24 / 53
昔の話、今の話。
7
しおりを挟む
シャワーを浴びて出ると、今度はコーヒーの香りがした。
用意されていたタオルを頭から掛けたまま出て行くと、リビングのテーブルの傍に立ってカップに口をつけた純一がぱちりと瞬きして見た。
「あれ、ドライヤー使わなかったの?」
「夏はいつもそんな使わないから……どうせすぐ乾くし」
なるほど、と納得して純一はテーブルの上に置いてあったもう一つのカップを悠人に差し出した。
「砂糖いる?」
「あー……いや、そのままで良い。ありがとう」
少し悩んだが、この怠い身体をシャキッとさせるのにはブラックでいいかと思い手にした。
座るように促され、椅子を引いて座ると純一も同じように向かいに腰掛けた。
「なんかゴメン。なんかいろいろ、世話になりっぱなしで……」
「気にする必要はないよ。それに、今日も付き合ってもらう気だからさ」
「……今日も?」
「そ。ドライブ行こう」
「は?」
唐突な誘いに悠人は口をつけようとしていたカップを掴んだまま、笑顔の純一を見つめた。
「今日は店が休みでしょう? 予定入ってたりはしない、よな?」
「今日は……別に予定ない、けど」
基本的に店休日には予定は入れないでいる。家のことをしたり、美容院に行ったり、医者に行ったり、買い出しに行ったり。そういう休みとして宛がっている傾向がある。
悠人は視線をカップの中身に移して一口コーヒーを飲んだ。
「それに、俺の話を聞いてもらう番だから」
「だからって、ドライブ?」
「そう。わざわざこのために昨日、仕事終わらせて店に行ったようなもんだからさぁ」
笑顔で放たれた言葉に再び悠人は視線を上げた。
屈託のない笑顔で純一は続ける。
「俺はもう、あとは悠人がイイって答えてくれるまで、ひたすら言い続けるだけだから」
「は? 俺がイイって答えるまでって……どういうこと?」
コーヒーをぐいっと飲んで純一は続ける。
「だから、匂いのことも、悠人は理解しているってことでしょ? その上で、あの時のことがあるから自分は相応しくないなんて、意味不明なことを言う。まったくこっちのことも考えて欲しいよ。どれだけ探したと思ってる? 俺は昨日言った通り、努力した。αであるっていう判定を得てから、それを最大限に使ったつもりでココにいる」
悠人は眉間に皺を寄せて首を少しだけ傾けた。
意味が分からない。
だが純一は続ける。
「俺は自分がαだって分かった時。そのちょっと前に悠人から匂ったアレは噂に聞いてた運命の番ってやつだと確信した。だからコレで大手を振って俺は悠人に告白出来るって思ったし、悠人だって俺なら即断即決してくれると思ったぐらいには俺は浮かれた」
「……どこから来るんだその自信」
思わず本音を漏らすと、純一は口を斜めにする。
「だって学年が離れててもずっと一緒にいてくれたわけだし。それに俺は悠人の好き嫌いも他の誰より分かってる自覚あったし。それにあんな匂い、そうそう出会えないでしょ。俺だって悠人があの時、弾き飛ばして追い出さなかったら、絶対そのまま襲ってたと思うし」
まだαという診断は出ていなかったけれど、と付け加えて純一は視線を少しだけ逸らした。
「そのぐらい、あの時のことは強烈だったんだよ。あれからどんな人を前にしたって、全然あんな風にはならなかったし。だから俺は絶対悠人を探し出すって決めてここまで来たんだから、覚悟して」
「覚悟って……っていうか、どんな人を前にしてもって……その、お前、え……っと。恋人とか、いたの?」
「いないよ。男も女も。βもΩも、どうにも匂いが無理で、全然一緒に居ても落ち着かないし、興奮もしない。諦めたのは多分高校の頃かな」
「はやっ」
思わず声を上げて、悠人は首を横に振った。
「でもだからって、俺を探すとか……意味分かんない。ってか、昨日までとお前雰囲気変わりすぎじゃない?!」
昨日、部屋に帰ってくるまでと今ならば天地の差を感じなくもない。
