上 下
10 / 15

第10話 謎その一〜吉野さんは人間?〜

しおりを挟む
 お弁当を食べ終わり、高速で変わる景色を楽しむのも一旦落ち着いたところで、僕は前回のカウンセリングの謎に対する質問の口火を切った。

「先生、この前のカウンセリングについて質問いいですか?」

「もちろんです。どうぞ」
 先生は楽しげにニコニコと笑って応えた。

「まず、吉野さんは桃太郎の生まれ変わりとか、それに近しい人の魂を持った人なのですか?」

「いいえ、吉野さんは、『桃太郎』を題材に映画の原作を書こうとしている普通の人です。俳優としてセンスのある立派な人だと思いますけどね。また、桃太郎のモデルになっている人物はいても、桃太郎はいません。だから、桃太郎の魂というものも存在しません」

「じゃあ、吉野さんは嘘をついたのですか?または、統合失調症とか妄想性パーソナリティ障害といったものでしょうか?始めに、桃太郎を名乗った時の様子は嘘とか冗談を言っているようには見えなくて・・・」

「意識が混濁していて、吉野さん自身の思考や言動に他者の思念が紛れ込んでしまっていたので、あの状態は吉野さんであって吉野さんではない状態です。なので、吉野さんが話しをしていた瞬間もありましたが、別の何かが話しをしていた時もあり、別の何かと吉野さんの創作が入り混じった話しになっている時もありました」

「その何かが、吉野さんが帰ってから私が言った、たくさんの鬼ですね」

 茜ちゃんが、納得するように頷いている。僕には、その鬼が全く見えなかったから、吉野さんが精神錯乱状態にしか見えなかったのか。

「そうです。茜ちゃんが鬼というモノがあの部屋には何十もいました」

「先生はあのカウンセリングで吉野さんと何十人の鬼との会話をしていたということですか?」

「はい。本来なら吉野さんは人間ですから、兼人くんの担当ですが、このカウンセリングは人間以外の者とのカウンセリングになる可能性があったので、私が担当することにしました。さらに言うと、鬼は神である可能性もありますからね。なので、私が担当で適切だったと思います」

「私も初めは鬼は妖怪だから、私の担当ではないのかな?と思っていたのだけど、途中から私の手に負える相手ではないと思いました」

「今回の鬼に関して言えば、神と言われる鬼は一人もいませんでした。なので、数が少なければ、茜ちゃんも対応できたとは思います。でも、途中でサポートに回ってくれてお水を用意してくれたのはナイスサポートでした。あのお水のおかげでだいぶ穢れが祓われて、流れも変わりましたからね」

 茜ちゃんは、いえいえと謙遜し笑顔で首を横に振りながらも得意げな表情だ。しかし、そんなやりとりが行われていたのに、僕は何も気が付かなかった・・・。お水もいつの間にかあったとしか思わなかった。僕はこのチームの何も役に立ってない・・・。

「兼人の祝詞の先生なかなか良かったよ!」
 茜ちゃんが気を使ってくれているのか、明るい声で励ましてくれた。

「そうですね。今回のカウンセリングはチームで第一段階を乗り越えた感じがしますね。今は第二段階に臨む戦略会議といったところでしょうか」
 先生も優しい・・・。今はその優しさに甘えさせてもらいます・・・。なるべく早く、必ずこのチームの役に立って見せます!という覚悟を胸に心と頭を切り替え、次の質問をした。

「吉野さんが人間だということは分かったのですが、ところどころ、辻褄が合わないというか、腑に落ちないことを言っていたのは何故なのですか?例えば、「軍人」という表現は明らかに現代の表現ですよね。なんか、第二次世界大戦の話しをしているのかと思いました。そこにも薄っぺらさを感じました。また、桃太郎をモチーフとした映画原作を書いているのに、戦場の舞台は東北と北関東と言ったり、坂上田村麻呂の蝦夷地討伐の話しをしていましたよね。桃太郎のモデルがいた場所も時代も違います。吉野さんのインタビューから見える真面目で勉強家な人柄からしても、「桃太郎」をモチーフとした原作を書くのに、坂上田村麻呂を出して来るのは不自然だと思いましたし、本気で書いて、それなら不勉強過ぎる気がしました」

