キンモクセイは夏の記憶とともに

広崎之斗

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偶然とは、必然の上に成り立つ

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 小山悠人の職場は都会の喧噪を少し忘れられそうなほど静かな場所にあった。
 街の賑やかな通りを突き抜けて行くとある通りは、昔ながらの小さな商店があったり、デザイナーのオフィスやお店、映像制作の会社がオフィスを構えていたりする場所でもあった。
 主要な駅からは少し離れているが、そこにしかない店を求めて来る人も多く休みの日はそれなりに賑わうことが多い。それでもやはり少し大人が来る街でもあるために賑やかさの中に煩さはない。
 悠人は職場までの道をクロスバイクで走り抜けていく。
 夏の強い日射しはアスファルトを熱し、クロスバイクを漕ぐ身体をも焼き尽くしそうだった。
 目的地に近づくにつれて速度を落とすと、店の前でクロスバイクから降りると、ポケットから鍵を取り出して小さな柵を解錠した。くぐるとすぐに施錠して、細い道を歩いて行く。隣の建物と隣接している小道は悠人が務める店の敷地だった。
 突き当たるとクロスバイクを止めた。左手には手狭だが広場があり、プレハブの物置が置いてある。そして店に入る裏口がそこにある。

「よー、おはよう」
 眠たげな声が上から降ってきた。悠人は顔を上げて少し眩しくて目を細めた。
「おはようございます。また朝までゲームやってたんですか?」
 悠人が声をあげると、窓から顔を覗かせていた男は眠たそうに言った。
「まぁ、イイ感じに人も集まったからさぁ?」
 そう言う男こそ、この店のオーナーである神木冬真だった。
 冬真の実家はずばり金持ちである。故に働かずともいい身分ではあるのだが、当人がそれでは人生に面白みが欠ける、と言って店をやろうと独学で勉強した後開いたのがこの店である。と、悠人は聞いている。果たしてそれがどこまで真実なのかは知らないが、話半分程度に聞いておくのが丁度いいだろうと思っていた。
「今度悠人もやろうよ。偶にはやっとかないと、腕鈍るよ?」
「……まぁ、偶には、考えときますよ」
「シフト調整ぐらいしてやるからさぁ」
「勝手に人のシフト弄らないでくださいよ」

 冬真は笑いながら部屋の中に戻った。
 金持ちであろうと、店の経営をしていようと、冬真はとても気さくに悠人に話しかけるし、他の従業員にも同じように接していた。
 彼はもちろんαである。故にΩに対する偏見を持っているのかと最初こそ悠人は構えていたが、そんな欠片もなく、彼はむしろ「Ωって大変だよねぇ」と言うぐらいで、それ以上でもそれ以下でもなかった。
 この店で働き続けているのは、そんな緩い冬真の存在がΩである悠人にとっては丁度良かった。それに当人が金銭に困ってないだけあってか、金払いはいいのだ。元々、商才はあるらしい冬真は店をすぐに軌道に乗せて損失はほぼゼロから初めていたというし、物販などでの売り上げもあり売り上げは常にプラスだ。
 それでいて無理なく程よくをモットーにしているために、店員たちのやる気も下がることもない。居心地の良さは誰もが噛みしめているようで、悠人が入ってからもずっと殆ど人は入れ替わっていないぐらいだった。
 裏口を開ける。すでにランチ営業は終わっているため、昼間働いてた面々は片付けを終えて賄いを食べ終えており、綺麗に片付けて殆どが帰っている。
 二階から降りてきた冬真は欠伸をしながら、人差し指を立てて天井を指差した。
「上に海人いるよぉ」
「早番ですよね、海人」
「うん。寝てるだけ」
「寝てるって。まさか、夜中ゲームに付き合わせてたんですか?」
 呆れた声をあげる悠人に、冬真は笑いながら言った。
「だからイイ感じに集まったっていったろ?」

 悠人はため息を吐いて階段を見上げた。
 二階は実質は休憩室であるが冬真の住処でもある。もちろんマンションは他にきちんと所有している。ただ、上の階は普段事務作業をこなしたり、早番の人が帰る前に少しだらだらと過ごすのに使われている。
 そして今の様に、眠くて仕方ないときは最高の環境で眠ることが出来る休憩室でもあるのだ。
 宮間海人という男はよく二階で一眠りしてから帰ることが多い。それ故に、遅番の手が届かないところを少しだけ手伝って帰ってくれたりするので、とてもありがたい存在ではあるフリーターだ。
「昼間使い物になったんです?」
「そこは大丈夫。じゃないと誘わないよ」

 ふふっと笑いながら店に出る冬真は、黙って立っていれば美人だ。だが言動や行動は突拍子もないことが多く、さすが坊ちゃんと周りから言われるほど。しかし当人は大して気にも留めていない様子だった。
 色素の薄い肌と髪。肩ほどまで伸した髪は一つにまとめて括られている。シャツにジーンズというラフな出で立ちだが、それだからこそ素材の良さを引き立てていると言えた。
 冬真はカウンターへ向かった。すでに機材や食器は綺麗に片付けられて居たが、エスプレッソマシンだけは電源が入ったままだった。もちろん、掃除はされている。それもいつものことだ。
「飲む?」
「あー、もらいます」
「大丈夫、ミルクちゃんとあるからさ」
「なかったら俺の発注ミスじゃないですか、それ」
 悠人は荷物を一旦ロッカーに入れると、ジャケットを脱いでカウンターへと向かった。
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