転生して一歳児の俺が未来の大魔王として担ぎ上げられたんだけどこれなんて無理ゲー?

東赤月

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一歳児編

もりのあくまさん

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 こりゃ無理ゲーだ。リセットリセット。
 なんてことは現実じゃできないので、せめてできることはしよう。そんなどこか投げやりな気持ちで森の中を進んでいく。
 まあ焦ったところで余計に体力を使うだけだしな。だったらいっそ楽しんでいこう。ははっ。
「カーネルさま、だいじょうぶ?」
 ヴァネッサに声をかけられ、飛び上がりそうになった。そこで俺はようやく、自分が震えていたことに気づく。
「だ、だいじょぶ!」
「カーネルさま、むりはいけませんわ」
「早く、どこか休めるところをさがさないと……」
 前を歩く二人も表情に疲れが見える。頼れる大人もいない中、ずっと周囲を警戒しながら進んでいるんだ。三人も相当消耗してるだろうに、それでもこうして俺のことを気遣ってくれている。怖がってばかりの自分が恥ずかしくなった。
 俺は深く呼吸をする。落ち着こう。冷静になるんだ。そう自分に言い聞かせて、周りに目を遣る。
「……っ」
 薄暗い森。言葉にしてしまえばありきたりだが、一歳児の身で迷いこんだそこは、死の森とでも形容できそうなほど恐ろしい場所だった。ぬかるみは足を取ろうとし、背の高い草は視界を遮り、静かに立ち並ぶ木々は空を覆って光を奪う。微かに風が吹けば、淀んだ空気が亡霊の手のように首筋を撫で、揺れる葉の音が暗鬼を生み、腐葉土の香りが死を意識させる。
 次の瞬間には、音もなく近づいてきた獣に喉元を裂かれるのではないか。そんな恐怖が常につきまとい、ともすれば狂って叫び出しそうにさえなる。辛うじてそうならないのは、ひとえに孤独でないからだった。
(流石のお主も、相当参ってるようだな)
(……ああ。前世じゃ安全なところから傍観してただけだったからな。逆にレイズは、どうしてそんなに冷静なんだ?)
(ふむ、何故だろうな。案外なんとかなると思っておるのかもしれぬ)
(しれぬって、レイズ自身のことだろ)
(我も不思議なのだ。命の危険であることは分かっておるのだが、全く絶望感というものがない。昔は我を忘れるほど恐怖していたのだがな)
(レイズにも、命の危険が迫った時があったんだな)
 少し、いやかなり意外だった。武勇伝ではいつも余裕で敵を倒すようなことを言っていたのに。
(うむ、何度か経験したな。その時は決まって、全身が灼かれるような悔しさと心根まで凍てつくような無力感を味わった。しかし今は違う。こんなことは初めてだ)
(……何にしろ、レイズが冷静で助かるよ)
 おかげで俺も、我を失わずに済む。
(左だ!)
「っ!」
 俺は弾かれたように左を見る。そこでは背の高い草が伸びているだけだったが、それならわざわざレイズが伝える必要はない。
「カーネルさま?」
「そちらになにか?」
 近くの二人が俺の視線を追ったところで、何かが草をかき分ける音が聞こえ始めた。
「三人とも、どうしたの?」
「な、なにかくる!」
「にげますわ!」
 俺たちは一目散に駆け出した。今の俺たちじゃどんな相手でも勝機はない。三人もそう思っているのか、全員すぐに逃げることを選択できた。
「カーネルさま!」
 足の速いヴァネッサが俺を抱える。この子も疲れているのに、自分がお荷物になってしまっている状態が心苦しい。けれどおかげで、追跡者の姿を見ることができた。
 それは、小犬ほどの大きさのネズミだった。黒に近い緑色の体毛は、この薄暗い森の中で身を隠すにはうってつけだろう。大きさと色以外は前世のネズミと大差なく、丸い耳やヒクヒクと動く鼻に合わせて揺れるヒゲは、昔図鑑で見たドブネズミを思い出させる。
(低級の魔物だな)
(魔物、あれが……)
 こっちの世界の本の中ではよく出てきたけれど、本物は初めて見た。などと観察していると、こちらに向かう魔物と目が合う。ぞくりと背筋が震えた。
 俺は今、あの魔物に獲物として見られている。命を刈り取ってやるという明確な殺意を向けられている。そんな自覚が、原始の恐怖を呼び起こしたようだった。
 もしも追いつかれたら。そう考え出した頭の中では最悪の光景が描かれていく。
 しかし意外にも互いの距離は縮まらない。俺と遊んでいた時は実力を隠していたのか火事場の馬鹿力なのかは分からないけれど、三人はかなりの速さで走り続けている。もしかしたら、このまま逃げ切れたり――
「きゃっ!」
「メアリー!?」
 不意にそんな声が聞こえたと思った次の瞬間、倒れたメアリーが視界に映る。何かにつまずいて転んだようだ。
「早く立って!」
「わたくしのことはいいですわ! カーネルさまを!」
「で、でも……」
 顔に土をつけたメアリーが必死な表情で自分を見捨てろと叫ぶ。ヴァネッサは動かない。魔物が迫る。
 俺は、何もできない――
「動くな!」
 今まさにメアリーに飛び掛かろうとした魔物に、飛来してきた光の球が当たった。光の球は小さな爆発音を発して消え、耳障りな声を上げる魔物の体が宙を舞う。
「っ……!」
 光の球が飛んできた方を見ると、こちらに手を向ける黒髪の男の人がいた。薄手の鎧のようなものを身につけたその人の頭には、立派な角が二本生えている。
「あくまぞく……」
 エリーゼがぽつりと呟いた。
 悪魔族とは、魔族として括られている種族の一つを指す言葉だ。頭の角が特徴で、高い水準の体力と魔力を持っているらしい。社交パーティーで何人か見たことがあった。
「怪我はねえか?」
 悪魔族の男の人が近づいてくる。
「来ないで!」
 その歩みが、エリーゼの声で止まった。
「あなた、だれ?」
「………………」
 男の人の表情が僅かに歪む。その身なりは、俺たちの護衛のものとは違った。転移魔法を仕掛けた何者かがいることは間違いないこの状況で、転移先の森の中で出会った見ず知らずの相手を警戒するのは当然だ。
 けれど、
「えりぜ、ダメ」
「ん?」
「か、カーネルさま?」
「ダメ」
「で、でも……」
 言いよどむエリーゼを置いて、ヴァネッサの肩を軽く叩いて降ろしてもらう。そして自ら男の人に近づくと、深く頭を下げた。
「ありがと!」
「あ、ありがとうございます!」
「ありがとうございます、ですわ……」
「……ありがとう、ございます」
 俺に続いて、三人もお礼の言葉を口にする。顔を上げると、男の人は小さく笑みを浮かべていた。
「なんだ? 一番小さいお前が上なのか? 面白ぇガキ共だな」
 男の人は俺たち四人に一通り目を向ける。
「ふぅん、まあいいや。それで? お前らなんでこんなところにいるんだ?」
「かねる、まよた」
「まよた? ああ、迷ったのか。なら出口まで送ってってやるよ。ついてきな」
「ありがと!」
 俺が男の人のあとをついていくと、躊躇いがちではあるが、お世話役の三人も反対せずについてきてくれた。もし俺が普通の一歳児だと思われていたら、確実に待ったがかかっていただろう。日頃から賢さを見せてきたことが、まさかこんなところで役に立つとは。
(良いのか? こんな素性も分からぬ男についていくなど)
(ああ。確かに素性は分からないけど、敵じゃないみたいだからな)
 少なくとも、転移魔法を仕掛けた相手じゃないだろう。俺たちの命を奪うつもりなら助けたりしないだろうし、誘拐するつもりなら転移先で待ち構えていればいい。
 それとは全く関係ない人が誘拐しようとしたとかだったらどうしようもないけど、その時はその時だ。この人がその気になれば、俺たちじゃろくに抵抗できないんだし。
 逆にここでこの人と別れたら、いよいよどうしようもなくなる。さっきの逃走劇でかなり体力を使った三人じゃ、次に魔物に襲われたとき、逃げきることは難しいだろう。助けを待つにしても、薄暗い森の中じゃ捜索だってすぐには来れないだろうし、そもそも俺たちがこの森の中にいること自体分かってない可能性もある。もたもたしているうちに日が暮れでもしたらゲームオーバーだ。
 今日が無ければ明日はない。今直面している危機を乗り越えるためなら、多少のリスクは受け入れなければ。
(それに、助けてくれたお礼がしたいんだ。ガイアさんに説明すれば、何かご褒美を渡せるかもしれない)
(ふっ、義理堅いのだな)
 当然だ。なんたって、命の恩人なんだから。
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