くじけ転生者な森番は、庶民殿下の友達係

郁季

文字の大きさ
上 下
18 / 27
第一章

とらわれのまどろみ

しおりを挟む
* * *


 ふっと目を覚ました。自分がどこにいるのか分からないようなクラクラした感覚に襲われ、思わず手の甲を額に当てる。
 随分久しぶりの夢だった。
 あの時の夢。
 みなしごなんて言われたからだろうか。それとも、年甲斐も無く泣き喚いてじじいに当たったからだろうか。
 今だけは、誰が悪いとかいう追及をするのを止めてしまいたい、許されるなら。自明なことで、誰のためにもならないことなのだ。
 奇妙に気怠い気分で、腫れぼったい目を触りつつ起き上がった。

 (いつの間に、ベッドに入っていたのだろう)

 汚れを落とすため湖に浸かった所で、記憶がぷっつり途切れている。もう少し時間が経てば、思い出すこともあるかもしれないが。それ程重要な事とは思われなかった。
 素足でぺたぺたと窓際に移動し、日に焼けたカーテンを緩慢な仕草で開ける。瑠璃色の空にちらほらと星が瞬き始めていた。日が暮れたばかりであったのか。
 (いつもなら、燭台を出すところだけれど)

 今日はやめておきたい気分だった。火を灯してしまえば、また何かが明らかになってしまう。

 前世では体感したことのない闇夜に、身体の小さな頃は怯えた事もあったなと朧げに思い出す。そういう時はいつも、じじいがあやしてくれていた。
 (思えば、あの時からじじいは私を大事にしてくれていたのに、私は警戒し通しだった)

 我ながら、終始不義理なやつであった。そうどこか遠くで思いつつ、私はじじいの長椅子を探り当て、柔らかな肘置きに頭をもたれて床にずるずると座り込んだ。長椅子を占領する荷物は、丸めた表彰状も分厚い専門書も全て四年前のままだ。
 なんて、したくもなかったから。

 こんな所で寝たら風邪を引くよ、とベッドへ私を運ぶじじいももういない。四年も経っているのに、もう私も人に抱えられるような姿をしていないのに、まだそんなことが頭を過ぎる。
 意識が落ちる一瞬、まるで抱え上げられたような浮遊感を感じて、そのしめやかな優しさに、夢だと分かっていても涙が一筋零れ落ちた。



 
 小さな物音に、意識が浮上した。見ると、枕元のローテーブルにある燭台にあかあかと蝋燭の火が灯されたところだった。
 (……誰?)

 やけに現実感の薄い光景だった。生真面目そうに蝋燭を見つめる長い銀髪の持ち主を、ぼうっとした頭のまま眺めた。
 先程私は長椅子にもたれて意識を手放したはずなのにどうしてまたベッドに戻っているのか、と不思議に思っていたが、夜半にがここにいる訳はないのだ。私はどうやら夢を見ているらしいことに、漸く思い至った。


 (今日はやけに明晰夢を見る日だ)

 今頃現実の私は体を冷やしているだろうか。風邪まで森がなんとかしてくれるとは思っていない。体調のために早く起きるべきなのだろうが、私はこの夢のような(実際夢なのだが)充足感を手放すのが惜しまれて、どうにも気が進まないのであった。

 そうこうしているうちに彼が私に目を向ける。
 二色の瞳は、光源の位置に影響されて、藍色の方が黒曜石のような黒色に見えた。

 「寒くないか」

 現実の私のことを教えようとしているのだろうか。
 なんと答えるべきか判らず、私は黙って彼を見つめ返した。
 私が返事をする気がないと見た彼は「寒くなったら言え」などと言う。毛布の収納場所も知らないだろうに。
 益々おかしな夢だった。

 一方、まるで理想的な時間でもあった。星月夜のような、うねって重奏的な時間が、亀のような歩みで、緩やかに、しかし確実に流れていた。

 とうに日が暮れているのに、我か人かも曖昧になりそうな。ここには私を含め誰もいないような気もするし、自分ともう一人の気配でこの空間が成立してもいるような。


 だからだろうか。

 気付いた時には吐露していた。


 「……私、大事な人を、作っちゃあいけなかった……」

 吐息を吐く程の声量で紡がれた言葉はひどく掠れ、まるで私のものではないかのようだ。

 「……どうしてそんなことを」

 動揺を、押し隠したような声。尋ねられるままに答える。

 「大事に、出来なかった……大事にしてもらったのに、返せなかった……私なんて、居なければ、始めから、よかっ、たのに」

 じじいを、じじいが大好きだった森で死なせてあげられなかった。
 それは私の、過失。
 じじいは私のことを考えていてくれたのに、私はじじいのことなんて、ちっとも考えてはいなかったのだ。私の存在で、じじいは、自分の天命を狂わせたのだ。

 「分かってたの……でも、怖かった……。変わるのが怖くて、気付いてないふりして……それすらも、気づかれていたことに、気付いてあげられなかった」

 年々体を動かすのが億劫そうになって、森番の仕事もほとんどできなくなっていたのを知っていた。なのに、失うのが怖くて、私が現実を見ないようにしていたから、じじいに全て決断させてしまった。

 私はどれだけじじいを傷つけただろうか。どれだけ、苦悩させたのだろうか。

 「挙げ句、私のせいって思いたくなくて、相談してくれればよかったのにって、もう居ないのにじじいに当たって、嫌いになってしまおうって……」

 「……なったのか? 嫌いに」

 目から温い滴が伝った。首を横に振る。

 「大好きよ。ずっと」

 言葉にすれば、百の言い訳も千の否定も敵わない。

 「だからずっと、一人が寂しい」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

【完結済】後悔していると言われても、ねぇ。私はもう……。

木嶋うめ香
恋愛
五歳で婚約したシオン殿下は、ある日先触れもなしに我が家にやってきました。 「君と婚約を解消したい、私はスィートピーを愛してるんだ」 シオン殿下は、私の妹スィートピーを隣に座らせ、馬鹿なことを言い始めたのです。 妹はとても愛らしいですから、殿下が思っても仕方がありません。 でも、それなら側妃でいいのではありませんか? どうしても私と婚約解消したいのですか、本当に後悔はございませんか?

忘却令嬢〜そう言われましても記憶にございません〜【完】

雪乃
恋愛
ほんの一瞬、躊躇ってしまった手。 誰よりも愛していた彼女なのに傷付けてしまった。 ずっと傷付けていると理解っていたのに、振り払ってしまった。 彼女は深い碧色に絶望を映しながら微笑んだ。 ※読んでくださりありがとうございます。 ゆるふわ設定です。タグをころころ変えてます。何でも許せる方向け。

邪魔しないので、ほっておいてください。

りまり
恋愛
お父さまが再婚しました。 お母さまが亡くなり早5年です。そろそろかと思っておりましたがとうとう良い人をゲットしてきました。 義母となられる方はそれはそれは美しい人で、その方にもお子様がいるのですがとても愛らしい方で、お父様がメロメロなんです。 実の娘よりもかわいがっているぐらいです。 幾分寂しさを感じましたが、お父様の幸せをと思いがまんしていました。 でも私は義妹に階段から落とされてしまったのです。 階段から落ちたことで私は前世の記憶を取り戻し、この世界がゲームの世界で私が悪役令嬢として義妹をいじめる役なのだと知りました。 悪役令嬢なんて勘弁です。そんなにやりたいなら勝手にやってください。 それなのに私を巻き込まないで~~!!!!!!

旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます

おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。 if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります) ※こちらの作品カクヨムにも掲載します

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

処理中です...