り言に反応されるのにも慣れてきた。慣れていいものなのかどうか怪しいところだけど。
(ところで、付与する属性は決まったのか?)
(それなんだよな。うーん……)
そろそろ決めたいけど、一度決めたらまず変えられないという点が俺の決断をずるずると先延ばしにしていた。これがゲームならどの属性がどんなことができるのかとか説明してくれたりするから判断もしやすいんだけど、現実はそんなに親切じゃない。レイズの話はかなり参考になるけれど、火属性以外は正直よく分からないみたいだし。
確か火の他には、水とか風とか土とかがあるんだよな。ゲームでもド定番だけど、実際のところどういう理由で分けられているんだろう。操るものの状態によってだろうか。液体、気体、固体、それとプラズマ体? いや、火はただの化学現象なんだっけ。風とかも気体ってよりかは空気の流れを指すものだし、氷とかは固体だけど土ってよりかは水の方がイメージが近い。そもそも前世の科学知識はこっちでも通用するのか? この世界に存在する生き物だったり物質だったりは別世界とは思えないほど前世と似ているけれど、魔法や魔力などという存在がある以上完全に同じであるわけがない。あれ、でももしかして前世にも実は魔力とかが存在していて、俺たちがそれに気づいていないだけとかいう可能性もあるのか。となるとやっぱりこの世界は前世と同じ仕組みで動いていると見なしてもいい……?
「うがぁ!」
脱線した考えが迷走し始め叫びを上げた俺に、水を汲んでいたアリーさんが振り向く。
「どうしたんだい? リンド」
「な、なんでもない、です」
「そうかい?」
アリーさんは軽く首を傾けると、水汲みを再開する。流石に今のは変に思われたかな。まあ四歳児のおふざけ程度にしか捉えないと思うけど、下手に注意を向けられて魔法を使っていることがバレることだけは避けないと。
それはそれとして、やっぱり決められないなぁ……。
(何も難しく考えることはあるまい。自分が使ってみて一番強いと考える属性を選べば良いのだ)
(強さが判断基準なのかよ)
(当たり前だ。弱き王に仕える者などおらん)
(いやいや戦国時代じゃないんだから)
弱いよりかは強いほうが何かといいのかもしれないけど、王様の役割はあくまで統治だ。レイズが大魔王と呼ばれる前の魔界版戦国時代ならともかく、平和だとされる現代にどれだけ強いかなんて基準は要らないし、間違ってでも戦場などといった強さが求められる場所に赴くなんてことはしちゃいけない。王が倒されたら終わりなのだから。
(分かっておるではないか。お主の考えている通り、王が倒れるようなことはあってはならない。なればこそ、王は強くあらねばならないのだ。戦場では勿論、自らの陣地の中にあっても、懐に忍び込んだ刺客などに命を奪われることのないようにな)
(そういうのは普通護衛の役割じゃないのか? 刺客が忍び込んでいるかも、なんて考えていたら寝ることもできないじゃないか)
(当然護衛もまた侵入者を排除する役割を担っているが、それとこれとは話が別だ)
(別じゃないだろ。護衛がいるなら護られている側が強くある必要はないじゃないか)
(では訊くが、お主は自らを運んでくれる者が他にいるのであれば、足は不要であると考えるか?)
(は?)
とんでもない内容の問いに一瞬思考が詰まり、そんなわけないだろ、と反射的に思ったところで、はっとする。
王は王である前に一人の人間だ。そして人間である以上、ある程度は自立していなければならない。人の上に立つのであればなおさらだ。
自分の足で進むべき道を進み、自分の腕で降りかかる火の粉を払い、自分の頭で理想的な未来を考える。そんな存在であるからこそ、民は王についていくのだ。逆に他人に依存してしか生活できない人間を王に据えようとする者は皆無だろう。
(……成程な。なんとなくだけど理解できた。強さも王にとって必要なパラメーターなんだな)
(うむ、分かってくれたようで何よりだ)
(まあ俺は王様になる気なんかさらさらないんだけどな)
(お主も頑固だな)
何とでも言うがいい。折角こうして魔王の座から離れられたんだ。レイズや他の大人たちは折を見て俺をまた次期魔王として祭り上げようとしているのかもしれないけど、そうはいくものか。このまま自由の身になってやる!
