キンモクセイは夏の記憶とともに

広崎之斗

文字の大きさ
上 下
38 / 53
変わりゆく日常

しおりを挟む
 慌てて悠人はドアを閉めようとした。
 だが身体は思うように力が入らず、元々の力の強さでも純一には勝てなかっただろうことは明白だ。
 一歩中にはいった純一は、後ろを少し振り向いて言う。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
 冬真の声がした。
 何故二人がここにいるのか分からず、悠人は諦めてドアノブから手を離すと純一から離れようとした。
「悠人!」
 強く名を呼ばれ、悠人はびくりと身体を震わせた。
 匂いが強い。
 ずっと欲しかった匂いがする。
「あ……、あぁ、ダメ」
 着ているシャツを強く握り絞め後退った。
 首を横に振り、もう一度ダメと口にする。
 だが本心では、欲しくて堪らない。
 今すぐに満たして欲しいと願う。
「薬……飲むんだろ?」
「……飲む、飲みたい」
 はっと息を吐いて悠人は声を絞り出す。
 足はその場で止まった。
 入口を入ればすぐにダイニングキッチンだ。
 純一は靴を脱いで上がると、置いてあった適当なカップに水道水を入れて悠人に渡した。
 両手でカップを受け取って、悠人は我慢出来ずその場にしゃがみ込んだ。
 薬が入っている袋から一錠取り出して包装からも押し出すと純一は膝を突いて傍に寄った。
「一錠で、大丈夫って言ってたから……」
 錠剤を手に純一は言った。
 それを悠人に渡そうとしている。

 悠人はぼんやりと純一を見た。
 薬を飲まなければ、飲みたいと思う反面で、もう一つの欲望が頭を擡げる。
「なんで……シないの?」
 純一は眉間に皺を寄せると、唇を噛んで視線を逸らした。
 それからまた視線を合わせると、無理して笑みを作る。
「まだ、ちゃんと話せてない」
「なにを? 俺は……いま、純一がほしい、のに?」
「それは……俺が、αだから?」
 口を開いて悠人は首を傾げた。
 言いたい言葉と、考えていることが、ちぐはぐで、混ざり合っている。
 理性と欲望が渦巻いていて、本当に言いたい言葉が見当たらない。
 混乱する思考と感情によって、涙がこみ上げ前が滲み始める。
「それを……まだちゃんと、話せてないよ」
「でも、むつも……今、匂い、するでしょ?」
「するよ。すごい、久しぶりに」
「欲しくないの?」
 甘ったるい声で問う。
 純一は小さく何度も頷いて、ゆっくりと深呼吸をした。
「欲しいよ。すごく。でも、多分それは、悠人の本意じゃないでしょ?」
 視線を泳がせて悠人は口をパクパクとさせた。
 何と答えるのがいいのか。どう答えるべきなのか。
 考えるよりも、今はただただ快楽が欲しい。
「薬を、とりあえず飲んで。それで……少しは落ち着くらしいから」
「落ち着く?」
「うん。少しだけど、ヒートはおさまるらしいから」
「やだ、今すぐ欲しいのに……」
 答えた言葉に対して、純一はまた大きく息を吸って、吐く。
「今なら、あの時の悠人がすげーってこと分かるわ」
「あの時?」
「うん。あの時、多分今の俺みたいに、今すぐ……欲しかったのに、ソレは違うって思って、俺を突き飛ばせたんだ。俺は今、そうしてるから。だから……まずは、ソレを飲んで」
「飲ませて」
 そう言って悠人は赤く濡れた舌を覗かせ口を開けた。
 少しだけ純一は考えるようにしたが、悠人の手からカップを掴み上げると口に含んだ。
 錠剤を悠人の舌の上に置くと、すぐに口づけた。

 薄く開いた唇から、口の中の熱よりも冷たい水が流れ込んでくる。
 こくりと音を立てて水を飲み込むと、錠剤も一緒に喉の中を通っていく。
 水が全て悠人の口に移されると、純一は唇を離そうとした。
 だが悠人はソレを嫌がるように、両手で純一の顔を掴むと引き寄せて舌を滑り込ませた。
 純一の手は優しく悠人の肩を掴んだ。
 始めの内は引き離そうと、少しだけ指先に力が込められる。
 だが、悠人はそれを嫌がるように舌を絡めていく。
 表面のざらつきを味わうように舌を伸した。唾液も甘く感じるのは、匂いと同じだからだろう。
 もっと欲しいと角度を変えて深く口づけると、純一の手にぐっと強く力が込められた。
 舌を絡み合わせながら、純一のものが悠人の咥内へと侵入してくる。
 上顎を擦り、歯列をなぞり、口の中を味わっていく。
 何もかも甘かった。
 じんと身体の奥から脳の奥まで痺れる程の甘い味がする。
「あ……ッ、ぅふ」
 舌を軽く噛まれると声が漏れた。
 他者から与えられる刺激は、甘くむず痒く心地が良い。
 純一がするように、悠人も彼の咥内を味わうように舌を滑らせた。上顎、歯列、全てを味わっていくと、飲み込めない唾液が口の端から零れていく。
 心地がよくて離れるのが嫌だった。
 それでも純一が少しだけ身体を離したので、名残惜しいながらも、悠人は唇を喰んでから離れた。
 手は首に回したまま。悠人はそれ以上離れることを嫌った。

