転生して一歳児の俺が未来の大魔王として担ぎ上げられたんだけどこれなんて無理ゲー?

東赤月

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二歳児編

働かざる者食うべからず

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 ハッピバースデイトゥーユー
 ハッピバースデイトゥーユー
 ハッピバースデイディアカネルー
 ハッピバースデイトゥーユー
 なんて本来聴けるはずのない前世の誕生日を祝う歌が送られ実は今までのことは全て最新VR技術を用いた壮大なドッキリでしたーとかいう展開を期待したつもりはこれっぽっちもなかったけれど、まあ誕生日というからにはそれなりに祝われて少し贅沢なご飯に舌鼓を打ち特別な一日を振り返っていい気分に浸りながら眠れるものだろうなと、この世界で経験した一歳になった時の誕生日を思い出してそんなことを考えてはいた。
 しかし現実。
「はあ、はあ……」
「こらリンド、いつまで休んでるんだい!」
「はぃい!」
 養母であるアリーさんの叱咤を聞き反射的に立ち上がる。ふくよかな体形のアリーさんは、俺と同じ人魔族みたいだ。俺よりも断然多く動いているけど、額には汗一つない。対照的に俺はもうヘトヘトだ。気持ちだけでどうにか動いてるようなものである。そう言えば森の中を逃げていた時もこんなんだったっけ……。
「ほらリンド、手が動いてないよ!」
「はぁ、ぃい……!」
 明らかに幼児向けではない、早くても小学生が扱うような鍬をゆっくり振り上げる。鍬の重心が後ろに傾き、そのまま倒れそうなところを何とか踏ん張り、全身を使って前に振り下ろす。というより落とす。
 ガッ!
 三ツ又の刃が柔らかな土に突き刺さった。備中鍬、だったっけ? 前世の世界でも似たような道具があったなぁ……。
「あらリンド、ふらふらじゃないか」
 そりゃそうだよ! とツッコミを入れる元気もなく、ふらふらなまま鍬を持ち上げる。
 そこからの記憶はない。気づいたら硬い場所に座っていた。口の中には驚くべきことに、前世の米に似た味が残っている。この世界にもあるのだろうか?
(起きたか、カーネル)
 不思議な感動を覚えていると、心の中でかつての大魔王であるレイズが俺に声をかける。俺は未だはっきりしない意識のままレイズに尋ねた。
(……レイズ、俺は何してた?)
(畑仕事だ)
(俺は何年寝てたんだっけ?)
(一年足らずだ)
(俺は今日、何歳になったんだっけ?)
(二歳だな)
(おかしいだろ!)
 ようやく現実にツッコミを入れられた。
(普通二歳児に畑仕事させるか!? やらせるとしても精々軽い荷物運びくらいだろ!?)
 それとも魔界ではこれが普通なのだろうか? 明らかに荷が重すぎると思うんだが。
(させぬだろうな。どう考えても労働力にならん。幼児の世話をする手間が増えるだけだ)
(だよなぁ!?)
(しかしアリーから見たお主は四歳児だからな)
(なんでぇ!?)
 反射的に答えてしまったけど、よく考えても意味が分からない。見た目も二歳児相応だと思うのに!
(我が年齢を偽ったのだ。見た目の問題も、成長が遅いということで納得させることができた)
(どうして年を誤魔化す必要があるんだよ! アルバイトできない苦学生じゃあるまいし!)
(あるばいとできないくがくせい、とやらはよく分からんが、お主、自分の立場を忘れたのか? 世間からしてみたら、今のお主は昏睡しているはずなのだ。それがこんなところで普通に暮らしていると知られてみろ。ガイアたちの努力は水の泡となり、お主は未来の大魔王として身柄を狙われる危険な環境に逆戻りだ。そうなる可能性を少しでも減らすためにも、年齢詐称は当然の行為だ)
(むう……)
 魔界がどれだけ広いのか、また広まったであろう俺に関する情報の多さや速さがどの程度だったのか実感がない以上なんとも言い難いものがあるけれど、少しでも俺の秘密が露見する確率を減らすという意味では間違ってはいない、か。
(……そうだよな。悪い、考えが足りなかった)
(うむ、分かれば良い)
(ちなみに、年齢なんかよりよっぽど正体を明かしてそうなこの右手の紋章については何て説明したんだ?)
(生まれついての痣だと説明した)
(誤魔化せると思ってるのか!?)
(アリーは納得したぞ)
(嘘つけ!)
(嘘ではない。魔族と言えども、全員が魔法に明るいわけではないのだ。アリーもまた、契約という仕組み自体知らないのだろう。それにガイアが言うには、例え契約の証であるということは分かっても、契約相手がかつての大魔王である我だということを判別できる者は少ないそうだ。珍しいことではあるが、幼子が魔物と契約するという事例もあるというし、万が一契約の証だとバレても大きな問題にはならぬさ)
(奇異の視線を集めるだけでも危ないと思うけど……)
 とりあえずこうしてここに置かれている以上、これがかつての大魔王と契約した証だということはバレていないみたいだけど、絶対に怪しまれてるだろ……。
(まあ、正体を隠すために色々としてくれたのは分かったよ。ただ、それでも現状には納得いかない)
 四歳児として見られていたとしても、未就学児(この世界でも六歳頃に小学校のような場所に通うらしい)に働かせていることには変わりない。幼い頃からの過酷な労働は将来に悪影響を及ぼすことくらい分かりそうなものだろうに。それともこの世界ではそうでもないとか? ヴァネッサなんかは五歳児の割にかなり体力がありそうだったけど……。
(労働に関しては、我らがここに留まる上で必要だったのだ)
(そう言えば、どういう流れで俺たちがアリーさんの養子になったのかは聞いてなかったな)
 俺の知ってる範囲では、魔界は結構文化が進んでいる。建物も大きいだけじゃなくて造形に芸術性が見られるし、飲料水や下水などといった衛生面もかなり整っていた。俺の生まれた家が裕福だったからということもあるだろうけど、それだけの文化を持つ国で俺みたいな幼児が農村のような場所に養子に出される事情というのが上手く想像できない。戦時中でもないようだし、一体全体どういう理由で俺はここに留まることになったのだろうか?
(ふむ、まだ休憩時間はあるだろうし、話すことはできるか。良く聞くのだぞ?)
(……分かった)
 今の俺、リンドはどんな過去を背負ってここに来たのか。覚悟を決めて、レイズに先を促す。
(ここの近くに山があってな。良くこの辺りの住民が通うため魔物も少ない場所だ)
(そこに捨てられてた、って設定か?)
 成程? 確かにそれなら自然と、というよりはあまり不自然でなくこの辺りの家の養子になることができるかもしれない。孤児院のような施設に入れられるよりかは正体を隠せるだろうし。
(いや、そこに流れる川を木桶に乗ってドンブラコドンブラコと下ってだな)
(不自然極まりない!)
 こっちの世界にもそんな感じの童話はあるけれども!
(というのは冗談だが、流暢な敬語を駆使し、我らを拾ってくれと誠心誠意頼み込んだわけだ)
(どっちにしろ普通の四歳児が見せる姿じゃないよな……)
 親元を離れているというだけでも十分普通じゃないと思うけども、輪をかけてアブノーマルだ。
(仕方なかろう。普通に捨て置かれたと見なされれば、どこか別の場所に預けられてしまう恐れがあった。その可能性を低くするためには、他人に託すよりも自分で引き取り育てた方が益があるのではないかと思わせることが必要だったのだ)
(それにしたって、敬語はないだろ。片言とは言わないまでも、もうちょっと子供っぽい話し方をすれば良かったんじゃないか?)
(それについては、アリーにただ者ではないと思わせるためだ。まるでおとぎ話の中にいるような存在が目の前に現れたとしたら、その者の言葉に耳を傾けようと思うだろう?)
 言われてみて想像してみる。
 ゲームしている最中、突然画面が光って、光が収まるとそこにはゲームキャラクターそっくりの人物が。
『私と一緒に、世界を救ってください!』
 そう言って手を差し出すキャラクター。さあ、その手を取るか取らないか!
 ……取るだろうなぁ。いや、今の想像が適切な例えかどうかは怪しいけど、現実感が薄まって適切な判断はできなくなるような気はする。
(案の定、アリーは驚いた。そして我は言ったのだ。我が名はリンド。仕事はするからどうか拾ってほしい、とな。するとどうやら、この辺りは若者が都会に出て行き人手が足りていないようでな。アリーは喜んで了承してくれたぞ)
(この労働の原因はお前か!)
 いや分かるけど! 情報の広まりが早そうな都会よりも比較的閉鎖的な農村に身を置いたほうが安全なのは分かるけど! これじゃあ俺が進んで働きたがってるみたいじゃないか!
 というか、リンドってレイズが名乗ったのか。偽名まで前世の苗字に似ているなんて何の因果だろう。
(まあ良いではないか。我らは身を隠しつつ成長するためにもここに留まりたい。あちらは少しでも人手が欲しい。そんなお互いの利害が一致し、良好な関係を築けたのだから)
(本当に良好なのか……?)
 いくら本人の口から出たこととは言え、幼児に働かせるような相手だぞ? このまま搾取されるんじゃ……。
(甘いぞ、カーネル。四歳児程度であれば指示は聞けるし、体もかなり自由に動かせるだろう。であれば、己が食べる分の働きは最低限すべきというものだ)
(働かざるもの食うべからず、か……。理屈は分かるけどな)
 それにしたってもう少し軽い仕事はないのだろうかと思ってしまう。自分の身長よりも大きな鍬なんて、普通ならまともに使えないぞ。
(何も問題はあるまい。我らは普通ではないのだからな。それに今の内から自分の身長と同程度の道具の扱いを学んでおけば、将来大きな武器を扱うことになっても苦労しなくて済むぞ)
(武器って……。レイズは基本魔法を使うんじゃなかったのか?)
(その通りだ。だが武器にも少々憧れがあってな。自分の肉体だけで我が身より大きな道具を操るというのは、この体で経験したのが初めてだったが、中々に楽しかったぞ)
(ああそっか。俺が起きるまではレイズが畑仕事してたんだもんな)
 ん、待てよ? ということはレイズもこの苦しさを味わったってことだよな?
(レイズは辛くなかったのか?)
(辛いことは辛いが、この程度は慣れたものだ)
(へえ、流石は大魔王様)
 大魔王になんてなった後は玉座でふんぞり返っているだけってイメージもまだあったけれど、レイズは語ってくれる武勇伝通り、かなりの修羅場をくぐってきたみたいだ。
(お主も次期大魔王となるからには、この程度の苦難乗り越えて見せよ)
(大魔王になんかならないって。それにこの程度とかいうけれど、こんなこと続けたらいつか絶対に体壊すと思うぞ。体のあちこちに爆弾抱えてさ)
(爆弾? まあ言わんとしていることは理解できるが……ふむ。確かに始めたばかりの頃は、筋肉痛でまともに体を動かせないことも何度かあったな。流石にその時は休みを貰えたが)
(だろう? だから今からでも本当の年齢を言って、こんな重労働はやめさせてもらわないと)
 アリーさん一人に話すだけならそこまでリスクも高くないはずだ。そう考えていたところで、丁度アリーさんがやってきた。
(そういうわけだから、年齢を明かすぞ)
(……健康には代えられぬか)
 よし、レイズの許可も下りた。後はアリーさんを説得……いや、それは難しいか。納得してもらうしかないな、うん。
「アリーさん」
「リンド、喜びな。誕生日プレゼントが届いたよ!」
 いざ打ち明けようとしたとき、アリーさんが満面の笑みで話しかけてきた。
「プレ、ゼント?」
「そうさ。ほら!」
 そう言って目の前に差し出されたのは、小さなスコップのようなものだった。
「リンドは四歳になっても体が小さいままだからねぇ。けどこれなら、リンドでも扱えるだろう?」
「あ、はい……」
「さあ、早速それを使ってみな!」
 アリーさんに促されるまま、畑に足を入れる。そしてまだ土が掘り起こされていない部分にスコップを入れた。
「おお」
 回数を重ねる必要はあるけれど、二歳児の体でもどうにか土を掘ることができた。これなら俺でも、と考えたところでハッとする。
「うんうん。これなら作業も捗りそうだね」
(うむうむ。これなら年齢を明かす必要もなさそうだな)
(うう……。結局働かないといけないのか)
 そんなこんなで、晴れて二歳児になった俺は早くも勤労の義務を課せられたのだった。
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