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四章:愛情/執着

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 風を切って現れた小さな飛行物体、ドローンを前に動きたのはハチだった。
 素早く銃をシュンに向かって数発撃ちながら間合いを詰める。
 シュンは焦る様子もなくそれを躱わして、次の攻撃に出ようとした。
 だが動きが重い。
 その異変にシュンはすぐに気がついて、はっと視線を空に一瞬向ける。
「よそ見してる場合かよ」
 ハチは笑って呟いて、銃を捨てる。そして勢いよくシュンの顎下を狙い拳を振り上げた。
 見事に決まったアッパーの勢いで、シュンは後へと倒れる。だが持ち前の身体能力を総動員して体制を立て直す。
 転がりながら邪魔になったのか、頭部につけていた強化外骨格の一部を投げ捨てる。

 その様子を見ていたユーマは、ホッとして身体の力を抜くと地面に身体を完全に横たわらせて目を閉じた。じくじくと足が痛む。早くどうにかしないと、と思うが今はシュンの始末が先だ。
「あれか」
 ミナトの声がした。ふと目を開けて顔を上げると、ミナトは銃をドローンに向けていた。
 だがドローンはその銃口から逃げるようにランダムな動きをしながら離れていく。ハチとシュンからは離れすぎないように、一定の距離を保って。その間にもミナトはドローンを狙う。だが数発打った銃弾は空に飲み込まれて当たらない。
「……お前の仕込みか、ユーマ」
「そうだよ。ちょっとした知り合いがいて、とにかく、ジャミングというか妨害? できるようにお願いしたんだよ」

 ロスに頼んだのは強化外骨格の機能を短時間でも良いから落とせないか、というものだった。
 別料金を徴収すると言われたものは、然るべき時に間に合った。
 だが会話のあとハチにスマートフォンを奪われた。あの時彼がが何を話していたのかわからない。ただあの時の会話でハチも、ユーマが何を準備したのかは理解していたはずだ。だからあのタイミングで、ユーマの言葉に動けた。
「間に合わないかと思ったけど」
「あれで勝てると?」
「さぁ、分かんないけど。ただ何もできない状態は結果的に打破できたし、なんとかなるんじゃないのって、思ってる
「あの強化外骨格は効率性重視のために、確かに電気、電源を必要としている。故に無線充電さえ途絶えさせれば使い物にならない。だが、シュンだって弱くはない」
「もちろん、知ってるさ」

 強化外骨格がほとんど機能停止した瞬間、シュンは最善の策を取るべく思考を一気にフル回転させたのだろう。結果的に彼は緊急時の解除ボタンを押すと、まとっていた強化外骨格を、胴体を除いて全て取り外した。
 衣服の上から纏っていた強化外骨格は、プロテクターのように肘や膝、肩を覆っていて、そこを支店に他の部分を覆っていた。動きな合わせてガラガラと落ちたナノカーボン製の部位を見てハチは納得したように唸った。
「見た目はゴツそうだけど、軽そうな音だし。確かに防御性能もあるようだし、便利そうね」
「別に無くなったところで、何も変わりませんよ」
「なぁに、むしろアレ? ソレが重りになってたから、身軽になったとか?」
 楽しげなハチの声にシュンは少しだけ笑う。
「そうとも言えます」
 そう言うと、シュンは背面に隠し持っていた小型のナイフを両手で引き抜く。身を低くして、ハチに駆け寄る。
 確かに強化外骨格がなくとも彼の動きは素早かった。むしろ、あった時の方が重たかったのではないかと思う滑らかさと俊敏さだ。
「はっ、いいじゃん?」
 ハチの挑発的な声がした。

 ユーマは深く息を吐いた。気を保とうとしなければ、どんどん世界が白く塗りつぶされ、真っ黒に転換しそうになる。
 必死の意識のつなぎ止めの中、ミナトの足が軽くユーマの足を踏んだ。
「ぐっ……ぁ」
「今、君が命乞いをするならすぐに助けてあげるよ」
「っ……、それは、いやだ」
 傷口へと、押し付けた靴の裏を滑らせ、ぎりぎりと踏みつける。痛みに耐えかねた声をあげると、ハチの視線が一瞬ユーマに向いた。
 素早く駆け出してユーマに、否、ミナトに向かってハチは拾い上げた銃で発砲した。
 逃げるほとんど照準はデタラメだった。だが運良く一発はミナトの肩にあたり、よろめいてユーマの痛みは遠ざかる。
「はっ……あ、ハチ」
「大丈夫? あと少し我慢して」
 特にそれ以上気に止める様子もなくハチはすぐに駆け出す。
 同時にシュンの投げたナイフがハチの脇に刺さり、呻き声を上げながらその場に倒れそうになる。それでもギリギリで持ち直すと、ハチはナイフを抜いて握り直した。
 血は流れている。徐々にその量は少なくなり、すぐに止まる。
「いい?」
 そのセリフの意味をユーマはすぐには理解できなかった。だが、視線の意味に気がついて、ユーマは頷く。
 そして、ハチは素早く身を翻した。
 それまでの怪我も出血もものともせずに、彼はまるで舞うように、自らの脇に刺さって傷を残したナイフを手に回る。
 そして、その一刀をミナトにむかって投げた。
 ハチの手を離れたナイフはミナトの腹に刺さる。

「ミナト様!」
 シュンの叫び声がした。
 すぐにハチに向かって飛びかかる。
 力の限り、技の限りを尽くして、息の根を止めるためにシュンはハチに襲いかかる。
 ハチはよろめいた。殴り、刺されながらも、それらに反撃する一撃一撃を与えていく。
 二人の殺り合う声と音を聞きながら、ユーマは腕を使って這うとミナトの傍に寄った。 
 ナイフは深く刺さってた。だがまだ呼吸はしていて、恐らく彼の異常を察知した組織の人間が助けにくるだろうことは容易に想像できた。
「……トドメは、刺さないのか?」
「刺したい気持ちもある。でも、今の俺にはやっぱり殺す理由は無いんだ」 
「この期に、及んで?」
 はっ、とミナトが笑う気配がした。
 ユーマは同じように、それでも少し力無く笑った。
「ないよ。俺は自由にはなりたいし、お前から離れたいけど。別に殺したいわけじゃないし、死んでほしいわけでもない。たぶんこれも……お前には理解できないもんだよ」
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