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四章:愛情/執着
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電車に乗る時も金は動く。その情報は二人の移動の軌跡となり餌となる。だがそれを知っているからこそ、すぐに襲ってこないのだろう。
湾岸エリアに向かう最中、二人は電車の中の広告を眺めて、あれは美味いだの言い合いながらサイネージを眺めていた。煌びやかに切り替わり、うるさいほどの色の洪水が車内に流れ続ける。
時々レストランや食べ物などではない広告が流れると、二人は何となく目を留めた。その殆どは高級マンションの広告や旅行会社のものであった。
「行くならどこの国がいい? 寒いのと暑いのってどっち派?」
「寒い方。暑いのはどうにもならないだろ? 寒い方がまだどうにかなる」
「どうにもってなによ」
笑いながらハチはユーマの返事を飲み込んだのか、まだ表示されている南国のリゾート地の広告を見つめていた。果物をふんだんに使った食事やリラクゼーションの類い。普段のデジタルデバイスから解き放たれた、古来の生活を体験し休息を。そんな文字が流れていく。
「まぁ、暑すぎるのは死ぬよね」
「だろ?」
二人が視線を向ける広告には全天候型施設あり、との文字も踊る。
「ねぇ、あそこ行かない?」
「はぁ? 言いそうとは思ったけど本当に言うなよ」
呆れ顔でユーマは言って、嫌だと拒否した。
「仕事やりやすそうなところがいいよ、俺は」
「それはそうだけど、とりあえず休暇を取るってのもありじゃない?」
「休暇ぁ?」
「そ。たまにはパーっと」
想像したことのないビジョンは電車内のサイネージに表示されている。ハチは片手の人差し指でそれを指差して言った。
「あんな休暇過ごした事ないっしょ?」
「お前もねぇだろ、どうせ」
「ないよ。興味ないしねぇ、そういうの」
「俺も一緒だって。興味ないなら提案すんなよ」
「でもさ、休暇をとるってこと自体はよくない? 新しい生活を始める前のリフレッシュ期間ってやつ」
そう言われてもいまいち心は躍らない。そもそも休暇というものをあまり重視したことがない。身体を休める為の休暇としてならば、それは大切に過ごした。といっても、ほとんどは自室のベッドで寝て終わる一日。もしくは自分の部屋ではなく、まるで閉じ込められたような薄暗い部屋での記憶だ。
「リフレッシュ……ねぇ。何したらいいか分かんないんだけど」
「何もしないのが休暇でしょ? もちろん、行きたい場所とかやりたいことがあるなら、それをやるのもありだろうけど。まぁ俺達には縁遠いかもねぇ」
ははっと笑いながらハチは固執する様子もなく、それ以上無理に行こうとは言わなかった。
目的の駅に着くまでボンヤリと流れる広告を見ていた。
時々、一日のニュースのダイジェストが流れて行くなかで、国がナノボットの導入にむけて最終段階に入っている、というニュースが流れていた。
反対意見も多くあったが、それでも利便性の向上、及び生活水準の向上などを掲げていて、この法案は可決する見通しであり、既に開発している会社との落札金額の調整などが行われていること。どういった風に活用されていくのかなどが簡潔にまとめられて流れていた。
そうしてニュースが流れた後には、それらの有効的活用についての説明ムービーが流れる。無音であるがテロップが駆使されていて情報は視覚に十分入ってくる。
特に医療への迅速な接続が出来るようになることが最大のポイントだと表示されている。また健康状態によって就労条件を今よりも格段に引き下げる事ができる場合もあるとかなんとか流れている。
「結局はどれだけ使えるかを常に監視するってことだと思うんだけどな」
ハチが呟いた。視線をそちらに向けて、ユーマは言った。
「お前みたいに適応出来る人間っていうのもすぐに見つかるようになるってことだよな」
「そうだろうね。そうすりゃ、早くから逸材が手に入るってわけで。戦争でも何でも、使える優秀な人材が増やしやすくなるってことでしょ」
