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第一章
くじけ転生者1
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「不満の気持ちはない。きみが何を言おうと、「わたし」が気分を害することはない。ただ、きみの考えが分からなくて聞いている。それから断っておくが、俺もきみと変わらない一般人だ。公人じゃない。だから、誤魔化す必要もない」
意外な言葉に瞬いた。
(この子も十歳、だよね?)
なんという達観だろう。
自分の出自、今の立場、世間からどう見られているか。振る舞いが周りに及ぼす影響。そしてそれを受け止めた上でこの冷静さ。普通の児童なら何かしらの反感や不条理を感じる所だが、この子は違う。まるで感情の乗っていない平坦な声、凍りつくような無表情の、瞳までもが凪いでいるのを見て、実感した。
(公人だ)
自分の言葉の、態度の、重みを知っている。教室に二人きりになるまで私に話しかけなかったのも、私の立場を考えてのことだろう。
だからこそ、危ういなあと思ってしまう。
「……距離取ってるんだよ。本当はわかってたよね? なんで分からないなんて言ったの?」
教師陣からの圧力を受けて『お友達』を奉職した訳だが、私が便利な小間使いだと先生に思われるのは癪だ。なので先生方がドン引きするような傍若無人な振る舞いをしてみせる必要があった。
「きみの本音を聞いた上で、きみと友達になりたかったから」
「ともだち」
思ってもみない言葉が聞こえて、思わず鸚鵡返しをした。ひとつ瞬きをしたが、まだ頭に入ってこない。復唱を相槌と捉えたらしい彼女はこう続けた。
「そうだ。建前の友達ではなくて、校外でも遊ぶような友達を、探している」
「はあ……」
校外でする遊びも知らないだろうに、よく言う。
まっすぐこっちを見つめる青と藍の双眸から目を逸らした。
「悪いけどお断りだよ。放課後は森番の仕事をしに、すぐ森に戻るから」
まあ、急ぎの仕事なんてないんだけれど。
「断るのは、俺が面倒な相手だから?」
うーん、確かに面倒ではあるけど、それが理由じゃない。なんと言ったものか。
「ぼく、学校に、校外で遊ぶ仲の友達はいないんだよね。気が合う人がいなくてさ」
人生2度目の精神年齢を持つ私と対等になれる十歳はそうそういないだろう。
たとえいたとしても、私はもう、諦めたのだ。
私には前世とやらの記憶がある。今世の自分の誕生日は知らないのに、前世のそれはばっちり憶えている。そもそもは孤児として、『森番』のじじいに保護された身である訳で。自分の葉っぱ色の髪が地毛である以上、ここは少なくとも私が生きていた時代あるいは世界線の地球、ではない訳で。
前世であらゆる状況証拠と書類から自分が人間だと証明されていたあの人生から、得体の知れない世界に得体の知れない体である日忽然と存在していたという衝撃。この体は何でできている? 本当に私は人間か? 私は当然、狂乱状態に陥った。
もし、私が日本人のままの姿で、年齢で、服装で、じじいに保護されていれば、私はここまで考え込むこともなかっただろう。自己が確立した状態ならば、どこでだって生きていける。帰る方法を探そうともするだろう。
しかし、そうではない。そうではないのだ。
「だから、ごめんね。君のことが嫌いだからじゃなくて、ダメなのはぼくの方」
紛う事無き本心だった。もう、駄目なのだ。出来ることならずっと森に引きこもっていたい。毎日の学校にも『ぼく』というバリアを張らねば平常を保てない。誰だこの国に義務教育制度を導入した奴は。彼女の父王様だ。
同級生を散々子供扱いしていたが、所詮私も彼らと同じなのだろうか。封じ込んでいた感情の奔流で息が詰まる。これ以上の醜態を晒すわけにはいかないとばかりに、彼女を置いて足早に席を立った。
意外な言葉に瞬いた。
(この子も十歳、だよね?)
なんという達観だろう。
自分の出自、今の立場、世間からどう見られているか。振る舞いが周りに及ぼす影響。そしてそれを受け止めた上でこの冷静さ。普通の児童なら何かしらの反感や不条理を感じる所だが、この子は違う。まるで感情の乗っていない平坦な声、凍りつくような無表情の、瞳までもが凪いでいるのを見て、実感した。
(公人だ)
自分の言葉の、態度の、重みを知っている。教室に二人きりになるまで私に話しかけなかったのも、私の立場を考えてのことだろう。
だからこそ、危ういなあと思ってしまう。
「……距離取ってるんだよ。本当はわかってたよね? なんで分からないなんて言ったの?」
教師陣からの圧力を受けて『お友達』を奉職した訳だが、私が便利な小間使いだと先生に思われるのは癪だ。なので先生方がドン引きするような傍若無人な振る舞いをしてみせる必要があった。
「きみの本音を聞いた上で、きみと友達になりたかったから」
「ともだち」
思ってもみない言葉が聞こえて、思わず鸚鵡返しをした。ひとつ瞬きをしたが、まだ頭に入ってこない。復唱を相槌と捉えたらしい彼女はこう続けた。
「そうだ。建前の友達ではなくて、校外でも遊ぶような友達を、探している」
「はあ……」
校外でする遊びも知らないだろうに、よく言う。
まっすぐこっちを見つめる青と藍の双眸から目を逸らした。
「悪いけどお断りだよ。放課後は森番の仕事をしに、すぐ森に戻るから」
まあ、急ぎの仕事なんてないんだけれど。
「断るのは、俺が面倒な相手だから?」
うーん、確かに面倒ではあるけど、それが理由じゃない。なんと言ったものか。
「ぼく、学校に、校外で遊ぶ仲の友達はいないんだよね。気が合う人がいなくてさ」
人生2度目の精神年齢を持つ私と対等になれる十歳はそうそういないだろう。
たとえいたとしても、私はもう、諦めたのだ。
私には前世とやらの記憶がある。今世の自分の誕生日は知らないのに、前世のそれはばっちり憶えている。そもそもは孤児として、『森番』のじじいに保護された身である訳で。自分の葉っぱ色の髪が地毛である以上、ここは少なくとも私が生きていた時代あるいは世界線の地球、ではない訳で。
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もし、私が日本人のままの姿で、年齢で、服装で、じじいに保護されていれば、私はここまで考え込むこともなかっただろう。自己が確立した状態ならば、どこでだって生きていける。帰る方法を探そうともするだろう。
しかし、そうではない。そうではないのだ。
「だから、ごめんね。君のことが嫌いだからじゃなくて、ダメなのはぼくの方」
紛う事無き本心だった。もう、駄目なのだ。出来ることならずっと森に引きこもっていたい。毎日の学校にも『ぼく』というバリアを張らねば平常を保てない。誰だこの国に義務教育制度を導入した奴は。彼女の父王様だ。
同級生を散々子供扱いしていたが、所詮私も彼らと同じなのだろうか。封じ込んでいた感情の奔流で息が詰まる。これ以上の醜態を晒すわけにはいかないとばかりに、彼女を置いて足早に席を立った。
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