転生して一歳児の俺が未来の大魔王として担ぎ上げられたんだけどこれなんて無理ゲー?

東赤月

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二歳児編

恵まれた環境

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 レイズがアリーさんと出会うことができたのは、アリーさんが日常的に山から水を汲んできているからだった。
 生活用水程度であれば、家に備え付けられている魔法石に魔力を込めれば調達できる。今までは水道が通っていると思っていたけれど、都会の方でも魔法石を使って水を調達していたのかもしれない。今もだけど、トイレではいつも大人の人が水を流しているし。アリーさんが言うには、この辺りは下水道なんてものはなく、近くにある別の川に流しているだけみたいだけど……。
 ともかく、普通に暮らす分には水で困ることがないのにどうしてわざわざ水を運ばなければいけないのかというと、稲の育成にはかなりの量の水が必要なためである。可能な限り魔法石から得られる水も利用しているものの、十分な量の水を得る前にアリーさんの魔力が尽きてしまうのだ。そういった事情を聞いて、本来水はタダじゃないと痛感した。
 そんなわけで水を汲みに行っている件の山は、レイズの言葉通りアリーさんの家からそう遠くない場所にある。しかしながら今の俺は小さな子供だ。大人にとっては散歩感覚で行ける距離でも、二歳児にとっては大冒険になる。
 しかも往復。
 それも朝夕。
 勿論帰りは水を運んで。
 大きな水瓶を乗せた荷車を引くという形ではあるけれど、普段より力を入れて歩かなければならず、ようやくまともに歩行できるようになった二歳児の体にはかなりの負担がかかった。それが一日に二回もあるとなると、日が傾く頃には精根尽き果ててしまう。
「はぁ、ひぃ……」
「こらリンド、家に帰るまでが水運びだよ」
「はぁ、いい……!」
 アリーさんは俺が運んでいるものと同じ大きさの水瓶を九つも乗せた荷車を涼しい顔で引いていく。その後を俺は顔中汗だらけにしてヒイヒイ言いながらついていく。山の向こうに沈みかけている夕日が眩しい。
 もう少しだ。そう何度も自分に言い聞かせて、よたよたとしながらも一歩ずつ進んでいった。
「ようし、よく頑張った!」
 どうにか家にまで辿り着くと、アリーさんが肩を叩いて褒めてくれた。その拍子で倒れそうになるも、どうにか踏ん張って笑顔を見せる。これまでは家の前で力尽き、アリーさんに助けてもらうという流れだったけど、今日初めて最後まで独りでやり切れた。その達成感が辛うじて体を支えていた。
「今日は久しぶりに卵をつけようかね」
「やっ、たぁ……」
 アリーさんは手早く畑に水を撒くと、すぐに夕ご飯の準備をしてくれた。小さな木のテーブルの上に出されたのは久しぶりの卵かけごはんだ。俺はかきこむようにして食べると、すぐに寝床へと向かった。灯りのない部屋は真っ暗だけど、一ヶ月も経てば流石にもう、見えなくても自分が眠る大体の位置は把握できていた。何かの実の殻が詰まっているらしい布袋を枕に、暗闇の中で目を閉じる。
「ふう……」
 全身の筋肉が痛みを訴えるも、心地良い疲れが眠りに誘うのは時間の問題だ。明日のためにも、今はゆっくりと休もう……。
(おいカーネル、何を眠ろうとしている)
(レイズ? 何だよ、もう眠いのに……)
 完全に寝る気でいたところにレイズが語り掛けてくる。悪いけどこっちはヘトヘトなんだ。何の用だか知らないけれど、明日にしてくれ。
(お主忘れたのか? 夕刻の水運びの際、我が話しかけようとしたら、今日の仕事が終わるまで待ってくれと言ったではないか。だからこうして待っていたというのに、寝ようとするとは何事だ)
(ああ……)
 そう言えばそんな話をしていたような気がする。でも今日はもう眠くてたまらないんだ。
(悪いけど、明日まで待ってくれないか?)
