20 / 53
昔の話、今の話。
3
しおりを挟む
純一の一言をきっかけに、悠人は何も言えなくなっていた。
頭の中では様々な自問自答、言葉が湧いては消えていく。
目的回に着いたことを知らせる電子のベル音が鳴り、開いたドアから純一が一歩先に出た。
振り返り、まだ一歩を踏み出せない悠人の手を掴むと引っ張りドアから外へと連れ出した。
逃げる気はない。話を聞かなくていけない。
そう分かっていても、まだ、純一が口にした言葉の意味を理解できないでいる。
それは彼が話をすれば分かることだろうし、そうなれば自分の気持ちは成就されることを悠人は知っている。
だがしかし。
「こっち」
フロアを歩く。人のいない数戸のドアを通り過ぎ角部屋が純一の部屋だった。
一歩一歩、引っ張られる様にして歩きながら、悠人は何か言わなくてはと考える。
だがどうしても、匂いが思考を邪魔している。
ちゃぷちゃぷとペットボトルに残った水が音を立てる。
「なぁ……、ッ、むつ」
昔の呼び名を口にした。
しかし、歩みを止める事なく部屋の前までたどり着くと、鍵を開けて中へと入る。
「なぁ、むつ!」
部屋に入ったと同時。
ドアが閉まる音と同時に強く抱きしめられる。
甘い香りが心地よく、身体を突き放そうという発想は一切なかった。
「ずっと会いたかったし、ずっとこうしたかった」
「あ……」
「でも分かってる……悠人は何もかも簡単にイイとは言ってくれないことぐらい」
「なぁ……むつ、お前……その、α、なんだよな?」
「うん。そうだよ」
「いつ……わかった?」
「悠人が卒業して、上京するちょっと前」
立ち尽くしたまま、悠人は両手を下げたまま、為す術もなく抱きしめられていた。
純一は強く抱きしめ、その指先の力を強くしている。
「なぁ……話を、しよう。それで……多分、そう」
悠人は小さく囁く。
「お前の好きは違うって……証明するから」
「違う? 違うって、どういう意味?」
小さく低く耳元で声が響く。
悠人はピクリと身体を震わせ、息を止める。
身体にじくりと甘い痺れが広がる。
口の中に溜まった唾液を飲み込む。
目を閉じて、言葉を探す。
「俺は、お前があの時……俺が、始めて、意図せずヒートになったときにいただろ?」
勉強を教えて、その後遊ぶ約束をしていた夏休みのあの日。
「あれで、お前は多分勘違いをしたんだ」
どうしても欲しかった。
目の前にいる彼が欲しい。
「あの時俺は……お前を、お前として認識できてなくて」
目の前にいる人間はαだと直感で分かった。
匂いがした。
αの匂い。
まだそれは微かなものだったが、Ωの本能として分かった。
「ただ、目の前にいるαだろう人間が欲しかっただけなんだ」
驚愕の瞳。
己の甘ったるく卑しい声。
「でも悠人は、俺だって分かったから、ああしたんだろ?」
「そう……ギリギリ、理解出来たから。でも、俺は別に……お前じゃなくても誰でも良かったんだ。あの時の匂いが、多分、お前にもただすり込まれたようなもので」
そう言いながらも言葉尻は消えていく。
純一は小さくため息を吐いて、身体を少し離した。
「中で話そう」
その言葉に少し迷いが生じたものの、この場を逃せば話をする機会は永遠に失われるかもしれない。
それに今しか彼の想いを変えることはできないと悠人は考えて頷いた。
確かに、自分は純一のことが好きだろう。だがそれがどういう性質のものか、未だに正直分からないでいる。
いや、好きだ。
だが自分が純一に相応しいとは到底思えなかった。
相手の性が何であろうと、もっと似合う見た目の、性格の、誰かがいるはずだ。
それは大人になった純一を見て、驚いた時に思ったことだ。
自分の想いは殺した方が、彼の為にもいいと。
似合わない。相応しくない。
あの時、まだαであることも診断されていない彼に手を伸そうとした自分なんて、相応しくなんかない。
頭の中では様々な自問自答、言葉が湧いては消えていく。
目的回に着いたことを知らせる電子のベル音が鳴り、開いたドアから純一が一歩先に出た。
振り返り、まだ一歩を踏み出せない悠人の手を掴むと引っ張りドアから外へと連れ出した。
逃げる気はない。話を聞かなくていけない。
そう分かっていても、まだ、純一が口にした言葉の意味を理解できないでいる。
それは彼が話をすれば分かることだろうし、そうなれば自分の気持ちは成就されることを悠人は知っている。
だがしかし。
