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二歳児編
肉体強化魔法
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レイズから魔法の属性についての話を聞かされてから、さらに一ヶ月が過ぎた。今やすっかり七月、もとい墨の月だ。
今年はいつもより雨の日が多かったようで、稲の背も俺の魔法技術もぐんぐんと伸びた。
そして雨季も終わり、カラッとした好天となった今日、久しぶりの水運びをすることになった。
(ああ、太陽って気持ちいいなぁ)
早朝、小さな荷車を引きながら、青空を見上げて笑みを浮かべる。どうやらこの世界にも四季のようなものがあるようで、この辺りは特に強くそれを感じ取れるみたいだ。日の出の時間もかなり早まってきた。
大きく息を吸い込むと、草木の匂いが鼻をくすぐる。頬に当たる風もじめじめしたものじゃなくさっぱりとしたもので、前世の夏とほぼ同じ世界がここにあった。これで蝉の鳴き声でも聞こえてきたら完全に日本のそれである。カンナルイスに蝉がいるかどうかは分からないけど。
しかしまさか今世でも季節感を味わえるとは。懐かしさも相まって、童心に帰ったような気分になる。体は童子どころか幼児だけど。
(お主、随分と余裕だな)
(そりゃ、肉体強化魔法を使えるようになったからな)
属性付与はまだだけど、肉体強化魔法は七日前から使えるようになった。けれど力仕事がなかったり、あってもアリーさんの目があったりと中々使う機会が訪れなかった。下手に魔法を使ってアリーさんにばれたら色々とまずいことになるからな。
しかし水運びの最中であればアリーさんは基本前を歩いているし、荷車を引いているという状況は魔法を使うのにもってこいだ。レイズが言うに、魔法の調整に失敗すると物を壊したり体が宙を舞ったりするそうだけど、荷車はそう簡単に壊れないだろうし重さもかなりある。多少失敗しても問題ないはずだ。
(魔法を使うことと、使いこなすことは違う。習得したての魔法を頼りにするようでは、魔法に使われることになりかねんぞ)
(なんだよ。今までの努力がようやく実を結んだんだぞ? 少しくらい期待してもいいじゃないか)
(実を結ぶどころか、まだ芽が出てきた程度だ。成長を喜ぶのは良いが、過信は禁物だぞ)
(はいはい)
とは言っても、正直魔力操作はほぼコツを掴んだしな。事実レイズから失敗を指摘されることもほとんどなくなったし。それに使う魔法も、火やら風やらを操るわけでもなく、常日頃動かしている自分の体の一部を強化するといったものだ。失敗することなんて早々――
「はぁ、はぁ……!」
「どうしたんだいリンド。雨季の間に体がなまったかい?」
朝の水運びを終えた頃、俺は肩で息をしていた。
(カーネルよ、己の甘さを思い知ったか?)
(ああ……さっきの自分を殴りたくなる程にはな)
頭の中に過去の自分を召喚しボカスカ殴る。
(さて、記憶が鮮明な内に反省するとしよう。何故こうなったのだ? カーネルよ)
(……魔法の行使と肉体の動作を一緒にするのが、上手くできなかったんだ)
(うむ、その通りだ)
苦々しく告げると、レイズも肯定した。
そう、問題は魔法を使うときに意識がそちらに向いてしまい、体の動きに意識が向けられないことだ。
最初は、魔法を発動してよし動こうとした時にはもう魔法が切れてるといったことを繰り返した。ならばと魔法を発動し続けた状態で体を動かそうとすれば、魔法に対する集中が乱れ強化の度合いが変わり、一歩を踏み出すだけでも大変だった。まさか足を動かしている間に足の重さがランダムに変化するなどという摩訶不思議な感覚を味わうとは夢にも思わなかった。
それでもどうにか魔法を扱おうと試行錯誤するも、最終的には足の動きに気を取られ、無意識に力を込めた荷車を引く手からも魔法が発動し、後ろから突っ込んできた荷車に激突するという醜態を晒し、これ以上は危険だという結論に落ち着いた。その結果、俺は朝から余計な体力を使い肩で息する羽目になった。
(体力の消費もそうだが、魔力も随分消費したな。魔力が減り過ぎると気力も失われる。随分と大きなツケを払ったな、カーネルよ)
(……理論と実践は違うって教訓を魂に刻み込むよ)
うう、前世でもそれなりに知られていた教訓だったって言うのに。やっぱり実際に失敗を体験してみないと分からないもんだなぁ。
「こらリンド、いつまで休んでるんだい」
「はい!」
などと後悔する時間も打ち切られ、次の農作業に取り掛かる。
アリーさんは俺が引いていた小さな荷車を畑に下ろすと、俺の身長より高くなった稲に水をかけていった。その後に続く俺は雑草を見つけ次第抜き取っていく。
(しっかし、肉体強化魔法があれだけ難しいなんてな。あれって簡単な魔法なんだろ?)
