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三章:過去/自由
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「どうしてあの方の寵愛を受けてなお、貴方はあの方の命令に背くのですか?」
「背いてはない。命令はこなしてるし、嫌なことでも受け入れている。拒否権は今の俺にないから」
自嘲気味に言えば、向かいに立っている男は細めて嫌悪するようにユーマを睨む。
「それが気にくわない」
「どうしてシュンが俺のことをそこまで嫌うのか分かってはいるけど、俺にはどうしようもない」
そう答えると男――シュンはまたさらに苦々しい表情になる。目元に掛るほど長い前髪から覗く双眸が、じっとユーマを睨み続けている。
同じ身長で殆ど体躯は変わらない。ユーマよりもシュンは電子器機やネットワーク関係の攻守に長けており、その腕を買われて組織にやってきた。そして今はミナトの側に居る一人。
「その態度が僕の感情を逆撫ですることを理解して言っていますか?」
「そうだね。でもそうとしか言えない。せめてお前が俺に協力してくれるなら、もう少し違う言い方出来るようになるかもしれないけど」
「そうしたいのは山々ですが、それは命令に背きますから」
ふっと表情から感情を打ち消してシュンは言った。
シュンはミナトの命令が絶対だ。ミナトはユーマのことを手放したくない。だからこそユーマが組織を出たい、という提案はことごとく却下されている。
しかしユーマもバカではない。暗中模索して行き着いた先は、他の幹部たちからの信頼も得てからの特別報酬の要求だった。
それまでの仕事を、一寸の失敗もなく行い続けてきたからこその特別報酬。それはユーマがミナトのもとで仕事をし始めてから一〇年は越えているからこそ、要求しても却下されないものとして後押ししてもらえた。
そこで提案したのが組織からの離脱、であった。
これには幹部からも驚きの声が上がった。だがミナトは特に表情も変えず、むしろ面白そうに微笑みさえしていた。一方、シュンはそれを表情も変えずに聞いていた。
もしも離脱が叶うならば、組織が要望するならば、記憶処理も甘んじて受け入れることをユーマは条件として提示した。
記憶処理自体、技術としては確立されているが未だ後遺症や予期せぬ自体もあり得る技術だ。必要以上に記憶を処理してしまうと、日常生活さえままならなくなる。最悪の場合は、完全なる廃人と化してしまうとも言われている。
だから、いくら死んでも問題のない人間を実験に使い、技術は確立されている。その技術の殆どは、不要となった者の処理の為であったり、目撃者となってしまった一般人を処理する際に使われている。
「僕としては、貴方があの方のもとから去ることは歓迎です。ですが、あの方はそれを良しとはしない。貴方は価値がある。それは僕も同意いたしましょう。だからこそ、何故貴方は組織から、あの方のもとから去りたいと願うのですか」
「多分、ずっと最初から変わらなきゃ、そんなことは考えず、シュンと同じように俺は組織の中で死ぬ覚悟でいただろうね。でも、俺にはアイツの気持ちが重すぎる」
「贅沢な悩みですね」
嘲るようにシュンは言った。確かに、多くの組織の者からすればこの悩みは贅沢なものだろ。
「でも俺は、アイツの好意に答えられない」
「だったら、何故」
「セックスするのかっつったら、別にそれとこれは必ずしも繋がるもんじゃない。好きだの愛してるだのって感情がなくったって、セックスぐらいできんだろ? それに想起催眠の実験も兼ねてたんだから仕方ない。いっそのことお前を実験につかってくれりゃよかったのにな」
これは本心からだった。自分なんかよりもシュンの方がおそらく救われるかもしれない。だがシュンは緩く首を横に振った。
「僕は貴方とは違う。あの人の事を大切に、敬い、愛しているからこそ、それは受け入れたくはないですね。だって想起催眠なんて、トリガーとなる行為は誰だっていいわけですよね」
「そうだよ。だからこそ仕事に使える。だからこそコレからの組織の資金源となり得る技術だ」
ただし自分がこれほどまでに適応があった、というのはユーマにとっても想定外であった。
「だからこそ貴方は組織に居る必要がある。だからこそ貴方は、仕事をしなくていい。常にあの方の願う時、願う場所に居ればいいだけだ」
「でもお前は俺の事嫌いなんだろう?」
その言葉にシュンはすぐに返事をしない。
前髪を両手で掻き上げながら、じっとユーマを睨んでいた。双眸には怒りとも悲しみとも見分けの付かない色が揺れている。
パラパラと指の隙間から髪が落ち、再び双眸は栗毛色の髪の奥に隠れていき、再び感情を奥へ奥へと押しやっていく。その姿を何度も見たことがあるユーマは溜息を吐いた。
「今は、嫌いです」
「今は?」
「貴方が自由という言葉を求める前は違いましたよ。貴方の技術、思考、どれも気に入っていました。尊敬さえしていたと思います。僕はあの方の願いを叶えたいと思います。ですから僕は、貴方を組織から自由にさせるつもりはありません」
「アイツの願いってなんだよ」
「貴方を側に置いておくことですよ。僕個人の感情なんてどうでもいいんです。あの方がソレを望むなら、僕は貴方を逃がさないようにするだけです」
妙にユーマはシュンという男が可哀想に思えた。哀れだとさえ思えた。