けれど今の段階じゃ、自由に生きるために必要な力も知識も圧倒的に足りていない。暫くはここに留まってコツコツとレベルアップしていかなければ。
「ふぐぅ!」
そしてこれもレベルアップの一環だ、と自分を鼓舞しつつ荷車を引く。もう少しだ。もう少しで回復スポットだ!
「よぉし、良くやった! 昼休憩にするよ!」
「……ったぁ……」
やった! と言うつもりだったけど、そんな声を出す体力も気力も残っていなかった。手洗いを終えてぼんやりしている俺に、アリーさんが水とおにぎりを用意してくれる。俺は虫が鳴くような声でいただきますと言うと、静かにおにぎりを頬張った。
ああ、美味しいなぁ……。ゲームだったら一瞬で体力や魔力が回復するんだろうけど、回復までにタイムラグがある現実の方がその分しっかり美味しさを味わえるからこれはこれで悪くないなぁ。
そんなことをぼんやりと考えている間におにぎりはなくなった。幸せな時間はあっという間だ。
「ごちそうさまでした」
「はいよ」
アリーさんは、前世のサッカーボールくらいありそうな大きさのおにぎりを半分ほど平らげていた。もう少し休めそうだな。
それじゃあまた付与する属性について考えるか。王様になる気はないけど、魔物が存在するこの世界では自分で自分を守る力もそれなりに必要だろうし、今回は強さに焦点を当てて考えてみよう。
火はあるだけで獣避けになりそうだし、攻撃するにしろ防御するにしろ色々と便利そうだけど、レイズと被るんだよな。自分で習得するよりかは必要な時にレイズに使ってもらうのが手っ取り早い気がする。同じ火属性でも分野があるというか、派生先が無数に存在するからレイズに扱えない火属性の魔法もあるらしいけれど、一人で複数の属性は扱えないという設定なんだ。俺は火属性以外にして、レイズと合わせて二つの属性を扱えるようになった方が得だろう。
水はどうだろう。水も火と同じで、攻撃と防御を高いレベルで両立できる感じがするよな。ゲームによっては攻撃回復補助全てをこなせる万能属性だったりするし、水中戦とかでも活躍しそうだ。ただ問題は環境に左右されそうってところかな。周りに水がないと不便な気がする。魔法で生成したりもできるんだろうけど、火と違ってそれ単体で威力があるわけじゃないからどうしても量が必要になるし、それを戦いのたびに一々生み出していてはすぐに魔力が枯渇するだろう。うーん、一旦保留にして別の属性を検討しよう。
やっぱり風かなぁ。正直四つの中じゃ風が一番心惹かれるんだよな。何しろ四つの属性の中で一番空を飛べそうだし。寧ろそれ以外は空を飛ぶことなんてできない気がする。戦うにしろこの世界を楽しむにしろ、空を飛べるってことはとても大きなメリットだ。レイズが扱う火属性と相性も良さそうだし、水と違って風の元となる空気がないなんてこともまずありえない。デメリットらしいデメリットもあまり思いつかないし、汎用性も高そうだ。レイズの武勇伝でも相手が風属性の魔法を使うっていうケースは多いし、他の属性と比べて扱いやすくもあるのかもしれない。
