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第一章
契約としての約束
しおりを挟むバッチリ見られていたらしく、彼女はきょとんとした。見られた方は大変居心地が悪いが、彼女がその顔のまま梯子を登りきったので気付かぬふりをしてタオルを手渡す。私を引き揚げた時に、前身柄をすっかり水に浸していたからだ。
私にはいつの間にか水滴一つ分の湿り気も無く、湖に潜る前の状態に戻っている。毎回こうなのだ。自分の異常性を改めて突き付けられたようで、この乾いた身体を見てくれるなと言いたくなる。
「もう、大丈夫なのか?」
一瞬何のことかと訝しんだが、同じ言葉を先程も言われたことを思い出す。
「……大丈夫。さっきは、急に引っ張られてびっくりしただけ」
溺れたわけではないから大したことはない。
そう言って見せたが、彼女は騙されてくれなかった。
「俺が無理やり引き揚げたから、水を飲む羽目になったのか」
また、また見透かすのか。
「この森は、絶対にきみを殺さないのだろう」
狭い部屋に束の間の静寂が訪れる。
私はへらへらすることにた。
「全く、察しが良すぎるんじゃない? そんなだから友達いないんだよ」
憎まれ口を叩きつつ、木製の子椅子を勧める。素直に従ってこちらを見上げてくるあたり、長丁場になることも理解しているのだろう。
隣には座面に物が山と積まれた、じじいが使っていた長椅子もあるにはあるのだが、敢えて立ったままで居ることにした。
「わかってると思うけど、さっきのと今の、誰にも言っちゃダメだよ」
彼女が座る小椅子の肘置きに両手をつき、ぐっと距離を詰める。口づけが出来そうな距離まで近づくと、彼女は困ったように眉を下げて口をひき結んだ。
(案外こういうの苦手なのかな)
ならば好都合だ。居心地悪そうに目を逸らすのを見て、私は得意になった。
「近く、ないか」
「このぐらい普通でしょう? 友達なら」
さらに何か言い募ろうとした彼女に被せて捲し立てた。
「黙っていてくれるよね。でも約束だけじゃあ私心配なの。友達になりたいって言ってたよね? 一つ教えてあげる。本当の友達って言うのは、時間をかけてゆっくりなっていくものなんだよ、宣言してなるものじゃなくてね。だから私と友達になりたいなら、これから暫くは森に、私に会いに来てね」
私は安寧を守るため、彼女は本当の友達を得るため。
私としては、たった一日で私を丸裸にした彼女と仲良くできるかと言われると自信がない。しかし彼女の公人を見込んで、その全くもって侮れない聡明さを買っている以上、また、今回発生した止むに止まれぬ事情がある以上、齢十歳にして公人の自分しか持たぬ彼女を、まあ手引きなんて言葉は使わないが、自我の発達の手助けとなるのは吝かでない。
彼女の私人を見つけるその時には、彼女は長い時間共に過ごした私を、仲間とか、理解者とか、同志などの、何かしらのシンパシーを抱く存在に思うはずだ。
友達は本当に自信がないが。
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