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三章:過去/自由
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ハチはへぇっと少し驚いた顔をして言った。そしてまた続きを話し始める。
「まぁそんなわけで、俺のフリーランス生活が始まったわけ。もちろん、教育係の人の教育付だけど。本当はその人は俺を殺し屋からは足を洗わせたかったらしいけどさ、俺はもうそれしかないじゃん? 知らないわけだし、他で稼ぐなんて今さら無理じゃんって思って」
おそらく、街に暮らす大衆として過ごしていられたのであれば、そんなことはないと言うだろう。もっと他の方法があるはずだ、かわいそうだ、まだ子どもなのに、と。それはユーマにとってもただのきれい事だと思うし、それを口にできる人間は、結局の所、社会の沈殿した地盤にある世界を知らない。
だからユーマは頷いて同意した。それは自分も同じだ。
「それは、分かる。今の俺でも、例え組織抜けだって出来るのは同じ仕事しかないって思うし」
「じゃあ、もし無事に終わったらフリーになるの?」
「そうなるんじゃない、かな。俺に出来ることなんて、殺しか……あとは、身体を売るか?」
自嘲するように言ったが殆ど本心だった。それぐらいしか浮かばない。他に何か、今さら仕事をしようだなんて考えても、まず知識も無ければ経験も無い。そんな状態で雇ってくれる所はないし、最初から自分で稼ぐとなってもやはり難しい。
自由になりたい、という思いはある。だが確かに考えてみれば、組織を出た後という事はあまり真面目に考えていなかったかもしれないとユーマは気が付いた。
それはどこかで無理だと思っているのかもしれない。組織を出ること、すなわち自分が死ぬことと同義と理解しているのかもしれない。
「出来るの、ソレ」
「え? まぁ、仕事の為にやることなんてよくあることだったし。それこそお前とだって、最初はそう持っていこうとしてたわけだし」
「ふぅん」
どこかつまらなそうな表情でハチは眉根を寄せて唸った。
「まぁいいや。俺の話はそんなもんだよ」
「え? でもその教育係だった人は?」
「殺されたよ。やっぱりというべきか、組織の殺し屋にね。ヤバいって気づいたから逃げろって言われて。逃げるより、俺はやってきた殺し屋を殺そうって思ってたんだけど、まぁこれが上手くいかなくて。一人に対して二人だし。あの人がそれだけ特別視されてたのか、それともどちらかが失敗すると思ったからなのか。それとも別に何か考えがあったのかは知らないんだけどさぁ」
ハチはずいっとユーマに顔を近づけた。突然に縮められた距離に驚いて、ユーマは仰け反る。だがバランスを崩した身体は、ハチの手で軽く押されるだけでベッドの上に倒れ込む。
「んだよ、眠かったんじゃないのかよ」
「寝るよ。でも先に聞いておきたくて」
「あ?」
顔をまた近づける。唇が触れるほど近づけられると、ぞくりと身体が緊張と困惑と期待する。期待とはなんだ、とユーマは思ったが、素直な身体の反応を口にするのはおかしくて、ただ黙ってハチを見上げていた。
「あの時、ユーマと一緒にいたアイツは、誰?」
「あの、時?」
「そう。ユーマにとっては別に大したことない仕事で、簡単で、どうでもいいぐらいだったろう?」
「ま……まて、話がわからない」
本当に焦りがこみ上げてくる。ハチの口ぶりからして、おそらくその人を殺した組織の人間というのは自分といいたいのだろうか。
だが記憶はない。否、数多くこなして来た仕事だ。よほど変則的、もしくは特殊、もしくは手こずったようなもの以外、思い出そうとして思い出せるものでもない。
「別にその人が殺されたことに怒ってるわけでもないし、まぁ仕方がない事だろうって思ってるよ。どういう風にあの人が組織を出る時俺を連れ出したのかは分からないけど、十分に上を怒らせる要素はあっただろうしね。あの人が殺されたのは確実に俺の所為だ。俺が実験体の成功例であることは今の組織にとっては喉から手が出るほど欲しいデータだろう? だから別に殺した奴を憎むとか恨むとか、そういう感情はない。無いけど、やっぱ親代わりのような人が殺されたんだから、殺しておきたいって思うのは、普通じゃない?」
「ふ……普通かどうかは、俺には分からないし、お前が言ってる、その殺しの仕事も……俺は、いまいちおぼえて……あ?」
ふとユーマは身体の力が抜けていくのが分かった。
見下ろすハチの瞳を見つめて、奥底にある記憶の端を手繰り寄せる。
「まって……それ、俺は殺してない話だな?」
「そうだよ。もう一人一緒にいて、そっちが殺してる。ちなみにユーマが居たっていうのは、後から色々調べてて街中の監視カメラとかから割り出しただけ。でも、もう一人はデータが見つからなかった。確かに映ってた筈なのにね。おかしいよね?」
二人で行動することなど、ユーマは殆ど無かった。殆ど独りで行動し、殆ど独りで終わらせる。
それらの行動の一部始終は、ミナトにユーマから直接口頭で伝える事で仕事の完了としていた。これは殆どはミナトの流儀のようなものであり、ある意味でただの躾だった。
普通は一部始終の説明など不要だ。結果が完了となっていればいい。もちろん、その行程においてミスがないかの正確性は求められるが。
「そいつが殺して、俺が見張りをしていた仕事だ。そうだろ?」
「そう。思い出した?」
「あれは、……あれは、俺もよく分からない。でもあの仕事はミナトの……、ボスの命令で、アイツの右腕の男が殺るって話で、俺は見張りを命じられたんだ」
「そいつの名前は?」
「シュン」
「まぁそんなわけで、俺のフリーランス生活が始まったわけ。もちろん、教育係の人の教育付だけど。本当はその人は俺を殺し屋からは足を洗わせたかったらしいけどさ、俺はもうそれしかないじゃん? 知らないわけだし、他で稼ぐなんて今さら無理じゃんって思って」
おそらく、街に暮らす大衆として過ごしていられたのであれば、そんなことはないと言うだろう。もっと他の方法があるはずだ、かわいそうだ、まだ子どもなのに、と。それはユーマにとってもただのきれい事だと思うし、それを口にできる人間は、結局の所、社会の沈殿した地盤にある世界を知らない。
だからユーマは頷いて同意した。それは自分も同じだ。
「それは、分かる。今の俺でも、例え組織抜けだって出来るのは同じ仕事しかないって思うし」
「じゃあ、もし無事に終わったらフリーになるの?」
「そうなるんじゃない、かな。俺に出来ることなんて、殺しか……あとは、身体を売るか?」
自嘲するように言ったが殆ど本心だった。それぐらいしか浮かばない。他に何か、今さら仕事をしようだなんて考えても、まず知識も無ければ経験も無い。そんな状態で雇ってくれる所はないし、最初から自分で稼ぐとなってもやはり難しい。
自由になりたい、という思いはある。だが確かに考えてみれば、組織を出た後という事はあまり真面目に考えていなかったかもしれないとユーマは気が付いた。
それはどこかで無理だと思っているのかもしれない。組織を出ること、すなわち自分が死ぬことと同義と理解しているのかもしれない。
「出来るの、ソレ」
「え? まぁ、仕事の為にやることなんてよくあることだったし。それこそお前とだって、最初はそう持っていこうとしてたわけだし」
「ふぅん」
どこかつまらなそうな表情でハチは眉根を寄せて唸った。
「まぁいいや。俺の話はそんなもんだよ」
「え? でもその教育係だった人は?」
「殺されたよ。やっぱりというべきか、組織の殺し屋にね。ヤバいって気づいたから逃げろって言われて。逃げるより、俺はやってきた殺し屋を殺そうって思ってたんだけど、まぁこれが上手くいかなくて。一人に対して二人だし。あの人がそれだけ特別視されてたのか、それともどちらかが失敗すると思ったからなのか。それとも別に何か考えがあったのかは知らないんだけどさぁ」
ハチはずいっとユーマに顔を近づけた。突然に縮められた距離に驚いて、ユーマは仰け反る。だがバランスを崩した身体は、ハチの手で軽く押されるだけでベッドの上に倒れ込む。
「んだよ、眠かったんじゃないのかよ」
「寝るよ。でも先に聞いておきたくて」
「あ?」
顔をまた近づける。唇が触れるほど近づけられると、ぞくりと身体が緊張と困惑と期待する。期待とはなんだ、とユーマは思ったが、素直な身体の反応を口にするのはおかしくて、ただ黙ってハチを見上げていた。
「あの時、ユーマと一緒にいたアイツは、誰?」
「あの、時?」
「そう。ユーマにとっては別に大したことない仕事で、簡単で、どうでもいいぐらいだったろう?」
「ま……まて、話がわからない」
本当に焦りがこみ上げてくる。ハチの口ぶりからして、おそらくその人を殺した組織の人間というのは自分といいたいのだろうか。
だが記憶はない。否、数多くこなして来た仕事だ。よほど変則的、もしくは特殊、もしくは手こずったようなもの以外、思い出そうとして思い出せるものでもない。
「別にその人が殺されたことに怒ってるわけでもないし、まぁ仕方がない事だろうって思ってるよ。どういう風にあの人が組織を出る時俺を連れ出したのかは分からないけど、十分に上を怒らせる要素はあっただろうしね。あの人が殺されたのは確実に俺の所為だ。俺が実験体の成功例であることは今の組織にとっては喉から手が出るほど欲しいデータだろう? だから別に殺した奴を憎むとか恨むとか、そういう感情はない。無いけど、やっぱ親代わりのような人が殺されたんだから、殺しておきたいって思うのは、普通じゃない?」
「ふ……普通かどうかは、俺には分からないし、お前が言ってる、その殺しの仕事も……俺は、いまいちおぼえて……あ?」
ふとユーマは身体の力が抜けていくのが分かった。
見下ろすハチの瞳を見つめて、奥底にある記憶の端を手繰り寄せる。
「まって……それ、俺は殺してない話だな?」
「そうだよ。もう一人一緒にいて、そっちが殺してる。ちなみにユーマが居たっていうのは、後から色々調べてて街中の監視カメラとかから割り出しただけ。でも、もう一人はデータが見つからなかった。確かに映ってた筈なのにね。おかしいよね?」
二人で行動することなど、ユーマは殆ど無かった。殆ど独りで行動し、殆ど独りで終わらせる。
それらの行動の一部始終は、ミナトにユーマから直接口頭で伝える事で仕事の完了としていた。これは殆どはミナトの流儀のようなものであり、ある意味でただの躾だった。
普通は一部始終の説明など不要だ。結果が完了となっていればいい。もちろん、その行程においてミスがないかの正確性は求められるが。
「そいつが殺して、俺が見張りをしていた仕事だ。そうだろ?」
「そう。思い出した?」
「あれは、……あれは、俺もよく分からない。でもあの仕事はミナトの……、ボスの命令で、アイツの右腕の男が殺るって話で、俺は見張りを命じられたんだ」
「そいつの名前は?」
「シュン」
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