(しかしなぁ……)
しかし、そう、じゃあ風属性だと決められない理由はそこにあった。多分風属性は一番人気がある属性だ。一歳児の頃に読んだ本の中でもやたらと風属性らしき魔法が取り上げられていたし、他の属性と比べて使用者も格段に多い気がする。そして悲しきかな、俺はそういった万人向けというか、万人受けするものに対してある種の忌避感を抱いてしまうのだ。我ながら性格を拗らせているとは思うが、近寄り難さを感じてしまうんだから仕方がない。
(……風属性も保留にするか)
いつもの結論が出たところで、残った属性について考えを巡らせる。
土、土かぁ。大地を味方にできると考えれば強そうではあるけれど、水と同じで状況に左右されそうなんだよな。この辺りとか地面がむき出しの場所なら有利に戦えるんだろうけれど、舗装された道の上だったり建物内だったり、操るものが傍にないと途端に戦闘力が落ちる気がする。水は多少なりとも空気中に含まれているから生成も比較的難しくないイメージだけど、土を生み出すって相当難度が高そうだし。あとは何をするにしても鈍重って印象がある。状況に合わせて武器を生成したり、分厚い壁を築いたり、時間さえかければ攻守共に他の属性を凌駕するポテンシャルを秘めていると思うのだけど、その時間を用意できない状況じゃ常に行動が一手遅れてしまいそうだ。それこそ王様みたいに一つの場所に留まるという前提だったらこれ以上ないって属性かもしれないけど、俺の理想は真逆だからなぁ。
うん、やっぱり土はないかな。となると、水か風のどちらか、か。
「リンド、そろそろ仕事を再開するよ」
「あ、はい!」
今までも最終的に水か風かで落ち着いていたし、これからはこの二つだけ考慮すればいいかな。
「………………」
「……? どうかしましたか?」
畑に入ろうとしたところで、アリーさんが立ち止まって空を見上げていることに気付いた。その視線の先を追って俺も顔を上げるけど、特に気になるようなものは見当たらない。
「……嫌な天気になりそうだね」
「え?」
「まあその時はその時だね。仕事をしようか」
「は、はい」
アリーさんは笑顔を見せて畑に入っていくも、その顔にはどこか陰があった。嫌な天気になりそう。これまで天気予報をほとんど外したことのないアリーさんの言葉に、俺の心の中に暗雲が立ち込めた。
時間の流れというのは早いもので、肉体強化魔法を使い始めた頃がつい昨日のように思える。毎日ほぼ似たようなことの繰り返しだからって理由もあるんだろうけど。もし日記をつけていたら、どの日にも『畑仕事をした。ついでに肉体強化魔法の練習をした』とだけ書かれていたんじゃなかろうか。
とにかくあっという間に過ぎた一ヶ月だったわけだけど、収穫がなかったわけじゃない。盛大に転び、雑草を稲もろとも引っこ抜き、体にいくつもの青あざを作り、失敗するたびにアリーさんに怒られ心配をかけ、申し訳なさと自分の不甲斐なさに歯噛みし、それでも絶えず努力をした結果、ついに肉体強化魔法を実用的な範囲で使えるようになったのだ!
