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第9話 この悲劇?喜劇?犯人?

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 水亀カウンセリングルームに戻ると茜ちゃんを呼んだ。

「はい。先生!」

「このお手紙を、こちらの住所に届けてもらえますか。郵便受けではなく、お部屋の中に置いて下さい。宛名の主に確実に読んでもらうのが、このお仕事の大事なところです」

「そのミッション確実にコンプリートしてお見せします!」元気に応えて、宛名も見ずに飛び出して行った。最近は、スパイ映画にでもはまっているようだ。

「さて、これで約束は果たせると思いますが、少し気になることがあったので、そちらの解決をしたいと思います。円覚さんが言っていた『どこかの仏様』に話しを聞いてみましょう。容疑者は仏様ではなく、神様ですけどね。」

 そう独り言を呟くと、両方の手を開いて捻り上げるようにしてから、引き寄せた。空間が割れ、雷が鳴り響き、部屋の中の本や書類が爆風で舞い上がり、空気が大きく震え、大柄な男が現れた。

「何用だ?」男は周りを見渡し、不機嫌そうに荒げた声を上げた。

「ご機嫌が悪そうですね。タケミカヅチノカミ」

 現れたのは、タケミカヅチノカミ(建御雷神)だった。神話の世界のスーパースターと言っても過言ではない神様の一柱である。神話「国譲り」の際に、出雲のオオクニヌシノミコトと交渉し、息子のタケミナカタノカミとの力比べにより、国つ神から天つ神への国譲りを成功させた神様である。また、この二柱の力比べが相撲の起源とも言われている。つまりは、日本史上、最強最高の武神である。

「ご機嫌が悪いに決まっておろう!何という乱暴かつ無礼な招き方じゃ!我をタケミカヅチと知って、このような振る舞い、貴様は何者じゃ?」

「急なお呼び立て失礼しました。私はアメノミナカヌシノカミ(天之御中主神)です」

「アメノミナカヌシ・・・?本当に・・・?」信じられない様子で疑問を口にした。

「本当です。茨城の鹿島神宮に行ったらよいのか、奈良の春日大社に行けばよいのか?はたまた、大阪の枚岡神社に行けばよいのか?人気のある神はどこにいるのか探すのにも一苦労なので、呼んでしまいました。誠に失礼しました」

「アメノミナカヌシ・・・とは、本当にいる神なのか・・・?」独り言のように呟いた。

「いますよ。貴方の目の前にいるのがアメノミナカヌシです」

「その、アメノミナカヌシ様が何用と言うのだ?」
 アメノミナカヌシの存在に対する疑念から不遜な態度を示した。

「あ、疑っていますね」
 珍しく怒気を放つと、一瞬で部屋が消え、暗闇の中で二柱の神が浮遊しているような状態になった。

「お、なんと・・・失礼しました。信じます」
 慌てて自らの非礼を詫びた。

「分かってくれてよかったです」
 また一瞬で元の部屋に戻った。

「しかし、神であるワシが言うのも何ですが、アメノミナカヌシ様って本当にいたのですね。それも、そのようなお姿をしているとは全く予想が付きませんでした。正直に言うと、まだ信じられないというか、なぜ、そのようなお姿なのですか?」

「単純に私の好みが具現化されただけですよ。似合っていませんか?」

「う~ん、似合っていない訳ではないのですが、ワシよりも何代も前の神なのに、若い上に男か女かも分からないお姿なので、畏敬の念を抱きにくいと言うか・・・造化三神の御一柱にお会いできたのは喜ぶべきことなのですが、実感が湧かなくて、すみません」

「確かに、会ったことがない曾曾祖父さんが、自分よりも若い姿で突然現れても、尊敬どころか驚きしかないのは仕方の無いことですよね。それに、どちらが偉いという訳でもありませんしね。宇宙と地球どちらが偉いか?みたいなことですからね。分かりました。これ以上は責めません。では、お呼びした訳をお話し致しましょう。単刀直入に聞きます。円覚さんを知っていますよね?」

「えんかく・・・?いえ、分かりません」

「失礼。名前を言っても分かりませんよね。このような顔の者です。元猿の化物です」
 そう言って、手の平を上に向けて、ARのようにして、円覚さんの姿を見せた。

「あ~。この者は覚えていますよ。昔の話しですが、この者が人の姿をしている時に一度、夢枕に立ったこともあります。この者がどうされたのですか?」

 やはり、円覚さんが言っていた「どこかの仏様」はタケミカヅチノカミで間違いなさそうですね。では、何故、円覚さんに会いに行ったのか聞いてみましょう。

「何故、この者に会いに行ったのですか?私の推理では、貴方は、この者とこの者と一緒に住んでいた鉄砲撃ちに罰を与えたものと考えていたのですが」

「いえ、違いますよ。そもそも、神自らが人や猿に罰を与えることなどありませんよ」

 この返答には神として気恥ずかしさを覚えた。やはり、人の姿形で過ごす時間が長くなると、人の考えに近くなっているのを感じる。神罰という言葉は西洋的な考えであり、仏罰なども人が作り上げたものである。日本の神においては祟るという概念はあっても罰という概念は無い。ましてや、万物の根源であるアメノミナカヌシが罰などと考えるとは、私、反省致します。

「では、気を取り直して、改めて伺いますが、貴方とこの者たちの関係はどのようなものだったのですか?」

「それが聞きたくて、ワシを呼び出したのですね。では、話す前に一杯頂きましょう」

 タケミカヅチは笑いながら、棚のウイスキーを取り、豪快に飲み干し、もう一本を手に取り話し始めた。その姿は改めて見ると、まさに武神という言葉がぴったりの姿である。これが夢枕に立ったら怖いだろうな・・と神ながらに思った。

「では、お話し致しましょう。この猿と一緒に住んでいたのは又兵衛という元侍の男でした。この男は、戦で家族を失い、戦に嫌気が差して山に入りました。元々、鉄砲を撃つのは得意だったようで猟師のような暮らしをしていた所に、群れから逸れた一匹の猿と出会いました。又兵衛は家族を失っているのですが、その内の一人がまだ小さな幼子だったようです。その子と猿を重ねて、猟の際にも背に負いながら、片時も離さずに大切に育てていました。側から見ていても、親子のような相棒のような、そんな感じでしたね」

「その辺りは分かっているのですが、まだ、貴方は出て来ないのですか?」

「アメノミナカヌシ様はなかなかせっかちですね。そんなに長いお話ではないので、少しの間堪えて下さい」

 酒も回って来ているのか、武神の威厳は無くニコニコと楽しげにしている。いつの間にか、ブランデーも空いている。それどころか、両手にも酒瓶を持っている。

「その鉄砲撃ちが貴方の、神使でもある鹿を撃っていたから、貴方は怒ったのではないのですか?」

 こちら主導で話しを進めないといつまでも核心に至らなそうなので、質問をすることにした。

「その通りです。だから、私は又兵衛の夢枕に立ちました。自らが食すだけであれば、山の神の恵ということで勘弁もできなくもなかったのですが、正直、言えば鹿は打たないでほしいですがね。しかし、又兵衛は、どんどん撃って捌いて、干して保存食にして、売りにも出していたのです。この山の鹿は神の使いどころか、神であるものもいたのですよ。そこで、鹿の神から、私に相談があったのです。あの人間をどうにかしてほしいと。それで、又兵衛の夢枕に立ったという訳です」

「夢枕に立って、何と行ったのですか?」

「又兵衛よ。山の鹿が困っている。お前が生きるためだけに鹿を撃つのなら、それもまた自然の摂理に沿ったことであろう。それならば、鹿たちも自然の理に従い、お前たち人を含めた山との共生を受け入れることができるが、お前は、必要以上に鹿を殺し、更には、山とは関係のない者にまで売り歩いていると言うではないか。それは、鹿ならずとも赦せることではないぞ。すぐに己の行いを改めるがよいぞ。と、このような話しをしました」

 おそらく、この物言いの何十倍も恐ろしい恫喝だったのではないかと思うが、話した筋はこのようなことだったのだろう。

「それで、又兵衛はどうなったのですか?」

「鹿を撃つのも食べるのも止めました。それまでに保存食にしていたものは猿の子に食べさせていたようです。元々、この時には、そんなに長くないと思っていた節があります。だから、保存食をせっせと作っていたようですね。猿のために。そして、結果、酒だけ飲んで最期は餓死です」

 私の推理と大筋は合っています。しかし、タケミカヅチが円覚の夢枕に立つ意味がまだ分からない。

「なぜ、貴方が猿の夢枕にも立ったのですか?」

「もう、そんな昔の話しはいいですから、ミナカヌシ様も一緒に飲みましょう!始まりの神と酒が飲める機会なんて無いのですから、どうぞ!」

 かなり出来上がって来ているようなので、話しを急ぎましょう。

「この質問にしっかり答えてくれたら、一緒に飲みましょう。なぜ、猿の円覚まで夢枕に立ったのですか?」

「又兵衛に頼まれたからですよ」

「何をです?」

「又兵衛から、『自分は、もう鹿を殺めることをしないと誓います。この命も捧げる必要があれば、どうぞお持ち下さい。その代わり、この猿は天寿を全うできるよう何卒お見守りお願いします。自分には、幼子がいました。その子は早くに死にました。この猿はその子と一緒に過ごすような夢を見させてくれました。なので、何卒あの子が生きられなかった天寿をこの猿には生かせてやって下さい』と言われたのです。ワシは、命を奪ったりする気も無いし言ったことも無いのに、必死に懇願するものだから、可哀想になって、猿の様子をたまにではあるが、生涯見ることにしたのじゃ。そしたら、この猿、人の姿の時に死のうとしよったのだよ」

「なぜ、死のうとしたのですかね?それを止めに夢枕に?」

「そうじゃ。連れの女と何かあったようで、死のうとするものだから、又兵衛が、お前には自分の死んだ息子が全うできなかった天寿を全うしてほしいと言っていたぞ。と、あと、山で共に過ごした時間は息子が帰って来たようで幸せだったとも言っていたぞ。と伝えた。以上が、ワシとこの猿との物語ですじゃ」怪しい呂律だが、何とか、筋が一本通った話しを聞くことができた。

 なるほど。自らの命が長くないことを感じた又兵衛が、猿の円覚のための保存食のために鹿を必要以上に撃ち、それをタケミカヅチに咎められ、自らは断食することで猿の円覚を罰しないよう懇願し、結果、餓死してしまう。それを、不憫に思ったタケミカヅチは、猿が天寿を全うするまでは見守る約束を果たそうとする。そして、何をきっかけかは分かりませんが、自死しようとする円覚を止めるために、又兵衛の想いを伝えたということですね。

 この円覚さんの悲劇か喜劇か分からない物語に、犯人はいませんでしたね。

「タケミカヅチ。では、飲みましょうか?」

「は・・・い」いつの間にか、空間の裂け目から酒樽を引っ張り出して飲んでいた。

「この飲み方と酔い方はアルコール依存症気味ではないですか?そんなに悩みがあったりするのですか?」

「は・・・い」ほぼ目も開いていない状態で、頷くだけになっている。

「これでは、お酒を飲みながらお話しができる状態ではありませんね。また、改めての機会にしましょう。お話ししてくれたことに感謝します。では」

 タケミカヅチを送ろうと空間を開こうとすると、先ほど、開いた裂け目から白い鹿が現れた。こちらをジーと見てタケミカヅチを背中に乗せるよう促して来るので、乗せた。

「あなたのご主人は何か悩みがあるみたいなので、何か悩みがありそうでしたら、これを渡して下さい。こちらの水亀カウンセリングルームの住所と連絡先です」

 タケミカヅチノを乗せた白い鹿は何度も頭を下げて、空間の裂け目から帰って行った。

「誰にでも悩みはある。神様にも。ですね」

 完
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