くじけ転生者な森番は、庶民殿下の友達係

郁季

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第一章

契約更新のとき

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 意識しないと、空気の吐き方を忘れてしまいそうだ。興奮で細くなった喉から半ば無理矢理に息を吐く。小さく震えるその音でさえ耳障りだった。

 「……だったら何よ。ハルトには関係ないでしょう」

 孤独とは、私の逆鱗であると思っていた。しかし違うのだ。ハルトの言及は、栗色の彼女が投げた凶器と同義ではない。
 だって、前提が違う。同じ掌でも、頰を張る手と差し延べる手ぐらいの違いがある。

 ……だからこそ、嫌だ。

 それが「嫌」なのか「怖い」なのか、違いは曖昧であるけれど。どちらにせよ、私が許せないことには変わりがないから。
 ハルトの本当の友達でいたい私も、もちろんいる。ただ、じじいが大好きな私が、ハルトを大事にしたい身勝手な私を許さないだけ。私のルーツの何もかもが綻んだときに私を守った私が決めたことを絶対にしたいだけ。

 そう、自分を確かめていたから、とっさに取り繕えなかった。

 「桐乃は俺の友だちだ。誰よりも大切な」


 「やめてよ」

 無様だ、と思う。勝手に震える声に歪めた顔も。ずるい、とも思う。私の惨めさを煽るような彼の瞳の強さを、いっそ無慈悲なほどの思いやりを。だって、それは、私には。
 (あってはならないものだ)

 「もう、いいから。十分だから」
 あなたとの親愛も、期限付きだと思っていたからこそ築けたものなのに。
 これ以上なんて、あってはいけないのに。
 学校でも友達で通して仕舞えば、彼のこれからに私という存在が影響を及ぼしてしまうに違いなかった。
 それに、一旦それを甘受してしまえば、今世二度目の喪失に私自身も耐えられないだろうことは、想像に難くない。
 今ならまだ大丈夫。この境界線を守るためには、なんでもしてみせるつもりであった。それなのに。
 
 「なあ、まだ引き返せるとか思ってないか?」

 妙に抑揚の無い声。紡がれた内容に愕然とする。

 「俺はもうとっくに、きみを生涯の友と定めている」

 ……そんな……。
 背中に嫌な汗が伝う。なんということだ。

 「私は知らない、そんなこと」

 叶う限り冷淡に、切り捨てるように。そんな私を物ともせず、彼はそれが当然だと言わんばかりに訊ねる。

 「それでも、嫌わないでいてくれるんだろう?」

 それは確認にも値しない程の、限りなく反語的な疑問だった。

 そこで咄嗟に言い返せない辺り、自明だ。彼の双眸がふっと柔らかく細まる。どうしてそんなに幸せそうなのか、意味がわからなかった。

 本当に、意味がわからない。
 それだけのことで幸福を感じる彼の思考回路も、彼のだらけた顔なんかで安心してしまう私の心も。何もかもがままならなくて、私が力一杯張っている意地すらも馬鹿馬鹿しくなりそうだ。

 「……私は同じ気持ちを返さないかもよ」
 未練がましく言い募ってみる。

 「今はそれでいい」

 (今はってなんだよ)
 どうにも収まりがつかず尚も続ける。

 「ずっとこのままかもよ。どころか拒絶するかもよ」

 「きみの拒絶は渇望の裏返しだろうに」

 「……え、」

 思ってもみなかった。束の間弾かれたように彼を見上げ、すぐに目を逸らし、思考を内に潜らせる。それが真であることを沈黙が証明しているようで、慌てて記憶を探る。探るのだが、恐ろしい事に反論材料が見当たらないのだ。
 そうして、はなから反論すら想定していなかったに違いない彼の限りなく無表情に近いしたり顔を見て、やられた、と思う。違うと言いたくて口をぱくぱくさせ、しかしあまりのことに言葉も出ない私を、彼は今度こそ嬉しそうに見下ろしていた。
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