転生して一歳児の俺が未来の大魔王として担ぎ上げられたんだけどこれなんて無理ゲー?

東赤月

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二歳児編

晴耕雨学

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 寝落ちにペナルティが設定されてからさらに一ヶ月が過ぎ、みなの月となった。
 ゲームとかだと黒画面を挟んで数年先に飛んだり、一回行動するごとに一週間くらい経ったりするけれど、似たようなファンタジーワールドでも現実にそんなことは起こりえない。逆にこの一ヶ月は、一年のようにも感じられた一ヶ月だった。
 多少慣れてきたとはいえ、肉体労働で疲れた体を横にすれば、当然のように睡魔はやってくる。それと戦いながら前世の知識とまるで結びつかない魔法の勉強で頭を使うというのは、さながら格闘ゲームを片手でプレイしつつ世界観の深いノベルゲームを読み進めるようなもので、いくら気を張っていても難しいものがある。別ゲー同時進行という前世の経験も活きたのか辛勝することはできるのだが、睡魔にK.O.される日も何度かあった。その都度、寝ぼけてデータを消去したり、電車で寝過ごしてとんでもない場所まで運ばれたり、修学旅行の集合場所変更のお知らせを俺だけ聞き逃したりと、やけにリアリティのある様々な悪夢に苛まれた。
 日中は肉体を、夜は精神をそれぞれ消耗するという濃密な一日。それを毎日休みもなしに繰り返し、遂には限界に達しようかと思われた時、転機が訪れた。
 雨季である。
「今日も一日雨みたいだね」
 よっし! アリーさんの言葉に心の中でガッツポーズをとる。アリーさんの天気予報はほぼ百発百中だ。これで今日も水運びはせずに済む。
「ほらリンド、笠だよ」
「ありがとうございます」
 アリーさんから手渡された編み笠を被ると、しとしととした雨が降る外へと飛び出した。雨の日の肉体作業は精々雑草を抜くことくらいなのですぐに終わる。後は家に籠って、乾燥させた植物の繊維をり合わせて紐を作るという内職をこなすだけだ。水運びは勿論、畑に水を撒いたりといった水関連の作業も省略される。
 まさに恵みの雨だ。ひと段落したところで空を仰ぎ、顔に雨粒を受けながら空一面を覆う白雲で視界を埋める。神よ、慈雨に感謝します。
「こらリンド、風邪引くよ!」
(アリーの言う通りだ。自分の仕事を終えたのなら、早々に家に戻るが良い)
「……はい」
 ちょっと悦に浸っていただけなのに外と中から注意されてしまった。俺は大人しく家に入ると、粗目の布で体を拭いてから内職に取り掛かる。最初の内はアリーさんと一緒にやっていたことだけど、最近は一人で任されるようになってきた。その間アリーさんは、雨の中俺にはできない他の畑仕事をしている。もしかしたら俺も成長したら、雨の日も駆り出されることになるかもしれない。
(さて、準備はいいな?)
(ああ)
 だが少なくとも、今年いっぱいはそんなこともないだろう。そしてアリーさんと離れている時間が長いこの状況は、魔法学習にはもってこいだった。
(よし、いいぞ。そのまま続けるのだ)
 内職の手は緩めないまま、レイズの指示通り魔力の操作を行う。コツを掴めたのか、紐づくりはほぼ無意識に行えるまでになってきたこともあり、魔法の習得は今までの遅さが嘘みたいにどんどんと進んでいた。レイズが言うには、この調子ならすぐにでも肉体強化魔法を扱えるようになるとのことだ。
 肉体強化、か。一体どんなことができるようになるんだろう。素手で岩を破壊したり、木を跳び越えられたりとかもできたりして……。
(カーネル、集中が乱れているぞ)
(あ、悪い)
 レイズの言葉に、魔力が乱れていることを悟る。ふと手元を見ると、既に紐は完成していた。俺はそれを脇に置くと、新たな材料を手に取る。最初だけ気をつけて……よし、後は体に任せよう。