少しどこか大人びた印象があった純一は昨日で終わったのか、今の純一は昔の頃の雰囲気に近い。
小学校の中学年の頃か。少しずつ彼の性格が変わり出した頃。やんちゃとまではいかずとも、明るく、ポジティブになっていったのは記憶にも残っている。
「まぁ、昨日までっていうか部屋に連れてくるまで……イヤ、あの時のこと聞くまではまだ色々探ってたから。とりあえずおとなしくしといた方が、悠人も着いて来てくれるかなって思って? まぁ、まんまとそうなったけど」
「はぁ?」
「俺が兎に角一番確認したかったのは、悠人も俺のコトが好きだってこと。昔も今も。それを踏まえて、悠人はあの時のことが引っかかって、運命の番であろうこの甘ったるい匂いさえ認めたがらない。なら認めてもらうまで俺も更に努力するだけってことよ」
「か、勝手に話進めんなよ! 俺は別にお前のことなんて……ッ!」
「好きじゃないってわけないでしょ? 今だってイイ匂いするのに」
「うぅ……」
コーヒーの香り。
そして甘い香り。
ずっとその匂いはしている。
この部屋に来る前から、会った時からずっとしている。
それでもまだ、あの時のような噎せ返るような匂いはしていない。
「とりあえず、話を聞いてよ。まずはそこから。やっとここまで来たんだから」
そう言って目を細めて笑う純一に、悠人は大きなため息を吐いて特に言葉は返さなかった。
用意されていたタオルを頭から掛けたまま出て行くと、リビングのテーブルの傍に立ってカップに口をつけた純一がぱちりと瞬きして見た。
「あれ、ドライヤー使わなかったの?」
「夏はいつもそんな使わないから……どうせすぐ乾くし」
なるほど、と納得して純一はテーブルの上に置いてあったもう一つのカップを悠人に差し出した。
「砂糖いる?」
「あー……いや、そのままで良い。ありがとう」
少し悩んだが、この怠い身体をシャキッとさせるのにはブラックでいいかと思い手にした。
座るように促され、椅子を引いて座ると純一も同じように向かいに腰掛けた。
「なんかゴメン。なんかいろいろ、世話になりっぱなしで……」
「気にする必要はないよ。それに、今日も付き合ってもらう気だからさ」
「……今日も?」
「そ。ドライブ行こう」
「は?」
唐突な誘いに悠人は口をつけようとしていたカップを掴んだまま、笑顔の純一を見つめた。
「今日は店が休みでしょう? 予定入ってたりはしない、よな?」
「今日は……別に予定ない、けど」
基本的に店休日には予定は入れないでいる。家のことをしたり、美容院に行ったり、医者に行ったり、買い出しに行ったり。そういう休みとして宛がっている傾向がある。
悠人は視線をカップの中身に移して一口コーヒーを飲んだ。
「それに、俺の話を聞いてもらう番だから」
「だからって、ドライブ?」
「そう。わざわざこのために昨日、仕事終わらせて店に行ったようなもんだからさぁ」
笑顔で放たれた言葉に再び悠人は視線を上げた。
屈託のない笑顔で純一は続ける。
「俺はもう、あとは悠人がイイって答えてくれるまで、ひたすら言い続けるだけだから」
「は? 俺がイイって答えるまでって……どういうこと?」
コーヒーをぐいっと飲んで純一は続ける。
「だから、匂いのことも、悠人は理解しているってことでしょ? その上で、あの時のことがあるから自分は相応しくないなんて、意味不明なことを言う。まったくこっちのことも考えて欲しいよ。どれだけ探したと思ってる? 俺は昨日言った通り、努力した。αであるっていう判定を得てから、それを最大限に使ったつもりでココにいる」
悠人は眉間に皺を寄せて首を少しだけ傾けた。
意味が分からない。
だが純一は続ける。
「俺は自分がαだって分かった時。そのちょっと前に悠人から匂ったアレは噂に聞いてた運命の番ってやつだと確信した。だからコレで大手を振って俺は悠人に告白出来るって思ったし、悠人だって俺なら即断即決してくれると思ったぐらいには俺は浮かれた」
