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第5話 小夜と寺
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二人は、約百五十年の円昌寺にいた。懐かしい風景を前に円覚は呆然としていた。寺は荘厳さや神秘的な雰囲気は全く無く、悪く言えば、朽ち果てた、よく言えば、素人の手作り感のある住居のような建物が境内にいくつか建っている。
「本堂の方に行ってみましょうか」アメノミナカヌシが円覚に促した。
「あ、はい。行きましょう。こちらです」円覚はまだ信じられないといった様子だが、促されるままに、本堂までの道案内をした。
本堂の周りには、子供や老人、動物の姿が見えた。あとは、怪我人がちらほら見受けられる。弱い者たちの集まりである。しかし、悲壮感は感じられない。その理由は間も無く分かった。
「小次郎、待て、こら!」本堂の中から、男の子が飛び出して来た。その後ろから、男が声をかけている。百五十年前の円覚である。
「あ、小次郎・・・?」現代の円覚が、飛び出して来た男の子に手を伸ばそうとしたが、生きている人間に、幽霊は触れないといった感じにスルッと通り抜けた。
「円覚さん、この時代には我々は何も干渉できません。ただ、見るだけです。この時代の人には我々を見ることも声を聞くこともできません」
「そうですか・・・また、会えたと思ったので、少し寂しいですね」
「円覚は、子供たちに厳しいですね」後ろから、女性の声がして、二人は振り向いた。
若いが落ち着いた雰囲気の黒髪の美女だった。
「小夜・・・」現代の円覚が、驚いた顔をして呟いた。
「この方が小夜さんですか。この者も人ではないですよね・・・?」
小夜は二人の間をすり抜け、小次郎と呼ばれる少年と手を繋ぎ、過去の円覚と話しをしている。
「そんなに無理に勉強させても身に付くものでもないでしょう」
「いやいや、今みたいな時代の転換期ってのは、勉強が何よりも大事なんだ。俺は子供らが憎いから、無理矢理勉強させてる訳じゃない。今にも死にそうなじーさんや死に損ないの連中に勉強を教えたって仕方ないんだよ。子供だから、勉強の意味も可能性もあるってもんなんだ」
「小次郎、ご住職はお前のことを思って学問を教えてくれているそうよ。だから、頑張りなさい」小夜は母親のように優しく少年に話しかけている。
「学問より剣術の方がいいな~」
「剣術もよいが、今は剣術だけじゃダメなんだ。ほら、陽が落ちるまで学問、学問」駄々を捏ねる少年に、円覚も父親のように話しかけている。
それを、現代の円覚は懐かしそうに穏やかな顔で見つめていた。少々目が潤んでいるようにも見える。
人に憧れて人の言葉を理解したくて化物になってしまった猿が、人外の者と仮染めの人の姿をし、まるで人のような家族を育んでいるなんて、皮肉ですね。
「円覚さん、もう成仏してもいいという満足げな顔をされていますね」
「あ、いえ、すみません。あめのみなかぬし様へのお願いを忘れてしまうところでした。私の願いは現代で小夜と赤猫を会わせてもらうことですからね。そして、この明日があの日なんですね。だから、今日にタイムスリップしたんですね」
「この日が何の日かは私には分からないのですが、円覚さんが私に小夜さんと赤猫を紹介するのに最適な日だと認識しているのでしょう。だから、自然とこの日に辿り着きました」
その日の夜、寺にいる子やその他の住人が寝静まってからの小夜と円覚の会話を傍で聞いた。
「小夜、聞いてくれ」
「なんだ?畏まって」
「俺は、お前に申し訳ない事をしたと思っている」
「だから、何なんのだ?」
「俺は、人から恨みを買うような生き方をして来た。だから、いつ恨みを持った者から襲われるか分からない身の上だったから、腕っぷしの強いお前に護衛のような役目を頼んだ」
「別に今更、何とも思っていない。私が好きでやっていることだし、最近では暴れるような事態も無いじゃないか。盗む物だって、豪商から、小金をくすねているようなものだろう。前みたいに、派手に盗んだ小判をばら撒いたりしている訳でもないし」
「今はそうだが、暴力や盗みの悪い道に俺が引き入れたのは間違いねえ」
「まあ、それはそうだが、私は今のこの寺での暮らしが気に入っている。それは、お前に会っていなければ、あり得なかった事なんだ。だから、感謝こそすれ恨んじゃないないよ。だから、余計なことを考えないでいい。もう寝よう。明日もあの子らに、学問やら剣術やらを教えるんだろ」
