不自由で自由な僕たちの世界。

広崎之斗

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一章:終わりの始まり

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 怪我自体は浅かったが出血はそれなりにしていた。
 むしろそれが狙いだったのだろうと思うほど、血の気が失われていくのが早い。
 ハチの身体を軽く支えるようにして、ユーマは案内されるとおりに裏路地を歩いた。
 血痕が二人の足跡になるのを止めるべく、ユーマは自分の上着やハチのシャツを使って簡易の止血をした。
 衣服が血を吸い上げられる限り、これでなんとか足跡はつけないでいけるだろう。
 その為にも急がなければならない。
「視覚端子は? あるなら地図飛ばすけど」
「今はつけてない。埋め込みも何もしてないから」
「マジ?」
 ハチは心底驚いたように叫んで、痛みに顔を顰めた。
「仕事で使う時はメガネとかの拡張タイプ使ってるよ。でも普段はつけてない」
「はぁ、ボスの秘蔵っ子てのはホントなんだ?」
 その言葉にはユーマは何も返さなかった。

 視覚端子、と呼ばれるものは今や日常で使われるデバイスのひとつだ。
 いわゆるメガネであったりコンタクトであったり。もしくは眼球ごと換装移植している者も増えている。
 スマートフォンと連動させて眼前に必要な情報を表示する技術は、主にマッピングで役立てられている。
 ユーマはこれを便利だと思う反面、嫌っていた。
 場所が分かるということは、すなわち、自分の居場所も他人から分かりやすいということだ。
 それがイヤだった。せめて仕事をしているときぐらいはミナトの目から離れたい。
「それで、あの建物でいいの?」
「あ、そうそう」
 三軒目とハチが言ったのは案の定というべきかホテルだった。
 ここまでのことがなければ、どうしたつもりなのだろうかとユーマはぼんやりと思いながら、入口の自動ドアが開いて中へ入った。
 受付は全て自動で、モニターに表示されている部屋に触れてデポジットを支払う。
 支払いの際にはハチは少し血で汚れた時計を見て、大丈夫か、と呟いて指定された場所にタッチした。

「治療キットとか、あるの、ここ」
「あるよ。着替えも頼めば出てくるし、至れり尽くせりってやつ」
 口は回るので元気な様子にユーマは少しほっとした。
 失血で死なれてしまっては困るし、喋られない状態というのもあまり好まれない。
 ミナトは生きて連れてくるように、と言っていたが、恐らくは話せることも重要だろう。
 何故ハチを必要としているのかユーマには分からないが、どうだっていい。
 吐き出されたカードを手にして二人はエレベーターに乗り込んだ。
 
 表示されている番号を確かめてユーマは階ボタンを押す。
 ドアが閉まり、溜息を吐いたユーマの頬にぬるりとしたものが触れた。
 振り向くと、こちらに身を預けたハチの血に濡れた手が頬に触れていた。
 何をする、と言うより先に口をまた塞がれる。
「ん……」
 唇の隙間に舌がぬるりと入る。
 これといって抵抗をせずにそれを受け入れて、ユーマは少し後悔した。
 別にもうハチとの駆け引きは不要だ。
 それに今は怪我をしている。ならばそれを介抱してやってからミナトの元へ連れて行けばいいだけだ。その為に必要なモノはそろっている。
「や、めろ」
 軽く押し返して抵抗すると、すんなりと唇は離れた。
 ハチは楽しげに口角を上げて笑っていた。
 頬がひんやりとする。ハチを支えていない方の手で頬を擦ると、指先にぬるりと血がついた。
「はぁ……殺してよけりゃ殺すのに」
「俺の事、殺さないつもりでいたの?」
「そういう命令だったんだよ、今回」
 吐き捨てたところでエレベーターが止まりドアが開く。
 二人は歩いて出ると、カードに表示された部屋へと向かった。

「へぇ、じゃあ俺と一緒か」
「お前と?」
「俺も、アンタを殺さないで連れてこいって言われてたんだよね。別に腕や足の一本ぐらいはいいけど、っていう」
 ああ、おなじだなとユーマは小さく呟いてロックを解除した。
 中へ入るとシンプルな部屋だった。
 入ってすぐに洗面所があり、バスルームがある。
 このままハチをつれてベッドやソファに座らせたら血まみれだ。
「風呂場でいい? 先に洗って、手当してやるよ」
 そう言ってバスルームへとハチを放り込もうとして、ユーマは曲がってガラス戸を開けた。
 大人しく中に入ったハチをとにかくバスタブの縁に座らせて、はぁっと溜息を吐いた。
「手当はいいよ、別に」
「よくないだろ、そんだけ血が出てんのに」
「大丈夫」
 そう言うとハチは離れたユーマの手を握り引き寄せた。
 腰に腕を回し抱き寄せて、首筋に唇を寄せる。
「ッ、やめろ!」
「ノリ気だったでしょ、そっちも」
「それは、必要だったからだ……!」
 首筋を舐められると、じくりと熱が下腹部に宿る。
 歯先で肌を軽く囓られて、ユーマは小さく声を漏らした。
「ッぅ」
 ぬちゃりと音がして肌を吸い上げられる。
 ただそれだけの愛撫で身体が熱を持つことに、自分の事ながら最悪だと腹の底で悪態を吐く。

「ボスの秘蔵っ子……って、愛人ってのも本当?」
「……だったらなんだ」
「あそこで、邪魔が入らなきゃ、俺もイイ思い出来たってことでしょ?」
 ハチはそう言うとユーマの後頭部を大きな手で優しく掴んだ。
 力の入っていない指先は血に濡れていて、やはり頭皮にぬるりとした感触がある。
「それは別としても、アンタのこと普通に抱きたいから、抱かせてよ」
「なんだ、それ」
 熱い舌が首筋を舐めた。
 また身体が震え、熱が溜まり声が漏れる。
 ささやかな愛撫でさえ身体は反応して、その先の快楽を求める。
 そういう風に身体は覚え込まされているから仕方が無い。
 それに少しだけ、ハチには興味が湧いた。
「ねぇどう? そしたら、俺の雇い主の話してあげる。それにどうせ俺は失敗したようなもんだしね。逃げるしかないんだよ」
 その言葉と共にハチの指先に力がこもる。
 顔を近づけるように押されて、ユーマはそれに従って自ら顔を近づけるように首を伸した。

 少しだけ抵抗して、唇が触れる前にユーマは止まった。
「俺はまだ失敗していない」
「アンタはそう思っても、他はどう思うかだね」
「あの男はなんだ?」
「それは俺も聞きたいとこ。アンタの仕事の成功か失敗かは、あの男の正体見破らないとわからないんじゃない?」
「あとはお前を連れて行く事だ」
「だったら、素直に抱かれてよ」
 ハチが低く囁いた言葉に、ユーマは応える事なく唇を自ら押しつけた。
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