(うむ。光弾魔法と並んで最も基本的な魔法の一つだ)
(そうなんだよなぁ……)
以前レイズにそう言われていたから簡単にできると思っていたんだが、いざ蓋を開けてみればこの様だ。もしかして俺、魔法の才能がないのか? 魔法なんて存在しない前世からの転生者だし、もしかしてその辺りも影響しているんじゃ……。
(そう落ち込まずとも良い。何事であれ、できるようになるまでは難しいものなのだ。基本的な魔法はその過程が比較的簡単だというだけでな。この我でさえ、初めから完璧に扱えた魔法なんぞ一つとしてなかったぞ)
(……そうか。そうだよな!)
これはゲームじゃない。当然魔法だって、レベルを上げたりポイントを振り分けたりして急に使えるようになるものじゃないんだ。初めはできなくても、少しずつ失敗を重ねれば、きっといつかできるようになるはずだ!
「ほらリンド、早くしな」
「あ、はい!」
アリーさんの言葉に現実に引き戻される。見ると、アリーさんとは随分と距離が離れていた。
……うん。とりあえず今は、未来の希望を糧に一日を乗り切ることに集中しよう。
今年はいつもより雨の日が多かったようで、稲の背も俺の魔法技術もぐんぐんと伸びた。
そして雨季も終わり、カラッとした好天となった今日、久しぶりの水運びをすることになった。
(ああ、太陽って気持ちいいなぁ)
早朝、小さな荷車を引きながら、青空を見上げて笑みを浮かべる。どうやらこの世界にも四季のようなものがあるようで、この辺りは特に強くそれを感じ取れるみたいだ。日の出の時間もかなり早まってきた。
大きく息を吸い込むと、草木の匂いが鼻をくすぐる。頬に当たる風もじめじめしたものじゃなくさっぱりとしたもので、前世の夏とほぼ同じ世界がここにあった。これで蝉の鳴き声でも聞こえてきたら完全に日本のそれである。カンナルイスに蝉がいるかどうかは分からないけど。
しかしまさか今世でも季節感を味わえるとは。懐かしさも相まって、童心に帰ったような気分になる。体は童子どころか幼児だけど。
(お主、随分と余裕だな)
(そりゃ、肉体強化魔法を使えるようになったからな)
属性付与はまだだけど、肉体強化魔法は七日前から使えるようになった。けれど力仕事がなかったり、あってもアリーさんの目があったりと中々使う機会が訪れなかった。下手に魔法を使ってアリーさんにばれたら色々とまずいことになるからな。
しかし水運びの最中であればアリーさんは基本前を歩いているし、荷車を引いているという状況は魔法を使うのにもってこいだ。レイズが言うに、魔法の調整に失敗すると物を壊したり体が宙を舞ったりするそうだけど、荷車はそう簡単に壊れないだろうし重さもかなりある。多少失敗しても問題ないはずだ。
(魔法を使うことと、使いこなすことは違う。習得したての魔法を頼りにするようでは、魔法に使われることになりかねんぞ)
(なんだよ。今までの努力がようやく実を結んだんだぞ? 少しくらい期待してもいいじゃないか)
(実を結ぶどころか、まだ芽が出てきた程度だ。成長を喜ぶのは良いが、過信は禁物だぞ)
(はいはい)
とは言っても、正直魔力操作はほぼコツを掴んだしな。事実レイズから失敗を指摘されることもほとんどなくなったし。それに使う魔法も、火やら風やらを操るわけでもなく、常日頃動かしている自分の体の一部を強化するといったものだ。失敗することなんて早々――
「はぁ、はぁ……!」
「どうしたんだいリンド。雨季の間に体がなまったかい?」
朝の水運びを終えた頃、俺は肩で息をしていた。
(カーネルよ、己の甘さを思い知ったか?)
