不自由で自由な僕たちの世界。

広崎之斗

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二章:共助/共犯

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 ユーマが先にシャワーを浴びている間、フロントに電話をしたのかハチは着替えを準備していた。入れ替わりに浴室に入ってきたハチは一式着替えを用意したと扉の外を指差した。磨りガラスの向こうは洗面台だ。そこに置いてあるという。
「そんなサービスあるの?」
「まぁ、ほぼ専用サービス?」
「専用?」
「俺が偶に使うから、ココ。怪我した時とか、服汚れたらまさにね」
 それで足が付いたりしないのか、と聞こうと思ったが自分には関係ないと思ってユーマは気のない返事をして浴室を出た。
 そこには確かに下着から上着まで一式揃っていた。タオルで身体を拭いて手に取ってみたがどれもサイズもぴったりであり、それはそれで驚く。ユーマとハチとでは体格が違う。身長は数センチほどの差だろうが、筋肉の付き方は圧倒的にハチのほうがしっかりしていて正直羨ましいと思う。
 どれも今まで着ていたものよりもカジュアルなものだった。柄もない、色はシンプルなものだ。Tシャツは赤く、ズボンはジーパンだった。少しどちらもぴったりではあるが、身体のラインがでるほどのぴったり具合ではなく、寧ろラインを隠すようなフィット感がある。だからといって緩いわけでもない。

 用意されていた下着、ジーパン、Tシャツと袖を通したところでハチが水浸しで出てきた。ユーマの姿を上から下まで見ると「ぴったりじゃん」と嬉しそうに言う。
「あとそのパーカー着て良いよ。いやぁ、よかった。あとでオーナーにお礼しとこ」
「オーナーが準備してるの?」
「そ。一応運営自体は無人だけどさぁ、近くにオーナーいるから。そこにお願いってお願いして準備してもらってる」
 タオルで身体の水分を拭き取りながら言うハチを置いて、ユーマは頭からタオルを被ったままベッドのある部屋へと戻った。
「でもいいの? お前がしてる仕事とか、オーナーからバレたり色々可能性あるんじゃないの、フリーなら」
「あ~、それは大丈夫。だってオーナー自体が元々俺の顧客だから」
 少し大きな声で洗面所からハチが答えた。ユーマはその言葉に納得した。それならば確かにある程度は信頼できる。
「もともとこの土地の権利で色々あって。その時の用心棒みたいなのを頼まれてね。まぁ、そこそこ長期間だったから、その時から世話になってるし。今もこうして世話になってるってわけ」
 そう言うとドライヤーの音が響き始めた。
 ユーマはタオルで髪の水分を拭き取りながら、これからの事を少し考えた。
 取りあえず、外に出たときにでもスマートフォンは破棄するつもりだ。踏みつけるか、銃で撃つか。とにかく物理的にも故障させてどこかに捨てる。適当に捨てておけば、部品やらを欲しがる連中が勝手に拾うだろう。その時に困るようなものはない。そもそも中にはデータなど無いのだ。
 全てはネット上にあるし、仕事の時に使うデータは基本的に時限で消えるように設定されている。残っているのはシステムファイルと位置情報取得するためのアプリぐらいだ。それは普通に消す事はできないから、物理的な破壊と破棄が一番手っ取り早くて確実だ。

 ハチが着替えて洗面所から出て来たので、ユーマもドライヤーを使おうと立ち上がった。
「んで、これからどうするの?」
 すれ違い際、ハチが言ったので立ち止まらずにユーマは洗面所へ向かいながら答えた。
「とりあえずスマホ壊して捨てる。その後は……足を探して、目的の奴を探すためにもネットに詳しい奴のところにいくか」
「あてはあるの?」
「あるよ。ただそれはアッチにもバレてはいるはずだから、時間勝負っていうか。ある程度ヒントもらったら、あとは俺達でやるほうが早いかもしれない。お前は、潜るのは得意?」
 姿の見えないハチに大きな声で問いかけた。
 ネットの世界は広大だ。そしてセキュリティの壁も沢山ある。だがその分上手く潜れば情報は沢山手に入る。現在から過去未来、可能性の先まで手に入る。
 もっとも、今一番ほしい情報は襲ってきた男の情報である。それを調べるには彼が雇われた可能性があり、ハチを雇っていたキュリアについて深く知ることだ。
「まぁ、一通りは出来るけど専門じゃないよ」
 返事を聞いてドライヤーのスイッチを入れた。風の音で何も聞こえなくなる。

 これからは時間勝負になるだろう。もっとも一両日中にはミナトに見つかる可能性は極めて高い。そうなった場合ミナトの右腕であるシュンがやってくるに違いない。
 シュンはミナトの命令を忠実にこなす男だ。彼は時々ユーマの面倒も見ていて、所謂見張り役としても行動を共にしたことが何度もある。彼はユーマを嫌っている。だからこそ、ミナトから連れ帰るための手段は選ばないと命令されれば、おそらく本気で掛ってくるに違いない。
 殺しはしないが、腕、足程度を使えなくするぐらいは迷わずにやる男だ。彼のような忠実且つミナトを溺愛している人間が側にいるのだから、自分なんて最初の頃のように毛嫌いしてくれればいいと思う。
 ドライヤーのスイッチを切ると途端に音が無くなった。洗面台にドライヤーを置く音さえ大きく響いて聞こえるほどに部屋は静かだった。

 鏡の中に映るユーマは、いつもとは違う恰好だった。いつもはスーツであることが多かった。身体のラインが出るようなシャツが多かった。ミナトから与えられていたそれらは、動きやすく機能的でもあり、且つ、彼の身体を魅力的に見せる役割も持っていた。それは仕事には役立つものだったが、あまり好みというわけでは無い。だがそれしか選択肢はなかったので、ずっとそれらを着ていたし、それ意外を着るという選択肢は浮かばなかった。有り得なかった。
 だから用意されていたラフな衣服というのはユーマにとって新鮮だ。
 パーカーは少し大きめだったのか、袖から手は完全に出ることなく指先が覗く程度。それはそれで不便だと思い肘のあたりまでまくり上げて、ユーマは洗面台から離れベッドのある部屋に戻った。
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