まだ完全に使いこなせているわけではないけれど、単純作業をする分には問題なく、驚くほど作業が楽になった。これを活かさない手はないと、今まで迷惑をかけてきたアリーさんに報いるためにも、魔法を使っているとは悟られない範囲で、精力的に畑仕事に取り組んだ。
その甲斐あってか、アリーさんに注意されることも減り、逆に俺の働きぶりを褒めてくれることが多くなった。稲もまた順調に成長し実がつき始めてきていて、そのことも自分の努力が実っているという実感を与えてくれた。まあ俺の貢献度なんて高が知れているけれど、それでも自分が関わった物事で成果がでているという事実は嬉しいものがある。それに気を良くした俺は、さらに仕事に精を出した。
「そらリンド、昼飯前の最後の仕事だ」
「はい……」
そして仕事が増えた。今まで朝夕二回だった水運びが、お昼前にも追加されたのだ。元々俺には二回までしかやらせるつもりはなかったらしいが、最近の頑張りを見て方針を変えたらしい。俺はずれた帽子を被りなおすと、朝の水まきで空になった水瓶が乗った荷車を引いていく。
(今日も余力は残りそうにないな……)
(うむ、それで良いのだ。戦場でもないのに余力を残す必要はないのだからな)
(余裕を持つことだって大事なんだぞ……)
心の中で文句を言いつつ、肉体強化魔法を使って強化した右足を踏み込む。今ではこんな並列処理もできるようになったけど、いくら魔法を使えるようになったからと言って、水運びが重労働であることには変わりない。
それに加えて、昼前のこの時間帯は空高く上った太陽からは真夏の日差しが容赦なく降り注いでくる。帽子があるから多少はマシだけど、運動によって火照ったむき出しの腕や足はより熱を帯び、温められた血液は体中を駆け巡って、陰になっている頭にまで暑さが襲い掛かってくる。昼休憩前の最後の仕事ということもあって疲れも溜まっているし、これが終わっても午後の仕事が残っているという意識があるから精神的にも辛い。
そんなわけで昼の水運びが一日で最も辛い仕事だった。今日は太陽がたまに雲に隠れるからまだマシだと自分に言い聞かせるも、体が発する悲鳴の前ではほとんどかき消されてしまう。
「っと」
危ない、魔法のタイミングがずれるところだった。集中集中。
(くく、魔法の制御を思考の片手間で行える程度の余裕はあるようだが?)
(当たり前だ。今の段階でギリギリだったら午後を乗り越えられないだろ)
そりゃ初めのうちは魔法の制御に精一杯でこんなこと考える余地もなかったわけだけどな。そう考えると自分でも驚くほど進歩したよなぁ。もしかして俺、魔法の才能があったりして……?
(属性付与もできていない段階で調子に乗るでない。また痛い目を見ることになるぞ)
(思ってみただけだよ)
心の中の独り言に反応されるのにも慣れてきた。慣れていいものなのかどうか怪しいところだけど。
(ところで、付与する属性は決まったのか?)
(それなんだよな。うーん……)
そろそろ決めたいけど、一度決めたらまず変えられないという点が俺の決断をずるずると先延ばしにしていた。これがゲームならどの属性がどんなことができるのかとか説明してくれたりするから判断もしやすいんだけど、現実はそんなに親切じゃない。レイズの話はかなり参考になるけれど、火属性以外は正直よく分からないみたいだし。
確か火の他には、水とか風とか土とかがあるんだよな。ゲームでもド定番だけど、実際のところどういう理由で分けられているんだろう。操るものの状態によってだろうか。液体、気体、固体、それとプラズマ体? いや、火はただの化学現象なんだっけ。風とかも気体ってよりかは空気の流れを指すものだし、氷とかは固体だけど土ってよりかは水の方がイメージが近い。そもそも前世の科学知識はこっちでも通用するのか? この世界に存在する生き物だったり物質だったりは別世界とは思えないほど前世と似ているけれど、魔法や魔力などという存在がある以上完全に同じであるわけがない。あれ、でももしかして前世にも実は魔力とかが存在していて、俺たちがそれに気づいていないだけとかいう可能性もあるのか。となるとやっぱりこの世界は前世と同じ仕組みで動いていると見なしてもいい……?
「うがぁ!」
脱線した考えが迷走し始め叫びを上げた俺に、水を汲んでいたアリーさんが振り向く。
「どうしたんだい? リンド」
「な、なんでもない、です」
「そうかい?」
アリーさんは軽く首を傾けると、水汲みを再開する。流石に今のは変に思われたかな。まあ四歳児のおふざけ程度にしか捉えないと思うけど、下手に注意を向けられて魔法を使っていることがバレることだけは避けないと。
それはそれとして、やっぱり決められないなぁ……。
(何も難しく考えることはあるまい。自分が使ってみて一番強いと考える属性を選べば良いのだ)
(強さが判断基準なのかよ)
(当たり前だ。弱き王に仕える者などおらん)
(いやいや戦国時代じゃないんだから)
弱いよりかは強いほうが何かといいのかもしれないけど、王様の役割はあくまで統治だ。レイズが大魔王と呼ばれる前の魔界版戦国時代ならともかく、平和だとされる現代にどれだけ強いかなんて基準は要らないし、間違ってでも戦場などといった強さが求められる場所に赴くなんてことはしちゃいけない。王が倒されたら終わりなのだから。
(分かっておるではないか。お主の考えている通り、王が倒れるようなことはあってはならない。なればこそ、王は強くあらねばならないのだ。戦場では勿論、自らの陣地の中にあっても、懐に忍び込んだ刺客などに命を奪われることのないようにな)
(そういうのは普通護衛の役割じゃないのか? 刺客が忍び込んでいるかも、なんて考えていたら寝ることもできないじゃないか)
(当然護衛もまた侵入者を排除する役割を担っているが、それとこれとは話が別だ)
(別じゃないだろ。護衛がいるなら護られている側が強くある必要はないじゃないか)
(では訊くが、お主は自らを運んでくれる者が他にいるのであれば、足は不要であると考えるか?)
(は?)
とんでもない内容の問いに一瞬思考が詰まり、そんなわけないだろ、と反射的に思ったところで、はっとする。
王は王である前に一人の人間だ。そして人間である以上、ある程度は自立していなければならない。人の上に立つのであればなおさらだ。
自分の足で進むべき道を進み、自分の腕で降りかかる火の粉を払い、自分の頭で理想的な未来を考える。そんな存在であるからこそ、民は王についていくのだ。逆に他人に依存してしか生活できない人間を王に据えようとする者は皆無だろう。
(……成程な。なんとなくだけど理解できた。強さも王にとって必要なパラメーターなんだな)
(うむ、分かってくれたようで何よりだ)
(まあ俺は王様になる気なんかさらさらないんだけどな)
(お主も頑固だな)
何とでも言うがいい。折角こうして魔王の座から離れられたんだ。レイズや他の大人たちは折を見て俺をまた次期魔王として祭り上げようとしているのかもしれないけど、そうはいくものか。このまま自由の身になってやる!
けれど今の段階じゃ、自由に生きるために必要な力も知識も圧倒的に足りていない。暫くはここに留まってコツコツとレベルアップしていかなければ。
「ふぐぅ!」
そしてこれもレベルアップの一環だ、と自分を鼓舞しつつ荷車を引く。もう少しだ。もう少しで回復スポットだ!
「よぉし、良くやった! 昼休憩にするよ!」
「……ったぁ……」
やった! と言うつもりだったけど、そんな声を出す体力も気力も残っていなかった。手洗いを終えてぼんやりしている俺に、アリーさんが水とおにぎりを用意してくれる。俺は虫が鳴くような声でいただきますと言うと、静かにおにぎりを頬張った。
ああ、美味しいなぁ……。ゲームだったら一瞬で体力や魔力が回復するんだろうけど、回復までにタイムラグがある現実の方がその分しっかり美味しさを味わえるからこれはこれで悪くないなぁ。
そんなことをぼんやりと考えている間におにぎりはなくなった。幸せな時間はあっという間だ。
「ごちそうさまでした」
「はいよ」
アリーさんは、前世のサッカーボールくらいありそうな大きさのおにぎりを半分ほど平らげていた。もう少し休めそうだな。
それじゃあまた付与する属性について考えるか。王様になる気はないけど、魔物が存在するこの世界では自分で自分を守る力もそれなりに必要だろうし、今回は強さに焦点を当てて考えてみよう。
