44 / 53
執着/愛着
3
しおりを挟む
部屋に一歩入ったとき、思わず満面の笑顔になりそうだった。その瞬間に慌てて口元を硬くして悠人は眉間に皺を寄せた。
匂いがする。
今まで以上に匂いに敏感になっているのではないかと思うほどに、匂いがする。もちろんその匂いは純一のものだ。
まだヒートの余韻があるからだとうと思いながら、「おじゃまします」と呟いて部屋に上がった。
薬は数日分ある。この度、冬真には礼を言って代金を支払って、ついでに何か奢ろうと思う。
だが彼の場合奢るよりもゲーム内通貨を渡す方が喜ばれそうだから、コンビニでカードでも買うかと考えた。
「荷物、とりあえず寝室の方に置いとくよ?」
「あ、うん」
部屋にあった大きめの紙袋数枚に、いくつかの下着や服を詰め込んで出てきた。
タクシーは純一が配車して、すぐに来てくれた。
個人タクシーなどよりも少し高いランクの黒塗りのタクシーだったのは、運転手の質の為だろう。
それにきちんとしている車ならば、事前に連絡すれば運転席と後部座席はきちんと分けられている。だから匂いも最小限に抑えられるはずだ。
「冷蔵庫の中とか、勝手に飲んだりしていいから。あ、ちょっとゴメン」
そう言うと純一はスマホを取り出して呼び出しに応じながら窓際に歩いて行った。
彼は忙しい。それは分かっているし、今すぐにでも仕事に戻れと言いたい。
だがそれは理性的な考えで、実際のところの欲求としては傍にいて欲しい。
今だって同じ想いで、本来ならば一緒に座るか、寝るか。傍にいて、抱きしめて欲しいと思う。
思う度に頭を思い切り左右に振って理性を呼び戻す。
自分でも驚く欲求に悠人はどう抗うべきか考えていた。
「え、あー……それは、どうしよう。取りに行くか、それは」
スマホに向かって話ながら純一がちらりと悠人の方を見た。ずっと悠人は純一を目で追ってしまっていたので、すぐに視線が絡み合う。
一瞬、スマホから顔を離すと純一は言った。
「ちょっとだけ、出て行っても大丈夫?」
「俺は……大丈夫、だけど」
この部屋なら大丈夫。そう思って悠人は答えた。
そしてこのまま突っ立って純一を見ているのはダメだと思い、荷物を手に寝室に向かおうとした。
だがどのドアだったか思い出せずキョロキョロと見回したところで、純一が「そっち」と指差してくれた。
「あ、うん。いや……あー、そう。だから……うん」
純一は笑いながら通話している。
仕事の話だろう。ならば相手は慎二だろうか。
別にそのぐらいのことはどうってことないのだが、どうにも気になってしまう。
自分が傍にいながら電話をしているということに苛立っている。
「俺が?」
嘘だろ、と思わず呟いて寝室の床に荷物を落とす。
両手で顔を押さえてその場にしゃがみ込むと、悠人はぐるぐると周り続ける自分の思考と欲望、そして理性に落ち着いて欲しいと願った。
「どしたの? 大丈夫?」
声がして振り返ると、入口に純一が立っていた。
悠人は眉尻を下げて唸りながら片手を純一に差し出した。
何も言わず純一は近づくと、その手を掴んで同じように床に膝を突き悠人を抱きしめた。
「何かあった?」
「いや……別に、なにも……大丈夫、だよ」
「本当に?」
頷いた悠人に対して、純一は小さく笑った。その吐息が頬に当たりくすぐったかった。
「じゃあ、なんでそんな顔してんの?」
「え?」
顔を離して純一は悠人の頬に触れた。親指の腹で目尻を拭われて、自分が泣いていたのだと気づく。
「え……うそ、なんで?」
慌てて顔を拭おうとした。だがその手を優しく掴むと、純一は目尻に口づけた。
音を立てて頬や額にも口づけていく。
頭を優しく撫でられると気分が落ち着いた。
深呼吸をしながら悠人は「大丈夫」ともう一度口にした。
「少しだけ、出かけてくるけど大丈夫? 事務所に届いてる荷物だけ取ってくる。そしたら、でかけないから。ずっと一緒にいるからさ」
「うん……大丈夫」
頷いて悠人は立ち上がった。純一も一緒に立ち上がるともう一度抱きしめられた。
匂いがする。落ち着く匂いを味わうように深く吸い込んだ。
「多分、始めてでしょ? あんなヒートになったの。大人になって」
「うん。ずっと抑えてたから」
「だから、色々、制御が効かないんだよ。だから、落ち着くまで一緒にいよう? 別に無理なことはさせないから」
「……それで、いいの? お前は」
「別に、俺は悠人とセックスしたくているわけじゃないし。単純に一緒にいたいだけだし。それに、これからも一緒にいてくれるなら、別に今さら焦る必要はないし」
思わぬ言葉に悠人は恥ずかしくなる。
「急がなくていいから」
その一言が優しくじんわりと広がっていき、悠人は頷いた。
そして、純一が何と言おうとももう自分の気持ちは固まっているのだとも改めて感じて、離れようとする純一を少し力を込めて抱きしめると止めた。
「ん?」
「ありがとう……、好き、だよ」
今、溢れる気持ちの一つを口にすると、純一は嬉しそうに笑う。
いつものように目を細めて。
そして同じ言葉を口にした。
匂いがする。
今まで以上に匂いに敏感になっているのではないかと思うほどに、匂いがする。もちろんその匂いは純一のものだ。
まだヒートの余韻があるからだとうと思いながら、「おじゃまします」と呟いて部屋に上がった。
薬は数日分ある。この度、冬真には礼を言って代金を支払って、ついでに何か奢ろうと思う。
だが彼の場合奢るよりもゲーム内通貨を渡す方が喜ばれそうだから、コンビニでカードでも買うかと考えた。
「荷物、とりあえず寝室の方に置いとくよ?」
「あ、うん」
部屋にあった大きめの紙袋数枚に、いくつかの下着や服を詰め込んで出てきた。
タクシーは純一が配車して、すぐに来てくれた。
個人タクシーなどよりも少し高いランクの黒塗りのタクシーだったのは、運転手の質の為だろう。
それにきちんとしている車ならば、事前に連絡すれば運転席と後部座席はきちんと分けられている。だから匂いも最小限に抑えられるはずだ。
「冷蔵庫の中とか、勝手に飲んだりしていいから。あ、ちょっとゴメン」
そう言うと純一はスマホを取り出して呼び出しに応じながら窓際に歩いて行った。
彼は忙しい。それは分かっているし、今すぐにでも仕事に戻れと言いたい。
だがそれは理性的な考えで、実際のところの欲求としては傍にいて欲しい。
今だって同じ想いで、本来ならば一緒に座るか、寝るか。傍にいて、抱きしめて欲しいと思う。
思う度に頭を思い切り左右に振って理性を呼び戻す。
自分でも驚く欲求に悠人はどう抗うべきか考えていた。
「え、あー……それは、どうしよう。取りに行くか、それは」
スマホに向かって話ながら純一がちらりと悠人の方を見た。ずっと悠人は純一を目で追ってしまっていたので、すぐに視線が絡み合う。
一瞬、スマホから顔を離すと純一は言った。
「ちょっとだけ、出て行っても大丈夫?」
「俺は……大丈夫、だけど」
この部屋なら大丈夫。そう思って悠人は答えた。
そしてこのまま突っ立って純一を見ているのはダメだと思い、荷物を手に寝室に向かおうとした。
だがどのドアだったか思い出せずキョロキョロと見回したところで、純一が「そっち」と指差してくれた。
「あ、うん。いや……あー、そう。だから……うん」
純一は笑いながら通話している。
仕事の話だろう。ならば相手は慎二だろうか。
別にそのぐらいのことはどうってことないのだが、どうにも気になってしまう。
自分が傍にいながら電話をしているということに苛立っている。
「俺が?」
嘘だろ、と思わず呟いて寝室の床に荷物を落とす。
両手で顔を押さえてその場にしゃがみ込むと、悠人はぐるぐると周り続ける自分の思考と欲望、そして理性に落ち着いて欲しいと願った。
「どしたの? 大丈夫?」
声がして振り返ると、入口に純一が立っていた。
悠人は眉尻を下げて唸りながら片手を純一に差し出した。
何も言わず純一は近づくと、その手を掴んで同じように床に膝を突き悠人を抱きしめた。
「何かあった?」
「いや……別に、なにも……大丈夫、だよ」
「本当に?」
頷いた悠人に対して、純一は小さく笑った。その吐息が頬に当たりくすぐったかった。
「じゃあ、なんでそんな顔してんの?」
「え?」
顔を離して純一は悠人の頬に触れた。親指の腹で目尻を拭われて、自分が泣いていたのだと気づく。
「え……うそ、なんで?」
慌てて顔を拭おうとした。だがその手を優しく掴むと、純一は目尻に口づけた。
音を立てて頬や額にも口づけていく。
頭を優しく撫でられると気分が落ち着いた。
深呼吸をしながら悠人は「大丈夫」ともう一度口にした。
「少しだけ、出かけてくるけど大丈夫? 事務所に届いてる荷物だけ取ってくる。そしたら、でかけないから。ずっと一緒にいるからさ」
「うん……大丈夫」
頷いて悠人は立ち上がった。純一も一緒に立ち上がるともう一度抱きしめられた。
匂いがする。落ち着く匂いを味わうように深く吸い込んだ。
「多分、始めてでしょ? あんなヒートになったの。大人になって」
「うん。ずっと抑えてたから」
「だから、色々、制御が効かないんだよ。だから、落ち着くまで一緒にいよう? 別に無理なことはさせないから」
「……それで、いいの? お前は」
「別に、俺は悠人とセックスしたくているわけじゃないし。単純に一緒にいたいだけだし。それに、これからも一緒にいてくれるなら、別に今さら焦る必要はないし」
思わぬ言葉に悠人は恥ずかしくなる。
「急がなくていいから」
その一言が優しくじんわりと広がっていき、悠人は頷いた。
そして、純一が何と言おうとももう自分の気持ちは固まっているのだとも改めて感じて、離れようとする純一を少し力を込めて抱きしめると止めた。
「ん?」
「ありがとう……、好き、だよ」
今、溢れる気持ちの一つを口にすると、純一は嬉しそうに笑う。
いつものように目を細めて。
そして同じ言葉を口にした。
17
お気に入りに追加
187
あなたにおすすめの小説

王冠にかける恋【完結】番外編更新中
毬谷
BL
完結済み・番外編更新中
◆
国立天風学園にはこんな噂があった。
『この学園に在籍する生徒は全員オメガである』
もちろん、根も歯もない噂だったが、学園になんら関わりのない国民たちはその噂を疑うことはなかった。
何故そんな噂が出回ったかというと、出入りの業者がこんなことを漏らしたからである。
『生徒たちは、全員首輪をしている』
◆
王制がある現代のとある国。
次期国王である第一王子・五鳳院景(ごおういんけい)も通う超エリート校・国立天風学園。
そこの生徒である笠間真加(かさままなか)は、ある日「ハル」という名前しかわからない謎の生徒と出会って……
◆
オメガバース学園もの
超ロイヤルアルファ×(比較的)普通の男子高校生オメガです。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

【完結済み】乙男な僕はモブらしく生きる
木嶋うめ香
BL
本編完結済み(2021.3.8)
和の国の貴族の子息が通う華学園の食堂で、僕こと鈴森千晴(すずもりちはる)は前世の記憶を思い出した。
この世界、前世の僕がやっていたBLゲーム「華乙男のラブ日和」じゃないか?
鈴森千晴なんて登場人物、ゲームには居なかったから僕のポジションはモブなんだろう。
もうすぐ主人公が転校してくる。
僕の片思いの相手山城雅(やましろみやび)も攻略対象者の一人だ。
これから僕は主人公と雅が仲良くなっていくのを見てなきゃいけないのか。
片思いだって分ってるから、諦めなきゃいけないのは分ってるけど、やっぱり辛いよどうしたらいいんだろう。


アルファな俺が最推しを救う話〜どうして俺が受けなんだ?!〜
車不
BL
5歳の誕生日に階段から落ちて頭を打った主人公は、自身がオメガバースの世界を舞台にしたBLゲームに転生したことに気づく。「よりにもよってレオンハルトに転生なんて…悪役じゃねぇか!!待てよ、もしかしたらゲームで死んだ最推しの異母兄を助けられるかもしれない…」これは第2の性により人々の人生や生活が左右される世界に疑問を持った主人公が、最推しの死を阻止するために奮闘する物語である。

平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。
しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。
基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。
一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。
それでも宜しければどうぞ。

あと一度だけでもいいから君に会いたい
藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。
いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。
もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。
※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります

金の野獣と薔薇の番
むー
BL
結季には記憶と共に失った大切な約束があった。
❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎
止むを得ない事情で全寮制の学園の高等部に編入した結季。
彼は事故により7歳より以前の記憶がない。
高校進学時の検査でオメガ因子が見つかるまでベータとして養父母に育てられた。
オメガと判明したがフェロモンが出ることも発情期が来ることはなかった。
ある日、編入先の学園で金髪金眼の皇貴と出逢う。
彼の纒う薔薇の香りに発情し、結季の中のオメガが開花する。
その薔薇の香りのフェロモンを纏う皇貴は、全ての性を魅了し学園の頂点に立つアルファだ。
来るもの拒まずで性に奔放だが、番は持つつもりはないと公言していた。
皇貴との出会いが、少しずつ結季のオメガとしての運命が動き出す……?
4/20 本編開始。
『至高のオメガとガラスの靴』と同じ世界の話です。
(『至高の〜』完結から4ヶ月後の設定です。)
※シリーズものになっていますが、どの物語から読んでも大丈夫です。
【至高のオメガとガラスの靴】
↓
【金の野獣と薔薇の番】←今ココ
↓
【魔法使いと眠れるオメガ】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる