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第一章
友達の悩みごと
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その日から、私達はお互いに思った事を、随分と気兼ね無く話すようになった、ように思う。
「今日は父さんが帰ってくる日なんだ」
「よかったじゃん! 何日ぶりだっけ?」
「五日ぶりだ」
要は、交わした約束への裏切りに、一番傷付くのが、裏切り者自身になってしまったのだ。
私達は、裏切られることを知っている。経験している。裏切りとの折り合いの付け方がわかっている。だけどそれは、傷つかないというわけでは、必ずしも無くて。
だからこそ自分だけはそんな真似したくないと思っている。裏切る自分を、頭では許容しても心で責め苛んでしまう。
そして、そんな人だから、許せてしまって。
許されるとわかってしまうから、尚更自分の裏切りが許せなくなるのだ。
(この世界で、またこんなに穏やかでいられる日が来るとは思わなかった)
あれから、私が例の突風を起こしたことは一度もない。
森に呼びつけている彼は、確かに客人であるはずなのに。今でも、その瞳に映るのは苦手なのに。
彼が父親の話をするようになると、私は森の歩き方を教えて、彼が母親のことをぽつりと溢すと、私はじじいに教わった木の登り方を伝授した。
信頼の押し付け合いのような。言い方は乱暴だが、本当にそんな気分なのだ。
互いの情報の危険度を、重要性を、教える意味を、知っているから。理解できるから。
そして、絶対に口外しないことを、確信している。
私は彼の私人を見つけることも忘れて『友達化』とでも言うべき歩み寄りに興じていた。その命題を思い出したのは、中等部に上がった頃、彼がある告白をした時だ。
「どうしたらきみのように笑えるだろうか」
「何って?」
「心から嬉しい時でさえ、表情が動かないことを、ずっとままならないと、思ってはいるんだ」
この時には既に、彼に感情があることは疑っていなかった。ただ、鉄面皮が外せなくなっているのではないか。そう思うのは、森ではよく見かける困り眉も、学校では一度も見せないからだ。
恐らく、幼い彼に一日中公人の仮面を被る選択をさせる何かが、あったのだろう。
そしてそれは愛情深い彼が、誰かを守る為の行動だったはずだ。
……それを理解してから、私は、なるべくそのことには触れないようにしていた。
「もう、いいの? 戻れなくなるかもよ」
自分を偽ることって、一度意識してしまうと途端に苦しくなるものだ。括弧経験談。
一度でも自由を、偽らない自分を、知ってしまっては。
それは変質に他ならなくて、その変化は不可逆的なのに。
「いいんだ」
「ふうん……」
彼はここ二、三年で、既に誰もが見惚れる美貌の持ち主と化した。恐ろしいのは、それが未だ片鱗に過ぎないことだと私は思う。
絹糸のように艶のある銀髪は腰に届きそうな長さ。手足もすらりと伸び、均整の取れた体つきとはこのようなものかと思う。この前「まだ十二歳だよね」と尋ねたら、不可解そうな声色で「十三になった」と返された。恐ろしい子。
もう、女の子には到底見えなかった。
彼は理由を語らなかった。
多分、また、人の為なのだ。エゴでも偽善でもない、ただの献身。そんなだからあなたは未だ公人なのだ、と思うのに、そんなあなただから、私は力になりたくて。
自分でも、もうわからない。出会ったばかりの私なら迷わなかった。全力で協力しただろうし、恩を売る機会だとも思っただろう。それに、それが普通なのだ。今が異常なのだ。
でも、それは一般論に過ぎなくて。
今あなたが困ってないのなら、いいじゃあないか。ちょっとぐらいままならなくたって、どうってことないだろう。
今よりもっと苦しくなったら、どうするというのだ。
(それでも、後悔しないんだろうな)
そういう人だ。
それであなたが傷付けば、私がどうなると思っているのだ。意地でもそんな情けない所は見せないが。
「それじゃあ、練習あるのみだね」
神妙な顔のまま、両手を胸の横に構えてわきわきと動かす。
「待て、何だその手は。嫌な予感がするんだが」
不穏な空気をを察知した彼が後ずさる。制止を促すように前に出された右手は見えないふりをして、私は彼をくすぐり倒すべく飛びかかった。
「今日は父さんが帰ってくる日なんだ」
「よかったじゃん! 何日ぶりだっけ?」
「五日ぶりだ」
要は、交わした約束への裏切りに、一番傷付くのが、裏切り者自身になってしまったのだ。
私達は、裏切られることを知っている。経験している。裏切りとの折り合いの付け方がわかっている。だけどそれは、傷つかないというわけでは、必ずしも無くて。
だからこそ自分だけはそんな真似したくないと思っている。裏切る自分を、頭では許容しても心で責め苛んでしまう。
そして、そんな人だから、許せてしまって。
許されるとわかってしまうから、尚更自分の裏切りが許せなくなるのだ。
(この世界で、またこんなに穏やかでいられる日が来るとは思わなかった)
あれから、私が例の突風を起こしたことは一度もない。
森に呼びつけている彼は、確かに客人であるはずなのに。今でも、その瞳に映るのは苦手なのに。
彼が父親の話をするようになると、私は森の歩き方を教えて、彼が母親のことをぽつりと溢すと、私はじじいに教わった木の登り方を伝授した。
信頼の押し付け合いのような。言い方は乱暴だが、本当にそんな気分なのだ。
互いの情報の危険度を、重要性を、教える意味を、知っているから。理解できるから。
そして、絶対に口外しないことを、確信している。
私は彼の私人を見つけることも忘れて『友達化』とでも言うべき歩み寄りに興じていた。その命題を思い出したのは、中等部に上がった頃、彼がある告白をした時だ。
「どうしたらきみのように笑えるだろうか」
「何って?」
「心から嬉しい時でさえ、表情が動かないことを、ずっとままならないと、思ってはいるんだ」
この時には既に、彼に感情があることは疑っていなかった。ただ、鉄面皮が外せなくなっているのではないか。そう思うのは、森ではよく見かける困り眉も、学校では一度も見せないからだ。
恐らく、幼い彼に一日中公人の仮面を被る選択をさせる何かが、あったのだろう。
そしてそれは愛情深い彼が、誰かを守る為の行動だったはずだ。
……それを理解してから、私は、なるべくそのことには触れないようにしていた。
「もう、いいの? 戻れなくなるかもよ」
自分を偽ることって、一度意識してしまうと途端に苦しくなるものだ。括弧経験談。
一度でも自由を、偽らない自分を、知ってしまっては。
それは変質に他ならなくて、その変化は不可逆的なのに。
「いいんだ」
「ふうん……」
彼はここ二、三年で、既に誰もが見惚れる美貌の持ち主と化した。恐ろしいのは、それが未だ片鱗に過ぎないことだと私は思う。
絹糸のように艶のある銀髪は腰に届きそうな長さ。手足もすらりと伸び、均整の取れた体つきとはこのようなものかと思う。この前「まだ十二歳だよね」と尋ねたら、不可解そうな声色で「十三になった」と返された。恐ろしい子。
もう、女の子には到底見えなかった。
彼は理由を語らなかった。
多分、また、人の為なのだ。エゴでも偽善でもない、ただの献身。そんなだからあなたは未だ公人なのだ、と思うのに、そんなあなただから、私は力になりたくて。
自分でも、もうわからない。出会ったばかりの私なら迷わなかった。全力で協力しただろうし、恩を売る機会だとも思っただろう。それに、それが普通なのだ。今が異常なのだ。
でも、それは一般論に過ぎなくて。
今あなたが困ってないのなら、いいじゃあないか。ちょっとぐらいままならなくたって、どうってことないだろう。
今よりもっと苦しくなったら、どうするというのだ。
(それでも、後悔しないんだろうな)
そういう人だ。
それであなたが傷付けば、私がどうなると思っているのだ。意地でもそんな情けない所は見せないが。
「それじゃあ、練習あるのみだね」
神妙な顔のまま、両手を胸の横に構えてわきわきと動かす。
「待て、何だその手は。嫌な予感がするんだが」
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