くじけ転生者な森番は、庶民殿下の友達係

郁季

文字の大きさ
上 下
22 / 27
第一章

契約更新のとき

しおりを挟む
 意識しないと、空気の吐き方を忘れてしまいそうだ。興奮で細くなった喉から半ば無理矢理に息を吐く。小さく震えるその音でさえ耳障りだった。

 「……だったら何よ。ハルトには関係ないでしょう」

 孤独とは、私の逆鱗であると思っていた。しかし違うのだ。ハルトの言及は、栗色の彼女が投げた凶器と同義ではない。
 だって、前提が違う。同じ掌でも、頰を張る手と差し延べる手ぐらいの違いがある。

 ……だからこそ、嫌だ。

 それが「嫌」なのか「怖い」なのか、違いは曖昧であるけれど。どちらにせよ、私が許せないことには変わりがないから。
 ハルトの本当の友達でいたい私も、もちろんいる。ただ、じじいが大好きな私が、ハルトを大事にしたい身勝手な私を許さないだけ。私のルーツの何もかもが綻んだときに私を守った私が決めたことを絶対にしたいだけ。

 そう、自分を確かめていたから、とっさに取り繕えなかった。

 「桐乃は俺の友だちだ。誰よりも大切な」


 「やめてよ」

 無様だ、と思う。勝手に震える声に歪めた顔も。ずるい、とも思う。私の惨めさを煽るような彼の瞳の強さを、いっそ無慈悲なほどの思いやりを。だって、それは、私には。
 (あってはならないものだ)

 「もう、いいから。十分だから」
 あなたとの親愛も、期限付きだと思っていたからこそ築けたものなのに。
 これ以上なんて、あってはいけないのに。
 学校でも友達で通して仕舞えば、彼のこれからに私という存在が影響を及ぼしてしまうに違いなかった。
 それに、一旦それを甘受してしまえば、今世二度目の喪失に私自身も耐えられないだろうことは、想像に難くない。
 今ならまだ大丈夫。この境界線を守るためには、なんでもしてみせるつもりであった。それなのに。
 
 「なあ、まだ引き返せるとか思ってないか?」

 妙に抑揚の無い声。紡がれた内容に愕然とする。

 「俺はもうとっくに、きみを生涯の友と定めている」

 ……そんな……。
 背中に嫌な汗が伝う。なんということだ。

 「私は知らない、そんなこと」

 叶う限り冷淡に、切り捨てるように。そんな私を物ともせず、彼はそれが当然だと言わんばかりに訊ねる。

 「それでも、嫌わないでいてくれるんだろう?」

 それは確認にも値しない程の、限りなく反語的な疑問だった。

 そこで咄嗟に言い返せない辺り、自明だ。彼の双眸がふっと柔らかく細まる。どうしてそんなに幸せそうなのか、意味がわからなかった。

 本当に、意味がわからない。
 それだけのことで幸福を感じる彼の思考回路も、彼のだらけた顔なんかで安心してしまう私の心も。何もかもがままならなくて、私が力一杯張っている意地すらも馬鹿馬鹿しくなりそうだ。

 「……私は同じ気持ちを返さないかもよ」
 未練がましく言い募ってみる。

 「今はそれでいい」

 (今はってなんだよ)
 どうにも収まりがつかず尚も続ける。

 「ずっとこのままかもよ。どころか拒絶するかもよ」

 「きみの拒絶は渇望の裏返しだろうに」

 「……え、」

 思ってもみなかった。束の間弾かれたように彼を見上げ、すぐに目を逸らし、思考を内に潜らせる。それが真であることを沈黙が証明しているようで、慌てて記憶を探る。探るのだが、恐ろしい事に反論材料が見当たらないのだ。
 そうして、はなから反論すら想定していなかったに違いない彼の限りなく無表情に近いしたり顔を見て、やられた、と思う。違うと言いたくて口をぱくぱくさせ、しかしあまりのことに言葉も出ない私を、彼は今度こそ嬉しそうに見下ろしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

騎士の妻ではいられない

Rj
恋愛
騎士の娘として育ったリンダは騎士とは結婚しないと決めていた。しかし幼馴染みで騎士のイーサンと結婚したリンダ。結婚した日に新郎は非常召集され、新婦のリンダは結婚を祝う宴に一人残された。二年目の結婚記念日に戻らない夫を待つリンダはもう騎士の妻ではいられないと心を決める。 全23話。 2024/1/29 全体的な加筆修正をしました。話の内容に変わりはありません。 イーサンが主人公の続編『騎士の妻でいてほしい 』(https://www.alphapolis.co.jp/novel/96163257/36727666)があります。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

あなたへの恋心を消し去りました

恋愛
 私には両親に決められた素敵な婚約者がいる。  私は彼のことが大好き。少し顔を見るだけで幸せな気持ちになる。  だけど、彼には私の気持ちが重いみたい。  今、彼には憧れの人がいる。その人は大人びた雰囲気をもつ二つ上の先輩。  彼は心は自由でいたい言っていた。  その女性と話す時、私には見せない楽しそうな笑顔を向ける貴方を見て、胸が張り裂けそうになる。  友人たちは言う。お互いに干渉しない割り切った夫婦のほうが気が楽だって……。  だから私は彼が自由になれるように、魔女にこの激しい気持ちを封印してもらったの。 ※このお話はハッピーエンドではありません。 ※短いお話でサクサクと進めたいと思います。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

勘違い令嬢の心の声

にのまえ
恋愛
僕の婚約者 シンシアの心の声が聞こえた。 シア、それは君の勘違いだ。

攻略対象の王子様は放置されました

白生荼汰
恋愛
……前回と違う。 お茶会で公爵令嬢の不在に、前回と前世を思い出した王子様。 今回の公爵令嬢は、どうも婚約を避けたい様子だ。 小説家になろうにも投稿してます。

処理中です...