笑いながらそう言って、小夜は蝋燭の火を吹き消した。
「・・・そうだな、ありがとう・・・」円覚は暗闇の中で呟いた。
「本堂の方に行ってみましょうか」アメノミナカヌシが円覚に促した。
「あ、はい。行きましょう。こちらです」円覚はまだ信じられないといった様子だが、促されるままに、本堂までの道案内をした。
本堂の周りには、子供や老人、動物の姿が見えた。あとは、怪我人がちらほら見受けられる。弱い者たちの集まりである。しかし、悲壮感は感じられない。その理由は間も無く分かった。
「小次郎、待て、こら!」本堂の中から、男の子が飛び出して来た。その後ろから、男が声をかけている。百五十年前の円覚である。
「あ、小次郎・・・?」現代の円覚が、飛び出して来た男の子に手を伸ばそうとしたが、生きている人間に、幽霊は触れないといった感じにスルッと通り抜けた。
「円覚さん、この時代には我々は何も干渉できません。ただ、見るだけです。この時代の人には我々を見ることも声を聞くこともできません」
「そうですか・・・また、会えたと思ったので、少し寂しいですね」
「円覚は、子供たちに厳しいですね」後ろから、女性の声がして、二人は振り向いた。
若いが落ち着いた雰囲気の黒髪の美女だった。
「小夜・・・」現代の円覚が、驚いた顔をして呟いた。
「この方が小夜さんですか。この者も人ではないですよね・・・?」
小夜は二人の間をすり抜け、小次郎と呼ばれる少年と手を繋ぎ、過去の円覚と話しをしている。
「そんなに無理に勉強させても身に付くものでもないでしょう」
「いやいや、今みたいな時代の転換期ってのは、勉強が何よりも大事なんだ。俺は子供らが憎いから、無理矢理勉強させてる訳じゃない。今にも死にそうなじーさんや死に損ないの連中に勉強を教えたって仕方ないんだよ。子供だから、勉強の意味も可能性もあるってもんなんだ」
「小次郎、ご住職はお前のことを思って学問を教えてくれているそうよ。だから、頑張りなさい」小夜は母親のように優しく少年に話しかけている。
「学問より剣術の方がいいな~」
「剣術もよいが、今は剣術だけじゃダメなんだ。ほら、陽が落ちるまで学問、学問」駄々を捏ねる少年に、円覚も父親のように話しかけている。
それを、現代の円覚は懐かしそうに穏やかな顔で見つめていた。少々目が潤んでいるようにも見える。
人に憧れて人の言葉を理解したくて化物になってしまった猿が、人外の者と仮染めの人の姿をし、まるで人のような家族を育んでいるなんて、皮肉ですね。
「円覚さん、もう成仏してもいいという満足げな顔をされていますね」
「あ、いえ、すみません。あめのみなかぬし様へのお願いを忘れてしまうところでした。私の願いは現代で小夜と赤猫を会わせてもらうことですからね。そして、この明日があの日なんですね。だから、今日にタイムスリップしたんですね」
「この日が何の日かは私には分からないのですが、円覚さんが私に小夜さんと赤猫を紹介するのに最適な日だと認識しているのでしょう。だから、自然とこの日に辿り着きました」
その日の夜、寺にいる子やその他の住人が寝静まってからの小夜と円覚の会話を傍で聞いた。
「小夜、聞いてくれ」
「なんだ?畏まって」
「俺は、お前に申し訳ない事をしたと思っている」
「だから、何なんのだ?」
「俺は、人から恨みを買うような生き方をして来た。だから、いつ恨みを持った者から襲われるか分からない身の上だったから、腕っぷしの強いお前に護衛のような役目を頼んだ」
「別に今更、何とも思っていない。私が好きでやっていることだし、最近では暴れるような事態も無いじゃないか。盗む物だって、豪商から、小金をくすねているようなものだろう。前みたいに、派手に盗んだ小判をばら撒いたりしている訳でもないし」
「今はそうだが、暴力や盗みの悪い道に俺が引き入れたのは間違いねえ」
「まあ、それはそうだが、私は今のこの寺での暮らしが気に入っている。それは、お前に会っていなければ、あり得なかった事なんだ。だから、感謝こそすれ恨んじゃないないよ。だから、余計なことを考えないでいい。もう寝よう。明日もあの子らに、学問やら剣術やらを教えるんだろ」
笑いながらそう言って、小夜は蝋燭の火を吹き消した。
「・・・そうだな、ありがとう・・・」円覚は暗闇の中で呟いた。
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