「こっち」
フロアを歩く。人のいない数戸のドアを通り過ぎ角部屋が純一の部屋だった。
一歩一歩、引っ張られる様にして歩きながら、悠人は何か言わなくてはと考える。
だがどうしても、匂いが思考を邪魔している。
ちゃぷちゃぷとペットボトルに残った水が音を立てる。
「なぁ……、ッ、むつ」
昔の呼び名を口にした。
しかし、歩みを止める事なく部屋の前までたどり着くと、鍵を開けて中へと入る。
「なぁ、むつ!」
部屋に入ったと同時。
ドアが閉まる音と同時に強く抱きしめられる。
甘い香りが心地よく、身体を突き放そうという発想は一切なかった。
「ずっと会いたかったし、ずっとこうしたかった」
「あ……」
「でも分かってる……悠人は何もかも簡単にイイとは言ってくれないことぐらい」
「なぁ……むつ、お前……その、α、なんだよな?」
「うん。そうだよ」
「いつ……わかった?」
「悠人が卒業して、上京するちょっと前」
立ち尽くしたまま、悠人は両手を下げたまま、為す術もなく抱きしめられていた。
純一は強く抱きしめ、その指先の力を強くしている。
「なぁ……話を、しよう。それで……多分、そう」
悠人は小さく囁く。
「お前の好きは違うって……証明するから」
「違う? 違うって、どういう意味?」
小さく低く耳元で声が響く。
悠人はピクリと身体を震わせ、息を止める。
身体にじくりと甘い痺れが広がる。
口の中に溜まった唾液を飲み込む。
目を閉じて、言葉を探す。
「俺は、お前があの時……俺が、始めて、意図せずヒートになったときにいただろ?」
勉強を教えて、その後遊ぶ約束をしていた夏休みのあの日。
「あれで、お前は多分勘違いをしたんだ」
どうしても欲しかった。
目の前にいる彼が欲しい。
「あの時俺は……お前を、お前として認識できてなくて」
目の前にいる人間はαだと直感で分かった。
匂いがした。
αの匂い。
まだそれは微かなものだったが、Ωの本能として分かった。
「ただ、目の前にいるαだろう人間が欲しかっただけなんだ」
驚愕の瞳。
己の甘ったるく卑しい声。
「でも悠人は、俺だって分かったから、ああしたんだろ?」
「そう……ギリギリ、理解出来たから。でも、俺は別に……お前じゃなくても誰でも良かったんだ。あの時の匂いが、多分、お前にもただすり込まれたようなもので」
そう言いながらも言葉尻は消えていく。
純一は小さくため息を吐いて、身体を少し離した。
「中で話そう」
その言葉に少し迷いが生じたものの、この場を逃せば話をする機会は永遠に失われるかもしれない。
それに今しか彼の想いを変えることはできないと悠人は考えて頷いた。
確かに、自分は純一のことが好きだろう。だがそれがどういう性質のものか、未だに正直分からないでいる。
いや、好きだ。
だが自分が純一に相応しいとは到底思えなかった。
相手の性が何であろうと、もっと似合う見た目の、性格の、誰かがいるはずだ。
それは大人になった純一を見て、驚いた時に思ったことだ。
自分の想いは殺した方が、彼の為にもいいと。
似合わない。相応しくない。
あの時、まだαであることも診断されていない彼に手を伸そうとした自分なんて、相応しくなんかない。
26
お気に入りに追加
187
あなたにおすすめの小説

王冠にかける恋【完結】番外編更新中
毬谷
BL
完結済み・番外編更新中
◆
国立天風学園にはこんな噂があった。
『この学園に在籍する生徒は全員オメガである』
もちろん、根も歯もない噂だったが、学園になんら関わりのない国民たちはその噂を疑うことはなかった。
何故そんな噂が出回ったかというと、出入りの業者がこんなことを漏らしたからである。
『生徒たちは、全員首輪をしている』
◆
王制がある現代のとある国。
次期国王である第一王子・五鳳院景(ごおういんけい)も通う超エリート校・国立天風学園。
そこの生徒である笠間真加(かさままなか)は、ある日「ハル」という名前しかわからない謎の生徒と出会って……
◆
オメガバース学園もの
超ロイヤルアルファ×(比較的)普通の男子高校生オメガです。

【完結済み】乙男な僕はモブらしく生きる
木嶋うめ香
BL
本編完結済み(2021.3.8)
和の国の貴族の子息が通う華学園の食堂で、僕こと鈴森千晴(すずもりちはる)は前世の記憶を思い出した。
この世界、前世の僕がやっていたBLゲーム「華乙男のラブ日和」じゃないか?