「……どこから来るんだその自信」
思わず本音を漏らすと、純一は口を斜めにする。
「だって学年が離れててもずっと一緒にいてくれたわけだし。それに俺は悠人の好き嫌いも他の誰より分かってる自覚あったし。それにあんな匂い、そうそう出会えないでしょ。俺だって悠人があの時、弾き飛ばして追い出さなかったら、絶対そのまま襲ってたと思うし」
まだαという診断は出ていなかったけれど、と付け加えて純一は視線を少しだけ逸らした。
「そのぐらい、あの時のことは強烈だったんだよ。あれからどんな人を前にしたって、全然あんな風にはならなかったし。だから俺は絶対悠人を探し出すって決めてここまで来たんだから、覚悟して」
「覚悟って……っていうか、どんな人を前にしてもって……その、お前、え……っと。恋人とか、いたの?」
「いないよ。男も女も。βもΩも、どうにも匂いが無理で、全然一緒に居ても落ち着かないし、興奮もしない。諦めたのは多分高校の頃かな」
「はやっ」
思わず声を上げて、悠人は首を横に振った。
「でもだからって、俺を探すとか……意味分かんない。ってか、昨日までとお前雰囲気変わりすぎじゃない?!」
昨日、部屋に帰ってくるまでと今ならば天地の差を感じなくもない。
少しどこか大人びた印象があった純一は昨日で終わったのか、今の純一は昔の頃の雰囲気に近い。
小学校の中学年の頃か。少しずつ彼の性格が変わり出した頃。やんちゃとまではいかずとも、明るく、ポジティブになっていったのは記憶にも残っている。
「まぁ、昨日までっていうか部屋に連れてくるまで……イヤ、あの時のこと聞くまではまだ色々探ってたから。とりあえずおとなしくしといた方が、悠人も着いて来てくれるかなって思って? まぁ、まんまとそうなったけど」
「はぁ?」
「俺が兎に角一番確認したかったのは、悠人も俺のコトが好きだってこと。昔も今も。それを踏まえて、悠人はあの時のことが引っかかって、運命の番であろうこの甘ったるい匂いさえ認めたがらない。なら認めてもらうまで俺も更に努力するだけってことよ」
「か、勝手に話進めんなよ! 俺は別にお前のことなんて……ッ!」
「好きじゃないってわけないでしょ? 今だってイイ匂いするのに」
「うぅ……」
コーヒーの香り。
そして甘い香り。
ずっとその匂いはしている。
この部屋に来る前から、会った時からずっとしている。
それでもまだ、あの時のような噎せ返るような匂いはしていない。
「とりあえず、話を聞いてよ。まずはそこから。やっとここまで来たんだから」
そう言って目を細めて笑う純一に、悠人は大きなため息を吐いて特に言葉は返さなかった。
26
お気に入りに追加
187
あなたにおすすめの小説

王冠にかける恋【完結】番外編更新中
毬谷
BL
完結済み・番外編更新中
◆
国立天風学園にはこんな噂があった。
『この学園に在籍する生徒は全員オメガである』
もちろん、根も歯もない噂だったが、学園になんら関わりのない国民たちはその噂を疑うことはなかった。
何故そんな噂が出回ったかというと、出入りの業者がこんなことを漏らしたからである。
『生徒たちは、全員首輪をしている』
◆
王制がある現代のとある国。
次期国王である第一王子・五鳳院景(ごおういんけい)も通う超エリート校・国立天風学園。
そこの生徒である笠間真加(かさままなか)は、ある日「ハル」という名前しかわからない謎の生徒と出会って……
◆
オメガバース学園もの
超ロイヤルアルファ×(比較的)普通の男子高校生オメガです。

【完結済み】乙男な僕はモブらしく生きる
木嶋うめ香
BL
本編完結済み(2021.3.8)
和の国の貴族の子息が通う華学園の食堂で、僕こと鈴森千晴(すずもりちはる)は前世の記憶を思い出した。
この世界、前世の僕がやっていたBLゲーム「華乙男のラブ日和」じゃないか?