火はあるだけで獣避けになりそうだし、攻撃するにしろ防御するにしろ色々と便利そうだけど、レイズと被るんだよな。自分で習得するよりかは必要な時にレイズに使ってもらうのが手っ取り早い気がする。同じ火属性でも分野があるというか、派生先が無数に存在するからレイズに扱えない火属性の魔法もあるらしいけれど、一人で複数の属性は扱えないという設定なんだ。俺は火属性以外にして、レイズと合わせて二つの属性を扱えるようになった方が得だろう。
水はどうだろう。水も火と同じで、攻撃と防御を高いレベルで両立できる感じがするよな。ゲームによっては攻撃回復補助全てをこなせる万能属性だったりするし、水中戦とかでも活躍しそうだ。ただ問題は環境に左右されそうってところかな。周りに水がないと不便な気がする。魔法で生成したりもできるんだろうけど、火と違ってそれ単体で威力があるわけじゃないからどうしても量が必要になるし、それを戦いのたびに一々生み出していてはすぐに魔力が枯渇するだろう。うーん、一旦保留にして別の属性を検討しよう。
やっぱり風かなぁ。正直四つの中じゃ風が一番心惹かれるんだよな。何しろ四つの属性の中で一番空を飛べそうだし。寧ろそれ以外は空を飛ぶことなんてできない気がする。戦うにしろこの世界を楽しむにしろ、空を飛べるってことはとても大きなメリットだ。レイズが扱う火属性と相性も良さそうだし、水と違って風の元となる空気がないなんてこともまずありえない。デメリットらしいデメリットもあまり思いつかないし、汎用性も高そうだ。レイズの武勇伝でも相手が風属性の魔法を使うっていうケースは多いし、他の属性と比べて扱いやすくもあるのかもしれない。
(しかしなぁ……)
しかし、そう、じゃあ風属性だと決められない理由はそこにあった。多分風属性は一番人気がある属性だ。一歳児の頃に読んだ本の中でもやたらと風属性らしき魔法が取り上げられていたし、他の属性と比べて使用者も格段に多い気がする。そして悲しきかな、俺はそういった万人向けというか、万人受けするものに対してある種の忌避感を抱いてしまうのだ。我ながら性格を拗らせているとは思うが、近寄り難さを感じてしまうんだから仕方がない。
(……風属性も保留にするか)
いつもの結論が出たところで、残った属性について考えを巡らせる。
土、土かぁ。大地を味方にできると考えれば強そうではあるけれど、水と同じで状況に左右されそうなんだよな。この辺りとか地面がむき出しの場所なら有利に戦えるんだろうけれど、舗装された道の上だったり建物内だったり、操るものが傍にないと途端に戦闘力が落ちる気がする。水は多少なりとも空気中に含まれているから生成も比較的難しくないイメージだけど、土を生み出すって相当難度が高そうだし。あとは何をするにしても鈍重って印象がある。状況に合わせて武器を生成したり、分厚い壁を築いたり、時間さえかければ攻守共に他の属性を凌駕するポテンシャルを秘めていると思うのだけど、その時間を用意できない状況じゃ常に行動が一手遅れてしまいそうだ。それこそ王様みたいに一つの場所に留まるという前提だったらこれ以上ないって属性かもしれないけど、俺の理想は真逆だからなぁ。
うん、やっぱり土はないかな。となると、水か風のどちらか、か。
「リンド、そろそろ仕事を再開するよ」
「あ、はい!」
今までも最終的に水か風かで落ち着いていたし、これからはこの二つだけ考慮すればいいかな。
「………………」
「……? どうかしましたか?」
畑に入ろうとしたところで、アリーさんが立ち止まって空を見上げていることに気付いた。その視線の先を追って俺も顔を上げるけど、特に気になるようなものは見当たらない。
「……嫌な天気になりそうだね」
「え?」
「まあその時はその時だね。仕事をしようか」
「は、はい」
アリーさんは笑顔を見せて畑に入っていくも、その顔にはどこか陰があった。嫌な天気になりそう。これまで天気予報をほとんど外したことのないアリーさんの言葉に、俺の心の中に暗雲が立ち込めた。
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