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三章:過去/自由

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「まぁ決めてないならさ、一緒に街出てほかの国でも行く?」
「はあ?」
 唐突なハチの言葉に驚いた声を上げると、ハチは楽しげに笑ってコーヒーを一口飲んだ。
「街を変えるなんて、面白くないじゃん? いっそ国ごと変えるのも良くない? それで新しく仕事を始める。まぁ俺達の事だから、今と変わらない仕事になるかもしんないけど」
「国って言っても……お前、俺たちが出られると思うのかよ」
「方法はいくらでもあるでしょ? 個人情報もパスポートも、別人になることは簡単でしょ」
「簡単でしょって……そんな言うほど簡単じゃないだろ」
 呆れた口調のユーマに対して、ハチはやはり楽しそうに笑って答える。
「そのロスって奴に頼めば、簡単じゃないの?」

 その言葉にユーマはすぐに何も答えられなかった。
 確かにロスに頼めばなんとかしてくれるかもしれない。だがそれは彼に対しても負担を強いるだろう。そもそも見合う対価を支払える気がしない。
 いくら仕事をしているとはいえ、組織に居る間の金銭はさほど得ていない。あまり金に興味が無かったというのも確かだ。組織に居る限り、生活には困らない。特にユーマの場合はミナトというトップの存在が側にいたのだから、当り前といえば当り前だ。
 とはいえ口座にはそれなりに貯まっているはずだ。手はつけていないし、おそらく、普通に生活をする庶民として見ればかなりの金額である。
「多分、そうだと思う。でも仮に依頼するとしても先立つものを動かせない」
 ユーマは言って歯がみした。こんなことになったのは不測の事態だ。故に金は簡単に動かせない。自分の見通しの甘さが生んだ結果といえばそれまでだ。
 素直にそれを口に出すと、ハチは視線を逸らして考える素振りを見せる。そして腕を組んで話始める。

「それって、結局ユーマが金を動かしたら見つかるってことでしょ? ならそれを使って向こうをおびき寄せることは出来るんじゃない?」
「まぁ……出来ると言えば、できるかな」
「俺もユーマも街を、国を出るつったって色々管理されているから難しいわけでしょ? それを偽造してもらうにはロスに依頼するしかない。けど金が掛る」
「それに連絡をして、こっちの居場所を探知されやすくするのも止めたほうがいいと思う」
 そう答えながら、ユーマもふと考え始める。
 例えばロスに依頼をして、それらを用意してもらう時間と、作為的に探知されるように行動して見つけられる時間をうまく合致させられればどうだろうか。
 もちろんロスに危険が及ぶ可能性がある。彼も潜る、とは言っていた。だがそもそもミナトはネットワークに詳しい男だ。だからこそ組織に入り、あれほどの地位まで上り詰める事が出来た。

「まぁ他に偽造屋とか探すのもアリだけど。そういうのってある程度確かな筋の方が確実でしょ?」
「まぁ……。そういう意味では、確かにロスは確実だけど」
「じゃあ、こうしよう。俺がロスって奴に依頼したい。だけど俺はその伝手を持っていない」
 そう言ってハチはテーブルを指先でコツコツと叩く。
「だからその伝手を、ユーマの依頼の対価にする」
「シュンの事じゃなかったのかよ」
「だってそれはユーマが逃げる為に必要な殺しになるでしょ? それに、そもそもシュンって奴を殺したとしても最後に敵になるのはハデウスの現トップ、ミナトでしょ。俺だってトップ相手になんて、それなりに報酬もらっても怒られないと思うけど」
 それはそうだとユーマは溜息で納得する。それと同時に一つの疑問を口にする。
「お前はどこまで付き合ってくれるつもりなんだ?」
「んー、気がすむまで、地獄まで。面白そうだし、言ったじゃん? 国変えて一緒に仕事するの、考えてくんない?」
「俺はもう……今みたいな仕事はしたくないよ」

 これは本心、だった。
 殺ししかできないということは分かっている。そういう技術だけを教えられてきた。幼い頃からずっと。
 だから今さら自由になりたいとは思っても、仕事を変えるという自由はないと思っている。他の術を知らない。他にやりたいこともない。
 ただ自由になりたいというのは、まるで子どもが大人になりたいと思うような。その先にある困難や不安定な現実を無視して、ただただ自分から見て憧れる上っ面に手を伸ばそうとしているだけだ。
 イヤでも自分の浅はかさを理解する。だが同時に、今の自分に出来る唯一の抗いであり、自由であるとも思う。
「そこは発想の転換でしょ?」
「あ? 発想の転換?」
「そ。殺ししかできないんじゃなくて、殺しが出来るわけじゃん、俺達。それだけ戦う術を持ってるわけなんだから、人を殺すんじゃなくて守る方にも出来るんじゃないってこと。まぁ、俺の場合フリーだから、偶にそういう依頼もあったってのもあるんだけどね」
 ユーマは暫く何も言えなかった。
 確かに考えてみればそういうことも出来なくもない。それに自分は殺し屋としても組織で仕事をしていたが、ミナトと出会ったきっかけは彼の見張りであり守りであった。

「考えたこともなかったけど、それはそうだな」
「でしょ? まぁあれだよ。ユーマは組織から出たいっていうことしか今は考えてないっしょ? だから先の事を考えられていないから、何かと行き当たりばったりっぽい」
「わるかったな」
「余裕が無いとそんなもんでしょ? いいじゃん、それでどう? 俺達案外気があうとおもうし、行けると思うんだけど?」
「どこでそう思ってんだかさっぱり俺には理解できないけど」
 言いながらユーマは溜息を吐いて、そして口角を少しだけ上げた。
「悪くはない話だと思うのは、確かだよ」
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