(断る。疲労困憊の今だからこそ、意味がある話題なのだ)
(なんじゃそりゃ。疲労回復魔法でも唱えてくれるのか?)
(察しが良いな。今からするのは魔法の話だ)
(マジ!?)
 半分どころか十割冗談のつもりだったのに。
(と言っても、疲労回復の類ではないがな。魔法を学ぶにあたっては、疲れ切って体が動かない方が都合が良いのだ。体に余計な力が入っていない状態であれば、体に流れる魔力を知覚しやすくなるのでな)
(へえ……)
 だから必死で水を運んでいるタイミングで声をかけてきたのか。仕方ない。後でって言ったのは俺だし、今日はもう寝るだけだ。魔法にも興味はあるし、少しの間は付き合うか。
(本来であれば先程簡単な肉体強化魔法をかけてみる予定だったが、独力で水を運びきるという功労に水を差すことになりかねんかったし、先送りにしたのは正解だったな)
(肉体強化魔法!? まさか、レイズは仕事の時その魔法を?)
(当然、使ったとも)
(ズルい!)
 驚愕の事実に半分寝てた頭が覚醒する。くそう! 今まで、レイズもこの苦しみに耐えていたんだって思いながら幼い体一つで頑張ってきたというのに! ひどい裏切りだ!
(そんなものがあるならどうして俺にも使わなかったんだよ!)
(最初から魔法に頼っていては、魔法がない時には何もできない体になってしまうからな。その点、今日のお主は見事であったぞ。元より魔法について話すつもりではあったが、体力のみで一日の働きをこなせるまでに成長したのであれば、我も心置きなく魔法を教えられるというものだ)
(………………)
 魔法がなくても働けるわ! と反論しそうになるも思いとどまる。確かにそんな魔法があるって知ってたら、辛くなった時にすぐ頼ってたかもしれないな。少なくとも、今日みたいに魔法なしで最後まで仕事をやり切ることはできなかったはずだ。
(本題に移ろう。魔法を扱うには、何よりも先に自身の魔力を把握する必要がある。今から右手に魔力を集めるから、意識を向けておくのだ)
(……分かった)
 そこそこ頭も冴えたし、魔法自体にも興味はある。とりあえず言う通りにしてみるか。
 しかし、魔力、ねえ。実際にこの目で魔法を見ている以上、その元として存在はするんだろうけど、一体全体どんな物質なんだろう。
「ん……!?」
 全身の血液が、右手に向かって流れていくような感覚だった。勿論そんなことが起きていたら今頃大変なことになっているはずだから、流れていったのは血ではなく魔力なのだろう。
(感じ取れたか? これが魔力だ)
(……うん。今も右手に集まっているのが、なんとなく分かる)
 疲労感とは別の感覚だった。無意識のうちに、右手を握りしめそうになる。
(あまり動こうとするな。魔力は意思と結びつきがある。下手に動こうとすると、それに合わせて魔力が無駄に体外に放出されてしまうぞ)
(ああ、悪い)
 右手に宿る不思議な感覚、魔力を体内に留めるよう意識して動きを抑える。そういう意味でも、疲れているときの方が都合がいいのか。
(この魔力を用いて魔法を発現させるわけだが、ただ魔力を体外に出しただけでは魔法にはならん。魔力を上手くコントロールし、自らが望む魔法に変換しなければならない)
(それは、どうやって?)
(その方法を今から教える。勿論今は初歩的な部分のみだが、それでさえ独学で身に着けるのは難しい内容だ)
 そう言われて、少しハッとさせられた。今では当たり前にできる掛け算や割り算も、何も教えられなかったらできなくて当然だったかもしれない。
 どうやら俺は、今世も恵まれているみたいだ。
(さあカーネルよ、先人の積み重ねた魔法知識の山に、お主も踏み込むが良い)
(……ああ)
 夜更かしは嫌いだけど、この講義には時間を割く価値がある。俺は新しい知識に対する興味で眠気を抑えながら、レイズの話を聞き続けた。
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