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三章:過去/自由

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「おそらく生まれた時にすぐ売られてたんだろうね。それか借金でもしてたのか、よくわからないし興味も無いから聞いてもないけど、俺は最初から殺しを教えるために育てられてた。だから基礎体力作りだとか、周りとの協調性だとか? そういうなんていうだっけ、情操教育ってやつは表企業の経営してる孤児院に預けられてやってたらしいんだよね」
 ユーマは少しハチの話が興味深かった。親に売られた子がいる、という事は知っているし、そういう子がどのように教育されるかも一応は理解している。だが他の組織の殺し屋とはさほど顔を合わせた事もないからよくは知らない。おそらく自分が異端であることは理解している。
「それで暫くしたら組織の方に引き取られて、今度は殺し屋としての教育を受けた。殺すことも大切だけどさ、そこに至るまでってのも大事じゃん?」
「あー……機械系とか、そういうやつ?」
「そそ。ハッキングとかも、補助ツール使って出来るぐらいには色々教えられて、まぁ、最後のテストはユーマのとこだったんだけど。そのあと組織で仕事してて、ずっと教育係みたいな人がいてさぁ。その人が引退するとかなんとかで、なんでか俺も一緒に連れて行かれたんだよね。それで俺は組織の外に出ました、おしまい」
 そう言ってハチは両手を開いて、手の平をユーマに見せて言った。
「組織に居たのは十歳ぐらいまでだから、あんま記憶ないんだけどさぁ。その間に一応ナノボットの実験には使われてたわけよ。あれってほら、年齢問わずやってたじゃん?」

 ユーマは頷いた。確かあの実験は様々な年代のデータが必要だということで、組織内の様々な人間を使って行われていた。だが殆どはユーマやハチのような殺し屋達であり、ある意味では替えの効くコマばかりが使われていた。主に青年と呼ばれる年代が、やはり一番使われていた気がした。だが多少の体力増強であったり、視力聴力といったものの強化はあれど、更に求めている結果は出せていなかった。
 組織が得たかったのは、ナノボットによるほとんど死なない殺人者だ。さまざまな器官が強化されることも重要であるが、それ以上に重要なのは、怪我を負ってもすぐに治ること。もしくは、身体に傷を負わせられない強度を持った人間を造る事、にあった。
 だからそれらのデータを書き換えるようにナノボットは投与された。しかし薬で副反応や副作用があるのと同じように。この人に効いたから自分にも効くだろうと投薬した薬が効果なかった時のように、ナノボットでの強化にも千差万別の結果が吐き出されていった。ユーマはまさに、身体的にはなにも効果のなかったタイプである。

「でもお前の成功を知っていたら、組織はそんな連れ出すなんて普通許さないだろう?」
「もちろん、許さないだろうね。俺はすぐには効果がなかった。ただ成長するにつれて効果は確かに出てたのよ。でもそれを知るのは俺と、その教育係の人だった。その人は俺を逃がそうと考えて、俺を連れ出したんだよね。でも普通に逃げ出すなんて無理じゃん? だからデータの改ざんをして、自分自身の衰えとか、そういうのを理由にして。実行に移すまで俺に世話をさせてさ。別にどこが悪いとか、病気だとかも無かったと思うんだけど。要するに芝居を打って、出る事に成功した。とはいえ、本当に組織は知らなかったのかも良くわからないけど。もしかしたら知っていて、敢えて逃がしたのかも知れないしね」
 そのぐらいは確かに有り得る話だと思った。だからこそターゲットとしてハチが選ばれたという可能性は多いにある。もしかすれば、昨今のナノボットの開発などの結果において、ハチという存在が重要となったから躍起になって探したのかもしれない。そうして見つけたハチを、ユーマが連れ帰る事が今回の任務であったと考えれば納得がいく。
 それに、だとすれば敵対組織であるキュリアがハチを殺そうとしたことも納得がいく。だが何故ハチがユーマを同じように連れて行くことを依頼されていたのかは分からない。

「ま、俺達は逃げて、隠れて暮らすコトになった」
「もしかして、その時住んだのがこのあたりとか?」
「そのとおり。ここじゃないけどね。郊外なんて殆ど街の人間はこないし、組織の人間もよほど仕事が絡まないと来ないから。安心安全。ってことで、俺はココで暮らす事になった。もちろんその教育係の人を俺は世話することになるんだけど、別に大きな病気してたりもなかったから、結局俺は『自由に生きろ』なんて言われてさぁ。でも分かんないわけよ、そんなの。わかんないっしょ?」
 問われてユーマは曖昧に頷いた。今なら分かる気がする。だが十歳頃の自分には全く分からない話だ。それに今だって、自由という言葉に憧れてはいるが、はたしてその本質を理解しているかと問われると疑問が残る。
「そんで、名前も変えようって言われたんだけど。俺はもうずっとハチって呼ばれてたから、そっちんが楽だし? このままでイイつって、そのまま。適当に皆ほら、割り振られた番号を名前にしてたからさぁ。俺は八番でハチね」
「なるほど、そういう事だったのか」
「ユーマはどうしてその名前になったの?」
「俺? 俺は……捨てられたけど、捨てられた時に名前が書いてあったらしい。捨てるような子に名前なんてつけるなよって思うケド。まぁ、それをそのままずっと呼ばれてきて、ずっとこのままだよ」
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