鈴森千晴なんて登場人物、ゲームには居なかったから僕のポジションはモブなんだろう。
もうすぐ主人公が転校してくる。
僕の片思いの相手山城雅(やましろみやび)も攻略対象者の一人だ。
これから僕は主人公と雅が仲良くなっていくのを見てなきゃいけないのか。
片思いだって分ってるから、諦めなきゃいけないのは分ってるけど、やっぱり辛いよどうしたらいいんだろう。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。
しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。
基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。
一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。
それでも宜しければどうぞ。

金の野獣と薔薇の番
むー
BL
結季には記憶と共に失った大切な約束があった。
❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎
止むを得ない事情で全寮制の学園の高等部に編入した結季。
彼は事故により7歳より以前の記憶がない。
高校進学時の検査でオメガ因子が見つかるまでベータとして養父母に育てられた。
オメガと判明したがフェロモンが出ることも発情期が来ることはなかった。
ある日、編入先の学園で金髪金眼の皇貴と出逢う。
彼の纒う薔薇の香りに発情し、結季の中のオメガが開花する。
その薔薇の香りのフェロモンを纏う皇貴は、全ての性を魅了し学園の頂点に立つアルファだ。
来るもの拒まずで性に奔放だが、番は持つつもりはないと公言していた。
皇貴との出会いが、少しずつ結季のオメガとしての運命が動き出す……?
4/20 本編開始。
『至高のオメガとガラスの靴』と同じ世界の話です。
(『至高の〜』完結から4ヶ月後の設定です。)
※シリーズものになっていますが、どの物語から読んでも大丈夫です。
【至高のオメガとガラスの靴】
↓
【金の野獣と薔薇の番】←今ココ
↓
【魔法使いと眠れるオメガ】

あと一度だけでもいいから君に会いたい
藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。
いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。
もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。
※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります
【完結】僕はキミ専属の魔力付与能力者
みやこ嬢
BL
【2025/01/24 完結、ファンタジーBL】
リアンはウラガヌス伯爵家の養い子。魔力がないという理由で貴族教育を受けさせてもらえないまま18の成人を迎えた。伯爵家の兄妹に良いように使われてきたリアンにとって唯一安らげる場所は月に数度訪れる孤児院だけ。その孤児院でたまに会う友人『サイ』と一緒に子どもたちと遊んでいる間は嫌なことを全て忘れられた。
ある日、リアンに魔力付与能力があることが判明する。能力を見抜いた魔法省職員ドロテアがウラガヌス伯爵家にリアンの今後について話に行くが、何故か軟禁されてしまう。ウラガヌス伯爵はリアンの能力を利用して高位貴族に娘を嫁がせようと画策していた。
そして見合いの日、リアンは初めて孤児院以外の場所で友人『サイ』に出会う。彼はレイディエーレ侯爵家の跡取り息子サイラスだったのだ。明らかな身分の違いや彼を騙す片棒を担いだ負い目からサイラスを拒絶してしまうリアン。
「君とは対等な友人だと思っていた」
素直になれない魔力付与能力者リアンと、無自覚なままリアンをそばに置こうとするサイラス。両片想い状態の二人が様々な障害を乗り越えて幸せを掴むまでの物語です。
【独占欲強め侯爵家跡取り×ワケあり魔力付与能力者】
* * *
2024/11/15 一瞬ホトラン入ってました。感謝!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる