キンモクセイは夏の記憶とともに

広崎之斗

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昔の話、今の話。

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 純一の部屋は外観通り広かった。
 2LDKの間取りで、リビングにはテレビにソファ、テーブルセットと揃っている。色も落ち着いた色合いで揃えられていて、電気をつけると柔らかい光が降り注いだ。
「そこ座って。水飲む?」
「……飲む」
 まだアルコールが身体の中を巡っている。
 気持ちが悪い程ではないものの、全体的に視線を動かすと全てが遅く感じる。
 促されたソファに歩み寄ると、荷物を床に置いて腰を下ろした。
 はぁっとため息が漏れるのは、座ったことへの安堵と、先の会話のせいだ。
 暫くしてグラスに水を入れて持って来た純一は悠人にそれを差し出した次いでペットボトルを一つローテーブルの上に置く。
 もらった水を飲んでいると、純一は肘掛け側にもたれるように隣りに座った。
 ソファが少しだけ弾む。
「俺から話していい?」
 そう言われて悠人は無言で頷く。
 視線は合わせられなかった。

「ずっと、っていっても。いつからか分からないけど。俺はのことが好きだった。でもそれは多分、兄ちゃんみたいで好きだったんだよな。俺も悠人も一人っ子だったし」
 小さく悠人は頷いた。
 田舎では珍しく一人っ子だったが故に、二人は余計に兄弟の様に仲がよくなったといえる。
 だから純一が兄ちゃんと呼ぶのが、子供心に嬉しかった。
 年の差もちょうど四つともなれば、本当の兄弟のような気分になる。
「でも、回りがどのクラスの誰がイイとか、そういう話しだしても俺は全く興味が湧かなかった。それより悠人と一緒に居る方が楽しかったし。それにあの頃の俺は、そんな話に食らいついて行けるほどの性格じゃなかったし」
 グラスをテーブルに置いて、悠人はペットボトルに手を伸した。
 キャップを外しグラスの中へ冷たい水を注ぎ込み、再び水を飲んだ。
 
 二人が出会ったのは悠人が七歳の時。純一はまだ三歳の頃だった。
 町内での祭りや子ども向けの行事などに半強制的に参加させられる中であった。
 純一はそんなときにぽつりと隅の方に居た。
 小学校に上がるまでの純一は、そういうタイプだったのだ。
 常に一歩後ろの方にいて、他の子どもたちの輪に入ることがあまり得意ではなく、静かだった。
 悠人はそんな純一なら一緒に居て自分も楽かもしれないと、一人ぼっち同士と言うこともあって話掛けて、一緒に居るようにした。
 互いに話すのは楽しかった。
 回りの子ども達よりもペースが少し違う純一に対して、悠人はあわせることが苦ではなかった。
 それは悠人も、あまり賑やかな場所が得意ではなかったから余計のことだった。
 そうやって二人は多くの時間を共に過ごすようになった。
 弟のように、兄のように慕い、宿題をするにも遊ぶにも共に過ごすことが多かった。
 家が近所ということもあって、家族ぐるみでの付き合いは大きくなっても同じように続いていた。
 純一は小学校に上がる頃になると、大分、悠人以外の子ども――同級生の子などと話したり、最低限のコミュニケーションは取れるようになっていた。
 それもこれも悠人のおかげだと純一は思っていたし、彼の両親もそう考えていた。
 
「中学に上がると、もう自分は悠人のことが多分好きなんだって気がついた。高校生と中学生って、大人から見れば同じぐらいだけど、当時の自分達からすれば大人と子どもぐらい隔たりを感じる。だから今まで通り付き合いがあっても、それでもやっぱ悠人はもう俺にとって大人だった」
「それでも別に……俺たちは普通に遊んでただろ。勉強教えてやったし」
「そう。家庭教師みたいなもんかな。嬉しかったよ。離れちゃうかもしれない悠人が、自分のところに来てくれる。自分が行くことを許してくれるなんて夢かと思った。だから益々俺は悠人のことが好きなんだと自覚した。悠人が他の同級生と仲良くしてるなんて、見たくも考えたくもないって思ったし。男でも女でも」
 悠人は首を横に振った。
 グラスを握っていた指に力を込める。
「あの頃は……違う。俺は……お前を良いように利用してただけだ」
「だとしても、俺はそれで良かったし。その方が良いよ。俺の傍に居てくれたんだから」
「お前が思うほど、俺はちゃんとした兄を演じてない」
「演じてなくてもいいよ。別に、俺は兄として悠人を慕っていたけど、それだけじゃない」
「でも、あの頃俺は……もう」
 顔を上げて純一を見ると、感情の読めない双眸がじっと悠人を見つめていた。
 すっと細められる。
 口元は笑っていない。
「診断が出てたんでしょ? Ωだっていう」
「……そう。だから……学校の奴らとなんて、一緒にいたくなかったんだ」
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