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一歳児編
お世話役になるのは?
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「カーネルさま、あたしをおせわやくにしてくれるよね?」
真正面から詰め寄るヴァネッサから顔を背ける。
「カーネルさま、どうかわたしをえらんでください」
俺の左で頭を低くしたエリーゼから顔を背ける。
「カーネルさま、わたくし、せいしんせいいおつかえしますわ!」
右側から俺の手を取るメアリーから顔を背ける。天井を向く俺を、三人が覗きこんだ。
「うーん、まだきめてくれない……」
「あせっちゃダメ。えらんでくれるきになるまでまつの」
「こうしてわたくしたちをためしていますのね。のぞむところですわ!」
おかしい。どうしてこの子たちはこんなに粘るんだ。それも強引に決めさせようとしたり、互いに喧嘩したりするでもなく、お世話役になることを強く希望した上で俺が選択するのを待っている。これじゃあ何もできないじゃないか。
(くくっ、どうするのだ? カーネルよ)
(……どうもしないよ。三人の限界がくるまで、誰も選ばない。最初に決めたとおりだ)
そう自分にも言い聞かせるけど、実はかなりしんどかった。時間の流れがやけにゆっくりと感じられる。
これはゲームで言うところのあれか。誰も選ばないという選択肢も用意されてはいるが、それを選ぶとMP的な忍耐力にまつわる何かがどんどん減っていって、やがては誰かを選ばざるを得ない状況にまで追い込まれるやつか。
上等だ! 意思の力じゃどうにもならないゲームとは違うんだ。このくらい耐えきって見せてやる!
きっともうすぐ昼の時間だ。昼になりさえすれば、昼食、昼寝、寝起きの連鎖で凌げる。早く来い……!
「……きょうはえらんでくれないのかな?」
「べつにいい。あしたもあさっても、ここにいればいいんだから」
「とうぜんですわ! カーネルさまがえらぶまで、なんにちでもまちますわ!」
「あ、あたしだって! なんねんでもまてるもん!」
三人は絶望の言葉を放った! カーネルのMPが大幅に削られた!
何故だ。何がこの子たちをそうさせるんだ。親に言われたってだけでここまでするものなのか……!?
こんな日々が続くくらいなら、いっそ誰かを選んだ方が良いのでは。ふと浮かんだそんな考えを、頭を振って追い払う。
とりあえずは今日だ。今日を乗り切ることだけを考えよう。相手は子供なんだ。明日になれば気が変わる可能性だって大いにある!
(世話役の一人や二人が付く程度で何をそんなに嫌がっておるのだ。さっさと決めてしまえばよかろう)
(何度も言うけど、俺は自由が欲しいんだ。お世話役なんてついたら、どこに行くにも絶対にその相手が付きまとうことになるだろ。そんなの願い下げだ)
(それが何だと言うのだ。そんな存在がいようがいまいが、好きに振る舞えば良いだけの話だろう。世話役といっても所詮は従者だ。お主が自由を重んじると分かれば、お主の行動に口出しすることもなくなるはずだ)
む、一理あるような……。
(いや駄目だ。こんな幼い内から妥協してたら、どんどん逃げ道が無くなるに決まってる!)
逆に早いうちから俺に見切りをつけてもらえば、その分早く自由への道が開かれるはずだ。今この時の行動が、俺の未来を左右するんだ! そう強く自分に言い聞かせる。
「カーネルさま、なんかがまんしてるみたい」
「もしかして、おトイレ?」
「ふふ、そういうところはふつうですのね」
「ならあたしがつれてく!」
「そんなのダメ。ずるい」
「そうですわ! びょーどーにさんにんでいくのですわ!」
悪夢か。
「あれ、すごいいきおいでくびをふってる」
「ちがったみたいね」
「がまんはよくありませんわよ? いきたいときはすぐにいってくださいまし」
危なかった……。危うくMPを枯渇させられるところだったけど、どうにか回避できたみたいだ。それでもかなり減ったけど。
しかし参ったな。下手に動くと今度こそ悪夢が再現されるし、かといってじっとしているのは精神的にキツい。どうにか気を紛らわせないものか……。
(そうだレイズ、いつもの武勇伝を聞かせてくれないか?)
延々と続くあの話を聞いていれば、いつの間にか時間が経っているに違いない。
(ほう、我の話を聞きたいとな?)
(ああ。今すぐにでも聞きたいな)
(断る)
(えっ)
な、何故だ!? いつもは頼みもしないのに話しかけてくるくせに、頼んだら話さないなんて! お前は天の邪鬼か!
(お主はいつも我の話を聞いておらぬではないか。今だってこの三人から意識を逸らしたいだけで、本気で聞く気はあるまい。そのような相手に話すことなどあるものか)
(そんな!)
頼む! 全く感情が込められていない『すごいね』以外の感想もあげるから!
(それに我慢すると決めたのはお主だろう? ならば我の力を借りずとも、この程度のこと乗り越えて見せよ)
(くっ……)
確かに、レイズの言う通りだ。耐えてみせると決めたのだから、誰かに頼らずとも最後まで耐えてやる!
「そういえばさ、おせわやくになったらなにをするかってしってる?」
「カーネルさまといっしょに、べんきょうしたりする、とおもう」
「ごはんやおふろもいっしょなのかしら?」
「あ、おふろいいなー! いっしょにたくさんうんどーして、いっしょにおふろにはいってみたい!」
「カーネルさまと、おふろ……」
「いいですわね! きれいにあらってさしあげませんと!」
地獄か。
駄目だ……! こんな恐ろしい会話を聞いていたらMPがもたない……! 一刻も早く気を紛らわす手段を探さなければ……!
苦境を脱するべく、俺は推理ゲームプレイ時並に頭を回転させる。
どうにか没頭できる何かを見つけなければならないが、その選択肢は限られる。というのも、それがお世話役候補の中の特定の誰かと結びつくような行動は、その子との思い出が根強く残っていると捉えられかねないため、迂闊に選択できないからだ。
つまり、ヴァネッサとしかしてない運動、エリーゼといた時にしかしなかった積み木、メアリーが持つゲーム、これら全てが選択肢から外れる。
となれば、残されたものは一つ。すなわち読書だけだ。
だがそれでも問題は残る。例えば『よわむしまおうさま』ならヴァネッサといった風に、その子といた時に読んだ本は選べない。該当する本を除外してもまだ何冊かは残るが、それを知っているのは当然俺だけだ。三人の誰かに頼んでも、そう言えばこの本も読んでいた、などと変に気を利かす可能性があるため、俺が自ら手に取る必要がある。
しかしそのためには、俺を囲むこの三人を振り切らなければならない。本棚に辿り着く前に捕まり、俺が本を欲していると悟られては、じゃあ持ってきてあげる、となってゲームオーバーだ。ハイスピード・ハイハイでもメアリーに追いつかれたし、普通に本棚へと向かうのではなく、何か戦略を立てなければ。
本棚の位置は右斜め前方、距離およそハイハイ三十歩。不意を突けば多少は進めるが、それでも追いつかれるだろう。無駄に広い部屋が恨めしい。
……見せるしかないか。あれを……。
「あ!」
「え?」
「た、たてますの?」
三人に囲まれながら、俺はゆっくりと立ち上がった。よし、期待通り、皆俺が立つのを見守るだけだ。三人とも不思議と俺の意思を重んじてくれているみたいだからな。
そしてここから!
「あ、あるいたよ!」
「すごい。とてもあんていしてる」
「さすがはカーネルさまですわ!」
俺が歩き始めると、ヴァネッサは道を空けてくれる。計算通りだ。次期大魔王(予定)といっても、見た目は一歳児。そんな幼児が自分の力で歩こうとするのを邪魔することなど、三人にはできない。
いいぞ、あとはこのまま……!
「あ、もしかして、あたしとおいかけっこしたいのかな?」
しかし歩き出してすぐもしないうちに、ヴァネッサがそんなことを言い出した。
「ほらほら、あたしはこっちだよ!」
「ず、ずるいですわ! カーネルさま、わたくしのほうに!」
「……でも、ぜんぜんちがうほうにあるいてるよ」
ぐっ! 早くも俺の狙いが推理されそうになっている。一応声のした方には顔を向けているけれど、ここで足を止めるわけにはいかない。頼む、もう少しだけ待っていてくれ……!
「ほんとだ。じゃあなんだろ?」
「たぶん、本をよみたいんじゃない?」
「ならわたくしが――」
くそ、ここまでか!
祈りが届かなかった俺は最終手段をとる。
「わわっ!」
「はしった!?」
「あぶないですわ!」
三人の声を背に受けながら、俺は本棚に向かって一目散に走った。間に合えっ!
「あ」
本棚まであと数歩といったところでつまずいた。体が前に倒れていく。
駄目か……。数える程度しか練習してなかったしな……。いやしかし待てよ、ここで転んでウソ泣きすれば――
「わっ!」
そう考えた矢先、突然後ろから誰かに捕まった。倒れかけた体が後ろに引き戻され、誰かに抱えられたまま座り込む。
「カーネルさま、だいじょうぶ!?」
顔を上げると、俺を覗きこむヴァネッサと目が合った。
「あ、りがと」
「よかったぁ」
ヴァネッサが安堵したように笑う。
って、しまったぁ! 泣き真似をするはずがついお礼を言ってしまったぁ!
というかヴァネッサ速くないか? 最後に見た場所からここまでの距離をもう縮めるなんて。どちらかといえばメアリーの方が近かったぞ?
いや、分析している場合じゃない! 今すぐにでもウソ泣きを――
「もう、おふざけがすぎますわよ、カーネルさま」
すると今度は、正面に立ったメアリーに抱きかかえられた。
あれ? なぜだろう。体から力が抜けていくような……。
(ほう、こやつ、夢魔の血が流れておるのか)
(夢、魔……?)
レイズの言葉がどこか遠く聞こえる。そう言えば、RPGの敵キャラでそんなのがいたっけ?
(幻を見せたり、眠気を誘う術に長けた種族だ。もっとも、我には通用しなかったがな)
(眠気を誘う……? ということはまさか……)
(ああ。無自覚だろうが、お主に対して術を使っておるな)
やっぱりか! まずいぞ。自分で寝るなら問題ないけど、お世話役候補の誰かにあやされて寝るというのは大問題だ。絶対に避けなければ!
「あ、あばれちゃダメですわ!」
「あたしもささえるよ!」
「本なら、わたしがよんであげる」
どうにか拘束から逃れようとする俺の目に、エリーゼが取り出した本が映る。
そ、それは、いつも寝る前にウィンさんが読んでくれていた本!
止める間もなく、エリーゼは俺に絵本を見せながら朗読を始める。日々の積み重ねというのは恐ろしいもので、話が始まった瞬間から、俺の頭は就寝モードに切り替わった。
(おおカーネルよ、眠ってしまうとは情けない)
どこか楽しげなレイズの言葉を最後に、俺の意識は沈んだ。
真正面から詰め寄るヴァネッサから顔を背ける。
「カーネルさま、どうかわたしをえらんでください」
俺の左で頭を低くしたエリーゼから顔を背ける。
「カーネルさま、わたくし、せいしんせいいおつかえしますわ!」
右側から俺の手を取るメアリーから顔を背ける。天井を向く俺を、三人が覗きこんだ。
「うーん、まだきめてくれない……」
「あせっちゃダメ。えらんでくれるきになるまでまつの」
「こうしてわたくしたちをためしていますのね。のぞむところですわ!」
おかしい。どうしてこの子たちはこんなに粘るんだ。それも強引に決めさせようとしたり、互いに喧嘩したりするでもなく、お世話役になることを強く希望した上で俺が選択するのを待っている。これじゃあ何もできないじゃないか。
(くくっ、どうするのだ? カーネルよ)
(……どうもしないよ。三人の限界がくるまで、誰も選ばない。最初に決めたとおりだ)
そう自分にも言い聞かせるけど、実はかなりしんどかった。時間の流れがやけにゆっくりと感じられる。
これはゲームで言うところのあれか。誰も選ばないという選択肢も用意されてはいるが、それを選ぶとMP的な忍耐力にまつわる何かがどんどん減っていって、やがては誰かを選ばざるを得ない状況にまで追い込まれるやつか。
上等だ! 意思の力じゃどうにもならないゲームとは違うんだ。このくらい耐えきって見せてやる!
きっともうすぐ昼の時間だ。昼になりさえすれば、昼食、昼寝、寝起きの連鎖で凌げる。早く来い……!
「……きょうはえらんでくれないのかな?」
「べつにいい。あしたもあさっても、ここにいればいいんだから」
「とうぜんですわ! カーネルさまがえらぶまで、なんにちでもまちますわ!」
「あ、あたしだって! なんねんでもまてるもん!」
三人は絶望の言葉を放った! カーネルのMPが大幅に削られた!
何故だ。何がこの子たちをそうさせるんだ。親に言われたってだけでここまでするものなのか……!?
こんな日々が続くくらいなら、いっそ誰かを選んだ方が良いのでは。ふと浮かんだそんな考えを、頭を振って追い払う。
とりあえずは今日だ。今日を乗り切ることだけを考えよう。相手は子供なんだ。明日になれば気が変わる可能性だって大いにある!
(世話役の一人や二人が付く程度で何をそんなに嫌がっておるのだ。さっさと決めてしまえばよかろう)
(何度も言うけど、俺は自由が欲しいんだ。お世話役なんてついたら、どこに行くにも絶対にその相手が付きまとうことになるだろ。そんなの願い下げだ)
(それが何だと言うのだ。そんな存在がいようがいまいが、好きに振る舞えば良いだけの話だろう。世話役といっても所詮は従者だ。お主が自由を重んじると分かれば、お主の行動に口出しすることもなくなるはずだ)
む、一理あるような……。
(いや駄目だ。こんな幼い内から妥協してたら、どんどん逃げ道が無くなるに決まってる!)
逆に早いうちから俺に見切りをつけてもらえば、その分早く自由への道が開かれるはずだ。今この時の行動が、俺の未来を左右するんだ! そう強く自分に言い聞かせる。
「カーネルさま、なんかがまんしてるみたい」
「もしかして、おトイレ?」
「ふふ、そういうところはふつうですのね」
「ならあたしがつれてく!」
「そんなのダメ。ずるい」
「そうですわ! びょーどーにさんにんでいくのですわ!」
悪夢か。
「あれ、すごいいきおいでくびをふってる」
「ちがったみたいね」
「がまんはよくありませんわよ? いきたいときはすぐにいってくださいまし」
危なかった……。危うくMPを枯渇させられるところだったけど、どうにか回避できたみたいだ。それでもかなり減ったけど。
しかし参ったな。下手に動くと今度こそ悪夢が再現されるし、かといってじっとしているのは精神的にキツい。どうにか気を紛らわせないものか……。
(そうだレイズ、いつもの武勇伝を聞かせてくれないか?)
延々と続くあの話を聞いていれば、いつの間にか時間が経っているに違いない。
(ほう、我の話を聞きたいとな?)
(ああ。今すぐにでも聞きたいな)
(断る)
(えっ)
な、何故だ!? いつもは頼みもしないのに話しかけてくるくせに、頼んだら話さないなんて! お前は天の邪鬼か!
(お主はいつも我の話を聞いておらぬではないか。今だってこの三人から意識を逸らしたいだけで、本気で聞く気はあるまい。そのような相手に話すことなどあるものか)
(そんな!)
頼む! 全く感情が込められていない『すごいね』以外の感想もあげるから!
(それに我慢すると決めたのはお主だろう? ならば我の力を借りずとも、この程度のこと乗り越えて見せよ)
(くっ……)
確かに、レイズの言う通りだ。耐えてみせると決めたのだから、誰かに頼らずとも最後まで耐えてやる!
「そういえばさ、おせわやくになったらなにをするかってしってる?」
「カーネルさまといっしょに、べんきょうしたりする、とおもう」
「ごはんやおふろもいっしょなのかしら?」
「あ、おふろいいなー! いっしょにたくさんうんどーして、いっしょにおふろにはいってみたい!」
「カーネルさまと、おふろ……」
「いいですわね! きれいにあらってさしあげませんと!」
地獄か。
駄目だ……! こんな恐ろしい会話を聞いていたらMPがもたない……! 一刻も早く気を紛らわす手段を探さなければ……!
苦境を脱するべく、俺は推理ゲームプレイ時並に頭を回転させる。
どうにか没頭できる何かを見つけなければならないが、その選択肢は限られる。というのも、それがお世話役候補の中の特定の誰かと結びつくような行動は、その子との思い出が根強く残っていると捉えられかねないため、迂闊に選択できないからだ。
つまり、ヴァネッサとしかしてない運動、エリーゼといた時にしかしなかった積み木、メアリーが持つゲーム、これら全てが選択肢から外れる。
となれば、残されたものは一つ。すなわち読書だけだ。
だがそれでも問題は残る。例えば『よわむしまおうさま』ならヴァネッサといった風に、その子といた時に読んだ本は選べない。該当する本を除外してもまだ何冊かは残るが、それを知っているのは当然俺だけだ。三人の誰かに頼んでも、そう言えばこの本も読んでいた、などと変に気を利かす可能性があるため、俺が自ら手に取る必要がある。
しかしそのためには、俺を囲むこの三人を振り切らなければならない。本棚に辿り着く前に捕まり、俺が本を欲していると悟られては、じゃあ持ってきてあげる、となってゲームオーバーだ。ハイスピード・ハイハイでもメアリーに追いつかれたし、普通に本棚へと向かうのではなく、何か戦略を立てなければ。
本棚の位置は右斜め前方、距離およそハイハイ三十歩。不意を突けば多少は進めるが、それでも追いつかれるだろう。無駄に広い部屋が恨めしい。
……見せるしかないか。あれを……。
「あ!」
「え?」
「た、たてますの?」
三人に囲まれながら、俺はゆっくりと立ち上がった。よし、期待通り、皆俺が立つのを見守るだけだ。三人とも不思議と俺の意思を重んじてくれているみたいだからな。
そしてここから!
「あ、あるいたよ!」
「すごい。とてもあんていしてる」
「さすがはカーネルさまですわ!」
俺が歩き始めると、ヴァネッサは道を空けてくれる。計算通りだ。次期大魔王(予定)といっても、見た目は一歳児。そんな幼児が自分の力で歩こうとするのを邪魔することなど、三人にはできない。
いいぞ、あとはこのまま……!
「あ、もしかして、あたしとおいかけっこしたいのかな?」
しかし歩き出してすぐもしないうちに、ヴァネッサがそんなことを言い出した。
「ほらほら、あたしはこっちだよ!」
「ず、ずるいですわ! カーネルさま、わたくしのほうに!」
「……でも、ぜんぜんちがうほうにあるいてるよ」
ぐっ! 早くも俺の狙いが推理されそうになっている。一応声のした方には顔を向けているけれど、ここで足を止めるわけにはいかない。頼む、もう少しだけ待っていてくれ……!
「ほんとだ。じゃあなんだろ?」
「たぶん、本をよみたいんじゃない?」
「ならわたくしが――」
くそ、ここまでか!
祈りが届かなかった俺は最終手段をとる。
「わわっ!」
「はしった!?」
「あぶないですわ!」
三人の声を背に受けながら、俺は本棚に向かって一目散に走った。間に合えっ!
「あ」
本棚まであと数歩といったところでつまずいた。体が前に倒れていく。
駄目か……。数える程度しか練習してなかったしな……。いやしかし待てよ、ここで転んでウソ泣きすれば――
「わっ!」
そう考えた矢先、突然後ろから誰かに捕まった。倒れかけた体が後ろに引き戻され、誰かに抱えられたまま座り込む。
「カーネルさま、だいじょうぶ!?」
顔を上げると、俺を覗きこむヴァネッサと目が合った。
「あ、りがと」
「よかったぁ」
ヴァネッサが安堵したように笑う。
って、しまったぁ! 泣き真似をするはずがついお礼を言ってしまったぁ!
というかヴァネッサ速くないか? 最後に見た場所からここまでの距離をもう縮めるなんて。どちらかといえばメアリーの方が近かったぞ?
いや、分析している場合じゃない! 今すぐにでもウソ泣きを――
「もう、おふざけがすぎますわよ、カーネルさま」
すると今度は、正面に立ったメアリーに抱きかかえられた。
あれ? なぜだろう。体から力が抜けていくような……。
(ほう、こやつ、夢魔の血が流れておるのか)
(夢、魔……?)
レイズの言葉がどこか遠く聞こえる。そう言えば、RPGの敵キャラでそんなのがいたっけ?
(幻を見せたり、眠気を誘う術に長けた種族だ。もっとも、我には通用しなかったがな)
(眠気を誘う……? ということはまさか……)
(ああ。無自覚だろうが、お主に対して術を使っておるな)
やっぱりか! まずいぞ。自分で寝るなら問題ないけど、お世話役候補の誰かにあやされて寝るというのは大問題だ。絶対に避けなければ!
「あ、あばれちゃダメですわ!」
「あたしもささえるよ!」
「本なら、わたしがよんであげる」
どうにか拘束から逃れようとする俺の目に、エリーゼが取り出した本が映る。
そ、それは、いつも寝る前にウィンさんが読んでくれていた本!
止める間もなく、エリーゼは俺に絵本を見せながら朗読を始める。日々の積み重ねというのは恐ろしいもので、話が始まった瞬間から、俺の頭は就寝モードに切り替わった。
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