 はぁっと互いに息を吸う。
 眉間に皺を寄せたままの純一をみて、悠人は小さく笑った。
 霞がかかった思考のなかでも、言わなくてはいけない言葉は見つかった。
「俺は……むつが好きだ、よ。だから、むつが、欲しいよ。αだからじゃなくって、むつじゃないと、イヤだ」
「悠人」
「だから……、今すぐ、欲しい」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

王冠にかける恋【完結】番外編更新中

毬谷
BL
完結済み・番外編更新中 ◆ 国立天風学園にはこんな噂があった。 『この学園に在籍する生徒は全員オメガである』 もちろん、根も歯もない噂だったが、学園になんら関わりのない国民たちはその噂を疑うことはなかった。 何故そんな噂が出回ったかというと、出入りの業者がこんなことを漏らしたからである。 『生徒たちは、全員首輪をしている』 ◆ 王制がある現代のとある国。 次期国王である第一王子・五鳳院景(ごおういんけい)も通う超エリート校・国立天風学園。 そこの生徒である笠間真加(かさままなか)は、ある日「ハル」という名前しかわからない謎の生徒と出会って…… ◆ オメガバース学園もの 超ロイヤルアルファ×(比較的)普通の男子高校生オメガです。

【完結済み】乙男な僕はモブらしく生きる

木嶋うめ香
BL
本編完結済み(2021.3.8) 和の国の貴族の子息が通う華学園の食堂で、僕こと鈴森千晴(すずもりちはる)は前世の記憶を思い出した。 この世界、前世の僕がやっていたBLゲーム「華乙男のラブ日和」じゃないか? 鈴森千晴なんて登場人物、ゲームには居なかったから僕のポジションはモブなんだろう。 もうすぐ主人公が転校してくる。 僕の片思いの相手山城雅(やましろみやび)も攻略対象者の一人だ。 これから僕は主人公と雅が仲良くなっていくのを見てなきゃいけないのか。 片思いだって分ってるから、諦めなきゃいけないのは分ってるけど、やっぱり辛いよどうしたらいいんだろう。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。

しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。 基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。 一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。 それでも宜しければどうぞ。

金の野獣と薔薇の番

むー
BL
結季には記憶と共に失った大切な約束があった。 ❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎ 止むを得ない事情で全寮制の学園の高等部に編入した結季。 彼は事故により7歳より以前の記憶がない。 高校進学時の検査でオメガ因子が見つかるまでベータとして養父母に育てられた。 オメガと判明したがフェロモンが出ることも発情期が来ることはなかった。 ある日、編入先の学園で金髪金眼の皇貴と出逢う。 彼の纒う薔薇の香りに発情し、結季の中のオメガが開花する。 その薔薇の香りのフェロモンを纏う皇貴は、全ての性を魅了し学園の頂点に立つアルファだ。 来るもの拒まずで性に奔放だが、番は持つつもりはないと公言していた。 皇貴との出会いが、少しずつ結季のオメガとしての運命が動き出す……? 4/20 本編開始。 『至高のオメガとガラスの靴』と同じ世界の話です。 (『至高の〜』完結から4ヶ月後の設定です。) ※シリーズものになっていますが、どの物語から読んでも大丈夫です。 【至高のオメガとガラスの靴】  ↓ 【金の野獣と薔薇の番】←今ココ  ↓ 【魔法使いと眠れるオメガ】

あと一度だけでもいいから君に会いたい

藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。 いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。 もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。 ※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります

【完結】僕はキミ専属の魔力付与能力者

みやこ嬢
BL
【2025/01/24 完結、ファンタジーBL】 リアンはウラガヌス伯爵家の養い子。魔力がないという理由で貴族教育を受けさせてもらえないまま18の成人を迎えた。伯爵家の兄妹に良いように使われてきたリアンにとって唯一安らげる場所は月に数度訪れる孤児院だけ。その孤児院でたまに会う友人『サイ』と一緒に子どもたちと遊んでいる間は嫌なことを全て忘れられた。 ある日、リアンに魔力付与能力があることが判明する。能力を見抜いた魔法省職員ドロテアがウラガヌス伯爵家にリアンの今後について話に行くが、何故か軟禁されてしまう。ウラガヌス伯爵はリアンの能力を利用して高位貴族に娘を嫁がせようと画策していた。 そして見合いの日、リアンは初めて孤児院以外の場所で友人『サイ』に出会う。彼はレイディエーレ侯爵家の跡取り息子サイラスだったのだ。明らかな身分の違いや彼を騙す片棒を担いだ負い目からサイラスを拒絶してしまうリアン。 「君とは対等な友人だと思っていた」 素直になれない魔力付与能力者リアンと、無自覚なままリアンをそばに置こうとするサイラス。両片想い状態の二人が様々な障害を乗り越えて幸せを掴むまでの物語です。 【独占欲強め侯爵家跡取り×ワケあり魔力付与能力者】 * * * 2024/11/15 一瞬ホトラン入ってました。感謝!

処理中です...