7 / 27
第一章
踏み込まない
しおりを挟む彼女は、頬を赤らめて息まで止めていた。流石にやり過ぎたと思い距離を戻す。
ぷは、と息を吐いた彼女の目が熱で潤んでいて、今なら私が泣かせたように見えなくもないなと思った。
「俺としては願ったりだが、どうしてそこまでするのか聞いても? さっきのを人に話したところで、両親だって荒唐無稽だというだろう」
ふむ。教えても良いが、私ばかりが情報の開示をするのは、これからを考えるとあまり望ましくない。
「どうして森に来たのか答えるなら教えてあげる」
なにしろ、森の管理はじじいの後釜に収まった私が一手に引き受けている為、普段は本当に誰も来ないのだ。
彼女は暫し躊躇う素振りを見せたが、私が引かないのを見ると所在なさげに話し出した。
「その……きみに逃げられてから、余りにもはやく距離を詰め過ぎたと反省して、謝罪に向かおうと。きみの後をついて行ったが、森に入ったところで足元に気を取られているうちに見失って、池か泉のような水の中に藻が揺れていると思ったら人だったんだ」
彼女はその時のことを思い出したのか、表情はそのままにぶるりと震えた。器用なことをする。
というか、誰が藻だ誰が。ひとの髪の毛を変に形容するのはやめてくれ。
でも、そうか。私は慣れているが、彼女は森の歩き方を知らないのか。まあ、追い追い教えることになるだろう。
彼女が目で返答を促す。わかっているから。彼女に見つめられるのは居心地が悪いなんてものではない。やめて、こっち見ないで。
「どうしてそこまでするか、だったね。それは、あなたには将来沢山の人が集まるだろうからであり、私にとって重要なことが、あなたの話を信じる人がいるかどうかでは無く、あなたがさっきのことを知っている、そのこと自体だからよ」
彼女には人望があるし、一人にばれるも複数にばれるもその脅威は同じだということだ。
(将来は絶対人気者、そうでなくとも高嶺の花だろうな)
私は褒めたつもりだったのだが、彼女は一転して能面のような表情に戻った。
硬く握りしめた拳といい、何か思うことがあるのは一目瞭然だが、私は敢えて言及を避けた。
今はその時ではない。彼女の時間的、精神的拘束を狙ってはいるが、依存させることは出来ない。だからこそ、ここで踏み込むことは、してはいけないと思うのだ。
* * *
それから念入りに他言無用を言い聞かせて、改めて自己紹介もとい情報共有などをした。彼女の住所も聞いたが、地理に明るくない私には森か学校を基準にした言い方の方が助かるな。
「学校から北東にある丘の上」
エスパーかな。
それともやはり顔に出ているのか。人前で素を見せない弊害がここに……?
頰を揉みながら彼女の顔を盗み見ると、先程より表情が読み取りにくくなっていた。続いて原因を知る。彼女も同じことを思ったようだ。
「何だか暗くないか?」
西側のカーテンを両手で開くと、光線のような茜色が肌を刺した。太陽が大分傾いているのだ。日の長さこそ春のそれであるものの、西日の濃さは夏の初めを予感させた。
「もう夕方だね。帰る?」
「どちらでも」濃い影の中で彼女の顔は見えないが、彼女の平坦な声には少し慣れてきた。たぶん、これが平常なのだ。
「きみが満足したのなら帰る。まだ質問があるのなら、答える。俺の時間は気にしなくていい、今日は両親が帰って来ないから」
その言葉を待っていた。
私はカーテンに手をかけたまま振り返り、彼女に笑いかけた。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説

もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり


攻略対象の王子様は放置されました
白生荼汰
恋愛
……前回と違う。
お茶会で公爵令嬢の不在に、前回と前世を思い出した王子様。
今回の公爵令嬢は、どうも婚約を避けたい様子だ。
小説家になろうにも投稿してます。

邪魔しないので、ほっておいてください。
りまり
恋愛
お父さまが再婚しました。
お母さまが亡くなり早5年です。そろそろかと思っておりましたがとうとう良い人をゲットしてきました。
義母となられる方はそれはそれは美しい人で、その方にもお子様がいるのですがとても愛らしい方で、お父様がメロメロなんです。
実の娘よりもかわいがっているぐらいです。
幾分寂しさを感じましたが、お父様の幸せをと思いがまんしていました。
でも私は義妹に階段から落とされてしまったのです。
階段から落ちたことで私は前世の記憶を取り戻し、この世界がゲームの世界で私が悪役令嬢として義妹をいじめる役なのだと知りました。
悪役令嬢なんて勘弁です。そんなにやりたいなら勝手にやってください。
それなのに私を巻き込まないで~~!!!!!!

蔑ろにされた王妃と見限られた国王
奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています
国王陛下には愛する女性がいた。
彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。
私は、そんな陛下と結婚した。
国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。
でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。
そしてもう一つ。
私も陛下も知らないことがあった。
彼女のことを。彼女の正体を。

10年前の婚約破棄を取り消すことはできますか?
岡暁舟
恋愛
「フラン。私はあれから大人になった。あの時はまだ若かったから……君のことを一番に考えていなかった。もう一度やり直さないか?」
10年前、婚約破棄を突きつけて辺境送りにさせた張本人が訪ねてきました。私の答えは……そんなの初めから決まっていますね。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる