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日常で始まった、非日常
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店内は程よく静かだった。煩すぎない雑談の声がBGMと共に流れる心地よい空間だ。
古すぎず、しかし新しいすぎるわけでもない。温かみのある木製のテーブルや椅子は、壁や床の木目調のデザインに調和している。
季節毎にインテリアも手が込んだものになる。
今の時期は、リゾート地のような色とりどりの賑やかさで彩られていた。
すぐに店員がサラダを持って来てくれた。取り皿を二つ重ねたものを置いたところで、悠人は追加の注文をする。
仕事が終わって賄いも食べていない。ビールを飲み始めて、更に強く空腹を感じ始めていた。
だから頼んだのは、この店の人気メニューの一つであるチーズドリアだった。
「ランチでも美味いんだよ。事務所からも遠くないだろうし、偶に来れば?」
「そうだね。近いしイイかも」
そう言ってから純一は話を戻す。
「で、安心はなんでしたの?」
「あー……、見た目は凄い変わったけど、変わんないって分かったから」
「俺が?」
「そう」
咄嗟の嘘だった。
だが純一はそれに納得したのか、眉間に皺を刻んで笑う。
「なんだよそれ」
困ったような物言いに、悠人は釣られて笑った。
「だって、最初に来たとき」
匂いがした。
「全然分からなかったから」
あの匂いが、今は少し薄れている気がする。
「まぁ、俺も確証は最後まで持てなかったけど。悠人はすぐに見て分かったよ」
「それ、見た目も変わってねぇってこと?」
気軽に話せるぐらいには、緊張感も薄れている。
あの匂いのせいで、何もかも感覚が狂うのだと理解した。
匂いのせいで、理性が溶けそうになるのがイヤなのだ。あの時のように。
グラスを手にして一口ビールを飲む。口の中に広がる柑橘系の香りと、爽やかなのどごしが心地よい。
「変わってないといえば、変わってないかな」
目を細めて笑って、純一は少し首を傾げ顔を覗き込むように距離を詰める。
「ねぇ、なんで何も言わないで出てったの?」
ひゅっと息を吸って悠人は視線を逸らした。
グラスを置いて手を引っ込めようとしたとき、その手を掴まれた。
思わず視線を純一に向ける。
「それ……は」
「どこに住むかくらい、教えてくれてもよかったのに。おばさんもおじさんも、教えてくれなかった。というより今は知らないって、俺が出る頃には言われたかな。二人とも悠人から連絡が少ないから寂しいって言ってたよ」
「でも、別に……俺らぐらいの年齢なら、そういうの普通じゃん?」
「大学出て一度も帰らないのも?」
言葉を失った悠人は視線をテーブルの上の手に向けたまま固まっていた。
触れていた指が離れると純一は小さなため息を吐いた。
触れられていた場所が熱く感じる。
「せめて一度ぐらい顔を見せた方がいいと思うよ。悠人が何を考えているのか、大体は分かるけど」
「……わかる? お前に?」
「わかるよ」
「お、お前に、何が……ッ」
分かるというのか。
そう言おうとしたが、じっと見つめる瞳を見て言葉は口から吐き出されなかった。
「わかるよ。でもまぁ、今はその話はやめよう。俺から言っといてなんだけど。ごめんね」
ため息を吐いて悠人はグラスに手を伸ばし、残っていたビールを一気に飲み干した。
はぁ、と息を吐く。俯き、目を閉じ、気分を切り換えようと努力する。
口の中がほろ苦く酸味を感じて心地が良い。
「謝るぐらいなら、奢れよコレ」
飲んでやろうと心に決めて顔を上げると、純一は予想外といった様子で目を丸くしていた。
「それは、もちろんそのつもりだけど」
「なら、いい」
気分を切り換える。
そのぐらいの転換は今の自分には平気だと悠人は心の中で言い聞かせた。
イヤでもそういった場面は今までにも沢山あった。だから大丈夫だと呪文のように言い聞かせる。
「とりあえず……さっきのあのマネキンなんなのか教えてよ」
古すぎず、しかし新しいすぎるわけでもない。温かみのある木製のテーブルや椅子は、壁や床の木目調のデザインに調和している。
季節毎にインテリアも手が込んだものになる。
今の時期は、リゾート地のような色とりどりの賑やかさで彩られていた。
すぐに店員がサラダを持って来てくれた。取り皿を二つ重ねたものを置いたところで、悠人は追加の注文をする。
仕事が終わって賄いも食べていない。ビールを飲み始めて、更に強く空腹を感じ始めていた。
だから頼んだのは、この店の人気メニューの一つであるチーズドリアだった。
「ランチでも美味いんだよ。事務所からも遠くないだろうし、偶に来れば?」
「そうだね。近いしイイかも」
そう言ってから純一は話を戻す。
「で、安心はなんでしたの?」
「あー……、見た目は凄い変わったけど、変わんないって分かったから」
「俺が?」
「そう」
咄嗟の嘘だった。
だが純一はそれに納得したのか、眉間に皺を刻んで笑う。
「なんだよそれ」
困ったような物言いに、悠人は釣られて笑った。
「だって、最初に来たとき」
匂いがした。
「全然分からなかったから」
あの匂いが、今は少し薄れている気がする。
「まぁ、俺も確証は最後まで持てなかったけど。悠人はすぐに見て分かったよ」
「それ、見た目も変わってねぇってこと?」
気軽に話せるぐらいには、緊張感も薄れている。
あの匂いのせいで、何もかも感覚が狂うのだと理解した。
匂いのせいで、理性が溶けそうになるのがイヤなのだ。あの時のように。
グラスを手にして一口ビールを飲む。口の中に広がる柑橘系の香りと、爽やかなのどごしが心地よい。
「変わってないといえば、変わってないかな」
目を細めて笑って、純一は少し首を傾げ顔を覗き込むように距離を詰める。
「ねぇ、なんで何も言わないで出てったの?」
ひゅっと息を吸って悠人は視線を逸らした。
グラスを置いて手を引っ込めようとしたとき、その手を掴まれた。
思わず視線を純一に向ける。
「それ……は」
「どこに住むかくらい、教えてくれてもよかったのに。おばさんもおじさんも、教えてくれなかった。というより今は知らないって、俺が出る頃には言われたかな。二人とも悠人から連絡が少ないから寂しいって言ってたよ」
「でも、別に……俺らぐらいの年齢なら、そういうの普通じゃん?」
「大学出て一度も帰らないのも?」
言葉を失った悠人は視線をテーブルの上の手に向けたまま固まっていた。
触れていた指が離れると純一は小さなため息を吐いた。
触れられていた場所が熱く感じる。
「せめて一度ぐらい顔を見せた方がいいと思うよ。悠人が何を考えているのか、大体は分かるけど」
「……わかる? お前に?」
「わかるよ」
「お、お前に、何が……ッ」
分かるというのか。
そう言おうとしたが、じっと見つめる瞳を見て言葉は口から吐き出されなかった。
「わかるよ。でもまぁ、今はその話はやめよう。俺から言っといてなんだけど。ごめんね」
ため息を吐いて悠人はグラスに手を伸ばし、残っていたビールを一気に飲み干した。
はぁ、と息を吐く。俯き、目を閉じ、気分を切り換えようと努力する。
口の中がほろ苦く酸味を感じて心地が良い。
「謝るぐらいなら、奢れよコレ」
飲んでやろうと心に決めて顔を上げると、純一は予想外といった様子で目を丸くしていた。
「それは、もちろんそのつもりだけど」
「なら、いい」
気分を切り換える。
そのぐらいの転換は今の自分には平気だと悠人は心の中で言い聞かせた。
イヤでもそういった場面は今までにも沢山あった。だから大丈夫だと呪文のように言い聞かせる。
「とりあえず……さっきのあのマネキンなんなのか教えてよ」
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