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第一部

欺瞞

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「ひっ」

 マックは、腰が抜けたのか、その場にへたり込んだ。戦意を喪失してしまったらしい。
 俺は、それを見下ろしながら、近づいた。

「もう少しで、装備が揃うところだったのに、残念でしたね」
「バ、バカな……。なんで……」

 言いながら、マックは、腰に下げていた袋を、隠すように背後にやり、再び口を開く。

るなら早くれ!」

 おそらく、あの袋にはゴールドが入っているのだろう。
 パーティが全滅した場合に、ゴールドが減るようなペナルティがあるのかは分からないが、それでも、ゴールドを全部取られるくらいなら、全滅したほうがましだという判断か。

 俺は、柔らかく微笑む。

「心配しないでください。ゴールドに興味はありません」

 マックは、何か言いたそうに、こちらを見上げている。が、喋らない。

「じゃあ、ここに何をしに来たのか、そう思ってますか? 殺し合いの混乱を利用して、人より少し早くいい装備を手に入れただけで、最強を気取っている、間抜け勇者がどんなやつなのかを、見に来たんですよ」

 マックの顔が歪む。

 正直、俺も、こんなことは言いたくない。襲ってくる勇者を返り討ちにするのは、なんとも思わないが、一方的に、真綿で首を絞めるようなやりかたは、こっちの精神もつらい。
 しかし、上手く行くかどうかは分からないが、これも魔王としてやらなければいけないことだと思っている。

「自慢の斧は、俺のひたいに傷ひとつ付けられない。自慢のよろいは、木の棒ひとつ防げない。ああ、あなたのレイピアも、ひどく柔らかくて、俺の首に刺さりもしませんでしたね」

 マックの目から、光が失せていく。

「あなたみたいな勇者が、魔王を倒せるとは到底思えません。今すぐやめたらどうですか? 安心してください。魔王は俺らで倒しますから」

 さて、このくらいでどうだろう。

 マックは、ガクッとうなだれ、しばらく動かなかった。

 このまま何も起きないようであれば、殺さざるを得ないだろうか。そう思い、俺は、棒を握る右手に、少し力を込めた。

 程なくして、マックの身体からだを保護していた、銀色の防具は消え去り、かたわらに転がっていた、レイピアも消え失せていた。

 気付けば、僧侶の死体も無い。
 視線を広場に向けると、噴水の水は、清らかさを取り戻しており、俺は少しほっとした。

 マックは、勇者をやめたのだ。

「おつかれさまでした」

 俺は、マックの肩を叩いて言ってから、ザクロ達を連れて、広場のほうへと戻ることにした。

 上手くいった。これで、またひとり、脅威になる可能性がある勇者を減らすことができた。

 戦士や僧侶の死体は消え去ったが、彼らはどこに行ったのだろうか。どこかで生き返っているのか、それとも、そのまま消え去るのか。
 消え去るのだとすると、勇者のパーティメンバーというのは、なかなか覚悟の要る役回りだ。

 広場に戻ると、トーマスが駆け寄ってきた。

「おい……すげえな。あんたら」

「いやあ、お見苦しいところをお見せしてしまって」
「どこがだよ。いいもの見せてもらったぜ。あんたら、装備はそんななのに、能力はすげえんだな。一体、どうやってそんなに鍛えたんだよ」

 ザクロが、ここぞとばかりに前に出る。

「愛、かの」
「あ、愛?」

「家族が、互いを守りたいと思う気持ち、家族愛。それがあたしらの強さの秘密じゃて。孫を守るためなら、戦士ひとり吹っ飛ばすくらい、造作もないことじゃよ。ふぉふぉふぉ」
「この子に何かあったらと思うと、心配で心配で。ついつい、棒を振る腕にも、力が入ってしまいました」

 その割には、こいつら、俺の頭に、どでかい斧が振り下ろされるのを、黙って見ていたが。

「まあ、わたしは、こんなバカな弟、どうなってもいいんだけど」

 ブラックデーモン達の悪ノリがエスカレートしている気がするが、もはや止めることはできない。

 トーマスは、ぽかんと口を開けて聞いていたが、やがて、大きな声で笑い出した。

「いやあ、まいったまいった。ったく、心配して損したぜ。余計な忠告をしちまったな」

「でも、心配してもらって、嬉しかったです。だから余計に、マックには、意地悪をしたくなっちゃいました。トーマスさんの言う通りでしたね。マックは、簡単に勇者をやめてしまいましたよ」
「まあ、あんな実力差を見せつけられちゃ、無理もねえ。少しだけ、あいつに同情するぜ。周りを見てみろよ」

 トーマスに言われて、見回すと、東西南北の通りから、広場に向かって歩いてくる人々の姿が見えた。
 町の人間達が出てきたにしては、数が少ない。

「あれは?」
「元勇者達だ」

 彼らは、広場までやって来て、口々に言う。

「あんなもん見せられたら、勇者やめるしかねえや」
「魔王退治は、あんたらに託すよ」
「俺は、ここまでの器だったんだって、悟ったぜ」

「あれ、ひょっとしてみなさん、先ほどの戦いを見ていたんですか?」

 みんな、一様に肯定の意を示した。

「言ったろ。つい昨日まで、勇者達が殺し合ってたって。みんながみんな、俺みたいに、早々に勇者をやめたわけじゃねえ。何パーティかは、まだ、建物の陰とかに身を隠して、機会をうかがってたんだよ」

 それに、周囲の元勇者達が続く。

「そうさ。なんとか、マックの隙を突けないかと、武器屋を見張ってたんだ」
「まさか、あのマックが、あんな負け方するとはね」
「必死で頑張ってたのが、バカらしくなっちまったぜ」

「みなさん、その、俺らの戦いを見て、勇者をやめてしまったんですか?」

 やはり、みんな、一様に肯定した。

「それは、なんだか、申し訳ないことをしました」

「謝る必要はないよ。俺はもう安心しちまったんだ。あんたらなら、必ず魔王を倒してくれるってな」

 誰かが言い、他のもの達も同調した。

 マックを追い詰めるために言った、あれらの言葉も、何人なんにんかには、聞こえていたのだろうか。そう思うと、少し胸が痛む。
 しかし、期せずして、多くの勇者達を引退させることに成功したのであれば、やった甲斐はあったというものだろう。
 人間と魔物の共存を目指すにしても、勇者の数を減らすに越したことはない。

 そして、このとき、俺はようやく思い至った。こういう手もあったのだということに。

 勇者達を、勝てない魔物と戦わせて、絶望させることしか考えていなかったが、手段はそれだけではなかったのだ。

 勇者同士が戦えるようになったのは最近のことだが、それ以前であっても、俺が、圧倒的に強い勇者を演じることで、似たような状況を作り出すことは可能だったかもしれない。

 俺が思うに、この世界は監視されている。
 誰がどのように監視しているのかは分からないが、勇者達が、あまりに不利な状況になると、それを打開するための変化が発生するらしい。

 今回の、勇者同士が戦えるようになる、という変化は、勇者達にとって、必ずしも喜ばしい変化であったとは言えない気もするが、それでも現状打破の足がかりにはなったかもしれない。

 これ以上、余計な変化は起こさないほうが、得策だろう。どんな変化が起こるか分かったものじゃない。

 もし、魔王討伐が順調に進んでいるように見せかけることができれば、余計な変化を起こさずに、勇者を減らしていくことができるのだろうか。

 世界を、だますことができるだろうか。
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