(ああ……さっきの自分を殴りたくなる程にはな)
頭の中に過去の自分を召喚しボカスカ殴る。
(さて、記憶が鮮明な内に反省するとしよう。何故こうなったのだ? カーネルよ)
(……魔法の行使と肉体の動作を一緒にするのが、上手くできなかったんだ)
(うむ、その通りだ)
苦々しく告げると、レイズも肯定した。
そう、問題は魔法を使うときに意識がそちらに向いてしまい、体の動きに意識が向けられないことだ。
最初は、魔法を発動してよし動こうとした時にはもう魔法が切れてるといったことを繰り返した。ならばと魔法を発動し続けた状態で体を動かそうとすれば、魔法に対する集中が乱れ強化の度合いが変わり、一歩を踏み出すだけでも大変だった。まさか足を動かしている間に足の重さがランダムに変化するなどという摩訶不思議な感覚を味わうとは夢にも思わなかった。
それでもどうにか魔法を扱おうと試行錯誤するも、最終的には足の動きに気を取られ、無意識に力を込めた荷車を引く手からも魔法が発動し、後ろから突っ込んできた荷車に激突するという醜態を晒し、これ以上は危険だという結論に落ち着いた。その結果、俺は朝から余計な体力を使い肩で息する羽目になった。
(体力の消費もそうだが、魔力も随分消費したな。魔力が減り過ぎると気力も失われる。随分と大きなツケを払ったな、カーネルよ)
(……理論と実践は違うって教訓を魂に刻み込むよ)
うう、前世でもそれなりに知られていた教訓だったって言うのに。やっぱり実際に失敗を体験してみないと分からないもんだなぁ。
「こらリンド、いつまで休んでるんだい」
「はい!」
などと後悔する時間も打ち切られ、次の農作業に取り掛かる。
アリーさんは俺が引いていた小さな荷車を畑に下ろすと、俺の身長より高くなった稲に水をかけていった。その後に続く俺は雑草を見つけ次第抜き取っていく。
(しっかし、肉体強化魔法があれだけ難しいなんてな。あれって簡単な魔法なんだろ?)
(うむ。光弾魔法と並んで最も基本的な魔法の一つだ)
(そうなんだよなぁ……)
以前レイズにそう言われていたから簡単にできると思っていたんだが、いざ蓋を開けてみればこの様だ。もしかして俺、魔法の才能がないのか? 魔法なんて存在しない前世からの転生者だし、もしかしてその辺りも影響しているんじゃ……。
(そう落ち込まずとも良い。何事であれ、できるようになるまでは難しいものなのだ。基本的な魔法はその過程が比較的簡単だというだけでな。この我でさえ、初めから完璧に扱えた魔法なんぞ一つとしてなかったぞ)
(……そうか。そうだよな!)
これはゲームじゃない。当然魔法だって、レベルを上げたりポイントを振り分けたりして急に使えるようになるものじゃないんだ。初めはできなくても、少しずつ失敗を重ねれば、きっといつかできるようになるはずだ!
「ほらリンド、早くしな」
「あ、はい!」
アリーさんの言葉に現実に引き戻される。見ると、アリーさんとは随分と距離が離れていた。
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