不自由で自由な僕たちの世界。

広崎之斗

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終章:自由/不自由

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 ※ ※ ※

 重たい身体を起こして、ユーマはベッドを降りようとした。何か管が伸びている小さな箱みたいなものがベッドサイドにあり、一瞥してソレが薬だと分かった。取りあえずそれは持っておいた方が良いだろうと判断して、手に取ると殆ど床の上に足を滑らせて歩きだした。
 最初に目が醒めた時に居たロスは居なくて、外の様子も分からないから今が何時なのか分からない。時計の類いも見つけられず、取りあえず部屋を出てみようと思った。
 扉に手を掛ける。そしてゆっくりと押し開けると、眩しくて目を閉じた。
「あ、起きた?」
 暢気な声がしてユーマは目をうっすらと開く。
「んあ……、大丈夫? ちょっと、座ってなよ」
 次にロスがそう言うと、口をもごもごさせながら立ち上がって近づいて来る。鼻腔をくすぐるのは少し脂っこい匂い。だが同時に何日も食べてないであろう胃がぎゅっとなって、空腹を感じる。
「お前ら……何食ってんの」
「俺の作ったインスタントのラーメン」
 答えたのはハチだ。そして咀嚼しきったのか、ゴクリと飲み込んだ様子のロスがユーマの手に持っていた箱を受け取って、身体を少し支えるようにしながらテーブルに向かった。椅子は三脚用意してあった。だがどうみてもどれもバラバラのようで、どこからか持って来たのか。それとも他の部屋から持って来たのだろう。空いていた椅子にユーマは腰を下ろすと、ふぅっと小さく息を吐いた。

「やばい、凄い体力が落ちてる」
「そりゃそれだけ寝てればしかたないっしょ。スープとかでいい?」
「え、俺もラーメン食いたい」
「病み上がりにそんなもんたべたらダメだって」
 ロスが止めて、スープかせめてリゾットにしろと言った。その言葉も確かに納得できることなので、ユーマは大人しく頷いた。
「どっちでもいいから、何か食わせて」
「じゃあ、俺が作ってあげましょうかぁ」
 器の中を殆ど飲み干してからハチは立ち上がった。ユーマに座って待っているように言って一旦食器類を持ってキッチンへと向かう。だがまた戻ってきて、コップとペットボトルをテーブルに置いた。
「取りあえず水っしょ」
「ありがと」
「痛みとかは大丈夫?」
 気遣うロスの言葉にユーマは頷いた。最初に目を覚ましたときよりも断然気分はいい。痛みは殆ど消えている。だからこそ歩けたのだが、身体が弱ったのを生々しく感じる結果になってしまった。しかし動けるというのは良い。手の感覚も足の感覚も、視力も聴力も問題がない。
 感じているままを言葉にするとロスはホッとした表情になり、身体の力がふっと抜けたように見えた。
「良かった。点滴もさ、そろそろやばかったから。それがなくなるまで目が醒めなかったら、ダメだと思えって言われてたんだよね」
「マジで?」
 それほど生死の境を彷徨っていたことにユーマは驚いた。怪我をしたのは確かだが足に受けた銃撃だけだ。それで死ぬとは思わなかった。そう口にするとロスは血の量を思い出せと少し怒った。
「あんだけ出血してれば、失血しってのもありえるでしょ? 仕方ないとはいえ、歩いたんだから余計だよ」
「あー……」
 車が来たところまでは覚えていた。そして車に向かうまでは歩くしかなく、ハチの手を借りて移動した。

「別にお姫様抱っこぐらい出来たけど」
 ハチの声にユーマはすぐに「しなくてよかった」と声を上げる。その様子にロスは溜息を吐いた。
「してくれたほうがよかったよ。ともかく間に合ってよかった、何もかも」
「ああ、そうだ。本当にありがとう。ロスが居なかったら多分俺もダメだったかもしれないし……ハチも、大変だったろうし」
「そもそも、ナノボットの方に関しての妨害はハチが準備してくれって頼んできたんだから、そっちに気づいたハチがいてよかったって言うべきじゃない?」
 それは確かに盲点で、ユーマはグラスに水をゆっくりと注ぎながら言った。
「ホントにね。あんな可能性、俺、考えてなかったわ」
「まぁ、あれに関しては実験段階だったり、検証したいことを試してみた……って感じかな。あの戦闘自体がデータ収集になっていたと俺は思うよ。まだ完全に組織が求める結果として成功しているのはハチだけだ。だけど近いところまで成功してるのはいるんじゃないかな。組織だってこれから実用化、政府にも売り込むわけだし? 戦闘特化とはいわずとも、身体機能の把握や補助程度は出来る様になってる。適合するしない、成功するしない、なんて可能性も排除されて、ナノボットを入れたらここからココまでは出来ます。っていうデータはあったから」
「それをつかって、妨害したってこと?」
「そういうこと。俺って優秀でしょ?」
 グラスに注いだ水を飲んだ。身体の中に水が染みこんでいくのが心地良い。水は少しだけ冷えていたが、キンキンに冷えた水ではない。それが今の病み上がりの身体には優しく染み渡り、ユーマはグラス一杯の水をすぐに飲み干した。

「それで、俺が寝てる間ってなにしてたの? ロスは仕事してたんだっけ」
「そうだよ。それで、大体片付いたからIDの仕上げしてたところ」
 その言葉にユーマは本当に何もかもが終わったのだ、と実感する。新しいIDがあれば街の中でも、おそらく姿をごまかせさえすれば組織から離れて暮らす事ができるだろう。だが街を出たい。その思いは実感と共に強くユーマの中にわき上がる。
「ユーマは、どっか行きたい国ってあるの?」
「え……いや、ないよ。そもそも、国を出ようとか言いだしたのはハチだし」
「聞いた」
「言ったよ」
 聞き耳をしっかり立てているハチの返答にロスは笑った。
「それで、ハチと話してたんだよ。国を出るなら、それなりに他の書類の準備がいる。それは結構時間かかるし。一応ここは安全だけど、ミナトが生きて居る限りそうとは言い切れないだろう? もっともその危険を残したのはユーマだけど。よかったの? それは」
 ロスは言外に殺さなくていいのか、と念を押した。今ならまだ間に合うかも知れない。もちろん組織の方がこちらを探しだすことも可能だから、他の部下がやってくる可能性はかなり高い。自分が眠っている間も、ハチとロスはその可能性にも備えていたに違いない。
「ごめん。それは……それでよかったと俺は思ってる。俺はアイツのことは嫌いじゃなかったし……殺したいわけじゃなかったし。殺さないで済むなら、それでいい」
「追ってくるかもしれないのに?」
「追ってきたら、その時はその時。気を取り直して殺すよ」
 仕方がないといった表情でユーマは言った。殺さないで済むならば殺したくない。
 どこかでお互いの思いが掛け違った結果、ミナトはユーマの意思を無視するようになった。その尤もたるは想起催眠だろう。ユーマの事を愛しているという。その言葉に偽りはなくとも、ミナトにとってユーマは自分の手の内にいなくてはいけない存在になっていった。言うことを聞いて、反抗をしないで、ただ隣りに居てくれればいいと。
 だがそれでは人形だ。はじめこそユーマはミナトのいうことを聞いていた。上司だったし、彼のしたいことはユーマにも理解でき、それに力を貸そうと思ったから。
 だが自分の意思をないがしろにされてしまった時。ユーマは己の意思を取り戻したといえる。
「でもまぁ……アイツも馬鹿じゃないから。目が醒めてればいいよ」
 そう呟いて、ユーマはまた水をグラスに注いだ。
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