くじけ転生者な森番は、庶民殿下の友達係

郁季

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第一章

桐乃の長い一日1

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「さっき言っていた生涯の友って、本気ね?」
 
 「ああ、そうだ」
 まっすぐに答える人だ。
 
 「そう。じゃあこれから……よろしくね」
 思い切ってそう言っても、ハルトはくもりなき眼で見つめ返すので、私はほっとした。

 朝はこれからだ。


 * * *


 一限目を受けたらすぐに会議室に呼ばれ、昨日の続きが始まった。どうやら詳細は彼女から聞いたことになっているそうで、今回は専ら事実確認が中心だった。とはいえ、昨日すでに表向きの原因を喋ってしまっている。「みなしごと言われて、を焼くと言われて手が出ました」。
 理性では、わかっているのだ。彼女は私の事情転生など知りようがないのだから、実力行使に出たことへの謝罪をしなければならないと。けれど心はそんなことで納得できなくて、いまもハリケーンのように吹き荒れてごうごうと轟いている。
 積もり積もった悲しさと苛立ちの決壊がたまたま、彼女に向かっただけだった。やつあたりに近いことで、一夜明けてみればどうしようもなく、割に合わない目をみたのは彼女のほうだ。
 私の感情は向ける対象も、手段も、間違っていた。
 こんな年になって暴力沙汰を起こして、家族にもじじいにも面目ない。
 ……そんな家族がどこにもいない気持ちを、私は飲み込んだ。
 


 
 結果、ギリギリ暴力問題にはならなかったという判断で、両者厳重注意で済ませるそうだ。
 あの怖がり様だと、彼女はきっと「首を絞められて怖かった」くらいは言っているはずなのに。故意の虚偽申告ではなく、精神的負担から記憶の捏造が、なんてのは簡単に起こりうることだ。
 (第三者がいるな)
 私を庇ってくれる人なんて、一人しか思い浮かばないのだけど。
 
 廊下には、当たり前のようにハルトが壁にもたれていた。登校してすぐ保健室に突っ込んだはずなのに、しっかり一限に出席していたのでどうしようもない。なにぶん何もかもが顔に出ない性質の持ち主なので、今日一日は私に張り付くつもりなのだろう。
 そういえば、体調が悪い彼というものを見たことがない。今朝がはじめてだった。……体調を案じても暖簾に腕押しなので、先に謝意を述べておく。


 「ハルト証言ありがとう」

 「台詞と顔が一致してないが、どういたしまして」

 顔が?
 どういう顔かと問えば苦虫を噛み潰した顔と返ってくる。どうやら、「ぼく」の自分は御役御免になりつつあるようだ。むき出しの「私」のままで森の外に立っている自分を、今更ながら自覚する。
 途端に落ち着かなくて、けれどもう、じじいとはじめて森を降りた日の怖さも、じじいを探してひとりで森を出た日の慄きも、今となっては遠い感覚だった。

 私がこの地で生きて、十年がたった。
 
 郷愁は、一生消えない。恨みも、怒りも、ぶつけられない限り燻り続ける。それでも今日のように、自分の内のなにかが風化していくのを、これから何度も観測することになるのだろう。
 そのことに、なんだか途方もない気持ちになる。鮮烈に痛くないことはこんなにも無慈悲だ。愛している、愛していた傷の、証明としての痛みが、すこしずつ失せていく。
 過去だけを愛し続けることは、人間である限りは成し得ないことなのかもしれなかった。
 
 ふと、私の視界に銀の髪が過る。それが誰かなんて、今更考えるまでもないのだ。
「行こう。今日は長い一日になるよ……あーあ」
 自分の想像につい肩を落とす。頭上から抑えた笑い声が降ってきて、それがこれから当たり前になるのだと思うと、それもそれで悪くはなかった。

  
 開放された頃には午前の授業が終わっており、毎度お馴染みのお昼休みである。が、今回ばかりは教室を独占することはできなかった。クラス内外から、栗色の子を泣かした子――私のことだ――を見に人が集まり、ガラス窓いっぱいに人だかりができている。まるで転入生でも来たみたいだ。
 ハルトが転入生としてやってきたときは、出自が明らかすぎて人だかりがいつもの二倍はできていたのが懐かしい。あのときでもさすがに、「お前が悪者だな」という顔の集団が今日のように教室に踏み入ってくることはなかったけれど。
 似たような背格好の女の子たちの群れだった。おそらく同じ学年か、一つ上くらいだ。十人前後おり、そのなかでもわりあい身なりがきれいで目つきのきつい少女が、私の正面に来て机を力任せに叩いた。ベニヤ板っぽい薄板が大きく鳴り、静かな教室によく響く。
 詰問学級委員タイプとみた。
 

「あやまって」
 
「あんただれ?」
 目を伏せたまま尋ねる。

 少女は頑として繰り返した。
「クレアにあやまって」

 昨日の栗色の髪の女の子のことだと、いくら私でもわかる。あやまるのがきっと正しいけれど、はてしなく謝りたくない。眉を寄せた私は彼女の癇に障ったようで、再び机が叩かれた。
 
「やめないか」

 少女の群れが一斉に声の主を――ジークハルトを見た。彼女たちは魚群のようにゆらゆらと形を変え、まるで攻めのフォーメーションから守りのそれに変わるみたいだ。机を叩いた少女が、高飛車に言う。
 
「殿下、ご気分を害されましたら申し訳ございません。この者をお借りしてもよろしいでしょうか」

 急に時代劇始まったな。
 心中呆れる私をよそに、彼女はどこか誇らしげである。絶対王政時代の文脈を拾っているつもりなら、黙って声をかけられるのを待ってろって感じだ。
 こういう扱いに慣れているらしく、ハルトの表情はいっさい動かないが、普段の彼を知っているとなんとも不憫だ。ハルトは優雅に頬杖をつき(尊大なのに嫌味がなくてすごい)、その場の発言者としてこれ以上なく権力者らしい間ののちに発言した。
 
 
「俺も同行する。桐乃もそれでいいな?」

 ……うっかり頷きかけたけど、何もよくなかった。
 
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