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三章:過去/自由

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 過去の記憶は曖昧だった。
 それでもユーマは一番最後の記憶を掘り起こせば、物心ついた時には既に多くの自分とおなじような子ども達の中にいた。
 父、母という概念はなくて、常に側にいる大人は「先生」だった。
 他の子どもたちとも、先生とも、仲は最悪だった。
 子どもは皆が協調性、思いやりなんて言葉とは無縁に生きていたから、常に誰かが泣き、誰かが笑い、誰かがぶたれ、誰かがぶっていた。それでも年齢が上がれば上がるほど陰湿になっていき、隠れてやるようになった。

 ユーマはその空間から逃げることを選んだ。戦うなんて事は考えない。誰も味方はいないし、誰だって敵になる可能性しかない。負け戦に足を踏み入れるという愚行は犯したくなかった。
 だがそうなると齢十才も満たない少年は行く場所がない。街の片隅で寝床を作る為にゴミ箱を漁り、飯を探し、金品を盗み暮らしていた。もちろん捕まればそれ相応に痛めつけられることとなった記憶が、途切れ途切れにあった。

 そんなユーマをある日一人の男が拾った。その男はやはりユーマがその日の食事の為に金を奪ったターゲットだった。男はユーマを軽々と捕まえたが、次には「面白い」と笑っていた。
 おそらく年齢は四〇代程だっただろう男は、ユーマを自分の部屋に住まわせることにした。最初は何をされるのかとユーマは緊張しっぱなしだったが、男は普通に衣食住を与えた。その見返りに男はユーマに色々な事を教え、それを実戦することを誓わせた。

 第一に盗むなら見つかるな、ということ。とくに子どもなのだから小さい。その小回りを生かせと男は言った。また、当時はネットも発達し始めた頃だったので、人々の防衛意識にもデジタルが導入されつつあった。だからまずはそれを無効化する事を教えられた。
 第二に変態はそれなりに使える、ということ。なんだそれはとユーマは思ったが、大人にはユーマほどの少年をいたぶる趣味を持つ変態がいるのだと言った。殆どは嗜虐思考の持ち主であり、恐怖に支配された子どもを見て性的興奮をする異常者もいるのだと言った。
 そういったタイプに関しては、無闇に近づき過ぎると逃げられなくなる。だが確実に仕留められる手段を持っておけば大丈夫だと言って、男はユーマに護身用と称したペンのようなものを渡して、ソレをとにかく首元に刺せと言った。

 そしてユーマは男に言われるがままに、さまざまな人間を殺すことになったが、彼自身はずっと殺しているという概念はなかった。知らなかったのだ。
 ただただ言われたがままにターゲットに出会い、そして渡されたそれを刺す。
 そうして帰れば寝る場所はあった。飯は食えた。衣服は最低限を得られたし、風呂も入れた。
 だからその日もやることをやって家に帰った時、殺されている男を見つけた時に、自分も多分あのように死ぬのだろうと思った。
 血を流し倒れている男を見つけたとき、後ろでカチャリと音がした。
 後頭部に押し当てられた冷たい金属の硬質を感じて振り返らなかったし、そのまま打たれると思っていた。しかし予想に反してユーマは後ろを向かされて、そこにいた身知らずの男に頭を殴られて気絶した。
 その後は気が付けば見知らぬ天井といつも寝ていたよりもスプリングの良いベッドとシーツの上で目覚めたのだった。
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