だがその一途ともいえる執着を何かに向けられるのは少しだけ羨ましい気もした。
「どうしてあの方の寵愛を受けてなお、貴方はあの方の命令に背くのですか?」
「背いてはない。命令はこなしてるし、嫌なことでも受け入れている。拒否権は今の俺にないから」
自嘲気味に言えば、向かいに立っている男は細めて嫌悪するようにユーマを睨む。
「それが気にくわない」
「どうしてシュンが俺のことをそこまで嫌うのか分かってはいるけど、俺にはどうしようもない」
そう答えると男――シュンはまたさらに苦々しい表情になる。目元に掛るほど長い前髪から覗く双眸が、じっとユーマを睨み続けている。
同じ身長で殆ど体躯は変わらない。ユーマよりもシュンは電子器機やネットワーク関係の攻守に長けており、その腕を買われて組織にやってきた。そして今はミナトの側に居る一人。
「その態度が僕の感情を逆撫ですることを理解して言っていますか?」
「そうだね。でもそうとしか言えない。せめてお前が俺に協力してくれるなら、もう少し違う言い方出来るようになるかもしれないけど」
「そうしたいのは山々ですが、それは命令に背きますから」
ふっと表情から感情を打ち消してシュンは言った。
シュンはミナトの命令が絶対だ。ミナトはユーマのことを手放したくない。だからこそユーマが組織を出たい、という提案はことごとく却下されている。
しかしユーマもバカではない。暗中模索して行き着いた先は、他の幹部たちからの信頼も得てからの特別報酬の要求だった。
それまでの仕事を、一寸の失敗もなく行い続けてきたからこその特別報酬。それはユーマがミナトのもとで仕事をし始めてから一〇年は越えているからこそ、要求しても却下されないものとして後押ししてもらえた。
そこで提案したのが組織からの離脱、であった。
これには幹部からも驚きの声が上がった。だがミナトは特に表情も変えず、むしろ面白そうに微笑みさえしていた。一方、シュンはそれを表情も変えずに聞いていた。
もしも離脱が叶うならば、組織が要望するならば、記憶処理も甘んじて受け入れることをユーマは条件として提示した。
記憶処理自体、技術としては確立されているが未だ後遺症や予期せぬ自体もあり得る技術だ。必要以上に記憶を処理してしまうと、日常生活さえままならなくなる。最悪の場合は、完全なる廃人と化してしまうとも言われている。
だから、いくら死んでも問題のない人間を実験に使い、技術は確立されている。その技術の殆どは、不要となった者の処理の為であったり、目撃者となってしまった一般人を処理する際に使われている。
「僕としては、貴方があの方のもとから去ることは歓迎です。ですが、あの方はそれを良しとはしない。貴方は価値がある。それは僕も同意いたしましょう。だからこそ、何故貴方は組織から、あの方のもとから去りたいと願うのですか」
「多分、ずっと最初から変わらなきゃ、そんなことは考えず、シュンと同じように俺は組織の中で死ぬ覚悟でいただろうね。でも、俺にはアイツの気持ちが重すぎる」
「贅沢な悩みですね」
嘲るようにシュンは言った。確かに、多くの組織の者からすればこの悩みは贅沢なものだろ。
「でも俺は、アイツの好意に答えられない」
「だったら、何故」
「セックスするのかっつったら、別にそれとこれは必ずしも繋がるもんじゃない。好きだの愛してるだのって感情がなくったって、セックスぐらいできんだろ? それに想起催眠の実験も兼ねてたんだから仕方ない。いっそのことお前を実験につかってくれりゃよかったのにな」
これは本心からだった。自分なんかよりもシュンの方がおそらく救われるかもしれない。だがシュンは緩く首を横に振った。
「僕は貴方とは違う。あの人の事を大切に、敬い、愛しているからこそ、それは受け入れたくはないですね。だって想起催眠なんて、トリガーとなる行為は誰だっていいわけですよね」
「そうだよ。だからこそ仕事に使える。だからこそコレからの組織の資金源となり得る技術だ」
ただし自分がこれほどまでに適応があった、というのはユーマにとっても想定外であった。
「だからこそ貴方は組織に居る必要がある。だからこそ貴方は、仕事をしなくていい。常にあの方の願う時、願う場所に居ればいいだけだ」
「でもお前は俺の事嫌いなんだろう?」
その言葉にシュンはすぐに返事をしない。
前髪を両手で掻き上げながら、じっとユーマを睨んでいた。双眸には怒りとも悲しみとも見分けの付かない色が揺れている。
パラパラと指の隙間から髪が落ち、再び双眸は栗毛色の髪の奥に隠れていき、再び感情を奥へ奥へと押しやっていく。その姿を何度も見たことがあるユーマは溜息を吐いた。
「今は、嫌いです」
「今は?」
「貴方が自由という言葉を求める前は違いましたよ。貴方の技術、思考、どれも気に入っていました。尊敬さえしていたと思います。僕はあの方の願いを叶えたいと思います。ですから僕は、貴方を組織から自由にさせるつもりはありません」
「アイツの願いってなんだよ」
「貴方を側に置いておくことですよ。僕個人の感情なんてどうでもいいんです。あの方がソレを望むなら、僕は貴方を逃がさないようにするだけです」
妙にユーマはシュンという男が可哀想に思えた。哀れだとさえ思えた。
だがその一途ともいえる執着を何かに向けられるのは少しだけ羨ましい気もした。
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