(しかしお主は本当に器用だな。別の作業をしていながらにして、ここまで呑み込みが早いとは思わなかったぞ)
(まあ動き自体は単純だからな。魔力の操作も、今まで眠気と戦いながらも続けてきたことだし)
 得体のしれない魔力とやらの操作には苦手意識もあったけれど、今では意外なほどに自然とできるようになっていた。自転車じゃないけれど、できるようになるまでが難しいだけで、その後は特に意識せずとも扱えるものみたいだ。
(それを鑑みても、予想以上のペースだ。これなら近いうちに、属性付与も行えるな)
(属性付与?)
(うむ。肉体強化魔法などの基本的な魔法よりも強力な、属性魔法を扱うための手順だ)
(へえ!)
 属性というとあれか、火とか水とか風とか雷とか、自然界の現象やら要素やらを体系的にまとめたものか!? ファンタジー系RPGではもはや鉄板と言える設定だ。これはテンションが上がってきたぞ!
(近いうちって言うとどれくらいだ?)
(半年ほどといったところだな)
(マジか!)
 一年足らずでそこまで習得できるとは。そりゃ大したことはできないんだろうけど、うわあ、めちゃくちゃ興奮してきた!
(え、どうしよう。どんな魔法を使えるようになろうかな? やっぱりまずは火、次に水とかかな? 組み合わせとかも面白そうだし!)
(いや、それは不可能だ)
(え)
 火と水を組み合わせて水蒸気爆発! 敵を一網打尽だ! といったところまで進んでいた妄想が音を立てて崩れる。
(火や水といった属性は確かにある。しかしそれを複数扱うのはできぬのだ。いや、できなくはないが、どちらも中途半端なものしか習得できずに終わるだろう。属性は一つに絞った方が魔法の習得は早まるし、より高度な魔法も扱えるようになる)
(あー、そういう設定かー)
(設定?)
(いや、こっちの話)
 ゲームでもあったな、一人一つの属性しか持てないって設定。そのゲームだと、途中で属性を変えることもできたけど……。
(当たり前だけど、やっぱこっちの属性がいいやって変えることはできないよな?)
(それもできなくはないが、しない方が賢明だ。属性が異なれば魔法の扱い方も異なる。前の属性魔法で培ってきた経験が活きるどころか、学習を妨げる要因になりかねん)
(そうかぁ……)
 ゲームに例えると、属性ごとにコントローラーがまるっきり違うって感じか。そりゃ一つのコントローラーだけ使った方が上達も早いし、複雑なコマンドも打ちやすいよな。属性を変えるってのは、合理性を考慮して新しいコントローラーに乗り換えるみたいなもので、できなくはないけれどつい昔のコントローラーを使ってた時の癖が出ちゃう、みたいなものかな。
(あれ? じゃあもしかして俺の属性はもう、火で決まってるのか?)
 意識を失う原因にもなった火の魔法を思い出す。あんな大規模な魔法を使ったことがあるんじゃ、これからも火属性一筋でいった方がいいのだろうか?
(いや、あれは我の魔法だ。お主は我の属性とは別に属性を決めることができる。勿論、我と同じ火の属性でも構わないがな)
(ふぅん? けどあれって、魔力は俺のも使ったんだよな? じゃなきゃ昏倒しないし)
(うむ。確かに魔力はお主のものを拝借した。我はそれに属性という色を付けたといったところだ)
(例えばだけどさ、俺が水属性を選んだとして、そのことがレイズに影響を与えたりするのか?)
(いいや。お主がどの属性を選んだとしても、我に与えられる魔力には影響せぬさ)
(ほぉん)
 魔力っていう元手は同じで、その変換器が違うってところかな? ともあれ、自由に属性を選べるのはありがたい。さて、何にしようか……。
(属性付与が行えるようになるまで時間はある。ゆっくりと決めるが良い)
(そうだな)
 先ずは肉体強化魔法だ。俺は出来上がった紐を脇に置き、新しい紐の材料を手に取りながら、魔力の流れに意識を向けた。
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