そうなれば確かに、ハチという成功例のデータは誰もが欲しがるデータなのだろう。だからこそハチの存在を見つけたところで、ミナトは彼を連れてくることを重要視した。おそらくハチのデータは彼の身体にあるナノボットが蓄えている。もちろん全てでは無いかもしれないが、今何もない状況に比べればかなりの情報量になるはずだ。
「ナノボットが完全にネットに繋がれば、組織にとっちゃ便利だろうな」
「多分そのテストもしたいんじゃないの? 俺みたいなの使って。むしろ、やってるんじゃないかな、もう。だからこそ、俺の身体データが欲しいって考えられるでしょ? 強化が効いてる人間のデータがさ」
ユーマは頷いた。一体どれほどのデータが蓄積されているのかはしらないし、それをどうやって読み取るのかもユーマは知らないし興味もない。だが彼にはそれなりに価値があるのは確かだ。実験体として完全に成功した例は他にないのだから。
「俺思うんだけどさぁ。シュンってやつも多分なにかしら実験は受けてるんじゃないの、ソレ」
「受けてはいるよ。でもアイツも俺と一緒で特には結果が出なかったはずだよ」
「出てないなら別の実験に志願はしてるでしょ? それだけ、ボスのことを大好きならさぁ」
だとすればおそらく、ユーマとハチが最初に出会った時の男のような強化外骨格を使うぐらいはしているだろう。もしくはその新しいタイプを試験運用として己に使ってくるか。その場合シュンならば、無茶を承知で身体に負荷のかかることも厭わないだろう、と思えた。
「なんか憂鬱そうな顔してるね?」
「え? あー……、多分、シュンは面倒だと思って」
生きる為には殺さなければならないだろうことは容易に想像できる。別に今さら人を殺したくないなどきれい事を口にするつもりは毛頭無い。だが相手がシュンであるということが、少しだけ感傷的になってしまう。
「今さら、やめるとかはないでしょ? それともやっぱやめたってなって、俺が殺そうとしたら邪魔する?」
「まさか。それは……ないよ。俺自身が手を下すことに躊躇しても、お前を止めるのは契約違反だろ?」
その言葉はハチの納得いくものだったらしく、笑みを浮かべた。
「わかってんじゃん」
「俺だってこの世界にずっと生きてんだから、そのぐらいわかってるよ」
そう言っている内に目的の駅に着いた。平日ということもあってか駅もさほど人は多くなく、二人は今の状況に全くそぐわない湾岸エリアへと降りたって行った。
湾岸エリアに向かう最中、二人は電車の中の広告を眺めて、あれは美味いだの言い合いながらサイネージを眺めていた。煌びやかに切り替わり、うるさいほどの色の洪水が車内に流れ続ける。
時々レストランや食べ物などではない広告が流れると、二人は何となく目を留めた。その殆どは高級マンションの広告や旅行会社のものであった。
「行くならどこの国がいい? 寒いのと暑いのってどっち派?」
「寒い方。暑いのはどうにもならないだろ? 寒い方がまだどうにかなる」
「どうにもってなによ」
笑いながらハチはユーマの返事を飲み込んだのか、まだ表示されている南国のリゾート地の広告を見つめていた。果物をふんだんに使った食事やリラクゼーションの類い。普段のデジタルデバイスから解き放たれた、古来の生活を体験し休息を。そんな文字が流れていく。
「まぁ、暑すぎるのは死ぬよね」
「だろ?」
二人が視線を向ける広告には全天候型施設あり、との文字も踊る。
「ねぇ、あそこ行かない?」
「はぁ? 言いそうとは思ったけど本当に言うなよ」
呆れ顔でユーマは言って、嫌だと拒否した。
「仕事やりやすそうなところがいいよ、俺は」
「それはそうだけど、とりあえず休暇を取るってのもありじゃない?」
「休暇ぁ?」
「そ。たまにはパーっと」
想像したことのないビジョンは電車内のサイネージに表示されている。ハチは片手の人差し指でそれを指差して言った。
「あんな休暇過ごした事ないっしょ?」
「お前もねぇだろ、どうせ」
「ないよ。興味ないしねぇ、そういうの」
「俺も一緒だって。興味ないなら提案すんなよ」
「でもさ、休暇をとるってこと自体はよくない? 新しい生活を始める前のリフレッシュ期間ってやつ」
そう言われてもいまいち心は躍らない。そもそも休暇というものをあまり重視したことがない。身体を休める為の休暇としてならば、それは大切に過ごした。といっても、ほとんどは自室のベッドで寝て終わる一日。もしくは自分の部屋ではなく、まるで閉じ込められたような薄暗い部屋での記憶だ。
「リフレッシュ……ねぇ。何したらいいか分かんないんだけど」
「何もしないのが休暇でしょ? もちろん、行きたい場所とかやりたいことがあるなら、それをやるのもありだろうけど。まぁ俺達には縁遠いかもねぇ」
ははっと笑いながらハチは固執する様子もなく、それ以上無理に行こうとは言わなかった。
目的の駅に着くまでボンヤリと流れる広告を見ていた。
時々、一日のニュースのダイジェストが流れて行くなかで、国がナノボットの導入にむけて最終段階に入っている、というニュースが流れていた。
反対意見も多くあったが、それでも利便性の向上、及び生活水準の向上などを掲げていて、この法案は可決する見通しであり、既に開発している会社との落札金額の調整などが行われていること。どういった風に活用されていくのかなどが簡潔にまとめられて流れていた。
そうしてニュースが流れた後には、それらの有効的活用についての説明ムービーが流れる。無音であるがテロップが駆使されていて情報は視覚に十分入ってくる。
特に医療への迅速な接続が出来るようになることが最大のポイントだと表示されている。また健康状態によって就労条件を今よりも格段に引き下げる事ができる場合もあるとかなんとか流れている。
「結局はどれだけ使えるかを常に監視するってことだと思うんだけどな」
ハチが呟いた。視線をそちらに向けて、ユーマは言った。
「お前みたいに適応出来る人間っていうのもすぐに見つかるようになるってことだよな」
「そうだろうね。そうすりゃ、早くから逸材が手に入るってわけで。戦争でも何でも、使える優秀な人材が増やしやすくなるってことでしょ」
そうなれば確かに、ハチという成功例のデータは誰もが欲しがるデータなのだろう。だからこそハチの存在を見つけたところで、ミナトは彼を連れてくることを重要視した。おそらくハチのデータは彼の身体にあるナノボットが蓄えている。もちろん全てでは無いかもしれないが、今何もない状況に比べればかなりの情報量になるはずだ。
「ナノボットが完全にネットに繋がれば、組織にとっちゃ便利だろうな」
「多分そのテストもしたいんじゃないの? 俺みたいなの使って。むしろ、やってるんじゃないかな、もう。だからこそ、俺の身体データが欲しいって考えられるでしょ? 強化が効いてる人間のデータがさ」
ユーマは頷いた。一体どれほどのデータが蓄積されているのかはしらないし、それをどうやって読み取るのかもユーマは知らないし興味もない。だが彼にはそれなりに価値があるのは確かだ。実験体として完全に成功した例は他にないのだから。
「俺思うんだけどさぁ。シュンってやつも多分なにかしら実験は受けてるんじゃないの、ソレ」
「受けてはいるよ。でもアイツも俺と一緒で特には結果が出なかったはずだよ」
「出てないなら別の実験に志願はしてるでしょ? それだけ、ボスのことを大好きならさぁ」
だとすればおそらく、ユーマとハチが最初に出会った時の男のような強化外骨格を使うぐらいはしているだろう。もしくはその新しいタイプを試験運用として己に使ってくるか。その場合シュンならば、無茶を承知で身体に負荷のかかることも厭わないだろう、と思えた。
「なんか憂鬱そうな顔してるね?」
「え? あー……、多分、シュンは面倒だと思って」
生きる為には殺さなければならないだろうことは容易に想像できる。別に今さら人を殺したくないなどきれい事を口にするつもりは毛頭無い。だが相手がシュンであるということが、少しだけ感傷的になってしまう。
「今さら、やめるとかはないでしょ? それともやっぱやめたってなって、俺が殺そうとしたら邪魔する?」
「まさか。それは……ないよ。俺自身が手を下すことに躊躇しても、お前を止めるのは契約違反だろ?」
その言葉はハチの納得いくものだったらしく、笑みを浮かべた。
「わかってんじゃん」
「俺だってこの世界にずっと生きてんだから、そのぐらいわかってるよ」
そう言っている内に目的の駅に着いた。平日ということもあってか駅もさほど人は多くなく、二人は今の状況に全くそぐわない湾岸エリアへと降りたって行った。
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