鈴森千晴なんて登場人物、ゲームには居なかったから僕のポジションはモブなんだろう。
もうすぐ主人公が転校してくる。
僕の片思いの相手山城雅(やましろみやび)も攻略対象者の一人だ。
これから僕は主人公と雅が仲良くなっていくのを見てなきゃいけないのか。
片思いだって分ってるから、諦めなきゃいけないのは分ってるけど、やっぱり辛いよどうしたらいいんだろう。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。
しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。
基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。
一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。
それでも宜しければどうぞ。

あと一度だけでもいいから君に会いたい
藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。
いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。
もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。
※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります

金の野獣と薔薇の番
むー
BL
結季には記憶と共に失った大切な約束があった。
❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎
止むを得ない事情で全寮制の学園の高等部に編入した結季。
彼は事故により7歳より以前の記憶がない。
高校進学時の検査でオメガ因子が見つかるまでベータとして養父母に育てられた。
オメガと判明したがフェロモンが出ることも発情期が来ることはなかった。
ある日、編入先の学園で金髪金眼の皇貴と出逢う。
彼の纒う薔薇の香りに発情し、結季の中のオメガが開花する。
その薔薇の香りのフェロモンを纏う皇貴は、全ての性を魅了し学園の頂点に立つアルファだ。
来るもの拒まずで性に奔放だが、番は持つつもりはないと公言していた。
皇貴との出会いが、少しずつ結季のオメガとしての運命が動き出す……?
4/20 本編開始。
『至高のオメガとガラスの靴』と同じ世界の話です。
(『至高の〜』完結から4ヶ月後の設定です。)
※シリーズものになっていますが、どの物語から読んでも大丈夫です。
【至高のオメガとガラスの靴】
↓
【金の野獣と薔薇の番】←今ココ
↓
【魔法使いと眠れるオメガ】
【完結】僕はキミ専属の魔力付与能力者
みやこ嬢
BL
【2025/01/24 完結、ファンタジーBL】
リアンはウラガヌス伯爵家の養い子。魔力がないという理由で貴族教育を受けさせてもらえないまま18の成人を迎えた。伯爵家の兄妹に良いように使われてきたリアンにとって唯一安らげる場所は月に数度訪れる孤児院だけ。その孤児院でたまに会う友人『サイ』と一緒に子どもたちと遊んでいる間は嫌なことを全て忘れられた。
ある日、リアンに魔力付与能力があることが判明する。能力を見抜いた魔法省職員ドロテアがウラガヌス伯爵家にリアンの今後について話に行くが、何故か軟禁されてしまう。ウラガヌス伯爵はリアンの能力を利用して高位貴族に娘を嫁がせようと画策していた。
そして見合いの日、リアンは初めて孤児院以外の場所で友人『サイ』に出会う。彼はレイディエーレ侯爵家の跡取り息子サイラスだったのだ。明らかな身分の違いや彼を騙す片棒を担いだ負い目からサイラスを拒絶してしまうリアン。
「君とは対等な友人だと思っていた」
素直になれない魔力付与能力者リアンと、無自覚なままリアンをそばに置こうとするサイラス。両片想い状態の二人が様々な障害を乗り越えて幸せを掴むまでの物語です。
【独占欲強め侯爵家跡取り×ワケあり魔力付与能力者】
* * *
2024/11/15 一瞬ホトラン入ってました。感謝!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる