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第一部

拝謁

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「久しぶりだな。ミキモト」

 玉座に座ったフルグラが、ミキモトを見下ろしながら言った。

「久しぶりっていうか、ほぼ、はじめましてっていうか。あ、ストラリアでは、お世話になりました」

 ミキモトは、ぺこりと頭を下げた。

「……いや、別に世話などしていない」
「あれは、俺を助けるためにやってくれたんだよね」

「なんの話だか分からんな。そんなことよりも、だ。私を倒しに来たのか?」
「いや。今すぐここから逃げてほしい」

「どういうことだ」
「フレークという勇者のパーティが、おそらく、もうすぐやって来る。あんたも知ってるだろう。世界中の魔物を全滅させちまったパーティだ。多分、あんたも倒されちまう」

 フルグラは言葉を発さない。

「せめて、今生き残っている魔物だけでも連れて、どこかへ逃げてくれ!」

 言いながら、ミキモトは背後を振り返った。しかし、そこにマサムネ達の姿はなかった。どうやら、玉座の間の中までは、入ってこなかったようだ。

 フルグラは力なく笑う。

「魔王に対して、逃げてくれとは、おかしな勇者も居たものだな。なぜ、私に逃げてほしいのだ」
「俺は、魔物に滅んでほしくないんだ。だから、あんたにも死なれちゃ困る。俺は、人間と魔物は、上手くやれるんじゃないかと思ってる。実際、魔物が勇者パーティ以外の人間を殺してるところを、俺は見たことがない。まあ、魔物自体をほとんど見てないんだけど」

「奇遇だな」
「え」

「私も、そう思っている」




「音が、んだ……」

 ある勇者が独りごちた。魔王城の中から、絶え間なく聞こえていた、轟音――魔物達の足音が聞こえなくなったのだ。

「まさか、魔王が倒されたのか」

 もうひとりの勇者も、驚きの声をこぼした。

 しばらくの間、2人の勇者が顔を見合わせていると、魔王城の門が開き、中から、女性を抱きかかえた勇者と、そのパーティメンバーが姿を現した。

「お前は、フレーク!」

「あれ。あなた達、まだそこに居たんですか」
「まさか、お前、魔王を倒したのか?」

「はい」

 フレークは、微笑みながらうなずいた。

「魔王城の中の魔物も、1匹残らず消え去りました。世界は平和になったんです」
「そ、その女性は」

「ストラリアの姫、アキナです」

 フレークに抱えられたまま、アキナが応えた。

「俺はこれから、ストラリアまでアキナ姫を届け、王様に、魔王討伐のご報告をして来ます」

 そう言って歩き出したフレークに、片方の勇者が声をかける。

「サイクロプスを3体連れた勇者とすれ違わなかったか? 少し前に入っていったんだが」

「いえ。見かけませんでした」

「そうか。やっぱり全滅しちまったのかなぁ」

 立ち去るフレークの背中を見送りながら、2人の勇者は立ち尽くし、やがて口を開いた。

「そうか。魔王は倒されたんだ」
「戦いは終わったんだ。もう、勇者は不要だな」

 2人の勇者の装備品と、パーティメンバー達は消え去った。彼らは、勇者をやめた。




「あれが、魔王を倒した勇者か!」
「実際、魔王を倒したのは、勇者以外の3人らしいぜ!」
「ザクロ様、しびれるー!」
「アキナ様、可愛いー!」

 俺は、アキナを抱きかかえたまま、ストラリアの町の大通りを歩いていた。通りの両脇には、大勢の町の人々が立ち並び、口々に、感謝や喜びの言葉を発している。

 まさしく、勇者の凱旋がいせんといった雰囲気だ。もっとも、ここは、俺の故郷でもなんでもないので、凱旋がいせんという表現は正しくないのだろうが。

 もし本当に、俺が、魔王を倒した勇者だったなら、さぞかし晴れやかな気分で歩けたことだろう。しかし、実際には、晴れやかどころではなく、かつてないほどの緊張感に支配されている。

 このまま、だまし切れるのだろうか。

 アキナは、群衆に向けて、満面の笑みでピースサインを返している。この女は、本当に肝が据わっているな。
 俺の笑顔は、不自然ではないだろうか。

 水の張られたほりの脇を進み、左に折れて、橋を渡ると、ストラリア城は目前だ。
 俺の目の前で、兵士達が城門を開け、歓迎の意を表している。

「勇者フレーク、バンザイ!」
「さあ、早く王様のところへ!」

 城門を通り過ぎる俺に、両脇から、兵士達が口々に言った。

 俺は、城内に足を踏み入れると、正面の通路を進み、赤絨毯あかじゅうたんの敷かれた階段を上った。
 2階に上がると、正面の扉が、4人の衛兵によって開放されており、その奥に玉座が見えた。

「勇者フレーク、どうぞ中へ!」

 個人的には、ここが、最大の山場だと思っている。はたして、王は、俺が勇者じゃないことに気づかないだろうか。

 玉座の間に足を踏み入れる前に、抱きかかえていたアキナを下ろした。

「えー、下ろしちゃうのー?」

 アキナは不満げな声をあげた。

「抱っこしたまま王の前に行くってのは、ちょっと気まずい」
「変なところで遠慮するのねえ。魔王を倒した勇者なんだから、堂々と抱っこしていけばいいのに」

 アキナは俺の肩を叩く。

 俺が先に玉座の間に入り、アキナがそれに続き、その後ろにザクロ達が続いた。全員が玉座の間に入ると、背後で扉が閉められた。

「おお! アキナ!」

 2つ並んだ玉座の、左の玉座に座っていた王様が声を上げた。そのかたわらに立つ、初老の男性も、こちらに笑顔を向けている。

 俺は、ドキドキしながらも足を進め、王の手前、10メートルほどのところで、ひざまずいた。

 王の前での礼儀とか、正直、よく分からないが、このくらいの距離で、こうしておけば、多分、大丈夫だろう。

「勇者フレークよ! 魔王を倒し、アキナを救ったとのしらせ、すでに聞き及んでおる。大儀であった」

「は」
「すまぬが、ひとつ確認させてくれぬか」

 緊張が高まる。
 これは、何か疑われているのだろうか。

「はい。なんなりと」
「お主、どこの生まれだ」

「ザンパの村です」
「おお、あそこはよいところだ。わしも何度か訪れたことがある。風流じゃった」

 王は笑顔で応えた。
 よかった。大丈夫だったか。一応、その辺の設定は考えてあったのだ。

「光栄です」

 次の瞬間、王が、何か不自然な動きをしたように見えたが、それがなんなのか、具体的には分からなかった。
 緊張のせいで、何かを見間違えただけかもしれない。

 王は、やや険しい目つきになったかと思うと、周囲に目配せをしてうなずいた。
 周りの兵士達が、武器を構えて近づいてくる。
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