「お!一瞬落ち込んだと思ったけど、調子出てきたね」

 茜ちゃんが茶化すが、そんなことを気にしていられないくらい今の僕は成長欲求に満たされている。

「いいですね。疑問は何でも聞いて下さい。私が分かっていることは全てお話しします。また、推理も入れてお話ししますので、それも参考にして下さい」

「はい。お願いします」

「まず、吉野さんには鬼と言われる怨霊がたくさん憑いていました。しかし、その怨霊は憑いていると言っても、吉野さんの肉体を乗っ取って何か悪さをしようとか、生前の欲求を満たそうとする悪い霊、つまり、悪霊ではないのです。実は、そこも今回のカウンセリングの難しさと言えるのです。」

「肉体を乗っ取る目的ではないのに、何で取り憑いているのですか?」

「この怨霊たちの目的は、吉野さんに伝えたいことがあるから憑いているのです。また、この怨霊の発する汚れというかマイナスの気に引っ張られて東京や現代に近い怨霊も憑いてしまっている状態といえます。そして、吉野さんは優れた俳優だからなのか、自分の中に他者の思念や思考を取り入れる特殊なセンスがあるようです。だから、怨霊たちが競って吉野さんの中に出たり入ったりして、伝えてほしいことを叫んでいる状態でした。だから、表現も理屈も滅茶苦茶だと感じたのだと思います」

「しかし、伝えたいことがあるのなら、吉野さんの体を乗っ取って、怨霊自らの声で、その怨霊が伝えない誰か伝えたらいいのではないですか?」

「怨霊たちが望んでいることは世間に伝えたいことなのです。だから、吉野さんが正常な状態で世間に伝えないと意味がないのです」

 ん?また謎が謎を呼んでいる。吉野さんが正常な状態で・・・?

「吉野さんのお仕事は?」
 茜ちゃんが助け舟を出すように言った。

「吉野さんは・・俳・・・いや、映画原作者、桃太郎をモチーフにした映画原作を書いています」

「そうです。そこに書いてもらいたいことがあるから、吉野さんに取り憑いているのです。だから、一週間前に、兼人くんの祝詞で応急処置的には怨霊は祓われましたが、また集まって来ます。悪霊ではないので滅することはできません。言い換えれば、吉野さん自身が怨霊を鎮めて祓うことができるのです」

「でも、すでに死んでいる怨霊が、現代で生きている吉野さんに取り憑いて、生活に支障をきたしているのだから悪霊ではないのですか?滅してもいいような・・・」

「兼人くんは、クライアントが精神的に辛い状態で職場や周りに迷惑をかけている人でしたら、その人を排除することを考えますか?」
 あ、そうか、僕たちは拝み屋や霊媒師ではないカウンセラーなのだ。吉野さんに憑いている怨霊も水亀先生のクライアントだ。また、反省しないといけない・・・。

「理解できたようですね。では、次の質問にいきましょうか」

 先生は僕のやってしまったという気まずそうな顔を見て優しく微笑んだが、トレーニングはまだまだ続きますよと言わんばかりの表情だ。急に緊張してきた・・・。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

カウンセラーは、神社にもいる 〜円覚 編〜

中村雨歩
ファンタジー
今回のクライアントは猿の化物。元円昌寺の住職だった円覚。彼がなぜ化物になったのか?そして、彼の魂を懸けての願いとは何か?  「誰にでも悩みはある。神様も、化物も、人間も。」に登場する美女の姿の猫又小夜との出会いと別れが綴られるカウンセリング体験妖奇譚。

箱庭から始まる俺の地獄(ヘル) ~今日から地獄生物の飼育員ってマジっすか!?~

白那 又太
ファンタジー
とあるアパートの一室に住む安楽 喜一郎は仕事に忙殺されるあまり、癒しを求めてペットを購入した。ところがそのペットの様子がどうもおかしい。 日々成長していくペットに少し違和感を感じながらも(比較的)平和な毎日を過ごしていた喜一郎。 ところがある日その平和は地獄からの使者、魔王デボラ様によって粉々に打ち砕かれるのであった。 目指すは地獄の楽園ってなんじゃそりゃ! 大したスキルも無い! チートも無い! あるのは理不尽と不条理だけ! 箱庭から始まる俺の地獄(ヘル)どうぞお楽しみください。 【本作は小説家になろう様、カクヨム様でも同時更新中です】

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

白鬼

藤田 秋
キャラ文芸
 ホームレスになった少女、千真(ちさな)が野宿場所に選んだのは、とある寂れた神社。しかし、夜の神社には既に危険な先客が居座っていた。化け物に襲われた千真の前に現れたのは、神職の衣装を身に纏った白き鬼だった――。  普通の人間、普通じゃない人間、半分妖怪、生粋の妖怪、神様はみんなお友達?  田舎町の端っこで繰り広げられる、巫女さんと神主さんの(頭の)ユルいグダグダな魑魅魍魎ライフ、開幕!  草食系どころか最早キャベツ野郎×鈍感なアホの子。  少年は正体を隠し、少女を守る。そして、少女は当然のように正体に気付かない。  二人の主人公が織り成す、王道を走りたかったけど横道に逸れるなんちゃってあやかし奇譚。  コメディとシリアスの温度差にご注意を。  他サイト様でも掲載中です。

誰にでも悩みはある。神様も、化物も、人間も。

中村雨歩
ファンタジー
 心理学研究科に通いながらも劣等感に苛まれながら将来に悩む26歳九条兼人。自身とは全く違い優秀な姉にアルバイトの相談に行くと、知り合いのカウンセリングルームを紹介される。しかし、横浜にあるそのカウンセリングルームは、普通の人間には辿り着くこともできない不思議なカウンセリングルームだった。  カウンセラーをはじめ、助手はもちろん、カウンセリングルームを訪れるクライアントまでも当然普通ではない。神様や妖怪、歴史上の人物まで、不思議な世界の不思議な者たちの悩みを必死に傾聴しようとする未熟なカウンセラー助手のカウンセリング体験妖奇譚。

剣客逓信 ―明治剣戟郵便録―

三條すずしろ
歴史・時代
【第9回歴史・時代小説大賞:痛快! エンタメ剣客賞受賞】 明治6年、警察より早くピストルを装備したのは郵便配達員だった――。 維新の動乱で届くことのなかった手紙や小包。そんな残された思いを配達する「御留郵便御用」の若者と老剣士が、時に不穏な明治の初めをひた走る。 密書や金品を狙う賊を退け大切なものを届ける特命郵便配達人、通称「剣客逓信(けんかくていしん)」。 武装する必要があるほど危険にさらされた初期の郵便時代、二人はやがてさらに大きな動乱に巻き込まれ――。 ※エブリスタでも連載中

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

日本国転生

北乃大空
SF
 女神ガイアは神族と呼ばれる宇宙管理者であり、地球を含む太陽系を管理して人類の歴史を見守ってきた。  或る日、ガイアは地球上の人類未来についてのシミュレーションを実施し、その結果は22世紀まで確実に人類が滅亡するシナリオで、何度実施しても滅亡する確率は99.999%であった。  ガイアは人類滅亡シミュレーション結果を中央管理局に提出、事態を重くみた中央管理局はガイアに人類滅亡の回避指令を出した。  その指令内容は地球人類の歴史改変で、現代地球とは別のパラレルワールド上に存在するもう一つの地球に干渉して歴史改変するものであった。  ガイアが取った歴史改変方法は、国家丸ごと転移するもので転移する国家は何と現代日本であり、その転移先は太平洋戦争開戦1年前の日本で、そこに国土ごと上書きするというものであった。  その転移先で日本が世界各国と開戦し、そこで起こる様々な出来事を超人的な能力を持つ女神と天使達の手助けで日本が覇権国家になり、人類滅亡を回避させて行くのであった。

処理中です...